第四十八話 力を求めて
俺はどうにか姉さんの剣を受け止めていた……。
剣は今にも折れかねない嫌な音を立てるも、今力を僅かにでも抑えようものなら身体が吹き飛んでもおかしくはない。
でも、あまり長く続けようなら、確実に折れる……。
一度距離を取るべきか……あるいは……。
俺は自分の右手にある腕輪に視線が向かう。
この力を使えれば姉さんに対抗出来るかもしれないと、淡い期待がソレに向かった…。
だが、これまで一度も制御どころかまともに扱えていない。
昨日今日ですぐに使えるなら、こんな迷いはしない。
「っ…………」
「何を考えているか、私は大体分かるよ」
俺の思考が読めていたのか、そんな事を姉さんは尋ねた。
俺は、その問いに対してゆっくりと答える。
「そうですよね……。
恐らく、僅かに視線が動いた時点でバレているだろうとは思いました」
「迷ってるんでしょ、力を使う事に?」
「ええ……、その通りですよ。
でも……心の何処かで分かってるんですよ。
このままじゃ、このままの俺ではいつまでたってもあなたには勝てないって」
「…………」
「あなたに勝てないのは、百も承知ですよ。
それでも、僅かに届く可能性があるなら……。
俺はそれに賭ける!」
俺は腕輪に魔力を集中させた、全身に力が流れ込む……。
腕輪から炎が溢れ、そして全身を炎が包み込んだ。
記憶が断片的になだれ込んで来る。
燃え盛る人々……。
助けを求める声……。
目の前に広がる炎が過去の恐怖を呼び覚ます……。
「っ……ぁぁぁぁ!」
体に満ちてくる莫大な熱量の塊……。
過去の記憶がフラッシュバックを繰り返す……。
だが引くわけにはいかない……。
この恐怖に逃げていては俺は何も変われない……。
「シラフ!」
そして炎が完全に俺を包む……。
目の前の光景がぼやける……。
体の意識が遠ざかり肉体が別の何かに変わっていく。
薄らぐ意識の中……誰かの声が聞こえた……。
「待っているよ……。いつまでも私は……。」
子供の声……その声は何処かで聞いた覚えがある……。
そして俺の意識が完全に途絶えた。
●
「シラフさん……!」
目の前でその人は灼熱の炎に包まれた。
炎は渦を巻き、凄まじい熱量を放っている。
炎の竜巻……それは伝説上にある龍の咆哮のそれに見え、激しさを増していく。
時間が過ぎるごとにその勢いは増して……そして炎の柱は弾けた。
「全員伏せて!!」
突然のシファ様の声に私は咄嗟に体を伏せる。
溢れ出る熱量が全身に襲い掛かる……。
熱い……、熱すぎる………このままじゃ……。
しかし、その熱は自分にほとんど届かない……。
「………、あ れ……?」
気付けば私の周りに、空気の膜が生まれていたのだ。
その膜が熱が直接降り掛かるのを防いでいたのだ。
「私……無事なの……?
みんなは……!」
目の前の煙で視界が悪い。どうすれば……。
「そうだ……、もし空気が使えるなら……」
私は銃を真上に構えると、魔力をその銃に込める。
「上手くいって……」
引き金を引く、膨大な魔力の弾が射出される。
空を切る音、そして火薬が爆発するような音が響き渡った。
私の放った弾は思惑通り、目の前に広がる煙を吹き飛ばした。
煙が晴れ、何が起こったのかが確認出来たがその様子に私は思わず驚愕する。
「何なのアレ……?
シラフさんなの……?」
目の前あったのは炎のような赤髪の青年。
その右手には炎を纏っている細身の剣だ。
しかし、青年の背には燃え盛る炎の翼が広げられている。
シラフさんのよく連れているリンの背に生えた羽を彷彿とさせた燃え盛るソレに私の身体は僅かに震えていた。
青年の目の前にはシファ様が膝を崩し、先程の爆発をひとりで庇ったのか服は焼け焦げ露出している皮膚などは酷い火傷を負っている様子だった。
「シファ様!」
「シン!
この場にいる人達を全員避難させて!
シルちゃんは私の手伝いを!」
「手伝いって……あの……私どうすれば……」
「私が持ち直すまでの時間稼ぎを……!
シルちゃん、出来る!?」
シファ様が切迫した表情で話し掛ける。
時間の猶予は無い、今の私に出来るのは……。
「分かりました!
可能な限り、頑張ります!」
先程まで見物をしていたシンが周りの避難を呼び掛けている。
そして、シファ様はあまりの痛みに意識が薄れているようにも見えていた。
この場で立てるのは私だけ……。
とにかくまずはシラフさんをなんとかしないと。
私は恐る恐る、彼に声を掛ける。
「シラフさん……ですよね?」
赤髪の青年がこちらを向く、向けた視線は敵意そのもの……。
私の知る優しい彼の姿とは別人のソレであり、あまりの威圧感に肩が竦む。
そうだろうとは薄々察していたが……。
今の彼は正気では無い。
でも、動ける私が何とかするしか無いのだ……。
「………………」
彼は何も答えない。
……この場で彼を止められるのは私しかいない。
覚悟を決めろ……。
あの人を救うためには私は…………。
今、彼と戦わないといけないんだ……。
「はぁ…………」
呼吸を整え……覚悟を決めろ……。
「シラフさん、私があなたを止めて見せます!」
銃口を彼に向け、私は引き金を引いた。
●
この戦いが開始してからどれくらいの時間が経過しただろう……。
私は今自分でも驚く程、戦闘に順応していくのを感じている。
私が神器の力によって高速転移を繰り返し、彼の死角と思われる場所から放たれるの連続の狙撃を可能としていた。
何故だろう……?
次にどう動けばいいかが自然に分かる……。
どう体の動きを運べばいいか、魔力をどのようにすれば最効率で伝わるか……手に取るように分かるのだ……。
彼の剣から放たれた炎が私に向かう。
しかし、攻撃の動きが読めた私は何も恐れる事無く自然にそれを回避。
分かる……何故か分からないけど………。
私、今……戦えるのだ………。
戦いの速度が更に上がる……。
経験の乏しい私では目視ではもう捕らえられない。
それならもう目で捕らえる必要は無い。
目を閉じ精神を研ぎ澄ませる……。
視界が完全に闇に染まった。
音が聞こえる……そして魔力の流れを感じる……。
そして……射抜くべき的を完全に捕らえた。
そして私は引き金を引いた……。
轟音と空を切る音が空間に響き渡り。
目の前の彼に容易く読まれ剣で弾を切られた……。
防がれた……でも、私の狙い通りだ。
「チェック・メイトです……シラフさん」
二つに分かれた弾丸は彼の両翼に命中。
その羽を一瞬で穿ち、吹き飛ばした瞬間だった。
「っー!!」
態勢を崩した彼は瞬く間に地面へと落ちてゆく……。
私は気付けば宙を飛んでいたようだ……。
しかしどうすればいいのか未だ体に流れる全能感に身をやつ任せ、ゆっくりと私は地に降り立つ……。
「っ…………」
翼を落とされた彼は……かなり弱っていた。
恐らくその翼のような物が力の要因であったのだろう……。
「今は……そのままでいて下さい……」
彼が剣を持ち直すのを確認した直後、剣に向かって片腕で銃を放つ。
弾は当てると剣は彼の近くから離れた。
「お願いです……。
今は大人しくして下さい……シラフさん」




