隣に立つ、理由と資格
帝暦404年1月9日
「まさか、専属に置きながら彼と結ばれたいとは……。
全く、お前は昔から自分勝手が過ぎるようだな、ルーシャ」
「……当然、ご存知でしたかお祖父様」
予定を無理やり開けて、私は実の祖父であり先代国王も務めていたシャーデリク・ラグド・サリアと面会していた。
「それで、私に何の用があったのだろう?
何か欲しいモノでもあるのか?
他ならないの愛する孫娘の頼みだ、何でも買ってあげようじゃないか」
「…………欲しいモノという訳ではありませんが、少々お聞きしたい事があります」
「ほう、聞きたい事か……。
学院で何かあったのかい?」
「ええ、まぁ色々と………。
積もる話も沢山ありますが、率直にお聞きします。
かつて、五大名家に名を連ねていたカルフ家とは一体どのような家系だったのですか、お祖父様?」
「カルフの名を何処で聞いた?
ご友人のノワール家のご令嬢からかい?」
「まぁ、そんなところです。
この国の将来の為に、かの家の事を知ろうと思った次第ですので」
「………実に驚いたよ。
一番政治に疎かったお前から、そういう言葉を聞けるとはな………。
学院での活躍は耳にしていたが、王国の将来を担う者としての器として良い成長をしてくれた」
「………」
「だが、あの家について知りたいとは………。
お前は何を知っている、ルーシャ?」
「シラフがカルフ家の人間である事。
それと何らかの理由で、カルフ家は王家と一派閥の貴族等との対立があった事は知っています。
詳細に何があったのかについてはよく知りませんが、シラフがカルフ家の人間であった以上、主である私に無関係という訳ではありません」
「…………、誰の入れ知恵かはあまり詮索しないが、あまり関心はしないな、ルーシャよ。
まぁいいさ、あの家はこの国が抱えていた膿のようなモノだったのだからな」
「膿?」
「カルフ家はかつて数多の国々や商会との繋がりが強く、外交及び貿易商の要であった。
家の発端は奴隷商、世界各国から寄せ集めた珍しい種族や特異な力を持ったモノを売買していた闇の商会の一大巨塔。
かつて、妖精族の王家に従っていた、同族であったカーエルフ家の末裔。
それが時の流れを経て、カルフという名前に変わっていたがな………。
それが帝国統治以前には、かの王国騎士団及び教会の闇派閥の勢力に変わり、かのリースハイルが統治していた時代に激しい抗争を行っていた一族に至った。
最終的にはかの争いに負け、我々のよく知る現在のカルフ家になったのだが」
「十年前、シラフが神器に選ばれたのは?
誰の指示で?」
「神器の契約に伴う選定の儀を執り行うにあたって、当時国王の座にいた私や十剣、更には何人かの推薦が必要だった。
当時、ヴァリス王国の役人の一人であったビーグリフと名乗る男が昔からカルフ家とは交流があり、彼を始めとしたヴァリス王国や教会のカルフ支持派の推薦によって、かの儀式が行われたのだ。
その結果は見ての通り、あの家は炎に包まれて息子一人を残して滅んだ。
遥か昔に犯した大罪の因果応報であり、シファ・ラーニルが彼を引き取った事で実質カルフ名はサリア王国からは抹消されたのだよ」
「お祖父様と、ヴァリス王国が………」
「何か言いたい事でも?」
「何故カルフ家がそこまで言われなくてはならないのです?過去のカルフ家と、今のカルフ家は違う。
治めた人間が違うはずです、今の彼等には何の罪もないでしょう?
ソレを、お祖父様はこの国の膿だと仰るのですか? この国を支えてくれた、カルフ家を」
「………あの息子に絆されたか?」
「………、私は私の意思で彼の味方です。
私が、彼に相応しい王女であろうと決めたあの日から、彼は私の大切な友であり想い人であり私の誇れる立派な騎士です」
「それで、今更知ってどうするつもりなんだ?
ルーシャよ、我々サリア王家はこの国の未来の為にかの家を滅ぼした一族なのだ。
我々の一族が、お前の恋人の家族を殺したも同然。 それでも尚、お前は彼の主として、恋人として振る舞うつもりか?
お前が良くても、彼はソレを知ってどうなる?
お前を、家族を殺した我が王家を許すと思うのか?
家族を殺したモノを、あの男は許すと思うのかい?
ルーシャよ、どうなんだ?」
「…………」
「それが分からないお前ではなかろう?
主従ごっこも、これで十分だろう。
あの男の事は忘れろ、ルーシャよ。
お前の別の専属も私が後で探しておいてやる、恋人が欲しいなら私が良い縁談を持ってきてやろう。
なに、今の立派に成長したお前ならあんなモノより良い相手が必ず見つかるはずさ。
彼はこの国でカルフとして生まれ堕ちたその日からこの国の汚点となることは決まっていたのだからな。
騎士だの、主従だの、縁談相手などお前にはもっと良い者が多くいるのだ。
あんな小汚い罪人よりも、お前に相応しい存在は多くいるんだ、わざわざ固執する必要もない。
何、多少情に絆された程度これからのお前の未来には何の差し障りはないのだから。
カルフ家は滅ぶべき一族、サリアの更なる繁栄の為に必要な犠牲なのだよ」
●
帝暦404年1月11日
実の祖父との会話を思い返しながら、私は王宮の自室に引き籠もっていた。
「……………」
何もやる気が起きない。
自分のこれまでの何もかもが、おかしくなりそうで目の前の現実から逃げたくなる。
レティア姉様の結婚式も近いのに、王女である私がこんな調子ではいけない事は頭では分かっている。
でも、あんな話を聞いて王女であり続ける自信が無くなってしまった………。
「シラフ……ずっとこんな気持ちでも、未熟な私の為に毎日頑張ってたんだよね……。
それなのに、私はいつも………」
思い返すと、彼とのやり取りはすれ違いばかり。
私が彼に惹かれる要因はあれど、私の普段の生活から惹かれる要因は何もない気がする………。
学院に彼が来てからも、委員会が忙しくて家事とか全部任せて私は帰ってすぐに服を投げては、だらしない格好でソファーに毎日のように突っ伏していた。
洗濯とかも、下着も含めて全部彼に任せてたし……。 年頃だから気にするモノかと思ったら、シファ様との生活で慣れてるとか言われて……。
まぁ、変に興奮とか意識されても………、でも少しくらいは意識してくれたらこんな回りくどい交際に至らなかった。
いや、とにかく今の現状はかなり不味い。
神器の一件で揉めて、今度は実の家族が生きていて例の火災に関わっていたのが私達サリア王家が関与しているとなったのだ。
お祖父様の言い方は勘に障ったが、実際どの面下げて恋人同士で居られるのだろう。
私の想いが本物だとしても、彼からしたらこれまでずっと利用されてきたようなモノ。
例え、私自身に対しての理解があったとしてもサリア王家を何らかの形で恨んでいるに違いないのだ。
家族を何より大切にしているシラフだからこそ………。
「私、このまま一緒に居てもいいのかな………」
考えたところで、今の現実がどうこう変わる訳がない。
何かしなければならないが、何をすればいいか分からない。
直接彼の元に出向いてみようか?
でも、学院と違って安易に出歩くのは無理な話。
結婚式が実の姉のモノであるにしても、公務で顔を出さなければならない場面が数多い。
顔を出したところで、社交辞令で挨拶を多少交わして適当に微笑んでいればいいのだが………。
今の現状を知ってると、1日でも早く彼の元に向かうべきな気がする。
何を言えばいいのか、何も決まってはいないけど。
それでも、私は………。
そんな思考を巡らせていると、部屋の扉を叩く音が聞こえ、侍女が話しかけてきた。
「ルーシャ様、ご友人のクレシア様がお見えになりましたがどう致しましょう?」
クレシアが?
確かまだ体調が優れなくて、王都の宿で身体を休めているはず。
今日になってようやく体調が良くなったのか?
でも、クレシアが来てくれたならこの機会に相談してみるべきかもしれない。
それと、更に気になってきたのはクレシアの家系であるノワール家についてだ。
カルフ家とノワール家が過去に伝染病の研究の為に交流があった。
過去にクレシアの一件について調べて分かった事についてだが、何となく今回の一件と何か関係がある気がしてならないのだ。
学院にシラフが来て、クレシアと出会ったあの日からの全ての出来事。
シラフは、学院に来てから神器の力を扱えるようになった。
それが、クレシアと出会ったあの日を起点に物事が大きく動いていた要因が大きいのかもしれない。
出会って間もない内に、クレシアはシラフとの昔の繋がりがあった事が判明した。
その件についてシファ様は知った上で、学院にシラフを連れて赴いていたのだ。
クレシアとシラフの間には、何かがある。
とても偶然とは思えない。
シルビアの件だってそうだ、クレシアとシラフが出会ってから、あの子が神器を持っている事が判明した。
そして、最近私達と関わるようになったアクリ。
同じノワールの姓を持ち、クレシアとほとんど同じ顔をしている。
性格は違ったが、あの子とクレシアが何の関係もない赤の他人とは到底思えない。
シラフは何か隠したいみたいだし、あの子自身も話したがらないから詮索は無用なのだろうけど……。
でも、何かあるのは確実だろう。
だってアクリと出会ってから、シラフは変わった。
二つめの神器を持つなんて事も、本来絶対あり得ないことのはずなのだ………。
何故、シラフなのか?
何故、クレシアと出会ってから?
クレシアとシラフの間に何があるの?
シファ様やサリア王家は二人に重要な何かを隠しているのではないのか?
例の火災はサリア王家が裏で糸を引いていた。
王家の他には、確かヴァリス王国やかの家と親交が深かった他の貴族達が推薦した。
そして、生きていたというシラフの父親はヴァリス王国に名前や身分を変えてかの国に属していたのだ
「…………ルーシャ様どうなさいますか?」
「構わないわ、通しなさい」
考えてもしょうがない。
侍女にクレシアを部屋に入れるように伝えると、間もなくして彼女は部屋に入ってきた。
しかし、雰囲気が少しだけ違う気がする……。
「………クレシア、体調は大丈夫なの?」
つい最近まで体調が悪かったそうだから、病み上がりで王宮に足を運ばせたのは流石に不味かったかもしれない。
迎えを向かわせるべきだったはず、次からは必ずそうしよう。
しかし、私の心配をよそに素っ気ない様子で彼女は返事を返した。
「本人はまだ体調不良ですよ。
私はまぁ、ちょっと野暮用があったのでルーシャ様に少しお話を伺いたく」
「……その感じ、もしかしてアクリ?」
目の前の人物は確かにクレシアだ。
いや、幾ら似ているにしても……。
でも確か、この前シルビアと試合したって時はレティア姉様に変装してたはず……。
それじゃあ、やっぱりこの子は?
「ご想像の通りですよ、全く不本意極まりないですけどしょうがないですよね。
まぁ、こんな変装で王宮に入れちゃうこの国の警備のザルさにはちょっと心配しますけど」
「それで………。
私に何か用があるんでしょ?
わざわざ変装しなくても、あなたなら護衛を通したのに……。
そもそも、あなたはシラフと共に歌姫の護衛をしていたんじゃなかった?」
「私なんかが王宮に入ろうにも、この顔の人と違って上手く話を丸め込めるとは思えないので。
念には念をと思ったからこその事です。
顔が幾ら似てるにしても、ルーシャ様のようにすぐに違和感に気づく方も居るので。
でも、王宮に入る為とはいえ、ここまでしなくても良かったかもしれませんけど。
それと、護衛の件については、私とシラフ先輩共々一時的に外して貰ったんです。
理由については、多分ルーシャ様自身も何か心当りがありますか、事情を知ってれば説明を省けるので楽なんですけどね」
「多分、シラフのお父様の件でしょう?
そっちと聞いてる情報に差異は多少あるかもしれないけど、彼の父親が生きていてヴァリス王国の下で何かを企んでいるって話。
もしかして、シラフのお父様に直接会ったの?」
「大体その通りです。
説明を省けて助かります。
それでなんですけど、要件だけ簡潔に伝えます。
シラフ先輩と一度会って、話す機会を設けてはいかがでしょうか?
このままいくと、あの人どっちの側に付くか分かりませんから。
私はどっちでも構いませんけど、今の機会を逃がすと取り返しのつかない事になると思うんですよね?」
「シラフと会う……。
でも、私は……」
「まぁ、当然そんな反応すると思ってましたよ。
でも、こっちもあまり時間がないんです。
私達が動かなくても、ヴァリス王国の連中がシラフ先輩に接触しようとする可能性がない訳じゃない。
無理なら無理でさっさと決めて下さい、その時は勝手に別のやり方でシラフ先輩をどうにかしますけど」
「………、分かった。
私行くよ、シラフの元に………。
これからどうするべきか、私や彼がどうしたいのかちゃんと話すべきだから……」
「了解です、それじゃあ早速向かいましょうか。
居場所については、テナって人の屋敷に居るって人伝てに聞いてますから」
「シラフ、テナのところに行ってたんだ」
「昨日、教皇って人と話をした際にシファ・ラーニルが死亡したって話を聞いて血相変えて飛び出したんですよ。
仕事放り投げるわ、私を部外者とか全く酷い人ですよ……」
「え……シファ様が死んだ?」
「そうですよ、教皇って人の言葉がどこまで真実か分からないのに、すぐ鵜呑みにしてするんですよ……。
それに………」
アクリとの会話が頭に入って来ない。
シファ・ラーニルが死亡した、つまりそれは彼にとって唯一無二の家族が居なくなったということ。
それに教皇が告げたということは、ほぼ確実に真実で間違いない。
あの一族の持つ異能の存在は、ずっと王家に語り継げられてきた。
教会が絶対の地位を今にも保てた理由そのもの。
未来を見通す魔眼、あの一族はその力を以てして長らく四国を束ねる一大組織として座しているのだ。
そんなお方が、わざわざ彼にシファ様の死を伝えた理由は何?
彼を教会に誘おうとでも企んでいるのか?
あるいは、何か彼等が見ている未来に導く為に必要だった行為だった?
現状では何も分からないが、とにかくシファ様が無くなったのは本当の可能性が高い。
彼の気がおかしくなったというのも納得する。
ただ、シファ様が亡くなったとなればこの国の情勢はかなり不味いのかもしれない………。
「シファ様、聞いてます?」
「アクリ、とにかくシラフの元に急ごう。
すごく嫌な予感がするの……」
●
ルーシャ様を誘い出す事には成功した。
あとは本人達がどうするか?
ルーシャ様の自室を出て、王宮の外へと向かう私達だったが何かの違和感を感じた。
背筋にナニカが奔るような物凄い嫌な感覚。
直接神経を撫でられたような………。
そこはとある部屋の前。
ただ私は目の前に立ち尽くし、ルーシャ様は私の方を気に掛け声を掛けてきた。
「アクリ、どうかしたの?
そこは今、お父様とお客様が居るところだよ。
目が付いたら大変だから、さっさと……」
「お父様って、国王ってこと?」
「うん、一応仕事中だからさっさと……」
そう言って、私の手を引き連れて行こうとするがすぐにルーシャ様は立ち止まった。
「………ご友人とお出かけでしょうか、ルーシャ王女」
その声を聞いた瞬間、私は己の耳を疑った。
「え………」
恐る恐る視界、ソイツの姿を捉える。
藍色の長い髪、記憶の中にあるソイツの姿。
全く差し違いはなかった………。
あの声、あの髪、あの顔立ち………。
「シンさん?来ていたんですか?
心配したんですよ、急に帰ったって聞いて」
ルーシャ様はそう言って、目の前の存在に駆け寄る。
違う、ソイツは違う……。
別人だ、だって彼女の言うシンは私がこの手で殺して、その記憶も私が引き継いだ存在だからだ。
「ルーシャ王女、そのすみませんが……」
そう言って、私の存在に彼女は気付いた。
目が合った瞬間、お互いに何かを察した。
同族特有の感覚というべきか……。
この人、やはり私と同じホムンクルス………。
それも、ただのホムンクルスじゃない……。
私が知るシンって人より格段に性能が上なのだ。
「…………、なるほどあなたが例の……」
「っ………」
「ルーシャ王女、このお方は?」
「え、学院で何度か会った事はあると思うけど。
ほら、クレシア・ノワール。
私の親友で、あなたの本来の主であるラウって人も知ってるはずだと思うけど?」
「………、クレシア。
ラウ……そういう事ですか……」
「それで、最近調子はどうなんですか?
急に向こうに戻って、本当に心配したんですよ?
連絡先もわからなくて……」
「………申し訳ありません、ルーシャ王女。
あなたの仰る、彼女と私は別人かと。
私の名前は、サイ・フレンゼ。
ヴァリス王国宮廷魔道士団団長であるアーゼシカ様に仕えるモノです。
以後、お見知りおきを……」
「あ……すみません、急に……。
そのあんまりにも知り合いに似てたから」
「いえ、構いませんよ。
私もその人に会ってみたかったです。
ですが、その必要性はあまり無さそうですね」
「えっと、どういう意味です?」
「いえ、何でも。
そこの部屋の中に居るお方に用があるので、私は失礼させて頂きます。
今回の件は内密にしましょう、お忍びもほどほどにしてくださいね、ルーシャ王女」
そう言って、サイと名乗った彼女は部屋の中へと入っていった。
一瞬、私の方を僅かに睨んだ気がした。
気の所為ではないだろう。
「あはは、ごめんアクリ。
ちょっと人違いしちゃったよ……。
ほら、早く私達も行こう?」
「ええ、そうですね………」
彼女は再び私の手を取り、王宮内を歩き始める。
かなり不味い状況だ。
あのサイって人物は、ほぼ間違いなく私と同じホムンクルスだ。
しかも、性能は私の同等かそれ以上だ………。
聞いてないよ、こんなの………。
マスターの元で生まれた最強のホムンクルスの一人である私より上の存在が、何でこんな場所に居るの?
ヴァリス王国のアーゼシカって奴……、多分ソイツがアレを生み出したに違いない。
「アクリ?」
「ルーシャ様、早く王宮から出ましょう。
ここに居続けるのは危険です」
私はそう言って彼女の手を握り、王宮からいち早く出る事を考えて走り出した。
恐怖と焦りに身を任せて、ただ少しでも早くこの場から立ち去りたかったから………