変えられない、変わらない
帝暦404年1月9日
「…………」
王都の中心から程離れた大きな屋敷。
入口の前に立ち、私は門番の案内の下屋敷の中へと案内された。
そして、目的の人物はすぐに会えた。
「こんな時間にどうかしましたか、シファ様?
それとも、遊撃部隊の招集でも?」
「夜遅くに悪いね、テナ。
早速で悪いけど、表に出なさい」
「………突然何です、怖いですよ?
僕、何かしました?
子供の時みたく、度胸試しにシラフと一緒にあなたのお菓子に手を付けた訳じゃあるまいし」
「とにかく、来なさい。
シルフィードは居ないようだけど。
まぁ、今はあなた一人でもいいわ」
「お父様が何かなさいました?」
「いえ、むしろ都合が良かった。
とにかく、付いて来なさいテナ」
「はいはい、わかりましたよ」
テナ眠そうに、呑気な態度を取っている。
私の意図が分からない?
私の予想が確かなら、彼女は………
●
テナ連れて、王都の外れに訪れた後に更に魔法陣を用いての転移まで行った。
場所は、ここから多少距離がある平原。
既に日も落ち、寒さも厳しい中。
そろそろ頃合いだったので、私は会話を切り出した。
「テナ、何で呼ばれた分かる?」
「さぁ、僕が何かしたんですか?」
「………あなた、何者よ?
シルフィードの一人娘のテナ・アークス。
そうだよね?」
「何が言いたいんです?」
「率直に言うわ。
あなたラグナロクの一人でしょう?」
「何を言うかと思えば、ラグナロクって何ですか?
僕は何も知りませんよ、いきなり呼び出されて何を言うかと思えば、そんなことの為に……」
「………カルフ家の事、分かるでしょ?」
「そりゃあ、シラフを引き取る以前の家ですよね?
彼から聞きましたよ、そのことは……
それが何か?」
「あなたが、彼の母親を殺した。
そうだよね?
ラグナロクから命令されたか、知らないけど」
「僕が、シラフの母親を?
突然何を………」
「………、なるほどあくまでシラを切るつもり?
私に下手なまやかしが通じるとでも?
だって今もあなたの力で、私をたぶらかそうとしてるでしょう?」
「………恐れいった、降参ですよ。
シファさん」
彼女はそう言うと、以前までの軽い雰囲気が消えこちらを見る目が明らかに変わった。
あんな近くに居たからこそ、子供のように幼かったからこそ私は油断していた………。
「あなた、何が目的?
シラフをどうするつもりなの?」
「ラグナロクの英雄計画をご存知ないと?」
「なるほど、そういう目的か………。
確かに、その手口を用いれば安易に彼に近づく事は容易いはず。
でも、それならおかしいでしょう?
尚更、あなたが彼の母親を殺す必要はなかった。
あなたが彼の導き手の役目なら、彼の家族を含めて彼の身を守る事が使命のはず。
なのに、あなたが彼の家族を殺してどういうつもりなの?
その力で、あなたの母親すら操れたでしょうにどうして彼女を手に掛ける必要があったの?
何で、彼の家族を殺したの?」
「………アレは事故みたいなモノですよ。
元々の狙いは、この前死んだ妖精でしたから。
それを勝手に横入りしてきた。
だから彼女を庇った結果、私が彼の母親を殺す事になった。
その後、私はラグナロクの命を受けて彼の元から離れ現在のサリア王国騎士団ヴァルキュリアの騎士団長であるシルフィード・アークスの家に引き取られる事になった。
それだけの話です」
「それじゃあ、あなたはカルフ家が?
ラグナロクと関与していた事実は知っていたと?」
「ええ、それ……は……?
アレ……、おかしいな……なんで私………?
え……アレ……私………わたし?」
テナは突然様子がおかしくなった。
流暢に開き直ったように口を開いていた彼女の様子がおかしい。
何だ……この違和感……。
何か、致命的な何かが欠けている。
今のテナを見ていると、以前のシラフを彷彿とさせた。
記憶がおかしい、過去の記憶が、何かが思い出す事を阻害しているのだ。
彼の場合は、確か自身の過去そのものと私の封印による弊害だった。
じゃあ、目の前の彼女は?
彼と同じく、自身の記憶そのものと何者かの手によって起こされた弊害で………。
つまり、つまり…………。
「テナ、あなたはまさか………!!」
その瞬間、私の意識が飛んだ。
視界が突然、宙を巡り何かの人影を視界に捉える。
「………?」
何かが、何者かが私の首を切り落とした。
私が、気づかなった?
私が、見逃した?
「さようなら、シファ・ラーニル。
この世界に、もうあなたは必要ありませんよ」
身体が動かない。
本来なら即再生するはずの肉体が動かない?
なんで?
今まで不老不死だったこの私が?
首を跳ねられようと、血肉が爆散しようとも、数多の毒に侵されようとも、死ななかったこの私が?
たった一撃で?
今、まさに私は殺されたのか?
「あれ、おかしいですね。
ちゃんと息の根を止めたはずなんですけど?
あなたを殺せる、タナトスとゼウス、両方の力を込めたのに?
まぁ、あくまで理論上のモノですからね。
一度で死ななくて当然ですか」
女の声、聞いたことのある人物の声。
でも、あり得ない。
彼女は、あの当時カルフ家やテナとは何の関わりも無かった。
それどころか、生まれてすらいない。
それじゃあ、まさか……。
いや、でも尚更おかしい。
だって、あの子に私を殺せるだけの力はない。
「やはり、しぶといですね。
首だけになっても、身体はまだ動いてる。
当然、首の方もですか………」
「……………」
声にならない。
視界の先に居る人物に、私は声をかけられない。
そして、テナの方は何も状況が掴めず困惑している。
そして、人気は当然ない。
わたしが、望んでそうしたのだから。
つまりこの瞬間を、コイツは狙っていたんだ………。
私が、感情に飲まれて彼女を誘い込む瞬間を………。
「では、改めてさようなら」
再び視界が宙を巡っていく。
くるくると、目が回り、ソイツの存在を目の前に迫る最後の瞬間まで私は捉えていた。
これで終わり、あっけない………。
今までが何だったのか、いや元から望んでいた。
これで終わりに出来る。
でも、でも………、こんな形で私は………
死にたくなかった。
●
刃が刺さった生首を、ソイツは軽く薙ぎ払いそして魔力を込めた一撃で軽く粉砕した。
血に染まった、ソイツの身体。
アレの姿に、私はようやく全てを思い出した。
「あー、あっけない終わりでしたね?
ひとまずここまでが、私の仕事ですか。
ただ、あなたにはまだ役割がありますからね?
生かしてあげますよ、約束ですからね?」
「やく……そく………」
「ええ、約束ですよ。
覚えてますよね、約束?
だって私達、約束しましたよね?
あなたを生かしてあげるって、死にぞこないだったあなたを生かしてあげたのは私ですよ?
覚えていますよね?
その身体、動きやすいですよね?
こんな身体と違ってね?」
「ああ……ああ……」
「まぁ、オリジナル側はとっくに死んでるんですけど」
「私は違う、私は私は………」
「そうですよ、あなたはテナです。
彼を英雄にする為の私の道具です。
あなたは英雄のテナ、彼を英雄にする為の存在。
ちゃんと覚えていてくれて、嬉しいですよ私」
「…………違う、違う違う違う!!」
「…………」
「僕は………、私はテナじゃない………。
こんなの、こんなことになるなんて私は知らなかったんだ!!
ただ、生きたくて、一緒に生きたくて!!
彼に、もう一度会いたくて!!
だから、怖くて、私………私……!!」
「何を言ってるんです?
あなたはテナですよ?
彼の母親を殺したテナ・アークス。
もう、あなたは後戻りなんて出来ないんです。
そういうモノですからね?
そういう、約束でしょうテナちゃん?」
そう言って、ソイツは私に近づいてくる。
騎士団として、遊撃部隊の隊長で、ラグナロクの一人で、その中でも3位の実力で………。
強いはずの私が……震えて何も出来ない。
いや、始めから強くなんかなかった。
僕は、私は、テナ・アークスなんて人間じゃない。
「私は………テナじゃない!
来るな、来るなよ、お前!!!
お前なんて、知らない!!」
「酷いなぁ、お友達だったのに?
ふふふ、本当に昔からあなたは………。
相変わらず彼のように、ほんとに素直じゃないんですね?」
「来るなぁぁ!!」
咄嗟の判断で神器の力に手を掛け、私は目の前の存在に斬り掛かった。
しかし、何事もないかのようにその人物は私の振るった刃を片手の指3本で受け止めていた。
「な………」
「英雄ごっこですか?
懐かしいですね、私との遊びを見ている事しか出来なかったあなたがこうして、遊び相手になってくれるんですからね?」
「なんで、なんで………」
「危ないですから、お互いしまいましょうか?」
ソイツがそう言った瞬間、私の意に反するように神器の力が解除され私はその場に倒れ込む。
声にもならない嗚咽が漏れ、恐怖で身体が震えていた。
思い出したくない、記憶。
そうだ、だから私はあの時リンを………、
気づかれたくなくて……、
私、私は………テナじゃない
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか?
外も暗いですし、寒いですからね。
こちらも時間が迫っていますし。
これからもハイド達のことをよろしくお願いしますね?」
「いや、いやだ……。
お願い、消さないで………。
私は、私はもう嫌、嫌なの……」
私の声に耳を貸さず、ソイツは私の手を優しく握り耳元で囁いてきた。
「あなたは悪い夢を見ていただけよ。
今夜はきっと良い夢を見れるからね
おやすみなさい、クレシア・ノワール。
またいつか、会いましょう。
その時を楽しみにしているから………」
「…………いや………だ。
もう………やめてよ、わたし……わたしはもう……」
優しく微笑むソイツに私は何も為す術もなく怯えていた。
次第に心地よい何かが全身を包み込む。
抗わないといけないのに、怖くて怖くて本能的に目の前の心地良さに身を任せてしまう。
「誰か………誰か、私を見つけてよ………」
そのまま、私の意識は闇の中へと落ちてしまった。
起きたらもう、この時の記憶はないだろう。
でも、あの人が死んだ事実は覆らない。
シファ・ラーニルは死んでしまった。
一つの時代は終わったのだ。