第四十五話 剣の裁判
帝歴393年4月10日
部屋の中央には、手足を拘束された男の子がいた。
その子供を円卓の中心に置きそれを囲むように8人の大人達が話し合いをしている。
「この子供の処罰は既に目に見えている!
何故今すぐにでも殺さないのだ!!
例え子供と言えど神器に選ばれた、多くの民を手に掛けたのは既に明白であろう!
何故今すぐ、その子供を処刑しないのだ!!」
白髪混じりの男が罵声放ち、この場に大きな緊張がはしった。
「落ち着きたまえ、マーズ郷。
まだ裁判は始まったばかり、そう結果を急かす事は君の少し悪い所だよ」
「しかし、アスト郷。
我々十剣の条約においては、神器により故意で無くとも民間人を殺した場合、刑に処するとあるではありませんか」
「しかし、その子供はまだ正式には十剣では無い。
ならば、その法が適用されるのかはまだ怪しいところだと思うのだが?
その点はどう思うのかね、マーズ卿?」
「っ……。」
「反論出来ないようね、マーズ?」
「うるさい、貴様の意見はどうなのかね?
ラノス郷殿?」
「うーん、そうだね……。
まぁ、殺すにして惜しいんだよねぇ……。
だって高い適性があるんでしょ?
それなら、生かしておいて上手く利用する方が良いに決まってる。
と、私は思うんだけど、どう思う?」
「なるほど、それではジュピラ郷はこの子をどう判断するのかね?」
「僕の判断としては処刑に一票かな。
高い適性がある、つまり一人の戦力が大きい訳だ。
これまで四国に8人で分けていた力に一つ増える。
つまり、一つの国に戦力が傾くって事なんだよ。
調和が乱れる事は避けたい。
ただでさえ、最近は帝国崩壊で世界が混乱している世の中なんだからな。
伝染病の流行もようやく収束に向かってはいるんだし、問題を多くするのは避けたいところでしょう?
他国の情勢を見れば、それが余計に顕著なところだ」
「私もそれに賛成だ」
「クラウス郷、あなたが賛成とは珍しい。
その理由は?」
「はい。
理由はほぼジュピラ郷の話とほぼ同じ理由です。
しかし、ラノス郷の考え方にも一理あると私は思うのです……」
「ほう、それで何が言いたいのかねクラウス郷は?」
「経過を見て判断する。
というのは、どうでしょうか?」
「経過を見てか……面白いね。
君らしく実に甘い考え方だよ」
「まあ、この子供の産まれはサリアだものね。
何処かしら、情でも沸くのでしょうよ」
「クラウス、君は自国で産まれた子供故にその考えに至ったのではあるまいな?
確か、この子供を救助したのは君だろうクラウス?
この子の家とも交友関係があったようだが、まさか私情を入れてそのような判断をしたのではあるまいな?」
「我が剣に誓って、それは決してありません」
「……、そうか……。
それではユーリ郷」
「……。」
「あなたの考えを聞きたい、この子供の処遇お前ならどうする?」
「クラウス郷と同じだ。経過を見て判断するよ」
「なるほど……。
それではヴィナス郷。」
「はい、では私からも。
私の意見としてはクラウス君とユーリ君と同じ考え。
子供を殺すのはさすがに心が痛むのもあるけど、ジュピラ君の考え方もやっぱり一理あるんだ。
でも、早くに決断するには判断材料が少ない……。
だから今回は、一度様子見てから改めて判断するのが一番だと思うよ」
「相変わらず、気持ち悪い程の博愛主義だな貴様は」
「マーズ君は相変わらず口が悪いね。
子供の時は私の後ろに隠れてたのにな」
「そんな昔の話覚えて無いな。
いつの話だよ、いつの!」
「喧嘩はよそで行って欲しい。
では最後にネプト郷」
「うむ。
我も同じく、様子を見てからの判断に賛成だ。
ヴィナス郷の意見とほぼ同意見と私は判断した」
「結果として……。
処刑2人、利用1人、そして様子見が4人。
多数決としては様子見が我々の総意でいいかな」
アスト卿の声に皆が頷き、剣の裁判の意向は一度子供を様子見として見送る事を決定する。
「なるほど、それでは次にこの子をどの国が管理するかだ……。
保留すると決めた以上、この子をいずれかの国が育てなければならない。
これから、どこの国がこの子を育てるかについて……」
すると、突然閉鎖されていた扉が開く。
本来であれば起こるはずの事の無い出来事に十剣等の視線が扉へと向かった。
そこにいたのは、あまりにも美しい容姿を放つ一人女性だった。
「シファ・ラーニル。
この場を剣の裁判と知らずに来たのか?」
「剣の裁判か……。
全くさ、そういう大事な話を私に黙って執り行うのはどういう神経をしているつもり?」
「いくらあなた様と言えど我々の話し合いを邪魔されるのは心外だ」
「ふーん。
それじゃあ、全員私を敵に回すってことでいいの?」
「「っ!」」
「事故で家族を亡くした子供に、大人の都合で殺そうだの、管理するだのはどんな道理であれ、私は間違いだと思うけど?
それに、その子の事をアストやクラウスが全く知らない訳がないよね?
特にアスト、あなたがこの子を裁くなんて正気?」
「シファ殿
だとしても、我々には十剣としての使命が……」
「うるさい、マーズ!その場で正座!」
「はい!!!」
彼女の一声でマーズはすぐに椅子の上に正座させられる。
「さてと………。
この子の件だけど……私が責任を持って預かるよ。
アスト、彼の神器を」
「いや……しかし、ソレは」
「渡しなさい、アスト。
次は無いよ」
圧倒的な威圧、この場に居る誰もが彼女のその言葉に逆らえないまま、しばらくのにらみ合いの末にアスト卿は席を降り彼女へ彼の神器である腕輪を取り出した。
「……分かりました」
そして、彼女へ一つの腕輪を手渡す。
「この結果に文句があるなら、騎士団でも軍隊でもどれだけ沢山連れて来て抗議しても構わないよ。
私と戦うことがどういう意味なのか、ここに居る人達が分からない訳がないよね?」
「「…………。」」
彼女のその言葉に、誰も返す言葉が無かった。
「さてと。
全く、子供にこんな仕打ちするなんて……」
シファが男の子に近づき、優しく語り掛ける。
「今すぐ解くからね」
シファが拘束具に触れると、それは金属音を放ち容易く破壊された。
「これで大丈夫かな……。
ねえ君、名前は?」
「…………」
男の子から返事は返らない。ただ虚ろな目をして佇んでいるだけであった。
様子を見かけた彼女に、先程から黙っていたマーズ郷が声を掛ける。
「話掛けようとも無駄だよ。
その子供、我々が見た時既にこの様子でいたようだ。
食事等は与えていたが、見ての通りだ。
ろくに手を付けようともしない。
事故の衝撃があまりに大きかったからだろう、この様子が続くようなら生涯的に背負うだろつな……。
例えこの子を生かしても、使えるかどうか………。
ましてや普通の生活が送れるとも限らないんだ。
こちらの勝手な都合で生かし、今の悪政蔓延る世界の上で利用するくらいならすぐにでも殺した方が遥かにマシだろうよ」
「…………そう。でも、何とかしてみるよ……私は。
それじゃあ、家に帰ろうハイド」
そう言うと、シファは男の子を背負い。
この部屋から去っていく。
その背中を十達は見送る中、アスト卿だけは強く拳を握りしめ憤りの感情を露わにしていた。
●
帝歴393年4月11日
屋敷の中に、男の子を連れ込み私はその子に対し積極的に話掛けた。
しかし、全く反応を示す事が無く一日は過ぎていく。
「打つ手無し、か……」
シファは男の子が選ばれたという赤みを帯びた腕輪を手に取る。
「こんな子供に、与えるなんてどうかしてるよ……。
でも一応この子が契約者なんだよね……」
仕方なく、私は男の子に腕輪を手渡した。
すると、男の子の手に腕輪が触れた瞬間眩い光を放っち、目が眩んだ。
「っ!!」
光が収まり、シファは目をゆっくりと開ける。
そこには、羽の生えた小さな少女がいた。
「あなた、一体?」
「私はリン。
この子の意思が産んだ存在と言えばいいかな?」
「どういう事?」
「そうだね……簡単に言うとこの神器の代理人。
この子の力の一部みたいな存在なのかな?」
「そう、それじゃあさ?
この子が今どういう状態なのか分かるの?」
「まあね。
契約者は現在、精神的に多大な負荷が掛かってしまっているんだの。
ほぼ精神の崩壊寸前にまで至ってる。
正直、私から見ても彼の意識がちゃんと戻るのかについては相当難しい状態だと言える」
「それじゃあ、一体どうすればいいの?」
「可能性としては、記憶を封じる事だね。
今の状態を作り出した元凶を消し去ればいい。
でも、そんな事をすれば………。
これまでのこの子の人格から全くの別人に生まれ変わる可能性があるよ」
「それでも、この子は助かるの?」
「可能性はあるよ、完全とは言い難いけどね。
それに、そんな事をすればもし何かの拍子で思い出してしまえばまた元通りになる。
もう一度消すにしても、二回目が上手くいくとは限らない。
それでも貴女は構わないの?」
「分かった。
この子の記憶を封じる。
それでこの子が救えるのならね」
そして私はこの子の頭を撫で、話掛ける。
「今から君の記憶を操作する。
私を恨んでも構わない……。
それでも私は君には生きて欲しいから」
シファが何かを呟くと、一瞬子供の体が震えた。
そしてシファが手を離すと男の子の目はゆっくりと閉じる。
その顔は今までで一番安らかな寝顔を浮かべていた。




