第四十一話 友を案じて
帝歴403年8月9日
その日の朝、俺は少し遅めの朝食を用意していた。
俺としたことが、朝の鍛錬に没頭し過ぎてしまい本来区切るべき時間を大幅に超過してしまったのである。
現在、時刻は午前9時を迎えてしまっている……。
学院が休みとはいえ、主の朝食を作り忘れた俺は今更になって朝食を作っているのだ。
「はぁ……」
「何溜め息ついてるの……?
遅れたのはシラフの責任だよね」
「分かってます。
俺としたことが本当に済まない……」
「ふーん。
まあ、でもさ……。
最近のシラフは、かなり鍛錬詰めてるよね?
流石にサリアに居た頃みたいに四六時中訓練みたい真似は出来ないけど。
シラフってば、休日の余暇のほとんど剣のお稽古ばかりしているよね?
私から誘わないと多分、必要最低限の日用品くらいで済まして、自分の私服とかにはあまり興味ないよね?」
「まぁな、俺も闘武祭に出るんだ。
だから、それなりに準備はしないといけないだろ?
お洒落云々は、俺には正直よくわからない」
「シラフさ、別に見た目はそこまで悪くないんだから少しはお洒落に興味持ったらどう?
今度私が買い物に付き合ってあげるから」
「別にそこまでして予定を合わせなくても」
「………私が一緒に行ってあげるって言ってるの!
とにかく、もう少し見た目には気を使いなさい。
王女の私に仕えてるんだから、尚更よ」
そんな他愛ない会話を交わしながら俺達は遅めの朝食を済ませる。
食事を終え、俺は食器の片付けをしているとルーシャは端末を手に取り電話を掛け始めた様子。
しかし、相手が通話に応じない模様だ。
「…………あれ……おかしいな?」
「どうかしたのか?」
「えっとね、クレシアがその……電話に出なくて。
電源切ってる訳では無いんだけどね……」
電話の相手はクレシアらしい。
お互い親友同士というくらいだから、電話に出ないとなると向こうが単に忙しいとかじゃないだろうか?
確か、ラークでもいいところのお嬢様ってくらいだから、下手な外出もしないだろう。
あるいは、体調不良の可能性くらい。
「何かと忙しいんじゃないのか?
体調が悪いだけかもしれないし、クレシアも何かしら事情があるんだよ、きっと……。
あとは、そうだなあ………。
例の幼なじみを探しているとかじゃないのか?」
「うーん……。
それなら私に連絡してくれるはずなんだけどね……。
体調悪いなら、それも込みで私に連絡してくれるだろうしさ?」
確かに、クレシアならそうするだろうな。
事前に約束してるなら、連絡無しで断る彼女ではないだろう。
何かトラブルに巻き込まれたとか、そんな心配をしたくなるのも少し分かる気がする。
「そんなに言うなら、一度直接家に赴いてみるしか無さそうだな。
確か、家の場所は知っているんだろ?」
「うん、何度か遊びに行った事があるからお屋敷の場所は分かるよ。
それじゃあ私、すぐに出掛ける支度してくる。
シラフは自分の事を優先してていいよ
闘武祭での活躍には期待しているから」
「了解、迎えが必要なら言ってくれ」
朝食を食べ終え、ルーシャはすぐに支度をすまし外へと出掛けた。
行きの護衛すらも彼女は要らないといい、そのまま彼女を俺は仕方なく見送る。
昔からなんというか、そういうところは変わってないというか………。
やはり、ルーシャ自ら親友というだけの関係なのだと、俺はそんな事を想い更けていた。
●
私はいつもより急ぎ足で彼女の家に向かう。
クレシアは私の通話には大抵出てくれていた。
それは、入学当初からの付き合いで、私にとって自慢出来る程に仲の良い親友でもある。
今まで、彼女と話さない日はほとんど無いくらい。
今日の朝、私は彼女に電話を掛けたがソレに彼女は応じることは無かった。
何か忙しいだけなのだろう……。
最初はそう思っていた………。
でも、何かの胸騒ぎを感じた私はすぐに彼女の元に向かう事を決めた。
何ごとも無ければいい。
いや、そうであるはずなんだ。
ただ何故だろう……?
嫌な予感が、可能性が僅かに拭い切れないのだ……。
寮を出て30分が過ぎ、目的地に到着する。
目の前には大きなお屋敷、とても綺麗に整備された広い庭園が広がったそれが真っ先に目に入る。
屋敷の外壁は白く、芸術性も高い左右対称の外観。
あの屋敷こそ、クレシアの住んでいる屋敷なのだ。
屋敷の門前に立ち、私は呼び鈴を鳴らす。
しばらくすると、一人の侍女が屋敷からやって来る。
「あなた様は、ルーシャ王女ですね。
何か御用で?」
「はい、あの……クレシアは元気ですか?
あの子に一度連絡したんですけど……全く連絡が取れなくて」
「……、そうですか。
すみません、お嬢様は最近体調があまり優れていないんです。
また日を改めてお越し頂けると」
「そうですか……」
ただの体調不良。
それを聞いて少しほっとした自分があった。
すると、様子を見兼ねた侍女がこちらに話を切り出しえくる。
「あの、何か他に御用がありますか?
クレシア様と何かする約束があっての事でなら、私に出来る事で良ければ何かしら手伝いをさせて頂きますが?」
「あの、侍女さんはいつからこのお屋敷に仕えているんですか?」
「そうですね………。
かれこれ、ここに来て5年程になりますね」
「あの、その……えっと……。
実はその、クレシアには小さい頃に幼なじみがいたそうなんです。
それで私は……その人の手掛かりを一緒に探す約束を長期休暇に入る前から事前に彼女としていたんですけど……。
今日もその連絡の為に電話をして………」
「っ!」
侍女はその言葉を聞くと戸惑いと驚きを見せた。
そして僅かに考え込み始める……。
「あの、どうかなさいましたか?」
「…………ルーシャ様、中へ来て貰えませんか?
お嬢様と特別親しいあなたであるからこそ、話しておかなければならない事があります」
●
私は侍女に屋敷内の応接室に案内される。
そして、しばらくすると侍女がお茶を持って部屋に戻って来た。
用意されたお茶を一口含むと、ゆっくりとソレを口に含み場の緊張が僅かに解けていく。
少しの間を開けて、私は彼女に話を切り出した。
「あの、話って一体何が?
クレシアの体調と何か関係があるんですか……?」
「はい……、実はその……。
私とクレシア様は昨日、旦那様の書斎にて探し物をしていたんです。
クレシア様の求めていたのは昔のアルバムだそうで。
何故アルバムが必要なのかは私もその時は知らなかったんです」
「…………。」
「結果的に言うと、アルバムは見つかったんです。
そこには、ある男の子と幼いお嬢様が写っている写真もありました。
写真には男の子とクレシア様が仲良く写っており、それはとても幸せそうな一枚でした。
そして、写真の説明書きからその子供が何処の家系なのかも分かったんです」
「それじゃあ、男の子の身元が見つかった事で嬉しい事じゃありませんか?
それと体調にどう関係が?」
「問題はその後です。
訳あってその詳細は言えませんが………。
男の子とその家族はもう既に亡くなっている事が旦那様に彼の所在を聞いて間もなくして分かったんです」
「亡くなっている?
それじゃあ……」
「はい……。
その子とお嬢様は二度と会うことはありません。
お嬢様はその事実に大変衝撃を受けて精神をかなり病んでいるんです。
これが、体調不良の全容になります。
お嬢様の一番の友人である貴方様には私個人として伝えるべきだと勝手に判断した次第です」
「あの、じゃあ今のクレシアは……」
「部屋で一人籠もっておられます。
食事は一応取っているみたいですが、あまり進んでいないご様子で……。
元から食の細い方ではありますが、普段の半分も手を付けていませんので………。
状況はかなり深刻だと思います。
旦那様達は、お仕事で多忙が故に直接側に居てあげる事も叶わなく、ただの使用人の一人でしかない私ではお嬢様の為に出来ることはたかが知れてますので」
「そうですか……」
探していた人は既に死んでいる。
ソレは想像せずとも辛いことは容易に理解出来た。
「ルーシャ様、どうかあなた様の方からお嬢様を支えてあげて下さい。
お願い致します」
そう言って、侍女は深々と私へ頭を下げた
「…………。」
私は何も返す言葉が無かった。
事はそう簡単な事では無い。
彼女にとってその人がどれ程大切なのか……。
その人は既に亡くなっていると分かった時、どれ程辛かった事だろうか……。
私だって、目の前で彼が死ぬなんて事があったらとてもじゃないが耐えられないだろう。
それを、一人の友人が何とか出来る訳が無い……。
でも、私に出来る事なら……。
クレシアの為になら、私に出来る限りの手助けをしてあげたい。
王女としてでは無く、一人の友人として彼女の力になりたい。
「分かりました。
私に出来る事なら……彼女の力になりたいです。」
「ありがとう御座います、ルーシャ王女。
それではこちらに……。」
私は頷き立ち上がると、友のいる部屋へと向かった。




