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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
299/324

かぞくのために

帝暦395年7月10日


 二年前、私は二人目の妻であるフィルナを失った。

 そして、息子であったハイドもまた………。


 あの日、妻の亡骸を抱えながら私は屋敷近くの森をひたすら走り続けた。

 露頭に迷っていた私を助けたのは、仕事の縁で交流のあったビーグリフという男。


 父が強く信仰していたという、ヴァリスの人間。

 

 そして、彼の神如き御業によって亡骸の彼女からは奇跡的に子供を取り出す事ができた。

 あと少し遅かったら、死んでいたと。

 私がひたすら逃げながらも、フィルナの蘇生を諦めず続けた事がこの奇跡が起こったのだと。


 生まれた子には、フィルナの意思を汲み取りティターニアと名付けた。

 

 そして、ヴァリス王国に身を潜めながら、新たにモーゼノイスという名前を授かりビーグリフの元で新たな人生を歩み始めた頃、私は久しぶりに王都サリアへと訪れていた。


 

 「パパ、きょうはどこでおしごと?」


 「王都サリア、以前の仕事先みたいなものだ。

 大人しくしているんだよ、ティターニア」

 

 「はーい!」


 全身を黒い甲冑に身を包んだ私を、娘の小さな手が優しく握り返し元気な明るい返事てくる。

 私に残された唯一の家族、この子だけは命に替えても必ず守らなければならない。


 「パパ、あれはなに?」

 

 そう言って、彼女が指を指したのは長い銀髪の女性が小さな茶髪の男の子と屋台の飯を買っている様子。

 ティターニアに食べさせるにはまだ早い、少々辛い食べ物だ。


 いや、待て………あの子供は……、

 それに、あの方はまさか……


 「パパ?」


 「なんでもない、あれはまだ君には早い。

 もう少し大きくなってから一緒に食べよう」


 「はーい!」


 私は二人に気付かれる前に、その場を後にする。


 そうか、シファさんは約束を守ってくれたんだな。



 「それでは、娘を頼むぞイクシオン殿」


 「任せろ、このくらいお安い御用だ」


 「イクスおじちゃん!この前のアイスまた買って!」


 「はいはい、分かった分かった。

 それじゃあ、二人共この先は頼みますよ」


 そう言って、娘を肩車した獣人の彼は王都の街へと駆け出して行った。


 「良いものだな、子供の成長というのは。

 オク……いや、モーゼノイス殿」


 「そうですね、タンタロス殿」


 ビーグリフは普段、タンタロスという偽名を使用する。

 二つの名を分けるのは、故郷の風習なのだとそんな事を以前聞いたが、私も今は彼と同じように名前を使い分けているので似たようなモノ。


 今日は王宮にて、両国の幾つかの国際事業についての会議、主に両国の交易路の再開発事業の予算、及び修正案についての話し合い。


 交易路の工事にあたって、現場を担当する商会の長が訪れたりと両国の大きな一大事業として動いている。

 ただの交易路としてではなく、新たな観光資源としての活用であったり、交易路に併設される宿泊施設の建造計画もあったりと、非常に大きなモノだ。


 この計画の立案者は他でもない、ビーグリフ自身。

 両国のよりよい繁栄に必要なモノとして、一介の官僚とは思えない程の手腕を見せており。

 かつて父が強い信仰を抱いていたという、理由も頷ける程であった。


 会議は2時間以上にも及ぶ。

 その場には現国王や、クローバリサの当主。

 実際に言うと、私の知る彼等とは代が変わりかつての学友が今のかの家を率いる存在となっていた。


 国王が変わったのは、あの火災から2ヶ月程経った辺りで、クローバリサの当主は火災より以前に亡くなったのは今も鮮明に覚えている。


 会議が一段落し、休憩の合間用を足す為に王宮の厠に向かっていると、小さな女の子とすれ違った。


 綺麗な翠玉色の髪色をした少女。

 その顔には、何処かかつての面影を私は感じた。


 ルーナ、私の最初の妻であった女の面影を……


 「っ………君!」


 「?、私に御用ですの?」


 「あ、いや……その、済まない。

 用を足したいのだが、道がわからなくて……」


 「あー、厠でしたらこのまま真っ直ぐ歩いて突き当りの階段を降りた右手にありますわ」


 「そうか……ありがとう、お嬢さん」


 「私、シトリカ・クローバリサと申しますの。

 以後お見知りおきを、黒騎士さん」


 そう言って、少女は人助けをしたという事で小さな喜びを隠せずスキップしながら王宮を闊歩した。


 「シトリカ………、そして、クローバリサか……。

 そうか、君は………ルーナ、ずっと私を………」


 過ぎた過去を思い返す。

 今更、何が出来よう………。

 でも、そうか……、やはり私はあの家に嵌められていたのだな………。


 本当に済まなかったな、ルーナ………。


 君を迎えに行けなくて……



帝暦397年8月8日


 「君、その子の父親かい?

 その割には随分と物騒な格好をしているね」


 「………パパ、あの人?」

 

 「シルフィード君か、王宮騎士団の若き団長殿」


 長い髪を後ろに束ね、端正な顔立ちの男がこちらを警戒しながら話しかけてくる。


 彼の警戒に怯えた娘は、私の腕を掴んでくる。

 その様子を察し、警戒を和らげると何も言わず私の横にその男は座り込んだ。


 「オクラス殿ですよね、あなたは………」


 「…………」

 

 「いいですよ、別に言わなくても………。

 お互い、本当に苦労しましたよね………」


 「済まなかった、私の不甲斐ないばかりに」


 「………、あなたは悪くありませんよ。

 シトリカの方は見ましたか、あの子本当に昔の話アイツに似てますよね。

 自分も、初めて見た時はなんというか………」


 「…………」

 

 シルフィードは、ルーナの兄みたいなモノ。

 孤児院で共に育った彼は、血の繋がりは無いにも関わらずルーナの兄代わりとして彼女を支えてくれていた人物だった。

 私がルーナとの婚約に向こうの養夫婦から反対された際には、彼の説得もあって彼女との正式な婚約が叶ったのだ。

  

 にも関わらず、私は彼の恩義に対して………。 

 

 「その子は、フィルナさんの子ですか?

 今幾つ?」


 「ティターニア、4歳程だ」


 「そうですか、ハイド君については?

 どうなったかご存知で?」


 「シファ殿と一緒にいる、あの子供がそうなのか?」


 「御名答、今はシラフと言う名を名乗っています。

 しかし、勘のいい貴族からは彼の正体を既に見破っていますがね……。

 僕も、一応養子を預かっているんですけど、その子と彼は仲が良い関係でね……。

 シラフ君については、その子から色々と聞いてます」


 「そうか………」


 「フィルナさんは、やはりあの日に?」


 「生き残ったのは、私と娘だけだよ」


 「そうですか………」


 「一連の一件について、何か知っているか?」


 「クローバリサの手の者がルーナを誘拐し、そして当時当主だったその男との間に子供が生まれた。

 それがシトリカです。

 そして、あの火災についてだと……こちらの調べた結果王家の人間が手引きしたという事が明らかになりました。

 本気で根絶やしにするつもりみたいでしたよ、カルフ家をね?

 困りましたね、シファさんの治世は確かに平和そのものですが、水面下の悪事には放任どころか触れるな騒ぐなの圧政ときた………。

 正直、騎士団長なんて自分も名ばかりの身でしてね」


 「そうか………」

 

 「憎まないといえば、嘘になりますよ。

 でも、この国は今のまま変わらないのは流石にというか、なんというか………。

 何か自分に出来る事がないのかなぁと……」


 「それで、私を尋ねたかい?」


 「…………、単刀直入に言います。

 僕を、あなた達の仲間に加えてはくれませんか?」


 「本気か?」


 「ええ、まぁ自分の権限なんて限られてますけど。

 あなたの為になるのなら、僕は協力を惜しみません。

 昔は色々と助けられましたからね、だから今度は僕が力になりたいんですよ」

 

 「君の立場で国を裏切ろうとは、正気とは思えない。

 今からでも引くべきだ、私をこの場で捕えてでもな」


 「………、でしょうね。

 でも、僕も疲れたんですよ。

 国とか騎士とか、正直どうでもいい。

 僕は僕の守りたいモノの為に動きます、その為の足掛かりとしての騎士団ですから」


 「どういう意味だ?」

  

 「オクラスさん。

 僕はね、サリア王国の在り方を変える為に騎士団を目指したんだよ。

 でも、行き着いた先にはどうしようもない壁、いや化け物が存在していた。

 ソレをどうにかしない限り、この国は何も変わらない、この先何度も何度も僕等のような存在が沢山生まれてしまう。

 その連鎖を止める為に、僕はオクラスさんの元に行きたいんだ。

 本当の意味で、この国を救いたいんです」


 「…………本当の意味で救いたいか……」


 シルフィードの熱意は本気の様子。

 正直、彼を引き込めるならこちらの利点は大きいが立場故にリスクが高すぎる。

 

 しかし、彼の言葉の通り。

 この国に蔓延る悪習によって、我々のような犠牲が生まれてしまうのは耐えかねる。

 現在、彼女の元に預けられている息子までも私と同じように、この国の王家、貴族に都合よく利用される未来など………。


 「………、分かった。

 私からその旨は伝えておく、しかし組織との直接的な接触はしばらく控えて貰いたい。

 それと、継続して私の息子であるハイドの事を見守って欲しい。

 ヴァリス王国側から可能な限り君を支援するよう、最終的に話をつけておく」

 

 「良い返事を待っています。

 では、自分はこれで失礼します。

 御身体にはお気をつけて……」


 「そちらこそ、サリアの方は任せたよ」



 帝暦402年1月10日


 燃えるように身体が熱い、右腕の肘から先の感覚は消え私を必死に呼びかける血濡れた娘の声が幾度も聞こえてくる。

  

 「パパ!!パパ、返事をしてよパパ!!」


 「………、ティターニア……」


 かろうじて動く左腕で娘の頬に触れ、優しくそのまま彼女の頭を撫でる。

 

 この日、私はサリアからヴァリスへ戻る最中で野盗に襲撃を受けた。

 幸いにも、向こうが仕掛けた爆薬の量があまりに多く被害が甚大、こちらの雇った傭兵等に野盗等は騒ぎに呆気に取られている内に難なく捕縛された。


 そして私は爆発の瞬間、ティターニアを衝撃から庇った影響で全身に深手を負った。

 爆発物の破片は全身に突き刺さり、下半身は吹き飛んでいる。


 「なんで………なんでパパが………そんなのいや!!」

 

 「…………」


 思えば、この瞬間が初めて娘の顔をちゃんと見た気がする。

 フィルナの死、ハイドの失踪、カルフの失脚、様々な責任に負い目を感じ、私はいつの間にか娘の顔を見る事を避けるようになっていた。


 ただ愛情は本物であると、そのことだけは伝えようと仕事先にも可能な限り連れて歩いた。


 「パ…パ……?」


 「大きくなったな、ティターニア。

 ママに……フィルナにほんとうによく似ている」


 「うんうん………だからこれからもいっしょだよ!!

 パパと私はこれから先もずっといっしょ!!

 かぞくはいっしょ、そうだよね?」


 「ああ、そうだな………」


 「パパ、いたいの?」


 「ああ、いたいよ………。

 ティターニア………パパは君の側に……いたかった……」


 涙を流し続ける娘の顔が、私の最期………。


 呆気ない……、でも今度は守れたな………。


 ようやく私は家族を守れたんだよ。


 私の最期に、この手がようやく届いたのだ………。


 一番、守りたかったモノを私……は……



 瞬間、その手はゆっくりと落ちていく。

 

 わたしに触れた大きな優しい手が、目の前からふと消えていく。


 「…………」


 ひとりぼっち………。


 ママは私を生んで亡くなった。


 にいさんは、遠いところに行ってしまった。

  

 そしてパパは、わたしを守って……。


 「いや……いや、いやぁぁァァァ!!!」


 ひとりになった……私ひとりだけ……。

 家族が私ひとりを残してみんな遠くへ………。


 なんで?


 なんで死なないといけないの?


 私の家族はどうして死んだの?


 パパが悪いことをしたの?

 

 違う、パパは沢山の人の為になることをしていた。


 ママが私を生んだから?


 違う、ママは火災で亡くなった。


 兄さんが遠くへ行ったから?


 違う、にいさんは火災からわたし達を生かす為に遠くに行ったんだってパパは言っていた。


 何で火災は起こったの?


 私達を殺そうとした人達がやったこと。


 誰が?誰が、殺そうとした?


 「………ゆるさない、ぜったいに………」

 

 ソイツが誰であろうと関係ない、わたしの家族を奪ったソイツ等をぜったいにわたしはゆるさない。


 「ころしてやる………ソイツ等全員ころしてやる!!」


 全身に流れる気持ちの高ぶりが、わたしの中のナニカを呼び覚ましていく。


 身体は突如光に包まれ、目の前に骨のような一振りの剣がわたしの前に現れる。


 「…………?!」


 目の前に現れたソレに魅入られ、わたしはゆっくりとその手を伸ばし、剣を手に取る。


 「タ……ナ、トス?」


 流れ込む何かの断片的な光景。

 

 首の無い、沢山の人の山。

 燃え盛る街の中で、ふらつくように歩く誰か。


 そして、歩いた先で燃盛る何かに身体が貫かれた。


 様々な記憶がわたしの中に入り込んでいく。

 その先で、わたしはすぐにこれの使い方を理解する。


 剣を手に取り、わたしはソレを目の前で横たわるパパの身体に剣を突き立てた。


 「パパ!!

 わたしをひとりにしないで!!」

 

 剣はわたしの声に応えるかのように、パパに突き刺さった剣は溶けるようにパパの身体に入り込む。


 「ゆるさないゆるさないゆるさない!!

 わたしのかぞくをかえしてよ!!

 かえしてよ、わたしのパパをママを、にいさんを返してよ!!!」


 わたしは泣き叫びながら、握った剣に力を込める。


 どれくらい時間が経ったのか、わからなくなって……。


 意識がなくなる間際、わたしの手を優しく握るパパの手がそこにあった。



 

 「パパ………」


 


 パパ、わたしひとりでもがんばるよ。


 かぞくをころしたわるいひとたちなんか、わたしがぜんぶコロスから。

  

 そうすれば、パパとわたしはずっと一緒に居れるよね?


 にいさんも、ママもきっと喜んでくれるよね?


 わるいひとたち、みんな殺しちゃえばかぞくでずっと一緒に暮らせるよね?


 そうだよね、かぞくはいっしょ。


 だからね、パパ?


 わるいひとたちをみんなみんな殺してあげる。


 かぞくはいっしょ、そうだよね?


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