第三十六話 夢と約束と現実
木漏れ日が頬に当たる。
気付けば私は、木の麓に一人で寝ていたみたいだ。
今居るこの場所からは、黒い壁の大きなお屋敷が見えており小鳥の冴えずりが辺りから聞こえてくる。
何処か懐かしい感じ、昔こんなお屋敷に来たことがあった気がした……。
「ここは、一体何処?」
ふと自分の手元を見ると、何処となくいつもより少し小さく感じた。
よくよく見れば私の知る目線よりもかなり低いし、まるでそれは幼い子供のようで……。
何かする訳でも無く近くのその木に背を預けていると、突然声を掛けられた。
「やっと見つけたよ。
こんな所にいたんだ。屋敷中探したのに……」
目の前には男の子がいた。
しかし、その顔はよく分からない。
だが、何故だろう男の子を見ると泣きたくなったのは………。
自分より僅かに背の高い男の子、でも私はこの子知っている。
「ねえ、私に話があるって何なの?」
話、何の事だろうか……。
私は彼に何か用があって……。
そうだ、今日は確か……
「これ、僕からの贈り物。
今日はクレシアの誕生日だったろ?」
男の子は私に首飾りを手渡した。
それは赤い石が特徴的な首飾りだ。
「誕生日……。これをあなたが?」
「そうだよ、嫌だった?」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう、■■■!」
私は男の子の名前を自然に言えた。
しかしそれは声にならない、知っているはずなのにそれが声にならない……。
そして目の前の景色が変わった、夕焼けに染まる空。そして自分の両親と男の子の両親が話をしている。
そんな中、目の前にいる男の子は泣いていた。
何故だろうこの子を見ていると私も悲しい気持ちになった。
「クレシアとこれでお別れなのは嫌だ……!」
お別れ、そうだ私は小さい頃にこの子と……
「■■■、私もあなたと別れたく無い。
でも、必ず会えるよ。
うん……きっと……」
「それじゃあ、いつか必ず迎えに行くよ!
その首飾りを目印に絶対に会いに行くから!!
だから……」
「■■■」
「だから、僕が迎えに行くその日までクレシアは待っててくれるかい?」
「待ってるよ、いつまでも……。
私はあなたを待ってるから」
「僕も必ず会いに行くから……」
お互いの姿が見えなくなるまで、私とその子はお互いに手を振り続ける。
彼の姿が見えなくなるのを最後に私の意識はぷつりと途切れた。
●
帝歴403年7月30日
「…………夢?」
起きると、自分が泣いていた事に気づいた。
夢で涙を流すのはいつ以来だろう。
「何で泣いているんだろう……私」
この前、ルーシャ達とあんな話をした事だろうか。
自分の枕元を見ればそこに赤い石の首飾りがある。
「この前、あんな話をしたからだよね……」
昔の記憶。
今はもうほとんど覚えていない男の子の記憶、私の初めての友達であり大切な人でもある。
彼と別れてからどれくらい経ったのだろうか。
近い内に両親に聞ける機会があれば聞いてみよう。
昔の記憶に思い更けながらも、私はいつもの制服に着替える。
着替えを済ませ、自室を出て洗面所で顔を洗う。
泣いた跡が残るのは流石に恥ずかしいのでいつもより念入りに……。
それを済ませると、髪をとかし寝癖を直す。
「これでよし……うん」
身だしなみが整うと。後ろから声を掛けられた。
「朝食のご用意が出来ております、お嬢様」
ふり向いたそこにいたのはこの家に仕えている侍女の姿があった。
「うん、わかった。
今日はお父様は帰って来てる?」
「いえ、現在旦那様は所要の為に本日はお帰りになれないようです」
「そっか、お母様も同じ?」
「はい、本日は別件で会議があるとかで……。
クレシア様、朝食はこちらで既に用意しております。
それがお済みなりましたら、薬の用意がありますのでお飲みになりますよう………」
「はいはい分かってます。
ちゃんと忘れずに飲みますから」
「それではご案内致します」
案内された部屋には一人分の朝食が用意されていた。
無駄に広く静かな部屋で一人でぽつんと食事を取る。
目の前の料理は美味しいがやはり一人で食べているのはどうも味気ない。
学院でみんなと食事を共にするのとはかけ離れている寂しい物で、家族揃っての食事に憧れを持ってしまう。
食事を終えると、侍女が薬を持って来てコップ一杯の水と薬を目の前に差し出してきた。
私は小さい頃からある病気に……。
いや、変わった呪いに掛かっているらしい。
目の前にある飲み薬は呪いを治す物ではなく、呪いの進行を遅らせる物。
お父様曰く、そう簡単には治せない物で治療法が確立していないモノ。
故に遅らせるだけでも精一杯だそうだ。
実際、体調不良の類いは他の人より多く虚弱体質と言えても差し障りない。
目の前の薬を飲み終え、僅かにため息を漏らすと、侍女は私に話し掛けてきた。
「お嬢様、本日のご予定は?」
「今日はいつも通りの時間に帰るつもりだけど、少し遅くなりそうならその都度連絡する。
別にこれくらいいつものことでしょう?」
「そうですね、畏まりました」
私は自室に戻り荷物を取りに行く、枕元に置いていたお守りにも似た首飾りを手に取り、身に付ける。
部屋から出ると、侍女は既に部屋の前で待っており私を玄関まで送った。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「行って来ます」
侍女に見送られ私は屋敷を出る。
いつもの日常。
最近になって私の周りに色々な人達が増えて賑やかになってきたと思う。
親友の片想いの相手が、編入生として私の隣に来た事をきっかけに、ルーシャと教室が離れてからの生活が色付いてきたと感じる。
それが始まりなのか、彼の関わる人と必然と多く関わるようになったこと。
外で彼等と関わる日々が私にとても居心地の良い。
親友の恋路を応援したい、それも私の本心。
今のままの関係が続けばいい。
続いてくれる、そうだよね………。
私、みんなと一緒に居ていいんだよね………
通学路を歩きながらそう思い更けていると、私を待っていたのかルーシャと彼の姿がそこにある。
「おはよう、二人共。
ごめんね、少し待たせたよね?」
何気ない朝の会話、いつも通りの日常。
こんな日々が、いつまで私は許されるのかな………




