第三十九話 間違いだとしても
その日の夜、私は自室にてリンと過ごしていた。
同室のシンとの気まずい夕食を終えた頃、私達は特に用も無ければ常に自室に籠もるような生活を過ごしている。
彼女とは、一応生前のノエルと話す機会があった際に何度か顔は会わせていたから別にそこまで緊張する程ではない。
強いて、私が少し好き嫌いを示すと眉間に少しシワを寄せて幼い子供を叱る母親のような素振りをしてくるくらい。
それ以外の普段の彼女は、現在仕えているラウから引き受けた仕事をしていたり。街で可愛らしい小物やぬいぐるみの類いを収集して自室に飾ったりと可愛らしい趣味を謳歌してる感じ。
それ以外の面は生真面目で何処か冷たく味気ない、まさにあの主と似ているような人柄をしている。
「ねえ、シファ姉?
あの子の件、ほんとどうするつもりでいるの?」
リンのいうあの子とは、ノワールの子の事だ。
彼女、相当な厄介事に手を伸ばそうとしている。
「あー、そうだよね……。
まぁ、私から打てる手立ては、それなりに打つつもりだよ……。
あの子には悪いと思ってるけどさ」
「それが間違いだとしても?」
「そうだろうね、私は間違っているよ。
でも……それであの子が無事でいてくれるならいいし」
「そっか……うん」
そして私は自分の端末を取り出し、端末内の連絡先からある人物へと電話を掛ける。
「こんな夜分に、何の御用ですかシファ様」
「少し頼みたい事があります」
「何でしょうか、私に出来る事であれば何なりと」
「では、十年前のサリア王国に関する記録をあなたの権限を持って学院からその全てを抹消して貰えますか」
「十年前のサリア……一体何の為に?」
「細かい理由は言えません。
ですがやって貰えます?」
「畏まりました。
シファ様の命令ならば仕方ありませんね、明日の早朝には取り掛かります」
「ありがとう御座います。
それでは頼みましたよ」
そして電話が切れると、再び別の相手へと電話を掛け直した。
「……何の用だ、こんな遅くに。
私はまだ仕事中だ、話があるならまた今後に……」
「………お久しぶりですね、ノワール候」
「その声………。
いや、まさか……シファ様ですか?!」
「はい。
今のところはこの学院の生徒としてですがね」
「そうでありましたか、直接ご挨拶にも伺わず。
いや、更には先程の醜態を晒してしまい、誠にご無礼を働いてしまって……。
何卒、ご容赦を………」
「それくらい構いませんよ、あなたが多忙な事は私も存じていましたので」
「そうですか、いや有り難い。
して、その?
こんな夜更けにて私などに一体何の御用が?
緊急の患者ですか?」
「いえ、一つ頼まれて欲しい事があります」
「私等に出来る事であれば何でも……。
して、一体何の頼みでしょうか?
私に可能なものであれば良いのですが」
「カルフ家の事を覚えておりますか?」
「ええ、十年前私の家と交流があった家系ですがそれが何か?
しかし、カルフ家は既に………」
「ええ、ですからカルフ家に関わる物を早急に処分して貰いたいんです。
可能なら今すぐにでも」
「なっ…………。
カルフ家は十年前火災で親子共々亡くなったはずでしょう。
今更、そんな事に何の価値が……」
「私の方でもあなたの家とかの家が長らく親しい間柄であった事は重々承知しています。
しかしこちらとして、かの家に関する記録があっては都合が悪いことがありますので」
「………シファ様。
無理を承知の上で、その理由を教えて下さい。
何の理由もなく、かつての友の記録を抹消しろとは流石に心が痛みます。
それ相応の理由があっての事ならば、かの家の記録を消すに足る理由をご説明を願いたい」
「……。カルフ家の子供を守る為です」
「なっ、今……なんと?」
「カルフ家の子供………。
その子供が今も生きているんです」
「まさか、そんなはずは……。
一家全員焼死したと報告を受けていたはずでしょう。
娘には未だに彼の死を伏せていると言うのに……」
「しかし生きているのが、事実です。
しかし、とある理由でそれが広く知られると非常に困るのです。
知られれば、彼の心理を著しく悪化させる可能性がありますから」
「…………。
畏まりました、そういう理由でしたら早急に執り行います。
あの、彼に会うことは可能ですか?
私は是非とも一度、彼に一目だけでも会いたい」
「…………機会は取りますが、その子には彼の家族についての発言は控えていただきたい。
その条件でなら会わせます……」
「それはありがたい、あの私の娘も一緒には……」
「それに関しては控えていただきたいです」
「そうですか……。
あの子を喜ばしてあげたかったのですが……」
「………、何か特別な理由があるのですか?」
「……はい。
私の娘は小さい頃にある不治の呪いを掛けられているんです。
しかしその治る見込みは今も無く……」
呪い?しかし、私が見た時にはそんな雰囲気は感じなかった。
となると、何かの薬で症状を消していたのか?
「……そうですか……」
「その実は先日、娘の余命が二年余りと診断されたばかりなんです……。
だから今、あの子が元気な内に彼に会わせてやりたかったのですが……。
本当に、一度会わせてあげることも不可能なのでしょうか?
娘にはあまり時間がないんです、今こうして元気で外を歩き回れるのが奇跡な程に………
ですから、何卒……どうか……」
男の言葉に私は困惑した。
しばらく間を開けて私は、それに対しての答えを返す。
「分かりました。
何とか出来るように私も最善を尽くします。
その代わり、カルフ家に関する記録をしっかりと抹消して貰います。
それで構いませんか?」
「分かりました、その条件を飲みましょう。
それでは失礼します、一応その仕事がまだ残っておりますので。
勿論、記録の抹消もすぐに執り行います。
そうだ……あの、娘に彼の事は……」
「彼に関する発言はこれまで通り控えて下さい。
もし彼女が彼に関する物を見つけた場合には、彼は既に亡くなっている。
そう伝えて下さい、お願いします」
あの子にどんな事情があるとしても、やはり彼を守る為には致し方ない。
電話の向こうの人物にはとても悪い気がするが。
「了解しました。
それでは私は仕事がある為これにて失礼します……」
そして通話を切れる。
張り詰めた空気がほどけ、私は一息つくと顔を両手で塞ぎベッドに思い切り転がり込む。
「あーどうしよう……。
私、引き受けちゃったよ……。
ほんとはだめなのに……ずるいよ、ノワールのやつ」
「それ、シファ姉が悪いんでしょ?
しかも、よりにもよってあの子じゃん?
隠す意味がないよね?」
「うん……。
でも引き受けられざるを得ない空気というかそういう流れになっちゃったからさ……」
「全くもう、まぁしょうがないか今更……。
でもシファ姉が珍しいね仕事に私情を挟むなんて?」
「それは、そうだね……。
私自身もっと上手く立ち回れる思ったんだけどさ」
「で、どうするつもりなの?」
「最善は尽くすけど……問題はあの子かな……」
「元は私の一言のせいだけど……」
「もう言ってしまったのは仕方ないよ。
とにかく早めに何とかしないといけないよね」
「うん、シファ姉」
リンとそんな約束を交わすと私は体を伸ばし、横になった身体を起こす。
己に課せられた使命の為に……進むしかない……。
たとえ、それが間違いだとしても……。
あの子を、シラフを守る為に………




