第四十二話 前に進む
クレシアの部屋の前に私は立っていた。
私達の事を気遣って、侍女は部屋の前まで案内すると一礼をし、私の元から去って行く。
部屋の前には私1人が立ち尽くし、何を話せばいいのか言葉が浮かばない。
何を語るべきか、何を告げるべきか……。
どうすることが、クレシアの為になるのか……。
何度も何度も思考を巡らせて、何度も何度も喉から先へ言葉が出てこない。
時間だけが過ぎていく中、私は覚悟を決める。
そして、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
大切な友の為に私はここに立っている。
それを胸に刻み込み、ようやく私は部屋の主へと声を掛ける事が出来た。
「クレシア……」
勇気を振り絞ぼり声を出す。
決して声は大きいとは言えない。
しかし、静寂なこの場においては私の小さな声は屋敷中に響いていると、そう感じた。
「ルーシャなの……」
部屋から聞こえた微かな声。
私の知る限り、これまで聞いた中でも最も弱々しい彼女声だろう。
彼女は部屋の前に居た。
でも、少し遠く、声が曇っているように聞こえた。
「うん……、一度連絡してたんだけどね。
反応が無かったから、心配で……その、こっちに直接来たの……」
「そう……御免ね、出れなくて……。
私、今はそんな気分になれなくて……ごめん……」
「別にいいよ、気にしなくて……。
私も忙しい時、出れない事があるからさ……」
「うん……」
「…………」
会話が続かない。
これじゃない、今言うべき事は別にある。
でも、言葉にはならない。
お互いが沈黙し、辺りには静寂がだけが続いた。
どうにか会話を交わそうと試みた。
でも、全く続かない。
一言に対して一言返されそれで終わる。
そんな会話しか交わせない。
普段から何時間でも話せる関係なのに、今は数回の会話すらほとんどままならない。
それからしばらくして、予想外にもクレシアの方から例の話切り出されてきたのだ。
「ルーシャ……例の事さ、聞いてるよね」
例の事、つまりそれは………。
例の幼馴染の話だろう。
「…………うん」
例のことと言われ、私はそれに肯定を返す。
それは小さく、今にもかき消されそうな小さな声だった。
そして私は扉に背を預け座り込む。
再び静寂……。
そして今度は私から話を切り出した。
「聞いたよ、もう亡くなっていたんだよね……」
「うん……もう死んでたみたい……。
ごめんね、一緒に探す約束も守れなくて」
「そんなこと………私は気にしないよ」
今にも泣きそうな、いや既に何度も泣いた果ての彼女の声が壁伝いに伝わる。
私はただそれを受け止める。
それが今の私に出来る事だと思ったから……。
「………ルーシャ……私は、すごく最低だよ」
「…………」
「男の子の名前、今まで知ろうともしなかったんだ……。
それが昨日になってやっと分かった。
私の大切な人だった、はずなのに……。
なのに、お父様にソレ聞いたらもう死んでいたって言われたんだ。
何もかも遅かったんだ……馬鹿だよ、私……」
「…………」
「それに、私はルーシャにも謝らないといけない……」
「私に……?」
「ルーシャの幼なじみの事、親友の大切な人だって分かってるの。
なのに、会ってまだ一ヶ月も経たないのに……私は少しづつ彼に惹かれていくんだよ……」
「……クレシア?」
「あの人は、シラフは優し過ぎる……。
私ね、今年になってルーシャと違う組になって少し寂しいと感じてたんだ。
家柄もあって新しいクラスに上手く馴染めなくて、そんな私にとても優しく接してくれた。
何も私を知らなかったからじゃない、知ってからも彼は私に優しくしてくれた。
最初は少し無愛想な感じで、お姉さんの話ばかりの人だなぁって思った。
でも、話していく内に彼の優しさとか、ルーシャの為に鍛錬を続けられる意志の強さとかに気付いて……日に日に惹かれてしまった」
「…………」
「私、二人を勝手に好きになって……。
一人は忘れた癖に……死んでいた事にも気付かなかった……。
それに、親友の幼なじみだと分かっているのに……会うたびに惹かれて……。
私は最低だよね……。
勝手に夢を見て……勝手に惹かれて、私ほんと馬鹿だよ………」
「…………」
「私は……自分が嫌なの!
中途半端な自分の考えが嫌になる……。
会えればいいなんて……、つい最近までそんなこと考えもしなかった癖に、今更……!
今更、そんな幻想を抱いて……私は……っ!」
クレシアの嗚咽が扉の向こうから聞こえる。
悲しみと自分への憤り……両方が交わっている。
「クレシア、シラフの事が好きだったんだね……。
でもさ、そんな事とっくに分かってたよ……」
「えっ?!」
「私の一番の親友なんだよ、クレシアは。
でもさ、シラフと話している時のクレシアは楽しそうで幸せそうだったから……。
クレシア、多分シラフのことが好きなのかなってっさ薄々気付いてたよ、私……」
「ルーシャ、それって」
「この前、シファ様達と鍛錬を見学したでしょ?
私ね、あの時少しクレシアが羨ましかったんだ……。
私達に気を使ってるシラフに自然と寄り添って楽しそうに話してたから。
というか私と居る時よりも、クレシアはとても楽しそうにしていたよね?
だからさ、クレシア多分シラフのこと好きなのかなって思ってたんだ………」
「っ……」
「別にいいと思うよ、同じ人を好きになっても、同じ人に恋をしたって……。
それに私が言えた事じゃないけどさ。
例の男の子も、クレシアに自分の事を思い出して貰ってきっと喜んでいると思う……。
自分の事を思い出してくれて……。
自分の為に泣いてくれた、優しいクレシアの事を……。
そこまで自分の事をずっと想っていてくれたんだからさ……」
「ルーシャ……」
「だからさ……。
今、生きているクレシアは前に進むべきだよ……。
その人が失った時間の分まで生きなきゃ。
だから……だから……」
溢れそうになる感情を押し込めながら、私は精一杯の声を……想いを伝える。
「そんなところに引き籠もってないでさ……。
一緒に前へ進もうよ、クレシア。
今、クレシアは生きてるんだから……。
生きてるからこそ、その人を思うならばこそ、前に進まないといけないんだよ。
すごく辛いけど、でも、進む事が出来るのは今生きてる私達にしかできない。
そうでしょう?」
「うん………」
クレシアの一言を聞くと私は立ち上がり扉からゆっくり離れる。
間もなくして、固く閉ざされていた部屋の扉がゆっくりと開くと涙の跡が残っていた親友の姿がそこにはあった。
「何……その顔……?」
「ルーシャだって同じ顔してるよ?」
思わずお互いの顔を見て笑ってしまった。
さっきまですごく辛くて悲しかったはずなのに、今はこうしてお互い笑っている。
「ルーシャ、私決めたよ……」
クレシアはそう覚悟を決めた様子で私に伝えた。
「何を決めたの?」
答えを聞くために、問い返す。
「私ね、ちゃんとお別れをしてくるの」
「そっか……」
「私、あの人の墓参りに行くの。
だからさ……、その為に手伝ってくれないかな?
私1人じゃ、絶対に出来ないと思うから」
「うん、当然だよ。
一緒に伝えよう、その人にクレシアの気持ちを」
約束を交わし、再び涙の溢れた彼女を私は優しく抱き留める。
夢を叶えてあげよう。
親友の覚悟を、前に進むと決めたその意思を尊重する為に……。




