身の程知らず
帝暦404年1月10日
「全く、時間あったら歌姫が見たいからって……。
わざわざオレを巻き込まないでくれよ」
「別にいいでしょ、休憩の間なんだしさ?
せっかく今日は、大聖堂の巡回に配置されたんだから、この機会を逃したら勿体無いの。
てか、いつものアルフならすぐに食い付くネタなのに、最近のアルフって、なんかおかしいよね?」
「別におかしくはないだろ」
「まぁ、いいんじゃないのか?
遠目から見学くらいは言われないだろうよ。
職務はこなしてる、まぁ小言は後で言われるかもだが彼女目的で集める輩はかなり多いからな」
強面の男、ロダリスはそう言い。
諦めろと言わんばかりに俺の肩を軽く叩いてくる。
目の前の後輩、フィリメルは目を輝かせながら例の歌姫の事で頭がいっぱいの模様。
オレの方は、昨日の会話が頭から離れない。
かの十剣と謳われる、クラウス・ラーニルとの会話。
父親が殺され、そしてあの人の元で近いうちに学院へ向かうという流れになった。
とは言っても、急に行ける訳じゃない。
こっちだって今の職務が残ってる訳だし?
他にも、この二人にもちゃんと説明はしないといけないだろうからな………。
「ねぇ、二人共!
あの人達もしかして……!」
そう言って、人集りの方を指差す彼女。
護衛の兵達が囲んでいる四人組、その中には今朝の新聞で見かけた歌姫であるミルシア・カルフの姿があった。
そして、彼女の近くもう一人見覚えのある存在が……。
「アルフ、あれってまさか………?」
「十剣、シラフ・ラーニル……」
俺達の視線の先に、ソイツは居た。
どうやら、彼は隣のもう一人の男と何かを喋っている模様である。
歌姫と、もう一人の女性は彼女と楽しげに聖堂で展示されているウエディングドレスを眺めていた。
「まさか、彼もここに来ていたとは………」
「………」
ソイツの姿を見て、オレの脳裏にあの女の影と両親の姿が過ぎった。
あいつの親族であるシファが、俺の父親を殺した。
彼女なりに、受けて当然の報い。
父親の取った責任。
分かっていたんだが、腑に落ちないモノが多い。
加えて、あんな奴が本当に十剣を語っているとなると納得いかない自分があった。
「アルフ……どうしたの急に?」
「………、悪い……ちょっとだけわがままを通してくる」
俺は二人にそう告げて、人集りの方へと向かった。
彼等をかき分け、そして護衛の人間と鉢合わせる。
「お前、外の騎士団の連中のアルフレッドだろ?
お前の持ち場は違うはずだ、今すぐここから立ち去りなさい」
「そこの男に用がある。
シラフ・ラーニル、オレはソイツに用があるんだ」
「馬鹿な事はよせ、彼等は公務の真っ最中だ。
要件があるなら終わった後にしろ」
「オレはそれで納得がいかないんだよ!」
「逆らうのか、外の若造の癖に?」
「年齢は関係ないだろ、何ならあいつの方がオレより若いはずだ。
そんな奴等に頭を下げる程、お前達も内心納得はしていないだろう?」
「………、いい加減にしろ貴様!」
「ちょっとアルフ!!
何やってるのよ!!」
「アルフレッド、お前少しは落ち着け!
急にどうしたんだよ……、彼はお前の父親の件とは直接関係ないはずだ」
「離してくれ、オレはアイツに!!!」
次第に騒ぎが大きくなると、俺達の存在に気付いたのか歌姫と例のシラフがこちらの方を見てくる。
「シラフ・ラーニル!!
俺と一度勝負しろ!!」
「ちょっとアルフ、あんた何考えてるのよ!!
馬鹿じゃないの?!!
十剣に喧嘩吹っかけて何がしたいのよ!!」
「フィリメルの言う通りだ、落ち着けアルフレッド」
「離せよ!!
俺と勝負しろ、十剣のシラフ・ラーニル!!」
●
「何ですアレ?
シラフ先輩、知り合いですか?」
何やら向こうが騒がしく、アクリが騒ぎの元凶を指差しながら俺に尋ねてきた。
勿論、騒ぎの元の彼等を俺は知らない。
騎士団の者達なのは、制服からして分かるが……
「いや、初めて見る奴だよ。
多分騎士団の一人だから、どっかですれ違った事はあるかもしれないが………」
「随分と血気盛んなファンだね?
やっぱりシラフってこの国の人気者?」
「どちらかと言うと、嫌われてません?」
「………、無視だ無視。
ミルシア様、次の仕事があるのでさっさと中へ」
「えー、面白そうじゃん?
一度くらい勝負してやったらどうなの?
それとも自信ないの?」
「別にそういう訳じゃ……。
今は試合よりも、あなたの仕事が………」
「いいんじゃないの?
少しくらい相手してやったら、まだ時間には余裕あるしいいでしょ?」
「そうですよ、シラフ先輩!
ここで大活躍して、この国での好感度爆アゲさせちゃいましょうよ!」
「何で、俺の好感度が低い前提なんだよ……。
そうは言っても、これ以上騒ぎが大きくなっても今後の予定に支障が出るかもしれないかぁ……」
「では、どうするおつもりで?」
ハイドさんの質問に、俺は回答に悩む。
正直、無視すればいいのだがミルシアとアクリは試合に興味があるようだ。
俺としては、虫の居所が悪いので荒事で力の加減を間違えそうなのが不安なところ。
受けてもいいが、相手の無事は保証出来ない。
「そうだなぁ………」
「その勝負、引き受けてはどうですか?
シラフ・ラーニル君?」
聞こえた声の方向を振り向くと銀髪の男がそこに居た。
白の礼服を身に纏い、何とも神聖な雰囲気を醸し出す若い男。
現教皇、アイシュ・ラグド・ティアノスだった。
「直接話すのは初めてだね、お二人方。
ソレに、その付き人達と言えば良いか?」
「教皇様、何故此処に?」
「外が騒がしいみたいでね。
興味があって出向いたまでだよ、まぁ歌姫さんとシラフ君に個人的にいち早く会いたいというのもあったがね」
「………」
「そう警戒しなくていい、今の君たちの状況は把握しているつもりだ。
そこの騒ぎについても、シラフ君に直接関係ある訳じゃないみたいだが、どうやらシファさんが彼の家で騒ぎを起こしたみたいだ」
「そこの騒ぎの彼と姉さんが?」
「彼はフリクアの領主の息子だよ。
アルフレッドという、君と年代の近い優秀な騎士の一人と聞いている」
「アルフレッド………。
フリクアと言えば、確か東国との国境沿いの領地だったよな………。
姉さんがそこで何を?」
「さあな、とりあえずこれ以上騒ぎを大きくしない為に試合を引き受けて来るといい。
場所はそうだな、近くの公園なりを借りるといいだろう」
「後の予定に関して、教皇様御本人に関わりますが宜しいのですか?」
「構わないよ、むしろ君の力に興味がある」
「………わかりました」
俺はそう答え、騒ぎの当人であるアルフレッドという青年の元に駆け寄った。
「その試合、受けて立とう。
場所へ案内する、付いてこい」
「そうこなくちゃな、英雄さんよ」
「ちょっとアルフったら、もう………。
申し訳ありません、シラフ様……。
こんな馬鹿のために時間を割いてもらって………」
「時間が惜しい、さっさと行くぞ。
ハイドさん、アクリ!
ミルシアと教皇の護衛をしながら付いてきてくれ!」
●
例の十剣に案内されたのは、近くの広場。
そして今回の騒動の噂がすぐに広まったのか、観客達がかなり集まっている模様。
「ここまでの騒ぎになるとはな……」
「怖気付いたか?」
「いや、それでお前の目的はなんだよ?
わざわざ喧嘩を吹っかけたいだけじゃないだろ?
姉さんが、お前の父親と何かあったみたいだが」
「そうか、お前は知らないんだな」
「何をだよ?」
「俺の父親は、あんたのとこのシファに殺された。
つい先日のことだったな」
「姉さんが?
何の為にそんなことを?」
「さあな、とにかく俺はお前が気に食わない。
十剣って称号を持ちながら、その力すらまともに扱えない。
なのに、大陸の力の象徴である十剣なのはおかしい話だと思わないか?」
「十剣になれなかった事の八つ当たりか?
それとも、十剣になりたいのか?」
「俺が勝ったら、その腕にある炎刻の腕輪を貰う」
「無駄だ、神器は契約者の死なない限りその契約は持続される。
他の人間が手にしたところで、俺が生きている限り不可能だ」
「そうか……、まぁどのみちお前に勝って確かめればいい。
無駄だと言って、俺が簡単に諦めるとでも……」
「正直、諦めて貰った方が楽なんだがな」
「俺を舐めてるのか?」
「いや、舐めてはいない。
アルフレッド、君は強い。
でも、俺には勝てない。
それだけは分かる」
「…………」
「だから敢えて言うよ。
大怪我だけじゃ済まない、降参するなら今のうちだ」
●
「もう、アルフったら……。
こんな大きな騒ぎにしたら後で怒られるの私達なのに………。
ロダリスさん、どうしましょう?」
「始まったもんはしょうがないさ」
「それはそうですけど………」
観客達に紛れて会話をしている、騒ぎの元凶の連れの騎士団の人達を見かけ、私達は彼等の元へと駆け寄った。
一人は大柄で体格の良い中年男性?
もう一人は、私達と同年代……いや、少しだけ若い女の子だろうか……。
「あのー、すみません?
アルフレッドって人のお仲間さんですか?」
「あっ、はい。
その、私はフィリメル・ミカイラと申します。
昨年度、王国騎士団ヴァルキュリアへ入隊したばかりの身です。
本日は誠に申し訳ありません!!」
「同じく、ヴァルキュリアの一人。
この隊を任されている、ロダリスと申します。
この度のアルフレッドの失態に関しては、後ほど正式な謝罪を持って誠心誠意謝らせますので……」
「あーいいですよ、別に気にしなくても。
ご丁寧にすみませんね、ホント。
私はシラフ先輩の連れである、アクリって言います。
後ろに居るのは、歌姫であるミルシア・カルフとそのお付きのハイドさんです。
それで、あのアルフレッドって人は強いんですか?」
「え、そりゃあ同年代なら一番強いですね。
ヴァルキュリア内でも上から数えた方が早いくらいには、そうですよねロダリスさん?」
「ああ、あんな奴だが実力は本物だよ」
「ふーん……。
その割にはあまり強そうではないですよね?
私の方がずっと……」
「え?」
「あー、いえなんでもないです。
でも、強そうには見えないですよねあの人。
シラフ先輩の方がずっと強いですから」
「いやでも、アルフだって結構やる方だと……」
「アクリさんの言う通りだな。
この勝負、比べるまでもないよ……。
多少痛い目に遭えば、流石に分かるだろうな」
ロダリスという男は、あの二人の力量差を見抜いている模様。
昨年入隊したばかりと自分で言っていた、フィリメルという人物はあの二人の実力差がわかっていない様子。
そして、当の本人達は………
シラフ先輩の方を見ると、当然余裕そうな模様。
そして対する、アルフレッドという青年は………。
武器を握る前から僅かに足を震わせ、竦んでいた。
あー、コレは無理かな。
少しは期待してたんですけどね……。
「……アクリさん?」
「大変ですよね、身の程知らずの仲間を持つと……」
「………」
試合の行方に観客達は注目する。
でも、正直もう少し手応えある相手なら良かったのに