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帝暦404年1月12日
肌寒い中、宿屋の通路を私は歩いていた。
これまでの事を振り返り、思い返すように、噛み締めるように………。
「ハイド、あなたも眠れないの?」
軽い散歩のつもりが、いつもは寝ているはずのミルシアを起こしてしまった。
明日の予定に障っては色々と大変である。
「ミルシア様、起こしてしまいましたか?
小腹が空きましたのなら、すぐに夜食でも用意を……」
「ううん、大丈夫。
その、少し眠れないだけ………」
「そうですか……」
「………、ハイドさ何か隠してるよね?
最近、あまり元気がないっていうか……。
その、サリアに来てからずっと………」
「そう見えていましたか?」
「………、私に隠してることあるよね?」
「何のことでしょう?
別に、何も隠すようなことは………」
「いいの、もう隠さないで………。
わかってるよ私、その……えっと………」
「ミルシア様」
「ハイド、あとどれくらい一緒に居られる?
あなたがこの世界から消えるまで、あとどれくらい猶予があるの?」
「………、長くて3日……でしょうか」
「そう………うん、そうだよね………。
本物に会えたってことは、そういう意味なんだよね」
「はい………」
「ハイド………」
そう言って、彼女は私の方へと駆け寄ると私の右手を手に取り両手で優しく握りしめてきた。
「私、もう大丈夫だよ。
一人でも、大丈夫。
だからさ、式場での本番を楽しみにしていてね。
あなたの為に、結ばれる二人の為に、今までで一番の歌声をみんなに届けてみせるから」
「ええ、素敵な歌声を楽しみにしています。
ミルシア様、本当に、本当によく頑張りましたね」
「うん、当然……でしょ……。
だか……ら、だからね……私、本当に大丈夫だから!
あなたなんか居なくても、大丈夫なんだからね!!
だから、ちゃんと聴きなさいよ!!
この私が、歌を、あなた為に歌うんだから!!」
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炎は集う、今ここに
この世の時に縛られて、我等に新たな旅路は訪れん
会いて、別れて、あなたの想いよ
誓約の祝福の影に、災厄は近づいて
この夢は終焉へと近づこうか
偽りの箱庭の元に集いし、二つの炎よ
訪れし災禍は、黒き宮殿をも崩れ去ろうや
十の剣は幾つも折れて
それでも剣は絶えず舞おう
偽りを超えて、君が真なる者に目覚める時
炎に囚われし者に真なる覚醒は訪れん
偽りは真の形を取り戻して
歌おうか、親愛なる者へと
歌おうか、約束の為に
その先で迎えましょうか、私は君に導かれて
私は歌おう、英雄達に捧げるこの歌を
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次回 炎の騎士伝、4章3節
英雄讃歌