取捨選択
帝暦404年1月9日
王都サリアの墓地にて、両親の墓参りに訪れていた俺達は自身の父親と、妹と名乗るティターニアと再会を果たしたのだった。
再会を果たした後、近くの公園にて彼等のこれまでの経緯を聞くと語られたのはこの国の闇の部分である。
「私達は、サリア王家とクローバリサの手の者によって死に追いやられた。
まぁその辺り話せば色々と長くなる………。
そして今はまだその時じゃない、私の事は例えシファ様であっても他言はしないで欲しいところだ。
仮に私が生きていると知られれば、奴等を刺激し相当厄介になることこの上ないからな……」
「奴等って?」
「教会旧派の連中だよ。
それが、十年前のあの日に私達一家を殺そうとした真の黒幕であり、私達が長年追い求めている存在。
その中でも、最大勢力であるサリア五大名家の一つクローバリサ………。
アレをどうにかするために、私達はこれまで己の生死を隠蔽してまで追っていたのだからな………」
「あのクローバリサが?
それに加えて教会旧派が裏で………」
「ミルシア殿にも関係ある話だ。
歴代歌姫の殺害に関与しているのが、クローバリサ率いる教会旧派の者達なのだからな。
こちらとしては、十年前の出来事を境に奴等の尻尾を掴んだと思えば、この状況……。
旧派に関与していると思われるアスト殿の意図やその目的も気になるところだがな……」
「………」
父親の語り始めた衝撃の事実に俺は返答に悩んでいた。
サリア王家が俺の家族を殺そうとしたということ。
何故だ?どうしてそんな事をする必要が?
「我がカルフ家は代々、国外の商人及び国外の取引において仲介役を担う家系であった。
帝国崩壊以前までは、帝国を筆頭に極東三国、ヤマト、南方大陸、ラーク、アンブロシア、ヴァリス、フリクア等様々な国との取引を王家及び教会から一役を任せるという程の名家であり、かつてはこの国の五大名家の一つに入る程の勢力を誇っていた。
しかし、国外に顔が効きすぎるということが裏目に出て、国内最大勢力であるクローバリサの一派及び旧教会派、そして先代サリア国王を筆頭に私達は毛嫌いされていてね、多少の嫌がらせは絶えなかったよ」
「ソレが、俺達家族を殺そうとした要因だと?」
「いや、嫌がらせはクローバリサを中心として多少のいざこざが絶えなかったが命を取られる程では無かった。
あくまで国外の取引だったからな、何かの拍子で大きな事故に発展すれば国外取引の差し押さえ、国内においても大きな経済損失になり得たからな。
本当の狙われた一因になったのは、些細なモノ。
いや、私からすればたまったものじゃないが………」
俺の横に座る実の父親は大きなため息をつくと、ゆっくりとソレを口にした。
「私には、お前の母親以前に婚約者が居た。
そして、彼女は当時のクローバリサの当主であったジーファス・クローバリサの魔の手に掛かり誘拐され、後に証拠隠滅の為に殺された。
この事件を公の場に広めぬ為に、奴は当時親交の深かった先代国王に取り入って共謀し、我々一族を殺す計画に動いていた。
あの事件発生当時、既にジーファスは亡くなった後であったが彼の戯言を盲信した陛下と旧教会派は、お前の契約の義を機会に我々を殺そうとしたのだ。
不穏な動きがあったのは、私も知っていたが本当に我々家族が殺される羽目になるとは思いも寄らなかった、その理由もあまりに酷いモノだったがな………」
「その話、本当なのか?
普通あり得ない、そんな事がこの国で平然とまかり通っていたなんて事がさ?
その婚約者の話だって、なんでわざわざ攫う必要があったんだよ?
父さんの婚約者だって向こうは分かっていたんだろう?
五大名家の一つに連ねていたなら尚更だ」
「………その通りだよ。
しかし、同じ五大名家が故に疑われなかった。
そして、彼等に逆らえなかったんだ。
ジーファスの息子、クローバリサの現当主の彼とは学生時代からの友人だったが父の愚痴は絶えなかった。
昔から女癖が悪いらしくてね、私の前妻に目を付けた際には裏から彼女の両親を多額の賄賂で懐柔して口止めしたらしい。
事が済めば、その両親すらも事故に見せかけ葬ったらしいが……、真相はわかっていない。
しかし、彼女の本人と両親は既に亡くなっているよ」
「っ………」
「信じられないのも無理はない。
私だって、知った当初はお前と同じ反応だった。
この国の更なる発展の為に私達カルフ家は持てる人脈や能力、財を尽くして支え続けた。
十年前の流行り病の際、交友関係のあったラークのノワール家の力も借り終息にまで至らせた」
「クレシアと交友関係があったのはそういう事か」
「………そうだ。
当時、お前とは本当に仲が良かったよ。
しかし、あれだけ国の為に尽くして受けた仕打ちはこのザマだ。
お前の母親も含め、屋敷に仕えてくれた従者達。
我が家と親交が深かった家系に大きな損失を与えてしまった。
邪魔な我々を殺して、我が家の手柄を横取りしようと安易な策だったようだが、結果はどうだ?
ここ数年で、自国経済は大きく落ち込んでいるんだ。
自国の経済を支える上でも、他国の物資は必要不可欠だった。
ソレを自らの利権の為に、突然全てを自国のコネクションに頼った結果がコレときた………。
こんな馬鹿な国に仕えてきた我々に何の意味があったと言うんだろうな………。
我々一家を手にかけて、まだ足りないと……。
ならいっそ、こんな国等全て滅んでしまえばいい!!
我々を捨て、己の汚い欲に塗れたこの国に仕えた我々が馬鹿だったんだ!!」
「………」
父親の言葉に俺は何も返せない。
自国の経済の落ち込みに、俺達一家の消滅が大きく関係していた。
ソレの中核にあったのは、今は亡きクローバリサの元当主であるジーファスという人物と、先代のサリア国王である。
納得出来る訳がない。
受け入れられる訳がない……。
頭では分かっていた。
でも、俺にとってサリア王家は存在意義に等しい。
これまでずっと、俺はこの国の第二王女であるルーシャに仕える相応しい存在になるべく力を付けて来たのだ。
それが今更、家族の仇でもあると知った。
俺がルーシャに仕えれたのは、カルフ家の監視を含めてだったのか?
幼い俺やルーシャが分からない事を利用し、先代国王を含めたサリア王家は俺を彼女の元に置いた。
今まで、俺がルーシャの近くに居られた理由。
そうであるなら、今までの待遇に辻褄が合う。
姉さん、もといシファ・ラーニルはソレを知っていたのか?
詳細を知らずとも、俺がカルフの人間である事を知っていた。
神器の力を扱えた特異な存在である事が要因として大きいだろうが、カルフ家の事を知った上で俺とセリア王家を関わらせた?
「分からない………訳が分からない!!」
「にいさん?」
「っ?!!」
聞かされた驚愕の事実に狼狽えていた俺の服を掴むティターニアの存在。
彼女の声に俺は余計に精神を取り乱し、思わず声を上げてしまった。
「ごめん、ティターニア………。
それに父さんも……。
俺はまだその、色々と整理が付かないんだ……。
自分の家族が生きていたことも含めて、サリア王家とクローバリサ、そして教会の手の者によって俺達一家が襲われた事実。
正直突然過ぎて、何が何だか理解が追いつかないんだよ……」
「ハイド……」
「父さん、ティターニア。
俺はここ十年近い期間をシラフ・ラーニルとして生きていたんだ。
ラーニル家の者として姉さ……いやシファ・ラーニルの元で俺は自らのこの力と向き合ってきた。
最近になって、俺は十剣の一人にも選ばれた。
そして、サリア王国第二王女であるルーシャに仕えてきた。
彼女は、道を見失っていた俺に己の役目をくれた大切な方なんだよ………。
それが突然、あの日の光景の何もかもがサリア王家や自国のクローバリサ家や教会によって狂わされたなんて………。
今更言われても、俺にどうしろって言うんだ……」
「…………」
「家族は大切だ、俺にとって何よりも………。
一度全部失ったからこそ、もう失わせない為に俺はこの炎の力と向き合ったんだ。
それが突然、これまでの何もかもが違うって訳が分からないんだよ!!
俺はずっと、抗ってきた………。
周りに認められる為に、もう何も失わせない為に……。
なのに、何をやってもうまくいかなくて、最近ようやく再会できたリンでさえ、助けられる目の前にして失ってしまったんだ!!
だからもう、二度と失わせないってそう決めた……。
俺は、俺の大切な人達を奪わせない為に、リンを殺した奴を倒す為に、俺はもっと強くならないといけない…………。
なのに、こんなの納得出来る訳がないだろ!」
「ハイド………」
「今の父さん達のやろうとしてることが、この国にとって脅威である事に他ならない。
ただ、俺は家族を失いたくない………。
今更引き下がるなんて無理なんだろうよ、でも俺は父さん達の方へ行く事は難しい……。
今の俺は、サリア王国第二王女に仕える十剣シラフ・ラーニルだ。
なのに、なのに……どうして今なんだよ!!」
「当然の返答だな………。
今まで、私達がお前から距離を取っていたのは事実。
こちらの立場上必要だった事だ、こうして今更会ったところで、お前の考えが変わるとは思ってない。
十年もの間、お前をシファ殿に預けた事。
今になっても尚、あの時の判断は本当に正しかったのか悩んでいたよ………。
だが、あの時下手にお前を連れ出そうとすれば私の生存が明るみになり、混沌を極めていただろう。
私とティターニアは始末しされたはずの人間、故に表舞台でお前を引き取る事が出来なかった。
しかし、ティターニアもハイドも、私にとっては何より大切な存在だったのも事実だ。
だから、お前が十剣として成長した事は私の、我がカルフの家にとって最大の誇りだよ」
自身の父親はそう言うと、ゆっくりと立ち上がるとティターニアも彼に合わせて立ち上がった。
「こちらの決行は結婚式当日の翌朝。
お前がどちらにつくのかは、任せる。
私はどちらを選ぼうとお前を非難はしない」
「わたしは……かぞくといっしょがいい」
父親の手と、俺の手を両手でティターニアは掴む。
俺達家族の会話をただ見守っていた、ミルシアやハイドさん、そしてアクリも彼女のその言葉に何とも言えない嗚咽のような声が溢れた。
そして、父親も同じように彼女のその儚げな願いに涙を流していた。
ただ一人、俺だけは彼女の言葉をどう受け取ればいいのか分からなかった。
俺は何を選び取るのが正しいのだろうか?
実の家族の手を取るのか?
今まで俺を支えてくれた人達の手を取るのか?
どちらを選ぼうと間違いではないが………、
どちらを選ぼうが間違いでもある。
家族の為に、これまでを切り捨てるのか?
これまでの為に、家族を切り捨てるのか?
どちらも選ぶなんて、生易しい選択肢はなかった。
「……………、ティターニア」
俺の手を取る彼女の小さなその手を引き、俺は優しく小さな彼女を抱き寄せる。
「悪い、もう少し俺に時間をくれないか………。
今すぐには決められないんだ………」
「うん………」
選べるのはただ一つ。
王女の結婚式当日が12日。
その翌日が期日というなら
残された時間は今日を含めて、あと4日だ。
「わたし、かぞくといっしょがいい………」
「ああ、そうだよな……。
そうに決まってるんだよな………」
先延ばしの出来ない現実。
目の前の小さな少女が理解出来ているのか定かではない。
今この瞬間だけでも、俺達は本当の家族で居られたのだろうか?
欠落した時間を埋めるには、あまりにも足りない。
時間は無情に過ぎていく。
俺に今できるのは、目の前の家族の為に時間の限り彼女を抱き締めるだけであった。
俺がこの先どちらを選ぼうと、今この瞬間だけは本当の家族なのだから………。