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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
289/325

似た者同士

帝暦401年5月7日


 「っ……!!」


 幾度となくオレは刃を振るい続けた。

 目の前の白き女騎士に向かって、全力で立ち向かっていた。


 「………」

 

 一撃一撃と、重い攻撃が嵐のように振るわれる中で目の前の彼女は女神のような美しさとは裏腹に、圧倒的な実力差を見せつけてくる。


 「あの新入り、めちゃくちゃ強いぞ………」


 「シファ様相手に、ここまでやれるとはな……」


 「流石、あのスルトア家の御子息だよ」


 遠くから聞こえるそんな声。

 親父と比べられ、そして目の前の女騎士相手に善戦してると褒められる。


 何も嬉しくはない。


 ここで勝って、オレの実力をこの国に見せつける!


 「余計な事を考えられる暇はあるの?」

 

 そんな声と共に、頬を刃が掠めた。

 突然の事に俺は驚き、すぐさま間合いを取り直し最初の構えに戻る。


 「はぁはぁ……クソっ、本当に同じ人間かよ……」


 既に、一時間近くは経っている。

 なのに、目の前の女からは疲労の影が見えない。

 魔力の消耗も全く見えない。


 明らかに攻撃の流れはこちらにある。

 なのに、こちらの攻撃がまるで通らない。


 「うーん、悪くはないよ。

 父譲りの巧みな双剣の使い手、もう数年鍛えれば一部隊を担っても問題は無さそうかな」


 「その割には、随分余裕そうですね?

 オレ相手に、本気は出せないと?」


 「君相手だけじゃないけど、今の騎士団に私の本気を引き出せたのは誰一人居ないからね。

 たった一人で私に挑んだ、そのやる気は十分に評価できる点だけど、相手の実力も測れないような馬鹿な人間相手に私が本気を出す訳ないよね?」


 「ごもっともで………」


 言ってる事は正しい。

 確かに、俺は目の前の女の実力の底が見えない。

 俺より強いのは、何度か刃を交えて察せられた。

 しかし、どの程度の実力差なのか、相手の力量……魔力量含めて、今の自分との比較が出来ていない。

 

 そもそも、相手にその気がない。


 まずもって、まともな相手にすらなってないのだ。


 「それで、どうするつもり?

 これで終わりにする?」


 「いや、まだ続けますよ。

 早々と諦めるには早いですし、まだ負けたと決まった訳じゃない。

 あんたの本気を引き出せるように、オレはもっと攻めるしかなさそうなので。

 ソレに、この勝負の前にしたあなたとのデートの約束もありますからね?」


 「ふーん、面白いね君?

 まぁ、私に勝てたらの話だけど……」


 戦いが再開されると、オレは再び全力で攻めに向かった。

 一手でも多く攻撃を入れ、相手に攻撃の隙を与えない。

 与えた瞬間、負ける可能性が非常に高いのは目に見えていたから……。


 一撃一撃が、魔力を織り交ぜた攻撃。

 攻撃全てが致命傷になり得る絶技。


 しかし、目の前の女は最初と変わらず平然とした表情で受け流していた。


 「っ………!」


 焦りを覚える感覚。

 脳裏に浮かび上がってくる敗北のイメージ。

 

 ソレを振り払うように、一撃一撃をより速く相手に加えていく。

 負けるのはずはない、どんな人間だろうと僅かな活路は必ず見出だせる。

 

 勝てないことは、まだ決まってない。


 「それで終わり?」


 攻撃を受け流し、間合いが詰まった瞬間に目の前の彼女は俺の耳元でそう囁いた。

 問いかけに返答する間もなく、両者の体は交錯し立ち位置が反転する。

 

 「はぁっ………はぁ……。

 どういう意味だよ?」


 「………そっか、まぁよくやった方だよ?

 だから、終わりにしようか。

 他の子達を待たせてるからね」


 そう言うと、彼女は剣をゆっくりと構え直す。

 手に取った細剣の切っ先が、俺の方に向けられると同時に全身に戦慄が奔った……。


 明確な死のイメージが脳裏に過ぎった瞬間である。


 瞬きする瞬間も無い、気づけば彼女は視界の目の前に立っており、刃の切っ先が突き立てられていた。


 「今の動き、見えなかったよね?」


 「…………」


 「私の勝ちだね。

 お疲れ様、アルフレッド君」


 向けられた剣が下げられた瞬間、全身の力が溶けるように抜けていき膝を突く。

  

 あまりの突然な出来事に、オレは何も出来なかった。


 自分の無力さを痛感し、握り拳に力を込め敗北を飲み込んだ。


 俺の元を去っていく、ヒトを超えたナニカ。


 去り際の一瞬だけ、彼女は悪魔のような恐ろしい眼差しを俺に向け、興味を失ったのか何も言わず他の騎士団員に声を掛けていく。


 呆然としている俺に、先輩の団員何人かが俺に駆け寄り肩を貸しながら立ち上がらせる。


 「無事で何よりだ、新入り。

 あの人はとても恐ろしい人だ、怒りに触れないようにせいぜい頑張れよ」


 「確かに、恐ろしいヒトですよ。

 同じ人間には見えませんから……」


 耳元で呟いた先輩にオレはそう返し、騎士団員に指示を出す彼女の背中を見やる。

 先程までとは打って変わり、温厚そうな優しい印象。

 

 何を歩めば、あのようになるんだ?


 何をすれば、あの人より強くなれる?


 その答えは、いつまで経っても出ることは無かった。



 帝暦404年1月10日


 「正直、諦めて貰った方が楽なんだがな」


 「俺を舐めてるのか?」


 「いや、舐めてはいない。

 アルフレッド、君は強い。

 でも、俺には勝てない。

 それだけは分かる」


 「…………」


 「だから敢えて言うよ。

 大怪我だけじゃ済まない、降参するなら今のうちだ」


 目の前の少年はオレにそう言った。

 立ち姿だけで、その実力の高さは伺える。


 確かに、言葉の通りオレより強いのは確実。


 しかし、目の前の存在は何処か迷いが見える。

 オレを見ているようで、見ていない。

 以前に、アイツの姉と交えた時に感じた殺気や戦意を目の前の彼からは何も感じないのだ。


 単純に、彼の放つ魔力による威圧感が全身を刺してくる感覚であり。

 人間よりかは、機械を相手にしている感覚に近い。

 大抵の人間なら、感情による揺らぎに近い個々それぞれの波長みたいなモノを薄々と感じるが、彼からはその波長がほとんどない。


 つまり、単に魔力による威圧のみで勝てると判断。

 そして、ハナからオレと刃を交えるつもりはない。

 

 「それがあんたのやり方かよ、十剣さんよ」


 「………何が言いたい?」


 「オレは引かないからな、その程度の威圧で戦意を無くす程弱い覚悟で勝負を挑んだ訳じゃない。

 騎士団に入団した時点で、相応の覚悟の下に動いてるんだ。

 あの人の親族なら尚更分かる事だろう?」


 「そうか、引かないんだな………」


 「当たり前だ」


 「………分かったよ……」


 そう言って、目の前の少年は腰に控えた剣に手を掛けようとした。


 「待てよ、その剣でやるつもりか?」


 「何か問題でもあるのか?」


 「その腕の神器を使わないのか?」


 オレはそう言い、右腕にある少年のソレを指し示す。

 それに少年の視線はわずかに向かうと、左手でそれを覆い握り締める。


 「まだ使えないのかよ、お前?」


 「いや、使うまでもないだろう」


 「舐めてるのかよ、オレを」


 「さっきも言っただろう、お前は俺に勝てないって」


 「だから何だよ?

 それがあんたのやり方か?

 それが、十剣としてのお前の覚悟なのかよ?

 まぁ所詮は幼い王女に取り入って得た地位だ。

 親族に恵まれて、何の苦労もせずに何も知らずに呑気な温室で育ちのお坊ちゃん。

 だから俺達を見下してんだろ、お前は?

 自分より弱いと決めつけて、初めから本気でやらない、相手への誠意の欠片もない。

 ただの自意識過剰なエリート気取りだ。

 だからお前は十剣という泊しか取り柄がない。

 王女の専属だろうが、お前を選んだ時点でソイツの器の程度が知れるなぁぁぁ!!」


 試合開始の合図もなく、オレは目の前の少年に斬り掛かる。

 一歩を踏み込んだ瞬間に両腰に携えた双剣を抜き、一気に間合いを詰める。


 瞬間、何かの熱を感じた。

 振り抜いた双剣の刃が捉えたのは、燃え盛る炎の剣。

 

 「っ………!!」


 「俺の主を侮辱するな!!」


 こちらの振るう双刃が、目の前の炎に受け止められる。

 先手を確実に取るつもりが、向こうはそれに容易く反応してくる。

 初撃から、すぐさま次の刃が交錯しそこから激しくお互いの攻撃が幾度となく衝突した。


 刺突を交えた相手の斬撃は、馬鹿みたいに溢れる魔力の塊で威力は跳ね上がり、一撃を受ける度に僅かながら腕が痺れてくる。


 何度も受けるのは難しいが、向こうも俺の手数の多さに上手く攻めきれない模様だ。

 

 「使ったな、神器の力を……」


 「………、何が言いたい?」


 「お前に神器を使わせるだけ追い詰められているなら俺の実力は、ある程度あんたに通じている。

 それを確信したんだよ」


 「その程度で同じ土俵に立てたと思ってるのか?」


 鍔迫り合いの最中、目の前の少年は問う。

 確かに、目の前のアレがこの程度な訳がない。


 現に、目の前の剣から放たれる熱量が凄まじく全身に魔力を込めて身体能力を向上させながら、武器に対して冷却の魔術を付与しているのだ。


 一瞬でも気が緩めば、瞬く間に双剣は断ち切られる。


 「やられる前に、やればいいだけだろ?」


 鍔迫り合いから、更にオレは踏み込み、攻勢に移ると間髪入れずに次の刃を、その次と振るった。


 相手に攻撃の隙を与えれば、一瞬で終わる勝負。

 俺に許されてるのは、それまでひたすら攻め続け相手に隙を与えないことだ。


 まさに、攻撃こそ最大の防御と言ったところだ。


 「面倒な奴だな、お前……」


 何かをすぐに察したのか彼に間合いを取られる。

 そして、ゆっくりと剣を収めソイツは俺に向けてそう言い放った。


 戦意を失ったかに思えたが、剣を納めた瞬間彼から放たれる威圧感の色合いが変わった。


 ゆっくりと、ソイツは左腕を胸元まで上げ赤い宝石の装飾品がこちらに見えるように祈りを捧げる。


 右腕にある腕輪が、彼の十剣としての証。

 では、左腕のアレは何だ?


 まさか、アレも神器だと言うのか?

 いやあり得ない、一人の人間が2つの神器の所有出来る何て話は聞いたことがない。

 親父から十剣の話を何度か聞いたが、複数所有したところで一人の人間は一つの神器を持つ。


 故に、複数持ったところで無駄な代物だ。


 しかし、彼から放たれる違和感は俺の知る常識を覆す要素でしかない。

 

 「さっさと勝負を終わらせよう、アルフレッド」


 「お前、まさかその腕の石ころまで神器だとでも?」


 「………見れば分かるさ」


 左腕の石を中心に激しい赤の煌めきが放たれる。

 そして、彼を中心として数多の燃え盛る鎖のようなモノが現れ、その身を包んでいく。


 何だ、あの力は?


 俺の、いや俺達が一般的に知る神器とは明らかに一線を超えたナニカ。


 装飾品の類いが、武器に姿を変えて神如き力を行使する代物。


 しかし、目の前の彼は違う。


 神器をその身に包んで、自身そのものが神格化されていくような錯覚を覚えた。


 あまりに規格外の魔力の圧力に、全身から震えが止まらなくなっていく。



 冗談じゃない………。

 こんなの人間が相手に出来る範疇を明らかに超えている。



 炎と鎖に身を包まれたソレがゆっくりと弾けると、莫大な熱量を放ちながらその姿を現した。


 燃え盛る炎と鎖の衣……。

 その背には、燃え盛る鎖によって形を成した巨大な蝶の羽のようなモノが存在していた……。


 そして、少年の特徴的な茶髪の髪は白銀の如く変化し長く伸びると、燃え盛るような赤い煌めきを放つ。

 こちらの全てを見透かしたかのように、畏怖さえ感じる眼光で見下し、その手に構えた鎖に包まれた身の丈程の燃え盛る剣の切っ先を向けた。

 

 「この姿は神器の持つ最奥の力の一つ。

 それが、この深層解放。

 神器が一国の軍隊と同等と言えるなら、この力は世界の行方を左右する程だと姉さんは以前そう言っていたよ」


 「反則だろ……そんな力。

 デタラメが過ぎる」


 目の前の存在の異様さに、観客達からはどよめきの声が聞こえてくる。

 震える身体を無理やり奮い立たせ、オレは武器を構え直すも、目の前の存在はゆっくりと上空へと上がっていく。


 マジ……、飛べるのかよアレ………。

 まぁ、羽がある以上飾りな訳がないか……。

 

 空を飛ぶのが反則以前に、魔術師団でも無詠唱で飛べるのは割と一握りな逸材。

 それにも関わらず、神器を扱えるあくまで一般人のソイツは悠々と上空に浮かび上がっている。


 「降参しないのか?」

 

 「今更するわけないだろ!!」


 「…………」


 勝てる勝てない以前に、そもそもアレを相手にしてはいけないとオレの直感はそう告げている。

 しかし、だからといってこの機会を逃すには惜しい。

 

 そうは言っても、強がりで勝てないのは明白だった。


 「来いよ、シラフ・ラーニル!!

 そんな訳分からない力を見せつけられただけで、オレが引くと思ったなら大間違いだ!!」


 「だったら、分からせてやるよ!」


 その言葉と共に、再びお互いの武器が交錯した。

 しかし、オレの武器が彼の刃に触れるまでもなく俺は一歩引き、紙一重でソレを躱す。

 僅かに触れた右手に構えた刃の四分の一程度の部分が、跡形もなく消え去っており全身に戦慄が巡った。


 「っ!!」


 しかし、ソレは一撃を躱した刹那の事。

 次の一撃が振るわれる中、俺も負けじと瞬時に左腕から刃を振り降ろす。

  

 瞬間的に、全身から振るった腕に掛けて魔術による魔力の流れが激痛と共に奔るが、彼の振るう刃と衝突した瞬間僅かな均衡が生じる。


 確実に捉えた、絶対の好機……。


 片腕が悲鳴を上げる中、損失した右腕の刃が彼の身体目掛けて振るわれる。


 確実な間合い、勝利を確信した瞬間だった………。


 だが………、これまで感じた事のない感触が右腕に巡っていく。


 刃が突き抜ける感覚、肉を切り裂いた感覚とは違う。


 目の前のソイツに刃が触れた瞬間、俺の振るった刃は跡形もなく消え去っていたのだ………。


 「な………」


 そして、右腕で抑えていた衝撃に身体は耐えきれず、気づけば大きく吹き飛ばされた。 

 ソレは紙くず同然もいいところ、地面を転がるようにむち打ちされ全身に激痛が巡ってくる。


 衝撃により視界が不明瞭で、ふらつく中再び身体を奮い立たせようとするも、彼が視界に入ると激しい閃光が目に入った。


 「アインズ………」


 その言葉と共に激しさを増し、彼を包む炎の衣がより激しく燃え盛っていく。

 構えた剣は激しい光を放ち、その気迫に全身が震え上がった。


 「クリュティーエ」


 思うように身体が動かない中、その剣技は振るわれた。


 巨大な火柱が天を貫く。


 先程まで降り積もっていた雪達が消え去り、清々しい程の蒼天が王都に露わとなった。

 彼の放ったその炎の光景は、王都は愚かサリア王国全域にその存在が示されただろう。


 それほどまでに、人としての力とは明らかに別のナニカへと至っていた。


 「…………」


 ソイツは何も言わずにゆっくりと俺の方へと向かって歩いて来る。

 その気迫に、観客達からはどよめきの声が広まり彼が近付いてくると皆が化け物を見るかのように距離を取っていく。


 そして、燃え盛るその剣をオレに突きつけた。


 「諦めろ、お前は勝てない」 


 こちらを見下し、恐怖に身体が竦んでしまう。

 己の弱さを呪うように、憤りを噛み締める。


 「何だよ、舐めてるのかよ……。

 その顔、その目……そんなにオレは弱いかよ!!」


 「これ以上の醜態を晒してもまだやるのか?」

 

 「醜態?

 ふざけるなよ!!

 オレはまだ負けてない、まだ戦える!!」


 「ある意味、似た者同士か」

 

 「何を………っ!」


 反応するまでもなく振るわれる刃。

 その刹那、何者かの人影が視界に入り込む。


 白き輝きに身を包んだ、第三者。

 

 白銀の長い髪、白く輝く大剣でその刃を受け止める少女がそこに居た。


 「もう十分でしょう、シラフさん。

 勝負はもうついてるでしょう?」


 「シルビア様、何故ここに?」


 

 シルビア様……?

 まさか………、この国の第三王女………?



 思考に過ぎったそんな言葉。

 全身に奔る鈍い痛みで意識が混濁した中、目の前の少女の後ろ姿を最後に、闇へと意識は落ちていった。

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