第四十六話 生かす為の選択
帝歴393年4月12日
目を覚ますと、見知らぬ部屋に自分はいた。
辺りを確認すると、自分はベッドに寝かされていたようである。
頭が重い……そしてお腹が空いている……。
もの凄くお腹が空いている感覚。
数日は何も口にしていないような感じだ。
でも、ここは一体どこなんだ?
「っ……」
体を起こし、這うようにベッドを出る。
立ち上がろうとするが何故か上手く立てない。
やっとの思いで立ち上がり、改めて部屋を確認する。
部屋の装飾はそれなりに豪華であるが、物は必要最低限の機能しか無い。
「ここは一体?」
少しすると、部屋の扉が開いた。
現れたのは銀髪の女性、その容姿はこの世の物とは思えない程の美しく、思わず見惚れてしまった。
「君、意識が戻ったんだね?」
「あのここは一体?」
「ここは私の屋敷よ。
君、自分が誰か分かる?」
「えっ……。
僕は……あれ……名前が思い出せない。
あなたは、その……僕の名前を知っていますか?」
「っ……。
そっか………忘れちゃったか。
まあ仕方ないよね……」
目の前の女性は少し悲しげな表情を浮かべる。
そして、少しの間を開けてゆっくりと優しく語り掛けた。
「あなたの名前はシラフ。
それが、あなたの名前だよ」
「シラフ……。
あの、それじゃあ、あなたは?」
「私はシファ、シファ・ラーニル。
これからあなたは、私の家族として生活するの」
「家族?
あの、僕の家族は?」
「…………あなたの両親は亡くなってしまった。
火事だったそうよ、でもあなただけが運良く生き残ってね……。
それで、成り行きで私があなたを引き取ったの」
「どうして、僕とは無関係のあなたが僕を?」
「無関係か……私はね、お人好しなの。
私、昔から誰かが悲しんでいるのは見捨てておけないみたいなんだ」
「そうですか……」
「ねえ、シラフ。
何かさ、覚えている事はないの?」
「えっと……。
あの、妖精見ませんでしたか。
確か名前はリン……そいつ僕を置いて何処かに行ってしまったんです!」
「リン……あの子の事か。少し待っててね……」
そう言うと目の前の彼女は部屋を出てしまう。
それから、少しすると何かを連れて戻って来た。
「この子の事だよね……シラフ?」
シファが連れて来たのは羽が生えた少女だった。
見間違えるはずは無い……彼女は……
「リンだよね……」
「うん……そうだよ。」
「良かった無事でいてくれて……」
「…………うん。
私は無事だから……」
●
帝歴403年 8月12日
私は彼女の話に聞き入っていた。
率直な感想を言えば、衝撃以外の何物でも無い。
「これが、彼の真実だよ」
話を聞き終え、私は溢れる感情を押し殺しながら彼女に問い掛けた。
「つまり、あいつの精神は既に崩壊寸前で………。
それを治す為に記憶のほとんどを封印したんですか」
「そうだよ。
でも封じたのは記憶以外にも、あの子の能力に色々と制限を設けたの。
生まれつき力が大きいから、何かの拍子でその封印も解けてしまうかもしれないからね」
「どれくらいの制限を掛けたんですか?」
「今のあの子が使えるのは本来使える魔力の3割程度のはずだよ。
それでもあの子の魔力等級は相当なモノらしいけど」
「それじゃあ、あいつが炎を使えないのは……」
「力を使うと私の与えた制限が掛かって、自動的に抑えてくれる。
炎に対して起こるのは力と反応するからかもね……」
「そうですか……」
「ルーシャは、こんな事をした私が憎い?」
「よく分かりません。
あなたは彼を救う為に記憶を封印した。
それは確かに正しい事なのかもしれません。
でも……その為に、自分の家族を忘れ……大切だった人すらも忘れて……。
今クレシアが必死になって彼を探しているんです……。
ハイドの死をも受け入れて……。
それでも前に進もうとしているんです……。
あなたはそんな彼女の思いを踏みにじるような事をしているんですよ!」
「分かってる。
私のしている事は、間違いだって……」
「…………」
「でも、例え仮初めの人格だとしてもこの子が幸せでいてくれるなら私はそれで構わないよ………。
あのままでいたら、あの子はずっと進めないから……」
「もしも、記憶が戻ったらどうするつもりですか?」
「その時次第かな……。
あの子がシラフのまま生きるのか……ハイドとして生きるのかはあの子自身で決める事だからね。
私の役目はその子がその選択に至るまでは、あの子の姉として家族として見守り続ける事だから……」
彼女の言葉が重くのしかかる。
相応の覚悟をしていたのは、一番近くの彼女なのだ。
家族であり、誰よりも彼を理解し味方であろうとする。
「…………」
例え、彼に嫌われても。
否定されたとしても、家族であると味方であり続けると決めたのだから。
「ねえ、ルーシャ。
あなたは、シラフとハイド。
どちらかしか救えないならどちらを選ぶ?」
彼女の言葉に、私は自分の想いを伝えた。
「私にとっては、そんなのどうでもいいです。
彼は私の騎士であり、私の大切な人である事に変わりません……。
彼は、彼です。
どちらであろうとも、私の誇れる私の騎士です」
「そっか……。
ありがとう、あの子を想ってくれて……」
「……想うのは当然ですよ。
私が好きになった人ですよ、彼の過去に何があってもこの想いは何も変わる事はありません。
この先もずっと、ずっと彼に対する想いは何があっても変わりませんから」




