迷いは晴れず
帝暦404年1月10日
その日の朝、俺は昨日の約束通りに迎えに来たアクリ共に護衛任務を再開した。
あまり寝れた気がしないが、時間が多少過ぎた事で気休め程度に冷静さを保っていられる。
しかし、そんな事はアクリやミルシア達には見透かされているようだが、気にせずいつも通りに接してくる。
それだけで、俺はありがたいと感謝していた。
「ねぇ、今日の予定は?」
「式場の下見と、歌の練習。
教皇様との面会、十剣のクラウス様及びアスト様の運営する孤児院での催事等ですかね」
ハイドさんはそう言うと、歌姫本人は何とも嫌そうな顔をしている。
なんとなく、今にも逃げ出しそうな気が……。
「逃げないわよ、流石に……、
というか、教皇と面会なんて………。
私、そういうの興味ないんだけど」
「そう言わずに、教皇様の耳にもミルシアの歌の良さには興味があるんですよ。
ソレに、恐らくは……」
そう言うと、ハイドさんは俺の方を軽く見やる。
「俺に何か?」
「あの方は未来が見えると言われてます。
恐らく、私達が一緒に居ること見越しての予定として組み込んだ可能性が高いでしょうね」
「ふーん、やっぱり人気者ねあなたは………」
「………どうだかな。
俺も、教皇様と直接会うのは初めてだ。
遠目で祭事の際に見る事はあってもな」
「私と同じね。
現教皇は、結構若い方だけど………。
正直何を考えているのか分からないような人。
で、教皇との面会は何処で?」
「式場にて面会の時間を取るようです。
その後に歌の練習等が一時間程あります」
「一時間も要らない。
2回か3回やれば充分よ。
あんまり力を使う訳にもいかないからさ」
「……そうですね、では空いた時間は?」
「王都の観光冊子で気になったお店があるからそこに行きたい。
大丈夫、ちゃんと次の予定には間に合わせるから」
「了解しました。
シラフさんにアクリさん。
今日はそのようにお願い致します」
「了解しました」
「了解でーす。
ねぇ、ミルシアさん?
それでどんなお店行きたいんです?」
「えっと……例えばこことか………あと……」
ミルシアとアクリが楽しそうに話していると、ハイドさんは俺に聞こえる程度の小さな声で話しかけてきた。
「………、顔色あまり良くありませんよ?」
「だろうな、でも任務はこなすよ。
昨日みたいな失態はしないさ」
「それは頼もしい限りですが………」
「………、ハイドさんならどうします?
今まで信じた物が偽物だったら、信じた正義が偽りだったら……」
「………僕は、元から偽物ですよ。
あの人が、ミルシア様が笑っていてくれれば、幸せであってくれたらそれでいいんです。
ソレが僕の存在理由ですから」
「…………」
「ミルシア様は分かりませんけど、少なくともあなたと僕を受け入れて前に進もうとしている。
最近は以前よりも笑顔が増えたんですよ、あの人の成長に僕は嬉しいとさえ感じている。
少しだけ不安があるのなら、これからの彼女に僕は本当に必要な存在なのかってところですかね」
「そうですか」
「あなたは、ルーシャ王女の事をどう思っているんです?
ただの主従関係、それとも恋人として?」
「…………。
ルーシャは俺の拠り所だった。
未熟な俺を騎士として側においてくれた、だから俺は彼女に相応しい騎士になる為に力を身に着けようと日々頑張れたんだ。
それが光を指して、本当に十剣にも成れたし神器の力も扱えるようになった。
ルーシャ自身も、俺に向き合う為に学院で努力を重ねていて、お互いに支え合い、そして高め合う関係。
一概に、ソレをただの主従関係や幼馴染、交際関係だとかで言えるものじゃない。
俺にとって、彼女は何者であろうと大切な人だ」
「………」
「サリア王家が、カルフ家を滅ぼした元凶だろうとルーシャは俺に居場所を与えてくれた。
でも、王家に刃を向ける事はそんな彼女に刃を向ける事と何ら変わらない。
例え、彼女本人を斬らないつもりであろうと……。
彼女からすれば、サリア王家が家族なんだから」
「そうですね」
「まだ、答えは出ていないよ。
でも、決断は下さないといけない。
あるいは、別の選択肢を見いだせないといけないが」
「気長に考える暇はありませんからね。
それに、今回の結婚式を見兼ねてあなたに近寄る輩もかなり多いみたいですし。
今回の教皇様の一件のようにね」
「そこら辺は上手く聞き流すつもりだよ。
この国の事で手一杯だからな………」
●
結婚式の会場は王都の東区域に存在する大聖堂。
普段は王都の観光名所だったり、一般にも結婚式の会場として使われたりしている。
ここで結婚式を上げる事が、サリアの女性達の夢の一つに当たるくらいには人気の場所である。
もっとも、一般人が式を挙げられるという訳ではなくそれなり名のある名家か、あるいは結構な商家だったりするわけだ。
しかし、この国の祭事の景品として、なんと無料で結婚式を挙げられるといったモノがあったりと、割と手の届く位置にあったりする。
まぁそれなりに現実的には、叶う夢のようである。
「ほら、このドレス綺麗だよね?
ミルシア様はコレとか似合うんじゃない?」
仕事で来たはずなんだが、目の前のアクリとミルシアは過去にこの聖堂で行われた結婚式で使われたドレスの展示を楽しそうに眺めている。
「まぁ、女性の憧れってヤツなのかな……」
「ですね。
シラフさんはどのドレスが良さそうだと思います?」
「なんで俺に聞くんだよ?」
「ルーシャ王女との結婚式の際に、どれを着せてあげたいのかと、多少興味がありまして」
「………、衣服の趣向はよく分からない。
多分、ルーシャに何を着るかは任せるだろうよ」
「彼女の方から、参考程度に何が良いかは聞かれるかもしれませんよ?」
「………どうだかな。
正直、結婚の想像なんて出来ないよ」
「しかし、今回のお二人は両人共に学生ですよね?
3つ程上でしたっけ?」
「そうだな、サリアの法律上は問題ない。
許嫁同士での結婚って事なら、もっと幼少から決められてもおかしくないが……」
「シラフさんに、そういうお方は?」
「居たら、彼女の告白を受け入れてないよ。
カルフ家の時に、誰かしらの相手がいた可能性はあるかもしれないが。
俺やハイドさんが居ない辺り、カルフ家消失と同時に自動的に破談となったか、あるいは元から無かった辺りでしょうね」
「なるほど」
「サリア、いや特に貴族階級にはそういう許嫁や親同士の決めた見合いの結婚が多いんです。
その影響で、親族同士の血縁が多くなりやすい弊害がある。
その結果、近親婚を避ける意味合いで俺みたいな養子という形で貴族に迎え入れられる人もこの国には少なくはないんですよ。
貴族としての家名を守る為に、必要なことなんだと。
俺の身近な人物だと、騎士団長の娘であるテナも養子として迎え入れられている身なので」
「では、そうじゃない場合もあると?」
「政略結婚が余計な問題になりかねない場合もある。
特に、今回の結婚に関して本人同士が政略結婚という認識が無くとも、周りからはそういう思惑で見られてる可能性が高い。
いや、見られてると断言していいでしょうね」
「何か気になる事でもあるようですね?」
「この辺りの兵士達の雰囲気が緊張気味なので……。
やはり警戒を強めているんでしょうよ。
今回の結婚式はサリア王家の第一王女と、ヤマト王国の王子、いや今は亡きオラシオン帝国の皇帝となりえた御方ですから。
王族同士という関係以上に、かの帝国の血を受け継ぐ者が表舞台に上がった事。
故に、今回の結婚式は様々な意味で世界中からか注目されていると思われます」
「なるほど……、あの帝国の血をあの王子が……」
「俺自身、あの王子とは何度か会話した機会はあれど帝国再興に熱心みたいな野心はあまり感じませんでしたが……。
どちらかと言うと、武人として力を求めている。
俺のように力を求めて、ソレがひとり歩きしているのを誤魔化しているかのような………」
「力を求めた上で、その力に固執している。
しかし、その力の扱い方が分からないといった?」
「そんな感じですね。
少なくとも悪い人ではありませんよ、むしろ善人気質で面倒見が良い方という印象です。
レティア王女と結ばれるに相応しいお方だとは思いますが、ソレを許さない輩も多いのが事実。
個人の善悪は関係ありませんから。
ミルシア様の護衛とは別に、王子と王女の護衛にはサリア王国からはアストさんとクラウスさんが……。
ヤマト王国からは、王子の師でもあるラカンという男と、彼の旧くからの友人であるラクモという方が担当しています。
彼等が護衛なら、問題無いかと思いますがやはり不安はあるんでしょうよ」
「一筋縄ではいかなそうですね。
彼等も、あなたも………」
ハイドさんはそう言い、軽く背伸びをする。
その横で、俺は僅かにため息を吐きなんとなく、こんな言葉を口にしていた。
「ハイドさん、一つ頼まれてもいいですか?」
「何をです?」
俺の言葉に何かを察したのか、先程までの優しい顔つきが消え、少しばかり険しくなる。
遠目で見れば分からないが、近くの俺にはその気迫というか、そういう感情のゆらぎが分かる程に。
「ミルシアに何かあった際は、ハイドさんに彼女を任せてもよろしいですか?」
「構いませんが、あなたはどうするおつもりで?」
「あくまで可能性ですが、
俺があなた達と敵対する可能性があるのが事実。
その際、多少の時間は稼ぎますので彼女を連れて王都から避難をお願いします」
「…………」
俺の言葉に、ハイドさんは何も答えない。
まぁ、こんな事を言われたら回答に困るだろう。
「何か問題でも?」
「僕は構いませんよ、それでもね。
あなたは、どうなんです?
あなたを助ける人は何処に居ると?」
「それは、まぁ自分でなんとかしますよ」
「答えになってませんよ、シラフさん。
私はある程度、己の末路は覚悟していますが………。
でも、あなたは違うでしょう?
ソレに、あなたが何を選ぼうとミルシア様に取ってあなたは大切なお方だ。
あなたを見捨てて、自分だけが生き延びる等という選択を、彼女は決して許しませんよ。
あの人は、そこまで割り切れる程非情ではありませんのでね」
「……………」
「今のは聞かなかったことにします。
僕は、僕個人としてもあなたを失いたくはありませんからね。
ミルシアも、あなたの守るべき大切な方々もソレを望んでいますから」
「そうですね」
そんな会話をしながら、楽しそうに語り合う二人を俺達は時間の許す限り眺めていた。