第三十二話 流されるままに
今にも泣きそうな目の前の彼女の姿に俺は頭を悩ませていた。
俺の向かいに腰掛ける小柄な金髪の少女。
名は、シルビア・ラグド・サリア。
サリア王国第三王女であり、俺の仕えるルーシャの妹である。
王位継承権は現在一番下とはいえ、その血筋故に王族である事には変わり無い。
男性であれば剣などを扱う事があるが、女性であればそれはかなり少数で、まして王族となれば本来はまずないのだ。
尚、第一王女が文武両道を極めた例外中の例外的な存在がいるにはいるが……。
だがまぁ例外は一度置くとして……。
目の前の彼女は剣は愚か、武術の類いとは姉妹の中で一番縁遠い人物である事に変わりない。
小さい頃から見ている俺だからこそ彼女の普段の様子は一応理解している。
運動はもとより苦手で、力は普通の女性より無い。
争いも好まず、誰に対しても分け隔てなく心優しい彼女は幼い頃はいつも両親やルーシャの後ろで隠れながら歩いていた姿を今もよく覚えている。
「…………シルビア様はどうしたいんです?」
「選ばれたならば、やはり選ばれた者としての責務は果たさないといけません。
でも私は一度も武器とかは興味無くて兄様達のお稽古用の木剣を手渡した程度くらいしか、私は手に取った事がないんです……。
それに、シラフさんもご存知だと思いますがこの学院の神器使いのほとんどは闘舞祭に出場しているんです……。
ですけど、私が戦うにしても身体もシラフさんみたいに筋肉があるわけでもないので色々と力不足なんです」
「それは仕方ありませんよ。
自分みたいに特別武術と近い生活を送っていなきゃ触れる機会はありませんからね。
それに、自分だって闘舞祭に出るとは決めてませんし……。
少し面白そうだとは思うんですけどね……」
「そうなんですか?
ルーシャ姉様からは、闘舞祭に出るものだと私を含めて周りに言ってましたけど……」
「……、それ本当ですか?」
「はい。
でも、シラフさんは出るつもりはないんですね」
「そりゃあ、まぁ……今のところは……」
「本当に出ないんですか?」
「一応、そのつもりですけど……。
姉さんも先日あれだけ話題になっても同じくアレには出場しない方針ですし。
なら、自分も別に出る必要がないかなぁと……」
「私は出るつもりですよ」
「………、いや無理をしなくてもいいんですよ。
この前のラノワさんを見る限り、自分より同等か格上くらいしか出てないようなモノみたいですし……」
「ルーシャ姉様は、シラフさんに期待してますよ」
「そう言われても………」
何だろう、目の前のシルビア様は俺に出場するように念押ししてくる。
自分も出るから、あなたも出なさいという遠回しな押しが強いのだ。
ルーシャと違って直接言わずに察して自分から言うようにさとしてくる辺り、彼女の性格が滲み出てくる。
俺が首を縦に振るまで続けて来そうな勢い。
まぁ、それは別に構わないとしてだ………。
問題は目の前のシルビア様御本人である。
この小柄で可愛らしい華奢な見た目の通り、到底武術の類いが数ヶ月後に控えるというあの祭りで戦える程に強くなれるかというと、難しいところ。
一応、筋力を使用しない攻撃用の魔術程度なら護身用として多少扱えるだろうが………。
ラノワさんの実力を見た限り、この祭りに出るであろう者達の上澄み達は学生という身分ながら一部隊程度の実力があると思われる。
一部隊、とりあえず常人より優れた兵士数人程度の実力を兼ね備えた上で大怪我をしない程度に身体を鍛えて置くのが、あの祭りで大怪我をしない最低ラインだと思えばいい……。
自分の感覚だと長くて三年、短くて一年程度か。
尚、短いというのは体格及び魔術の才に恵まれた者が一部隊と同等の実力を兼ね備えられるモノと考えた上での期間である。
加えて長い方はと言っても、そもそも一兵士として動ける身体能力及び体格に恵まれた者を指す度合い……。
自分は後者の道半ばに当て嵌るだろうが、三年経とうがそこまで実力に到れてるかといえば難しい。
では、目の前のシルビア様はどうだろう?
多分、魔術は人並み以上には扱える。
王女故の立場で最低限、護身用の魔術くらいは扱えるはずなのである。
コレは勿論、ルーシャも一応扱えているからその経験を踏まえての判断だが……。
魔術は扱える、問題は体格とか筋力の類い。
残された期間全てを費やして、彼女が余程真面目に尚且つある程度の武術に関する才覚があれば、出場しても大怪我はしないで済むのか?
先にも言った通りラノワさんの実力が既に自分と同程度なのである。
加減が上手く出来る相手ならいざ知らず、場合によっては命も落としかねないらしいので、万が一という場合があると踏まえると、俺としては正直出させる訳にはいかない。
と、こんなに思考を巡らせても目の前の彼女が素直に諦めてくれるとは思えない。
が、実力は足りないのは百も承知なので改善策を俺に求めていると……。
とりあえず、出場するだけなら契約書一つで済む。
問題は本人の実力だ。
まず確かめるべき要素があるとすれば……
「とりあえず、戦う実力が欲しいとなれば何とかなるかもしれませんよ」
「本当ですか!」
「いや、神器を武器として使用する時は契約者の力を最大限に活用出来る形になると姉さんは言っていましたからね。
だからシルビア様神器がどのような武器に変化する物か分からない以上それを判断してからの方が良いかもしれません……。
ちなみに、神器を武器に変えたりは出来ますかね?」
「はい、一応出来ます。
それじゃあ今から見せますね……」
そう言うとシルビアは魔力を高め自分の手の上にそれを出現させた。
武器に変えるだけでも素質は充分、この手順を教える手間を省けたのはかなり大きい。
あとは能力の把握と武器が何なのかだ………
そして、まばゆい光を放ち現れたのは白い塗装が目立つ長銃、いや大砲とも言える物。
銃の全長はシルビア様の背丈程はあろうか。
コレは、少しまずいかもしれない。
「…………えっと……。
俺はその……、銃には詳しい訳ではありませんが。
明らかに人に向けて使用するのは危険ですよね……」
「はい……。」
両者が沈黙する。
シルビアの神器が示した形は、恐ろしく高威力であろう長銃だった。
確か帝国時代の資料で見た対物狙撃銃のそれに似ている気がする。
まず人に使えば確実に命は無いだろうと感じた。
かといって神器それ以外の形を取る訳では無い。
目の前の大砲に近いそれはシルビア様の力を最大限に引き出す物なのである……。
そしてこれは神器。
ただの銃なのでは無い、神如き力を行使出来る国の最終兵器のそれなのだ……。
俺は思わず頭を抱える。
俺には無理だ……荷が重すぎる。
これを使えば確実に死人が出ることに違いない。
一国の姫が使って良い代物ではない……。
「シルビア様……。
申し訳ありませんが、これは俺一人の手には負える代物ではありません」
「そう……ですよね……。
やはり、私には無理ですよね………」
僅かに涙ぐむ彼女を見て、俺は一つの案を彼女に提案する。
「シルビア様。
こうなったら姉さんに頼んでみますか?」
「……シファ様も神器を?」
「ええ、まあ。
十剣では無いけど神器を所有しているんですよ」
「そうですか。
あの、それじゃあシファ様と話をさせて下さい。
お願いします」
「了解しました」
俺は自分の端末を取り出し姉さんに電話を掛ける。
事の事情を姉さんに伝え、後程どうするかを改めて検討する。
それが今できる最善だろうか……。
本人はやる気十分だし、やれるだけやってみよう。




