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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
296/324

造られた存在

帝暦404年1月11日


 「さてと、全く困ったものだよねあの二人は」


 「確かにそうですよねー、ほんと毎度毎度巻き込まれる私達の身にもなって欲しいですよ……」


 「それはそう、まぁしょうがないさ。

 片や十剣、片や王女。

 狙う輩は多いから、僕らみたいなのが彼等を裏から助けてあげないといけないんだよ」


 「それなら相応に報酬とか欲しいんですけど……」


 「まあまあ、後でシラフにでもおねだりとかすればいいさ?

 シラフ、君みたいな子から可愛くアピールされたら案外断らないでしょ?」


 「そうでもありませんよ、あの人最近そういうのに慣れちゃったんで……。

 少し前までベタベタし過ぎて慣れちゃいましたもん」


 テナって人と食べ歩きをしながら、あの二人の話が終わるまで王都を観光していた。


 現在居るのがテナさんの屋敷のあるヒルド区の隣であるアルヴィト地区。

 テナさん曰く、夜も繁華街のように賑やかで食べ歩きには丁度よい屋台飯が豊富なんだそう。


 確かに美味しい食べ物には目が惹かれるが、お酒のツマミというか、肉肉しいモノばかりでお洒落なお店っていうモノではない。

  

 まぁ、結構美味しいし、奢りだからよしとしよう。


 とりあえず王女様を夕方には王宮に返したいから、それまでの時間までなら問題ないだろう。


 と、そんな呑気な事を言ってられない気がする。


 「君、何か不味いのと関わってない?」


 「あー、やっぱわかります?」


 「さっきから僕ら監視されてるよね?

 君の後ろを結構な高さから見られてる」 

 

 そう言ってテナは上の方を軽く指差す。

 そこにはパタパタと飛ぶ、鳩が一羽。


 別に鳩なんて珍しくもないけど、幾ら都会とはいえ野生で群れてない上にこんな真冬で飛ぶのはあり得ないだろう。


 「アレ多分、使い魔か何かですよねー」


 「心当りは?」


 「ヴァリス王国のホムンクルスと思われる人物と王宮ですれ違いました。

 正直あの場で撒けたとは思ってなかったので、まさかなーとは思ってましたけど」


 「なるほどね、それで僕の屋敷まで王女を連れてきちゃって良かったの?」


 「良かったんですよ、王女の近くだと人質って見られてる可能性があったので。

 だから多分、今が一番不味いのかな?」

 

 「アクリ、それもっと早く言ってよ。

 それで、向こうの実力は?」


 「ラウの従者だったシンって人と同じ容姿をしていましたが、能力自体は恐らく彼女よりずっと上です。

 ヴァリスの宮廷魔道士のアーゼシカって人が作った存在らしいです?

 テナさん、彼女に心当りは?」


 「アーゼシカ、最近入った若手で凄い人がいるって話を噂で聞いてたくらいだよ。

 名前くらいを少し耳にしたくらいかな?」


 「ふーん。

 まぁいいです、多分お荷物になるだけなので。

 最悪、私が囮になるのでテナさんは逃げて下さい」

  

 「僕をお荷物って、これでもこの国じゃ結構実力はある方だよ?」


 「ホムンクルスと人間を同列に扱うのは控えた方がいいですよ?

 肉体強度もそうですが、骨に至っては鋼鉄すら傷一つ付きませんし。

 魔力だって、結構しっかり込めないと魔術そのものを弾いちゃうんですから」


 「へぇ、結構便利な身体してるんだね?」


 「別にそうでもないですよ。

 身体能力を犠牲にホムンクルスは人間と比べて寿命は短いです。

 加えて、私のような第四世代型は年齢を重ねると人間に近づく特性があるんです。

 これはホムンクルスの延命の為に行った措置なんでしょうけど、その影響で年齢を重ねると身体の劣化が結構凄いんですよね。

 最初は成長に応じて魔力量が伸びていくんです。

 でも、全盛期を迎えて以降は5年間隔くらいで3割も落ちます、身体能力も次第に衰え最終的には人間と同じかそれ以下ってところですね。

 でも、このおかげで寿命はこれまでの倍近くまで伸びたというのが、利点なんだそうですけど」

  

 「ふーん、向こうさんは何か違うと?」

  

 「アレは絶対設計者の性格が悪いですよ。

 私みたいなのは、あくまで人としての器の範疇を逸脱していないんですよ。

 この通り造形は美少女、ヒトですよ、ええ。

 でも、アレはなんというかラウって方と同じ雰囲気をしていました。

 人間を辞めたというか、別のナニカみたいなそんな力を使っているんです」


 「君がそういう評価をするってことは、ラウの戦い方ってそんなに異質なのかい?」


 「私はあくまで人間の編み出した魔術を使うんです。

 あとはそこに基礎的な身体能力とか、私の基本性能の掛け算で戦っています。

 でも、ラウってヒトはグリモワールとかいう訳の分からない力を使う器として肉体があるみたいなんです。

 例えるなら私はただただ身体能力が高いって感じで、あの人は馬とか乗り物に乗ってるみたいなものだと言えばいいんですかね?」


 「あー、理解した。

 それじゃあ、あのそっくりさんのホムンクルスは何かそういう外付け的な能力を宿していると?」


 「外付けというか、ヒトとしての能力の範疇に収まっていない可能性があるんですよ、あの人。

 確か以前マスター達と交戦した際にそちらが戦ったノーディアみたいな?

 あんな感じの異種族の力を使う可能性が高いかと。

 あれくらいなら、少しホムンクルスの製造について知識をかじってれば実現は容易な部類なので。

 とは言っても、第2世代で実現できた技術ですしアレをやると長生きしないんですよね。

 出力下げたノーディアで20年保たないって話だったので………」


 「僕にはさっぱり、なんでそこまでホムンクルスの寿命を伸ばそうとしたんだい?

 アルクノヴァって人はさ?」


 「人間を作ろうとしたんじゃないですか?

 だからヒトに近づけたんだと思います。

 別に殺す道具ならヒトじゃなくてもいいんですよ、個体は少なくても獣人とか天人族はそれなりに居ますし。

 死体を少し弄ってしまえば、それなりの戦力になるくらいの技術はあります。

 あくまで人間に拘ったのは、本当は人間を作ろうとしていたからなんだと思います。

 私がクレシアって人と似てるのは、そういう理由があったからなので………」


 「理由?」


 「血統を守る為ですよ、神器の担い手の血筋を」


 「…………」


 「昔はこの国でも血統を守る為に、政略結婚が近い親族で多かったらしいじゃないですか?

 ですが、近い血縁者の間の子供というのは身体の構造が不安定になりやすいんです。

 遺伝子系の疾患とか、ソレが割と多かったらしいですよ。

 確かソレを昔は魔女の仕業だって、ここの教会は広めたらしいですが………。

 そういう事もあって近い血縁者の子供は問題があるんです。

 ソレを緩和する為に、血筋を守りつつ近親婚を避けるモノが必要だった。

 養子の風習っていうのが、今も残ってるんでしょう?

 そんな感じで生まれた幾つかの方法にホムンクルスを扱うというモノがあったんです。

 つまり、私みたいなホムンクルスに血統を保存し子供を作るって方法ですね。

 しかし、所詮は人間のまがい物と人の間に子供が出来るかっていうと実際そう上手くはいかなった」


 「…………」


 「私達は、普通の人間とは身体の構造が違います。

 私がこれでも一番人間の構造に近いんですけど、私の同型だった子達でさえ肝心の生殖機能って部分はどうにもならなかったらしいんですよね?

 当然って言えば当然ですよ、私達はあくまでまがい物、人のカタチをした偽物なんですよ」


 空いた左手に魔力を込めると、小さな魔法陣が出現。

 そこに、淡い青を放つ光の塊と黒っぽい土の塊を生み出し光と土の塊を混ぜ合わせていく。


 「マスターの残した資料から分かると思いますけど、私達ホムンクルスの身体の半分は泥を魔力で固めたみたいな存在なんですよ。

 泥と魔力とかいう無機物で構成された塊と、ほとんど有機物で構成された生き物との間では子供が生まれる訳がないですよねー?

 サルと人間の間に子供が生まれるとか本気で思ってますか?

 そういう話なんですよ、私達の存在は」 


 混ぜ合わせたソレから最終的に、人の肌の感触に近い球状の何かが生まれる。

 軽く握ると、背骨のような硬いモノが存在し上手く完成した事を確認するとテナにソレを手渡した。

 

 「……………」


 「それでも限りなく少ないですが、成功例は幾つかありましたよ。

 でも、彼等は例外なくすぐに亡くなったか………。

 よくわからない肉の塊になっていた。

 そして、母体はソレを産んで100%死んだんです例外なく全員ね。

 成功例の子供が存在していたなら、私のような高い身体能力を……。

 あるいは、莫大な魔力を宿した人間が神器を扱っていたでしょうね。

 天変地異を軽々と行える力を宿した者が沢山生まれるとなると結構面倒ですよね……。

 人工神器の研究も、元はホムンクルスの間に生まれた子達の適応するモノとして開発される予定だったものが派生して、量産化さらた簡易的な神器というモノに落ち着いたんです。

 まぁそれも人工的に生まれたモノであるが故に、ラウさんの持つグリモワールには反応しないっていう特異な特性がありますが」


 「君達ホムンクルスは人間をどう思ってるんだい?」


 彼女はそう尋ねると私が渡した塊を握り潰した。

 内部の体液が溢れ、ソレを拭き取る様子を眺めながら私は答える


 「正直よくわかりませんね。

 私を直接害するって話なら、勿論敵対一択でしょうけど……。

 シラフ先輩みたいな底抜けなお人好しも居るので、まぁそこまで悪くはないのかなぁと………」


 「………そう」


 「あなた方すれば、脅威に他ならないでしょうね?

 私といい勝負出来るのが、せいぜいシラフ先輩やラウさんくらいなので……。

 シルビア様は結構いい線行ってますけど、まだまだ経験不足です。

 多少こちらが駆け引きに持ち込めばまだ対処は可能なくらいですから」


 「僕には余裕なんだ」


 「強そうですけど、あなたはまだ人間の範疇なので。

 さてと、それ片付けたらアレの処理を済ましましょうか?

 向こうは今、私達のすぐ近くに来ていますよ?」


 その瞬間、振り向きざまに左手で引き抜いたナイフが目の前の衝撃に耐えかねて砕け散る。


 魔力の補強が間に合わない、やっぱりかなり面倒な相手だというのは確実と見ていい。


 「受け止めましたか、偽物さん」

 

 「やっぱり、バレてましたか★」


 左手はまだ痺れている……いや、少し違う。

 魔力の流れそのものが阻害されている。


 なるほど、そうきましたか………。

 あの人の攻撃、身体で直接受けるのは控えた方が良さそうですね……… 


 「あなたを排除します。

 アルクノヴァのホムンクルス」


 「はぁ、私はもうあの人の所属じゃないんですよ。

 というか、何の真似ですか?

 私、今機嫌が悪いんですよ?」


 「我々の主は、あなたを危険と判断した。

 それ以上の理由は必要ありません」


 「交渉は難しそうですね。

 テナさん、こんな街中で騒ぎを起こしそうですが良いんです?」


 「僕に言われても困るよ、というか君何者?

 僕、一応この国の騎士団長の娘なんだけど?

 シルフィード・アークスの名を知らない訳がないよね?」


 「シルフィード……、あなたが……」


 彼女の素性を聞き、僅かに意識がそちらへと揺らぐ。

 彼女の厄介な能力、さっさと彼女を抑えたいところだが正面から戦うのは少々無理がある。

  

 街中で騒ぎになると、事後処理が面倒。

 まぁ、向こうは関係ないみたいですが………。


 向こうの言い分としては、ルーシャ王女を誘拐した私を排除してお手柄を得たいってところですかね?

 でも、手柄が欲しいよりかは………。


 同じホムンクルスという事で、こちらを警戒したって辺りが妥当でしょうかね?


 「それで、どうするつもり?

 君、所属は何処?

 直接言わなくても、この子に聞けば分かるけどさ?

 彼女は客人なんだ、そちらにどういう理由があれ僕の友人に害を成そうなら容赦はしないよ」


 「………」


 返答は無しと……。

 分が悪いから沈黙ってところでしょうか……。

 多分、生まれてそこまで経ってないってところですね。

 性能任せで、打算的かつ戦略性に欠けるときた……。

 多分、生まれて2、3年経ったかどうかって具合でしょうかね?


 あるいはそれ以下……。


 「サイ・フレンゼ、で良いんですよね?

 あなたは自分からヴァリス王国のアーゼシカって人の部下って仰っていましたから」

 

 「ええ、それであなたの名前は?」


 「アクリ、アクリ・ノワール。

 元の姿に関しては、コレとほとんど大差ないですよ」


 「ノワール………」

 

 戦う意思は無くなった、かに思えたが違う様子。

 魔力の高まりを感じ、彼女の全身に赤い幾何学模様の魔力の光が漏れ始める。

 

 「ルーシャ王女を誘拐し、王女の身を守る為に彼女を引き付けるもシルフィードの娘はその手に掛かる。

 王女奪還の為、私はやむを得ず誘拐したアクリ・ノワールを殺害した。

 そういうシナリオにすれば問題ありません。

 多少街が荒れようが、あなたを殺す為に必要な犠牲だったという話です。

 ですから、ここであなた方は排除します。

 全ては我らが主の為に」


 戦闘モードっていうところですかね。

 交渉は無理、そして民間人の多少の犠牲は問わない。

 全ての罪は私になすりつけるつもりときた……。


 しかし、この感じ……、

 私の知る他のホムンクルスとは明らかに違う。


 手の内が見えない以上、下手に手出しするのはかなり危ない行為だ。

 でも、向こうは逃がすつもりはないし……。


 素直に負けを認めるとなると、私に死ねという話になってしまうのが嫌すぎる。

 

 「アクリ……ちょっと、落ち着いて……。

 そこの君もだ、場所を考えろ!」


 「テナさん、逃げるなら早めにどうぞ。

 加減出来る相手でも無さそうですし」


 左腕の違和感が薄れつつあり、左腕以外に全身の魔力を集中させ強化していく。

 私の戦意を汲み取ったのか、向こうの魔力が大きく跳ね上がり次の瞬間、お互いの攻撃が交錯する。


 こちらの武器が短刀一つ、対して向こうはよくわからない透明な刃。

 

 手に持っている……いや違う。

 腕そのものが刃と化していたのだ。


 なるほど、道理で初動が速い訳だ……。

 経験の浅いはずの彼女が、あの練度、いや精度で動けた理由に筋が通る。

 

 「アクリ・ノワール、何がそんなに面白い?」


 「あなたの強さの秘密がわかりました★

 そりゃあそうですよね、あなたくらいの実戦経験で物体に魔術をこめるなんて芸当は不可能ですからね★

 ラウさんですら、まだまだ粗がありますから?

 直接身体を武器に変えられるなら、確かにあの魔術がこちらの攻撃通せたのは納得ですね」


 「何が言いたいんです?」


 「身体の一部が変化するタイプのホムンクルス。

 つまり、身体に直接ダメージを受けたら致命的なタイプなんですよ。

 要は脆いんです、だからさっさと攻撃通してあなたを倒します」


 次の瞬間、交錯した武器が離れ次の攻撃が衝突する。

 散弾銃の如く、人体の限界を超えた斬撃の極地。

 お互い平然とした表情、身体能力による性能差はほとんどない。

 つまり、残りをどう埋めるかって具合だ。


 一撃一撃を正確に振るい、そして相手の攻撃を確実に制圧していく。

 要は手数をとにかく積む作戦。

 

 ただ、一撃一撃の合間の感覚をずらしながら相手の攻撃をいなしている。


 向こうからすれば徐々に自分の攻撃の感覚がずらされていくのだから、実戦経験の薄い相手程自分のペースを乱されるのは堪えてくる。


 それも、お互いほぼ全力に近い速度なら尚更。

 一度の過失が、命に関わるやり取り。


 「その程度で優位に立ったつもりか貴様!!」


 攻撃の速度が上がる、しかしまだまだ付いていける領域だ。

 速度が上がるも、一つ一つの手が単純になる。

 

 攻撃の手を引き一度距離を取り直す、こちらの様子を呆然と眺めているテナに至っては、正直居ても居なくても変わらなそうである。


 「テナさん、そこに居られるとかえって邪魔です。

 手助けするつもりがあるなら、自警団や仲間の一人くらい呼びに行って下さいよ」


 「君一人でアレに勝てるのかい、アクリ?」


 「多分勝てますよ、ただ全員無傷は厳しいです。

 とにかく、心配する暇があるならさっさと仲間を呼びに行って下さいよ!!」


 「分かった分かった!

 それじゃあここは、頼むよアクリ!!」


 「させない!!」


 向こうは当然邪魔立てする為に迫ってくるが、当然これは私がすぐさま阻止する。

 背後に回り込み、後ろから後頭部に蹴りを加える。

 地面に軽くめり込む程に相手の身体が叩きつけられたが、まぁ同じホムンクルス同士だし無傷だろう。


 テナが去っていくのを見送ながら、私は地面にへばり付くソイツに向けて刃を向ける。


 「ほら、どうしました?

 喧嘩の相手を間違えないで下さいよ★」


 「っアクリ………ノワール!!」


 「さあ、立って下さい。

 あなた一人に余計な時間を割いてるんですからね★」


 「グリモワール・デコイ、起動………」


 今度はグリモワールの使用ときた、なるほどノエルかマスターからの技術が何者かによって奪われた。

 若いホムンクルスの実戦投入を早々に行う辺り、そこまで頭は賢くなさそう。

 あるいは、彼女を置いても勝てる算段が取れた。

 

 それとも、こいつが勝手に暴走している可能性もある


 「グリモワール・デコイ、起動………」


 相手のグリモワールに応じる為に、こちらも使用。

 問題は相手の実力の底がまだ見えないこと。


 周りの被害を大きくしてはいけないからさっさと仕留めるべきなんだろうが……。


 こいつは何かを隠している。

 故に踏み込んではいけない何かに警戒していた。


 それが彼女を私が恐れていた一番の要因であると確信している。


 警戒すべきソレに、探りを入れておくべき。

 今後、何らかの形で再び相見える可能性が高い。

 

 極力こちらの手の内は晒さずに、何とか対処をしておきたいところだが………。


 「「対象の観測を開始します……」」


 「「対象をグリモワール・デコイと認証」」


 「「権限レベルBを承認、武装を展開」」

 

 こちらの周りには、計十五本の漆黒の短刀。

 相手の周りには、二十本の漆黒の剣。


 剣といっても、刃先は波打っている特殊な代物。

 直剣にしないのは、相手の治癒を阻害したいが故なのか?


 相手の方が数は多いが、質が伴っているかは別。

 最初の立ち回りの時点で私の方が優勢だった。

 

 当然、勝てる勝負。


 「「これより対象の殲滅を開始します」」

 

 言葉と共に、お互いの攻撃が再び交錯する。

 凄まじい破砕音が嵐のように、響き渡る中。


 目の前存在を倒すべく、私は刃を振るった。


 一撃一撃は私の方が優勢気味、警戒すべきではなかったのか?


 幾度となく両者の武器は交錯するも、やはり相手の練度はそこまで高くはない。


 魔力量もそこまで高くはない………。


 なら最初に出会った時のあの違和感の正体は?


 手の内を出さない、あるいは出せないのか?

  

 「警戒し過ぎましたね。

 まぁこんなところに私以上のホムンクルスが居る訳ないんですよ、当然ね」


 相手の底が見えたと私は判断し、躊躇わず一気に攻撃へと踏み込む。

 相手の表情が歪み、焦りの感情が表に出る。


 正直、あなたと同じ顔の彼女の方がずっと強かった。


 それ程までに、目の前の存在は弱い。

 

 基礎能力は上のはずなのに惜しい人ですね、本当に


 硝子が砕けるように、彼女の放つ武器の破片が辺りに舞う中雪と刃が入り混じり、相手は絶望のソレが表に現れていた。


 そして、相手の間合いを完全に詰め切り左腕を私の握った刃は捉えた。

 

 「最初のアレの仕返しです★」


 そう言って、私は彼女に一撃を叩き込む。

 軽く腕の骨にヒビが入るかどうかの威力。

 

 致命傷にはならない。


 しかし、攻撃の瞬間ソイツの口角が僅かに上がった。


 当たると確信した私の攻撃は空を切った……。


 腕がそこには無かった。

 身体がそこには無かった………、


 下から私を見上げるソイツの姿が………。


 溶けていた……コイツ、ヒトの形をしていない……。


 「捕まえました」


 目の前にあったのは、黒い液体のようなモノと化したあの女である。

 

 身体の一部が変わる能力、それが全身に及ぶどころかそもそもこいつは人のカタチをしていただけ……。


 瞬間、その黒い液体から鋭い棘が無数に現れ私の全身を突き刺した。


 躱すこともままならず、急所は外れたが致命傷。

 

 すぐさま飛び退くも身体が動かない。


 毒、いや最初に受けたあの攻撃と同じモノ、


 「油断しましたね、アクリ・ノワール。

 流石に少し焦りましたよ、私の正体にあの初見で見抜かれたかと思ったので。

 やっぱり、ヒトのカタチを取るのは難しいですね。

 結構上手く出来たはずですけど、まだまだですよね」


 「………あ……あ………」


 あり得ない……、こんなの……。

 ヒトのカタチそのものが偽りだなんて……。


 ヴァリスのアーゼシカ、何なの一体?

 何で無名の魔術師風情が、マスターと同等の技術を持っているの……。


 何の為に?

 何を企んで、こんな訳の分からない化け物を……


 「改めて、自己紹介をしましょうか?

 私はサイ・フレンゼ。

 第5世代型ホムンクルス、その試験型の一人です」


 黒い液体のソレは、不敵な微笑みを浮かべ私にそう告げるとゆっくりと近付いてくる。

  

 第5世代型………つまり、新型のホムンクルス……。


 私より後の世代、それも別の進化を遂げた……。


 「ああ………」


 動かなくちゃ、でも指一つも動かない。

 助けを呼ぼうにも、声が………。


 魔力もろくに込められない。


 不味い、本当に私………殺される………

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