第四十七話 引けぬ引き金
帝歴403年8月19日
この日、俺達はオキデンスの第三闘技場に訪れていた。
場内の見物客は数える程居るが、せいぜい昼寝をしているか適当な世間話をしているくらい。
普段は公園のような場所として、ここは近隣の住民達からも親しまれている場所でもあるからだ。
そんな彼等の中でも真面目に俺達を見ていそうな人といえば、姉さんのルームメイトであるシンくらい。
姉さんの昼食を持ってきてくれたとかで、持ってきた後も特に予定が無いからと告げてから、少し遠くから俺達の様子を観察している模様。
恐らく、主であるラウからの命令なのだろうか?
あるいは、単に興味本意か?
「それじゃあ、これから実戦練習を始めるよ。
シルちゃんとシラフは準備出来てる?」
「俺は、いつでも問題ないよ。
シルビア様は準備出来ましたか?」
意識をこちらに戻し、先程まで準備に手間取っていたシルビアの方を見やる。
後ろに髪を結んだり、動きやすいジャージ姿の格好をして念入りに準備体操をしていた。
「ええと……。
その、本当に神器を使っていいんですか?」
腕を伸ばしながら、改めて姉さんに問い掛ける。
「大丈夫だよ、シルちゃん。
いざとなったらちゃんと防ぐし、思う存分安心して全力で来てね」
そう言って、姉さんは腰に帯びた剣の柄に手を掛け余裕の表情を浮かべていた。
今日の鍛錬の内容は、シルビア様と共に姉さんを相手にした本格的実戦練習である。
ルールは至って簡単だ。
俺とシルビア様が姉さんに対してとにかく全力で攻撃する、それだけのものだ。
姉さんに一本入れば俺達の勝ち、出来なければ当てるまで続くという簡単な物である。
しかし経験上、この手の事をした日は日が暮れるまで続くのは目に見えていた。
正直、己の体力が先に尽きて終わるだろう。
何故なら、この訓練。
姉さんの指導下である王国騎士団の訓練内容と全く同じ内容でもあるからだ。
騎士団発足以来、誰一人として歴代誰一人当てた試しがないという、地獄のような内容である。
「姉さんの言うとおりだよ、むしろ本気では足りないくらいだ。
これは、多分日が暮れるかもな」
「…………、分かりました。
全力で頑張ります!」
そう言って、元気なガッツポーズをしてやる気に満ち溢れる彼女。
うん、まぁ多分大丈夫か………。
そもそも、俺が代わりに攻撃を当てられたら多少彼女の負担は減るはず。
当てられたらの話だが………。
「その意気だよ、シルちゃん。
それじゃあ二人共、武器を構えて」
俺は腰の剣を引き抜き、そしてシルビア様は手を前に出すと目の前に長銃を出現した。
シルビア様の構えた銃は白い輝きを放っているが、ソレは身の丈の倍はあるだろう。
両手で銃を持っているだけでも精一杯に見える。
「あーなるほどね、シルちゃん?
そういう時は魔力で筋力を補強するの。
普通に使ってたら体を壊すからね。
シルちゃんは体格が特に小さいから、魔力の扱いで技術の向上の効率が変わるはずだから。
その点を強く意識すること、あとは実践形式の身体の動かし方をしっかり覚えられるようにね?」
「はい……、分かりました!」
シルビア様が姉さんの言うとおりに全身の筋肉に魔力を流し込み全身を補強していく。
外見にはほとんど変化は無い。
しかし、俺は彼女の魔力が高まっている事は感じられた。
言われてすぐに、身体に順応出来るのは相当筋が良い部類だ。
自分でさえ、言われてすぐに魔力の扱いが上手くいく訳もなく、正直数日掛かることもある。
だから、言われてすぐに実践出来る彼女はかなりの才能があると言えるだろう。
「さてと……、それじゃあシルちゃんも準備出来たっぽいし早く始めようか?」
姉さんは一度呼吸を整えると、腰の剣を引き抜き構える。
右手で剣を握り、左手は添える程度に構える。
まるで両手持ちに近い構え方だが、まるで隙がない。
「それじゃあ、鍛錬開始!」
姉さんの出した合図で、俺は一気に詰め寄った。
まずは先手を取らなければ意味がない。
10メートル程の間合いを俺は一瞬で詰めていく。
実際には数コンマ程の時間だが俺にとっては数秒間にも時間が拡張されて感じた……。
俺が最も得意とするのは身体強化の魔術。
筋力を上昇させたり肉体を硬質化といった類いだ。
俺は神器を扱えない。
よって神器を扱わずに他の十剣達、他の騎士団連中と渡り合えるようにしなければならなかった。
その中で俺が編み出した技は身体強化の魔術の限界を更に超えた強化魔術。
普通の身体強化には限界がある、俺はその限界を更に超えて行う事を可能にした。
まずもって普通の立ち合いなら必ず先手を取れる程の速度であり、この強化魔術を覚えてから王国騎士団内でも指折りに入る程の実力を姉さんから評価を受けた。
俺の剣は真っ直ぐに姉さんの剣を狙っている。
先手により相手の意表を突く為だ。
俺の剣が姉さんの剣に当たろうとするその時、不意に姉さんの顔が笑ったように見えた。
不味いな……見抜かれている……。
剣は寸分違わずに当たったように見えたが、少し違う……。
俺の剣は姉さんの剣に触れた瞬間、容易くにいなされていたのだ……。
金属の剣が擦れ火花が起こっているのがはっきりと視界に捉えた。
攻撃がいなされた際の感触がまるで本物の肉を切ったかのように錯覚したが、彼女の持つ技量故の御業。
真似するのは、今の自分でも正直無理。
仮にここが暗所での戦いであったなら、俺は相手に傷を与え、一本を取れたと錯覚してもおかしくはない。
戦況の優位を確保したと、相手は油断するからだ。
その際に生まれたほんの僅かな油断を狙って、溝落に一発軽く打撃を加えれば相手はひとたまりもない。
攻撃の瞬間こそ一撃の優位を確信した時とほぼ同時。
余程手慣れてない限り、そこで終了である。
こちらの剣筋が逸れ、姉さんはそのまま俺の攻撃を躱して後ろに回り込んだ。
深追いするまでもなく、こちらの様子を伺っている模様、正直舐められてると言っていい。
俺といえばそのまま初撃の勢いが殺しきれず、重心が大きく揺らぎ、身体は真っ直ぐ進んでいた。
態勢を整える為、自分の体を無理矢理ひねり体の軸を崩さぬように左の軸足へ意識を向け、足元が確実に石床を捉える。
着地の瞬間、結構な量の砂埃が舞い上がり、先程までの勢いが無くなった事を確認。
俺は再び剣を構え直し態勢を整えた。
「やっぱり速いね、シラフ。
危なく一本取られる所だったよ」
剣を構えた姉さんは余裕の表情で俺に話し掛ける。
「……姉さんこそ、よく反応出来ましたね……。
明らかに後に反応したように見えたんですが?」
「そうかな?
とにかくまだ始まったばかり、鍛錬はまだまだこれからだよ?」
「そうですか……っ!」
俺は再び一気に間合いを詰める。
今度は姉さんも反応し、お互いの剣がぶつかる音が闘技場内に響き渡る。
最初より少し速い速度で向かったが、簡単にその速度に付いて来られる。
あの一撃で目がもう慣れたのだろう、相変わらずの化け物じみた人だ……。
両者の剣は高速の鍔迫り合いに移り代わり、すぐさま斬撃による剣戟の嵐へと変化する。
高速で互いの剣術がぶつかり合い、周りから見ればただ衝撃波が響いてくるだけに見えるだろう……。
音が攻撃の後に聞こえ、一度衝突した剣の音は二撃目の剣の衝突直前に響いてくる、といった正直普通の人間の戦いじゃないソレを繰り広げていた。
「っ……!」
重い……、重過ぎる。
俺の剣は速度を重視した為一撃の威力はそこまで大きく無い、それは姉さんも同じはずなのたが………。
一撃の重さが比にならない。
少なくとも俺の倍はあるだろう……。
一撃が重く、一撃一撃を耐えるだけで、俺の腕が僅かに震え、その剣筋がブレていく。
彼女に付いていくだけで精一杯もいいところだ……。
だが、ここで負ける訳にはいかない……。
「ほら、もっと来なよシラフ?」
「言われなくても!」
剣はより早く、より鋭く、交錯する。
目の前の存在に勝つために、一でも多く攻撃を加えていく。
しかし、このまま続けては俺の体力が保たない……。
●
目の前に広がる光景に私の身体は震えていた。
構えている銃が重い訳では無い、今は自分の体と一体になって、私はしっかりとソレを構えている。
しかし、目の前で繰り広げられている戦いに身体ガ全く追いつけない。
狙いを定めればその間に既にその姿は無く、再び狙いを定めてもまた消える。
それを数度も繰り返している……。
「速い……。
これが神器使い同士の実力………」
冷や汗が止まらない。
多少の覚悟はしているはずだった。
が、その覚悟があまりに足りない事を自覚する。
私が今まで、頼りになる人として、年上の兄や姉としての面でしか私は知らなかった人達……。
目の前で繰り広げられる、あの人達が常日頃と晒されていた世界の一端。
私が、これから踏み入れようとしている修羅とも言える世界だった……。
突然、突風のような物が吹き荒れた。
思わず目を塞ぎ、風が止むと私は恐る恐る目を開け目の前の光景を視界に入れる。
「っ……。」
声が出ない。
目の前に彼、シラフさんは両手で剣を持ち剣をどうにか受け止めている。
対して銀髪の美しい彼女、シファ様は涼しげな表情で彼の力をあざ笑うかのように片手でその剣を制し軽々と抑えていたのだ。
彼女の纏う魔力の影響か、本来壊れるはずの無い石床が軋むような音を立てながら少しずつヒビが入っていく。
そして、両者の力が均衡し動きが止まる……。
《狙うなら今……でも……。》
引き金に手を掛けるが動かない……。
銃とは形はどうあれ殺す為の武器、もし私の撃った弾で怪我をさせたら……?
最悪、もし殺したりでもしたら……?
私の手が震えている……。
どうすればいい?
引き金を引くのが怖い………でも、引かなきゃ。
動け……、動いてよ……私………、




