最後の王、その剣として
帝暦404年1月11日
「なるほど、そちらも色々と大変ですな。
タンタロス殿……、そちらでは昨年の冷害の影響が根強く食料の輸入品が増えているときた。
しかし、未だ消えない経済の冷え込みに輸入品の価格は高騰は止まらないと……」
「ええ、しかしこれでもかなりマシにはなっていますよ。
数年前までは、そちらで失脚したカルフの影響が大きく苦境に立たされました。
生前、彼とノエル殿を中心とした医療支援があったからこそ早期の黒炭病の解決に役立った。
以降は、当時現場の下っ端もいいところだった私があちこち回って今の地位と状況という感じですよ」
「随分と苦労された人生ですな、あなたの功績故に国内で救われた民も多いでしょうよ。
あなたを慕う臣下達の声も、私の耳には届いておりますよ。
隣国であり唯一無二の友好国であるヴァリス王国無くして、我がサリアの繁栄は難しい。
今後とも両者の発展の為に仲良くしていきましょう」
「私には勿体ないお言葉ですよ。
あなたの意思は、私の方から我が王ヒルダルクに必ずやお伝え致します。
今後とも両国のより良い関係を……」
サリアの国王との対談も終わりに向かっていた頃、部屋の扉が開いた。
現れたのは、アーゼシカの部下であるサイであった。
「タンタロス様、報告が……」
「サイ君か、まさか君が来るとは。
アーゼシカ殿から何か伝言かい?」
彼女はそう言うと私に近づくと、耳元で囁く。
「ヘリオス様が見つかりました。
しかし、一部記憶が無くなっております。
意思疎通は可能でしょうが、戦力面としては素人同然もいいところです」
「………そうきたか」
「タンタロス殿、何か?」
「ここサリアで我々の探していた行方不明の者が見つかったそうだ」
下手な隠し事はかえって誤解を招くだろう。
簡潔な事実は伝え、尚且つ彼女の回収に関して上手く味方に回しておくべきだ。
「陛下、済まないが知人の身柄をこちらに引き渡しては貰えないだろうか?」
「お安い御用だが、その者には何か特別な理由でもあるのかい?」
「軍の関係者だ、部下と少々揉めて行方を眩ませて頭を悩ませていたんだ。
この国で大きな騒ぎを起こされてはお互いの面子を保つ為にも、さっさと回収しておきたい」
「そんな者がこの国に流れていたのか……」
「済まないな。
このような理由で細かいところは聞かず身柄を早々に回収したいのだ。
頼めるかい?」
「そういうことなら何とかしよう。
他でもない君の言うことだ、多少の融通は効かせよう」
「恩に着る、その者の名前はヘリオス・カーエルフ。
長い赤髪が特徴の女性だ。
サイ、彼女の現在の所在は?」
「アルヴィト地区の自警団にて現在保護されている模様です。
被害としては、自警団内で備品を破壊したとの報告が出ているそうですが……」
「そうか……。
済まないな、被害に関しての弁償は必ずしよう」
「別に構わないさ、君はそちらへ先を急ぐといい。
向こうには私から話を通しておく」
「助かる、私は失礼させてもらうよ。
この礼は必ず、では行こうかサイ」
「了解しました、タンタロス様」
●
王宮を出て、車を用いて現場に向かう。
隣に座る彼女は何か考え事があるようで、顎に手を当て思考を巡らせている。
「サイ、何か心配事でもあるのか?」
「部屋に押しかける以前に、例のアルクノヴァの人形と会遇しました。
第二王女を引き連れて、何かを企んでいる模様でしたが下手な刺激をしては王女の身が危険と判断しその場を流したんです。
あの場にはサリアの陛下も居りましたから、騒ぎを大きくすると後々の事後処理が面倒になりますし……」
「しかし、アルクノヴァは既に死んだのだろう。
あの者の息が掛かり何かを企んでいるとして、我々の目的の障害となり得る可能性は低い。
あの者一人ならの話だが………、まさか第二王女を外に連れ出すとは……」
「王女自身は彼女をクレシアと紹介しておりましたが、恐らく偽名でしょう。
変装の魔術をしているのか、少々魔力の揺らぎが気になりましたから」
「そうか、しかし報告はもう少し早く欲しかったよ。
しかし、クレシアか……。
かつて交友があったノワール家の一人娘がクレシアという名前だったはずだ。
そして、この国の十剣の一人であるシラフ君もかつてはカルフ家の者として、幼い頃にノワール家と交友関係があった。
全く、こんなところでまた彼の存在が関わってくるとは、無視できる問題では無くなったな………」
「どう致しますか?」
「ホムンクルスに関しては排除しよう。
ソイツは私の友人の娘の姿に化け第二王女を誘拐。
そして、更には身代金を王家に要求しようとした。
君はアレを排除し王女を奪還、王家に対して良い恩赦となるだろう。
ヘリオスの返還の件に対しての返礼としては十分過ぎるモノになるはずさ
第一王女の婚約も近い、この騒ぎをあまり大きくしてはならないが………。
サイ、君の失態を挽回する機会だがどうする?」
「命令ならば引き受けましょう。
必ず第二王女を奪還し、例のホムンクルスを必ずや始末致します」
「そうか、しかしくれぐれも深追いはするな。
命令の遂行が困難と判断したなら即時撤退。
アーゼシカの帰還目処が不明な以上、彼女帰還を待たずに君を失うのはこちらも不味い。
あくまで己の無事を最優先、私の命令はその次で構わない」
「了解しました」
近くで彼女を車から降ろし、例のホムンクルスの排除に向かわせる。
優秀な彼女のことだから、大きな騒ぎにはならないだろう。
しかし念には念を入れておきたいところ。
こんな時にアーゼシカと連絡の足が着けばいいのだが、連絡手段が無いのがかなり惜しい。
シファ・ラーニルが文明の発達を抑制しているのが、カオスと我々の目的の妨害になっている。
何処まで先を見ているのか、あの魔女は計り知れない
加えて、第ニ王女を救った事でこちらが上手く王女と関係の深いシラフ・ラーニルに接近出来る可能性が高い。
モーゼノイス等は既に彼と出会えたようだが、立場上すぐにヴァリスへと引き込むことは難しい模様。
しかし実の父と妹という家族が手駒に握られているこちらからすれば、彼を引き込むのは容易だ。
彼も味方に引き込めれば、計画の達成は近い。
新たな世界の為。
この世界の全ての猿を排除し、我々新人類の為の理想郷を創る為に……。
セフィラ計画は完遂は近い………
●
ルーシャ連れて、王宮を抜け出したというアクリの話を聞き俺は頭を抱えた。
しかし、仕事を放り投げた俺が言える立場ではない。
「というかさ?
僕の家でわざわざ集まらなくても良くない?
外だと目立って問題あるのは分かるけどさ?」
「確かにそうだな、すまない」
しかし、ルーシャはどんな要件で俺に会いに来たんだ?
心当たりに関しては、何となく察しはつく。
2つ目神器を隠していた件を掘り返す為か?
あるいは、俺の家族の件についてか?
ソレを踏まえての今後についてか?
多分全部だろうな、うん………。
しかし、お互い話題に踏み切れずルーシャはアクリと話してばっかり。
俺も似たようにテナと話してばかりで、せっかく会いにきたのに本人同士の会話が皆無なのだ。
「そろそろ本題に入ったらどうです、お二人さん?」
しびれを切らしたアクリがそう言うと、先程までの表面上のなごやかな雰囲気は無くなった。
「確かに、その方がいいかもね。
僕らは邪魔になりそうだし……。
ねぇアクリ、外で何か食べにいかない?
何か奢るよ」
「本当ですか、それじゃあ私はテナさんと外で食べに行くのでちゃんとお二人さんは話し合ってて下さいよ」
そんな無理やりな切り替え方に戸惑い、俺とルーシャは部屋にとり残される。
「…………」
「…………」
数分の沈黙、まぁ当然だろう。
俺から言うべきだろう、しかし何を?
視線を泳がせ、俺は何か話題を探す。
当然ルーシャと僅かに視線が合い、再び沈黙。
顔合わせて、これとは……。
別に嫌ってるとか、今更恥ずかしいとかじゃない。
何を最初に言うべきか……。
俺の言葉で、彼女に何を………。
不意に、昨日のテナとの会話が過ぎる。
あの時、彼女に伝えた決意の言葉………
「俺は、俺の守りたい人達の為に戦う。
サリア王国も、家族も守りたい……」
考え抜いた末に、たどり着いた答え。
本心をそのまま、その通りに垂れ流した。
「そっか……うん、シラフらしいね」
「それしか無かった、散々悩んで結局どちらも捨てる覚悟が無かったんだ」
俺の言葉に対して、ルーシャは俺の横に座り直し優しく俺を抱き締めてきた。
「私、シラフみたいに強くなれないよ。
本来、私なんてあなたの隣に立って要られる資格なんてないんだよ。
でも、あなたの優しさに甘えてしまって……。
それで安堵した自分が嫌になる……」
「…………」
「あなたを想う気持ちは本物だよ。
でも、今のままじゃ私は駄目なんだ。
きっと、この先もあなたの優しさに甘えてしまう。
でも、私はあなたみたいに強くはない。
剣を握る覚悟がないの、あなたの隣で戦う覚悟がないから……」
「………」
当然だ、ルーシャは運動が得意な訳じゃない。
そもそも、剣を握る機会なんてない。
だから当たり前のことなんだ。
しかし、俺の言葉を遮るように抱き締めた身体を離し俺から離れると俺の目を見て言葉を続ける。
「でもね、私は私に出来るやり方であなたの為に出来る事がしたい。
あなたに相応しい王女になるって決めたあの日から、私は学院で頑張ってこれた。
でも、それだけじゃ足りない。
シラフが自分の守りたいモノの為に己の命を賭した覚悟で戦っている。
それに対して私は、あなたの誠意に対して示せる覚悟が足りないの。
ここに来るまでずっと悩んでた。
あなたの為に、私があなたに相応しい王女で在る為に私が示せる覚悟は何かを……。
あなたの隣に居る為に、あなたが私の騎士である為に私が示せる誠意は何か……」
「どうするつもりなんだ?」
「私は………。
ルーシャ・ラグド・サリアは、サリア王家最期の王となってこの国の王政に終止符を打つ。
サリア王家が、いやこの国の腐敗した社会全体が同じ過ちの連鎖を繰り返さない為に、私がこの国の先頭に立ってこの国を変える。
教会も貴族も関係ない、身分に縛られる国を民が自分で指導者を選べる国にする。
国の未来は王家や貴族、教会が支配するんじゃない。
この国に生きる全ての民達が一緒に国を造れる国にするの」
「王政を終わらせるって……ルーシャお前何を……」
「私は本気だよ、それくらいやらないと私はあなたの隣に立つ資格はないから。
でも、当然私一人じゃ無理だってわかってる。
王族の一人だとしても、私は所詮第ニ王女の小娘に過ぎない。
お兄様達と比べれば、王位継承権も遠い。
当然こんなふざけた真似は邪魔されるわ、今の地位を手放したくない輩は当然多い。
それは私だって同じだよ、王女でないなら私はあなたの主では居られないから」
「いや、それは………」
「わかってる。
シラフはそうじゃないって言ってくれる。
でもね、そんな形式の話じゃない。
あなたとの約束を果たす為に、あなたの覚悟に対する誠意を私は示さないといけないの」
「………」
「だからシラフ、私を王様にして。
私の王道を果たす為に、あなたという剣が必要なの。
沢山血が流れるかもしれない、それでも私が果たさないと私は自分が許せないの!
あなたの隣に立つ為に、あなたに相応しい主で居る為に、私はこの国を変えなきゃいけない!!
この国を変える為には力が必要なの!!
この国を変える為に、あなたの力が必要なの!!
私がサリア王国最期の王となる為に、私にはあなたが必要なの
結局人頼みだよ……でも、私にはこれしか出来ない。
でも、あなたと同じ苦しみを背負う人が居なくなるなら、この国の腐敗に終止符を打てるのならサリア王家最期の王様の責務に相応しい」
「ルーシャ………本気なのか」
「ええ、本気。
私は王になる、この国を変えるの。
あなたの為に、私の為に……。
この国の為に………」
ルーシャは確かな眼差しで俺にそう告げた。
ふざけた事を言っている、でも不思議と嫌な気分じゃない。
俺だって言ったんだ、馬鹿げた理想を。
ソレを王家の彼女が言うなら、これくらいの規模じゃなきゃ話にならない。
やってやろうじゃないか、彼女が望むなら………。
我が王が、ソレを望むなら………。
「その夢、共に歩みましょう。
あなたの夢を果たす為に俺はあなたの剣になる。
我が王よ、あなたの王道にこの身は最期まで……」
しかし、彼女は俺の言葉を遮った。
「いいえ、最期じゃない。
その先も私達は共に在る。
新たな国で、この国を共に造るの。
そうじゃなきゃ許さないよ、絶対に」
「………、そうだな、ああ……」
「当然、誰が王様になると思ってるの?
大船に乗ったつもりで期待するといいわ」
「頼りにしてるさ、我が王よ」
俺の王様はこの人で良かったと………
心の底からそう思えた瞬間だった。