親友
帝暦404年1月10日
温かい感触、毛布を掛けられ温かい部屋の温もりが全身を包んでいた。
混濁した意識が徐々に覚醒していき、ゆっくりと目を開けると見知った顔がすぐ近くにあった。
「ようやく目が覚めたかい?」
「………テナ?」
「まだゆっくりしてた方がいいよ、どうせあの歌姫に色々とこき使われてたんだろうしさ?
アクリも同様に、結構わがままな子でしょう?」
「別に、そういう理由じゃない。
単に行く先々で、色々と面倒事に絡まれたって具合だよ。
歌姫をダシに、俺が行く先々で面倒な勧誘を受けたというのかな………」
「なるほど………。
それじゃあ昼間の騒動も、君だよね?
ほら、騎士団の人と試合したんだって?
例の神器の炎、こっちからも見えたよ?」
「結構な騒ぎにしてしまったみたいだな……」
「だろうね。
それで、僕に何か用があったんでしょ?
お姉さんに何かあったの?」
「まぁな……、とりあえず俺がどうして荒れてたのかってところを順を追って話すよ。
正直、信じて貰えるか分からないけどさ………」
俺はそれから、ここ数日での事をテナに話した。
実の父親や妹との再会と、彼等が何をしようとしていてるのか………。
そして、自分の出自やらこれまでの敵だと認識していた組織と、自分の家系に繋がりがあった事。
昼間の騒動について。
教皇との会話で告げられた、彼の持つ未来視によって見たという姉さんの死、そしてこれから迫る脅威について。
最も、姉さんの死亡については昨夜の出来事であり最期に彼女が目撃されたのがこの付近であったから、俺はテナに直接尋ねたのだ。
「悪かったな、突然押しかけて……」
「………いや、無理はないさ。
でもさ、結構面倒な事になってるねソレ?」
「だよな、それでテナは姉さんを見ていないのか?」
「屋敷に出向いたのは事実だけど、仕事の相談を受けたって感じ。
ほら、例の結婚式も近いからさ?」
「なるほど………」
「ごめんね、力になれなくて………」
「いや、いいよ。
話を聞いてくれて、少し肩の荷が降りた……」
「………そっか……。」
テナはそう言うと、何かを考え込む。
いつになく小難しい表情を浮かべながら……。
「シラフ………、あのさ……」
「何だよ?」
「シラフは、これからどうするつもりなの?
この国の為に、ルーシャの為に、ようやく出会えた本当の家族を敵に回すの?」
「………」
「この前の件だって、シラフは家族を助ける為にシファさんや十剣と対立する羽目になっても、君は戦う選択を取った。
そして今回の件も、君は同じように家族の為に戦うのかい?」
「分からない、前回とは明らかに状況が違うからな。
あの時、彼女が狙っていたのは俺一人だった。
彼女の行動から、結果的に背後で動くアルクノヴァの存在が明らかになって、そしてあの一件が姉さん達が彼等を殲滅する引き金になったんだと思う」
「………」
「でも、今回は違う。
俺の家族がサリア王家に殺されかけたのは事実。
父親や妹が生きていたにしても、母親は亡くなっている訳だ………。
母親を殺した存在が例え別物だとしても、それならカルフ家と俺が追うラグナロクには何らかの繋がりが事が確実になるんだ。
カルフ家が、何かの目的でヴァリス王国とラグナロクの両方に関係があった事。
サリア王家、及び姉さん達はヴァリス王国とラグナロクとは長い因縁がある。
俺がこのまま、サリア王国の味方をするなら自分の身はともかくとして、俺は実の家族を敵に回す事になる。
でも、家族の味方をする選択をするなら俺はこれからサリア王国を敵に回す事になる」
「……………」
「これを聞いた現場には、歌姫であるミルシアやアクリも居たよ。
姉さんにも、一応父親の生存に関しては話したがそれからについては、オレに一任して姿を消した。
教皇の話が事実なら、その日の夜に姉さんはそのまま何者かによって殺された。
姉さんを殺せる存在が実在するとは信じられないが、姿が見えないなら可能性が高まってくる」
「それで、君はどうしたいの?
家族の為に、サリアと戦うの?
サリアの為に、家族と戦うの?」
「分からない」
「分からないって……そんな曖昧な……」
「なら、テナはどうするんだ?
サリアの為に家族を殺せるか?
家族の為に、この国の人達を殺せるか?」
「………そういう話をしているんじゃ……」
「そういう話なんだよ。
騒ぎを見たんだろ、俺の力を見たんだろ?
あの力を振るえば、どれだけ死人が出るか分からない。
ようやく力を扱えたと思ったら、すぐにこれだ……。
家族を殺した奴は憎い、でもそれがこの国の人間で……しかも、ルーシャの一族なんだ……。
俺の主の家族が、俺の家族を殺そうとしたのが事実で、俺の家族は彼等を狙っているんだ……」
「それは………」
「俺は、もう誰も目の前で大切な人達を失いたくないからこの力と向き合ったんだ。
でも、今度は俺にこの力で大切な人達を斬らないといけない。
おかしいだろ、こんなの………」
恐怖と困惑で手が震えた。
両手首に見える、二つの神器の輝き。
俺の選択が、容易く人の命を左右できる。
俺はどうすればいい………。
何が正しい………。
「シラフ………」
「テナ?」
テナは俺を呼びかけると、両手で俺の右手を優しく握ってきた。
「君が間違いを犯したなら、僕が絶対に止める。
僕が間違いを犯したなら、君は僕を止めてくれる。
そういう僕達だからこそ親友になれた、そうだろ?」
「…………」
「君の力は自分の大切な誰かを守る為なんだろ?
だったら、そうすればいい。
君の守りたい人達を君が、その力で守ればいい話だ」
「どういう意味だよ?」
「君の力は、どちらかしか守れないのかい?
違うだろ、君はあの時シファさん達や自分の家族が共存できる可能性を証明する為に立ち向かった。
家族を守る為に、失ったモノを取り戻す為にその力を振るった。
君の覚悟に惹かれて、ラウや僕達は力を貸した。
その結果がどうであれ、君は大切な人達を守る為にその力を振るったんだ。
だから今回も、君は君のやりたいようにすればいい。
君の大切な人達を守る為に、君がその力を振るえばいい。
それが君の正義なんだろ、君の戦う理由だろ?
それに、あの時と違って君にはもう一つ力を得たんだ。
だから、今度は上手くいくはずだ。
そして、君の覚悟を僕達に見せてくれ………。
君の掲げる正義の為に、僕の正義が共にあるのなら僕はこの国を、家族を敵に回しても君一人の為に剣を取るよ。
親友として、君と並び立つ騎士としてね」
「テナ………」
「さて、ここからは君の番だよ。
僕の意思は伝えた、君の答えを聞かせて欲しい。
シラフ、君はどうしたい?
君は何の為に、その力を振るうんだい?」
「俺は………」
俺が何をするべきか………。
何の為に戦うべきか………。
何が正しい選択なのか、
何が俺にとって、正しい選択なのか………。
これまでが、そうだったのなら……。
なら、今も変わらない。
テナの言う通り、俺が戦うのは………。
力と向き合ったのは……。
「俺は、俺の守りたい人達の為に戦うよ。
サリア王国も、家族も守りたい……。
正直、不可能もいいところだ。
でも、ソレをやるって、やりたいってのが本心だ。
俺はもう誰も失いたくない、俺の目の前で大切な人達が失せる訳にはいかないんだ」
「そうさ、シラフはそうでなくちゃね」
「ああ、ほんとに馬鹿げてると思うよ。
でも、やるって決めたよ。
だからテナ、俺に力を貸してくれないか?」
「勿論だよ、親友」
●
彼とのやり取りを終え、僕は部屋を出ると現状を改めて整理していく。
・カルフ家の生存
・カルフ家とラグナロクの繋がり
・カルフ家とヴァリス王国との繋がり
・彼の妹と言われる存在について
・シファ・ラーニルの行方
・教皇が見たという未来
・ルーシャ王女の負傷について
問題点を割り出して気になった部分がこれ等だ。
昨夜の記憶は確かに曖昧、シファさんと出会ったのは確かだが、以降の記憶が不鮮明……いや、あるにはあるが整合性に乏しい……。
屋敷内で仕事についての話をした、でも記憶内にある光景はこの屋敷内の記憶ではない。
何者かが、シファ自身が何らかの目的で僕の記憶を改ざんした可能性がある。
ただ、僕自身の持つ神器の能力を上回り尚且つ、自分程の能力を誇る存在が実在しているのか?
「…………それに、ラグナロクいや、カオス等が僕に何かを隠しているのか?
ヴァリスとカルフの繋がりも気になるけど、ラグナロクとカルフ家にも何か繋がりがあった……。
僕が、カルフ家の養子に入れられた理由………」
彼はラグナロク内で幾度となく行われている英雄計画の一人に選ばれた。
彼は後に、サリア王国の王政を崩壊させ民主国家としての先導者となる。
その手助けの為に僕はカルフ家に派遣された。
彼の歩む道に現在の王女姉妹は重要な鍵になる。
カオスから聞いてる彼女等についての今後については、端的に言うなら王政と民主国家の架け橋となる存在だということ。
・ルーシャ王女は後に治世の面で貴族と市民の架け橋となる。
・シルビア王女は王国騎士団を任され、彼の右腕として活躍する。
・レティア王女は、今回のルークス王子との婚約を期にヤマトとサリアの国交において重要な役割を果たす。
同時に、ルークス王子を始めとした旧帝都の開拓に向けて動いていく。
それが、ラグナロクの目指しているモノ。
シラフを利用して、果たそうとしている最終目標だった………。
しかし、僕の犯した失態によってこの計画の一部は失敗に終わってしまった。
それが、私情に駆られて彼の母親を殺した事。
妖精族の一人を殺す為に、必要でない犠牲を強いてしまい、大きな犠牲を生んだ。
その後、僕はカルフ家の任を解かれ今のアークス家に引き取られた。
ルーシャ王女の護衛役兼、ルーシャ王女の専属であるシラフ・ラーニルに改めて近づく為に………。
「……………」
屋敷内を彷徨き、気づけば自室のベッドに腰掛けていた。
そこから倒れ込むように、身体を倒すとさっきまで彼の手を握っていた自分の手を眺めた。
「親友か………」
僕と彼は親友、同じ主に仕える騎士。
同じ主に仕え、同じ目標の為に肩を並べて剣を磨いた。
唯一対等と言える存在、そのはずだ………。
彼にとっては、今も変わらず………。
伸ばした右手に、左手で触れる。
僅かな切り傷が見えるが、それでも細く華奢な指先だと思う。
体が成長していく度に、性故の違いを最も身近に日々突きつけてくる。
身体付きも当然違うし、体力だって以前みたいに同じとは到底言えない。
同性でも比較的体格に恵まれてる方であるとはいえ、筋力自体は彼に劣りつつある。
いつからだろうか、こんな事で悩むなんて……。
確か、3年くらい前だったか……。
今はサラシを巻いてるとはいえ、身体の出るところは出始めてきたのは……。
最初はそこまで気にしなかったが、彼を意識し始め自然と気にするようになった……。
それまでは身体を見られようと、泥まみれになろうとも視線も何も気にせずに遊び回ってたくらいだ。
そもそも性別自体、最期まで隠せると思っていたくらいだ。言葉遣いや仕草を寄せればいつまでも誤魔化せるとたかを括っていたら実際はコレである。
結局自分が一番ソレを意識して、彼に劣りつつあると、彼に惹かれたいと望むようになった。
いや、それ以前に………
「今の僕に君の親友であり続ける資格はない………」
口では彼にそう言った、でも違う。
僕は彼の家族を殺した罪がある。
許されるなんて当然思ってはいない。
でも、今更引き下がるなんて出来ない。
彼が最期までやると決めたなら、僕も僕のやるべき事を果たすだけだ。
その末路が彼に恨まれ、殺される最期だとしても……。
「…………」
自分の右手に視線が向かう。
この手で、僕は彼の母親を殺した。
この手で、僕はリンを殺した。
この手で、僕は悩む彼に手を伸ばした………。
脳裏に彼の言葉が過ぎる……、
『なら、テナはどうするんだ?
サリアの為に家族を殺せるか?
家族の為に、この国の人達を殺せるか?』
彼は僕にそう問いかけた。
国の為に家族を殺せるのか、家族の為に多くの人間を犠牲に出来るのかと……。
「そんなの、分かりきってる」
既に人殺しの僕にとって、一人も二人も同じだ。
だから、僕は僕の為に人を斬る。
僕の為になるから、僕は君と共に戦うんだと……、