第四話 深夜の茶会
剣を軽く眺めた後は入浴を軽く済ませ、応接室で一人静かに座って休んでいると部屋の扉がゆっくりと開いた。
扉から現れたのは既に眠ったと思われたアノラであり、茶の道具と軽い軽食を揃えて来ていたのである。
更には数種類の茶菓子や軽食等も用意しており、準備の凝りように俺は驚いた。
「アノラさん、もう遅いですし……、
そこまで揃えなくても」
「いえ、主が何を注文してもよろしいようにと。
私が勝手にしているだけです。
これくらいは仕える者として当然の事ですから。
ある程度保存も効くモノにしてますので多少残っても問題ありませんよ」
「そうですか、あはは………」
半分呆れながらも、俺は紅茶と軽食の一つを頼んだ。
紅茶を手際良くアノラが淹れると、それを受け取りゆっくりとそれを口に運ぶ。
身体が再び温まると、俺はカップを一度置き一人こちらの様子を窺うアノラに俺は話しかけた。
「アノラさんもゆっくりしてはどうです?
俺だけ飲むのは、ちょっと気まずいしですし」
「そう仰るのなら、私も同席させてもらいます」
アノラは自分で茶を淹れると、俺の向かいに座り多少の雑談を交えながらもゆっくりとした時間を過ごしていた。
「シラフ様は、よく夜更かしをなさいますか?」
「そうですね、たまに本を多少読む程度ですが。
でも、遅くなりすぎないようにあまりしないように気を付けていますよ。
日課の鍛錬もありますからね。
アノラさんの方はどうなんですか?」
「そうですねぇ………。
私もこのお屋敷での事務仕事をたまに持ち越してしまったり、シラフ様と同じく本を読んだりしてはおりますが………。
あまりしないようには心掛けています」
「なるほど。
ちなみに、どんな本をお読みになるんです?」
「童話やおとぎ話が主ですね。
少し子供っぽい趣味でしょうが」
「そんな事は無いと思いますよ。
姉さんなんて何か読むわけでも無く暇を持て余しているくらいですし。
書物関連の知識は割と深いみたいですけど、身体を動かすとかの方が性に合うとかで」
「まぁ、シファ様の仕事振りに関しては一流ですかろね、性に合ってるというのは的を得てるのだと思います。
月に何度か城に赴いて、騎士団の皆様への指南に取り組んでいると話には聞いています。
彼女の実力はとても素晴らしいモノであると、兼ねてから聞いておりますから」
「正直、十剣が全員掛かっても勝てないとか言われてるくらいだ。
この前の訓練に同席した時は、いつもにこやかな騎士団長殿が苦笑を見せていましたからね
遠目から見るだけなら見事な物。
だからこそ、直接剣は交えたくはない程に………」
「そうなんですか……」
「そんなところです。
いつかは姉さんに一泡吹かせられるようになりたいですけど、まだ道半ばというか未熟過ぎて話になりませんがね……。
明日からは、ラークへ向かうんですがこれといって実感があまりないんですよね。
わざわざ学院に行かなくても、王都にある自警団に勤めさせるか騎士団にそのまま所属させて剣の腕を磨いた方が俺としては良いはずなんですけど……」
「確かに明日からでしたね。
ラークへ向かう予定ですが、確か一般教育の一環で5年間も向こうに滞在する予定なんですよね?」
「まあ、陛下の考えなのか他の貴族勢力が横から口を出したのか分からないが………。
まぁ、色々な思惑あっての事だろうとは思います。
まぁ、一番は自分の教育といっても他国とのコネクションを築いて欲しいだとかだと思います。
一応、勉強そのものは不得意って訳じゃないです
たまに来る家庭教師から見てもらうくらいで済んでるくらいですからね。
だからこそ、向こうで同年代くらいの他国の御曹司や将来の重鎮となる人々と関わる事で、この国が上手く回れるようにしたいんだろうと思います。
今の段階では、俺がこんな調子なので。
十剣云々とかは色々と後回しにして、ひとまずは現状最年少の十剣という顔を上手く扱いたいってところなんだと思います。
加えて俺は、この国の第ニ王女の専属の騎士というのが十剣以外での役割ですから。
彼女に恥じない存在にならないといけないんですからね、向こうに本人が既に身を置いてる以上相応の理由が無きゃ断れない事情なので」
「なるほど。
確かに学院には既に第二王女が就学していますからね。
確か、王女とは幼い頃から交友関係があるんですよね?」
「まあ、彼女は凄く強気というか横暴というか色々と振り回す人ですかね。
仕える者としてはもう少し、謙虚に優しく振る舞ってくれればありがたいでさ……。
学院では、流石に暴れていたりとかはないとは思ってますよ。
事前に陛下からはまるで別人になったかのように、立派にしていると念押しされてたので」
「ふふ、でも楽しそうですよね……学生生活は。
私もあの学院には少し憧れていましたが私は今のこの生活に満足していますよ」
彼女がそう言うと俺は、これまで少し疑問に思っていた事をアノラに尋ねた。
「前から少し気になっていたんですけど。
アノラさんは、どうしてこの屋敷に配属を希望したんです?
元は結構いいところのお嬢様ですよね?
それも、ローゼスティアはサリアの中でも五大名家って呼ばれるくらいの家ですし………。
こんな森の中のお屋敷で仕えて暮らさずとも王都でそのまま豊かな暮らしを送れたはずですよね?
どうして、わざわざこんなところへと?」
俺の質問に対して彼女は、僅かに沈黙し言葉に悩むと意を決したのか一呼吸置きその理由を、始めて見せる砕けた素振りで語り始めたり。
「やっぱりおかしいですよね。
シラフ様が不思議に思うのは無理ないと思います。
この際だから言いますと、私は生前のお父様の命令でこの屋敷に来ていたんです。
そして、実際には私以外の候補がそれなりに居て、その中から色々と審査を越えて来たという流れで。
ここに至るまで色々と慣れない家事とか作法を教えこまれて大変でしたから」
「この屋敷に仕える事に複数人も、それに審査?
前までは、定年くらいの執事が孫の小遣い稼ぎを兼ねて雇うくらいのものでここに来るくらいですよ。
なのに、どうしてわざわざ?」
そう言うと、彼女は俺の目を真っ直ぐと見て答えた。
「理由はあなたの存在ですよ、シラフ」
彼女の言葉に俺は呆気に取られ驚いた。
「俺、ですか?」
「はい。
あなたは、半人前とはいえ王家の専属です。
更には歴代でも最年少の十剣の一人。
あなたと密接に関わり婚約者に選ばれれば、その家の顔はより上がりますからね。
私がここに来た理由。
それは、家の命令であなたに近づき関係を深める事が目的なんです。
私は家の繁栄の為の道具としてここに来た、たったそれだけの事なんです」
「俺にそこまでの価値はありませんよ。
むしろ、他の貴族からは忌み嫌われてますし。
ルーシャ、いや第二王女の専属って立場故に彼女を狙う御曹司からも俺は嫌われてますからね。
だからこそ、忌み避けられる事はあっても、人が寄り付く程の魅力なんて今の俺には………」
「確かに、会って見れば私より二つ年下の小坊主ですからね。
それに私、年上の方の方が好みですからね」
「あはは、小坊主ですか……」
「私は、いずれこの方に添い遂げなければならない。
そうでなければ私の存在価値がなくなるんです。
でも、遅かれ早かれ家の繁栄の為に私が利用される事は分かっていましたから。
ソレが、早いか遅いかの小さな差です。
だから、私も相応の覚悟は前から出来てたんです。
相手がどのような方であろうと……、私は家の為に出来る事をするという選択肢しかありませんので」
目の前のアノラの言葉が重くのしかかる。
家系の為に利用されると分かった上で、彼女はこの屋敷に来たのだと。
彼女の覚悟がどれ程のものなのか、今の俺には到底計り知れない。
家の看板を背負い、家の繁栄の為に、己の意志も関係なく、道具としての役目を果たす為だけに………。
「家の為ですか………」
「はい。
ですが、シラフ様はあまり深く考えなくてもいいんですよ。
コレは、私と私の家の問題ですからね」
「そうですか……」
「ですが私は、あなた達に会えて本当に良かったと思います。
これは生涯忘れる事はありませんよ。
ここでの日々は私にとって一生の宝物に変わりない。
それと、変に責任を感じたとかで私との婚約は無しですからね?
あくまで立候補程度はしておきますが」
「立候補はするんですね……」
「ふふ、あなたは十分に魅力的な方ですよ。
今は、まだ至らないところもあるでしょうが最年少で十剣に選ばれるだけの評価はあるんです。
今はその力が扱えずとも、将来きっと今の努力が報われるはずだと思います。
ですが、少々頭の堅い人のが問題でしょうね……。
今朝のような無理を繰り返しては、その資格が見合う器そのものが壊れかねませんので」
「厳しい評価ですね。
でも、俺達こそあなたに助けられてばかりですよ。
姉さんやリンもあなたに凄く感謝してますからね」
俺の言葉を聞くと、アノラは優しく微笑み
「その言葉でもう充分ですよ、シラフ」
そう言い彼女はテーブルの茶菓子を軽くつまむと、
「そういえばシラフ様達と同じく、もう御二方が新たにサリアから編入するそうですね」
「二人も?
急な話ですね、どうしてです?」
「なんでも、陛下の知人の伝で訪れた者であるそうです。
武芸に長け、かなりの実力者だそうで。
彼等の実力を直接ご覧になった陛下が、今回特別に二人の編入を許可。
更には学費等も全額陛下が負担したそうです。
名はラウ・クローリアという男性とシン・レクサスという女性の二人組だそうです」
「そんな事、初めて聞いたよ。
なる程、陛下が特別な計らいを………」
かなり妙な話だと俺は感じた。
名前も知らない、聞いた事も無いその者達が陛下の許可を受けたこと。
ましては、編入の資金すらも陛下ご自身が負担するなど……。
「実力って事は、その二人は騎士団の入団試験を受けたという事ですよね?」
「はい、そのようですね。
入団試験を二人は首席、次席と次いで合格し、
その後、十剣の一人であるクラウス様とラウ様が試合を行ったところ、クラウス様はあっさりと負けたそうなんです」
「あのクラウスさんが?」
クラウスさんは、現在の十剣でも一、二を争う程の実力者である。
俺より以前に、姉さんに引き取られ育てられた人であり王国騎士団に所属し地位と実力から高く評価されている程の逸材。
あの人が早々負ける姿などすぐには信じられない。
「確かなようですね、はい……。
その試合を見物していた陛下が彼と彼女を見るなり今回の判断を下したそうです」
「陛下の目に止まる程か………」
「ええ、不思議なのですよね。
今回、明日の朝に迎えの馬車にて彼等と共にサウノーリの港町へ向かうようですね。
そこから出る船から学院に向かう間に本人から真意を聞けばよろしいと思います。
私も噂程度でしか知っておりませんので………」
「了解です。
教えてくれてありがとうございます、アノラさん」
「聞かれた質問に答えただけですよ。
夜も更けていますので早くお休み下さい。
では、私はこれで失礼致します」
アノラは席から立ち上げると、空になった自分のと俺のカップを下げ静かに部屋を去って行った。
彼女を見送り一息つくと、俺も自分の部屋に戻っていく。
明日は姉さんに今日の事を謝らないといけないなと思いながら、ゆっくりと自室へと戻った。