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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
283/324

血塗れの魔女は

 クリアロッド、そこはかつてサリア王国と他国を結ぶ交易拠点として帝国統治時代に大きく栄えていた街である。

 しかし、帝国崩壊後の混乱によって街は廃れていき更には、多くの負債を抱えていき衰退の一途を辿っていた。

 

 衰退の道を辿っていたが、この街の長と親交が深かったカルフ家との関係があった事が由来して、なんとか街の事業を維持出来る程度にはかの家の支援の元で存続する事が出来ていた。

 

 十年前の黒炭病が流行った際にも、他の国との交易拠点という利点を活用し他国の医療品及び支援物資の輸出入において重要な役目を果たしていた。


 しかし、この時既にこの街が抱えていた負債は利息の支払いすらままならない程に膨れ上がっており、街の経済は悪化の一途を辿り、崩壊しつつあった。


 そこに目を付けた当時クローバリサの当主であったジーファス・クローバリサはこの街をとある条件と元で買収し、街の負債を肩代わりした。

 

 その条件はこの集落住む住民の人権を剥奪する事。

 

 そして、人権を剥奪された住民達はノエルの研究材料として利用される事になる。


 当時、1000程の規模はあったとされたが彼女の人体実験によってその数は僅か2年後に500人を切り、十年前に流行した黒炭病の治療法を確立した2週間前には彼女と彼女によって生み出されたホムンクルス以外の全ての街の人間が彼女の実験により帰らぬ人となった。



 帝暦404年1月11日


 「なるほど、まぁ少しは腕は上げたようだな?」


 「一応私達は世界を敵に回している身なのでね」


 幾度となくお互いの攻撃が交錯する。

 

 火、水、風、雷、鉄、土。

 剣、槍、斧、弓矢、銃弾。


 数多の属性、数多の攻撃が交錯する。


 最も、攻撃が当たればどちらも致命傷は免れない。


 魔術で生み出された属性や物体は、同じ魔術によって分解する事ができる。

 予め造られた設計図から逆算し、モノを破壊する事に長けた術を当てればいい。

 

 魔術が複雑に発達した中、その設計図となる構造式は一定の規則性が存在し、コレを免れる事は出来ない。


 設計図の元、材料を確保し、組み立てれば完成する。


 やることは同じ、同じ魔術師相手なら……。


 その技量が同程度なら元の魔力量か知識量か実践経験が物言う。

 あくまで空論、経験則に基づくが……。


 目の前の相手は、こちらより遥かに魔力量が多い。


 私の知る中で一番上の存在だ。


 「しかしだ………。

 その程度で、私を相手にできると思われたのは心外だよ、シトラ」


 「…………」


 やはり勝てないか……。

 正攻法の魔術のぶつけ合いで勝たせる可能性が見えない。

 

 白と黒の世界で、私は目の前の存在を見据える。

 魔力の消耗の気配を感じない上に、余裕の表情。

 

 強がりの可能性も考えたが、それもない。

 単純な実力差だ。

 

 「流石ですよ、かつて帝国一と謳われた程はある。

 だが、だからこそ分からない。

 あなたは私のように魔力中毒に侵されていた。

 それも私より重度のモノ。

 幼い私と出会った時も………、なのに何故あなたは目の前に立っていられる?」


 「ここの惨状からは分からないか?

 私の研究資料を見ても、私がしていた研究が何も理解出来なかったと?」


 「ラウを生み出せたのは、クローバリサからホムンクルスの製造の依頼があったから……。

 でも、それであなたが生きている理由にならない。

 あなたの側に居たシンも、ノエルは死んだと証言していた。

 こちらの世界の彼女が同じ境遇という仮説ならという前提になるが………」


 「確かにそうだな。

 私はあの当時死んでもおかしくはなかったよ。

 いや、死んで当然だったよ。

 ただ、私も諦めが悪くてね………。

 生き続ける方法を模索したんだ、そしたらこの国の古い文献に面白いモノがあったんだ。

 記憶の紅玉と呼ばれるモノがかつて教会に存在していたというもの……。

 その力はどうやら相手の記憶を操作する事と他人と自身の精神を入れ替える事が出来るそうだ」


 「記憶の紅玉………」


 「文献から察するに神器の一つで間違いない。

 現在の所在に関しては、ラークのノワール家が管理しているだろうと推測を立てていたが、何しろ神器に関しては色々と機密が多くてね、現当主と話す機会は何度かあったが直接所在を聞き出す事は出来なかった。

 しかし、神器で可能となる力なら既存の魔術で代用出来るというという考えに私は至ったんだよ。

 故にこの集落の人間を利用し、他者の精神を入れ替える魔術の開発を秘密裏に行っていた。

 加えて、新たな身体の器をどうするべきかという点については私の遺伝子を組み込んだホムンクルスの開発も並行してね。

 今の私が、お前と出会った当初よりも若い容姿になっているのは、ホムンクルスの肉体を利用しているからという事になる」


 「なるほど………」


 恐れいった………。

 流石、ノエルさんと言ったところ。

 元の肉体が駄目なら、新しい肉体を使えばいい。

 単純な事だが、そうじゃない。

 手足や臓器を他から持ってくるなら分かる。

 しかし、肉体全てを入れ替えるなんて芸当は正気の沙汰ではない。


 理論上可能だからといって、実際に出来るかは別。


 そして更に恐ろしいのは、他者との精神の入れ替えを繰り返す事が可能なら、不老不死も同時に可能にしたという事になる。


 「自身をホムンクルスにした事で、もはや元の人間と言えるのか定かではないが………。

 私は私の為に動くだけだ、シンの元を離れ彼女にラウの事を任せたのは正解だったみたいだしな………。

 しかし、まさか私の教え子であったお前と共に行動している点には驚いたよ。

 実力はまだ未熟だが、あの年月でグリモワールを扱えるようにしたのは流石と言える。

 前の使用者であったルキアナも報われるだろうよ」


 「………あなたは何がしたいんだ?

 ここで戦争でも起こすつもりで?」


 「………戦争ね……。

 私は私のやるべき事をしているだけだ。

 やるべき事がサリア王国には存在しない。

 ヴァリス王国にて、色々とやるべき事がある。

 ソレがこの世界の為になると信じて」


 「無駄なやり取りみたいだ。

 頭の固い人だよ、昔から………。

 そういやいつも両親は言っていたな、あなたは酒か私情かの二択で動く。

 自身にとって合理的なら、多少の犠牲は問わないと」


 「………、なら私を止めてみなよ?

 簡単な事だろう、シトラ?」


 「そうだな。

 手の内はあまり晒したくないのだが………」


 お互いの攻撃が更に加速する。

 一手一手はより早く、より鋭く向かう。

 しかし、幾ら手の数が増えようと差は埋まらない。

  

 持久戦に持っていかれると流石にこちらの方が分が悪い。


 攻撃の手数を増やしながら、並行して別の手を打つための準備をする。

 発動の準備にそう時間は掛からず、右腕に埋め込んだソレに向けて意識を向け、魔力を流し込む。


 「グリモワール・デコイ起動」


 「っ?!」


 目の前の彼女の表情が僅かに険しくなり、攻撃の手を止め距離を取った。

 攻撃の手を止めた隙を突き更にこちらの魔術による攻撃が向かっていく。


 流星の如く降り注ぐ光弾の魔術が迫る中、彼女は僅かに舌打ちをすると軽く指を鳴らしこちらの攻撃を何事も無かったかのように消失させた。

 

 「まさか、シンに埋め込んだソレを使うとはな」


 「………」


 右腕の結晶のような光原体を中心に幾何学模様の淡い光を浮かべながら全身に魔力が満ちていくのを感じる。


 相手の推定魔力量、数値にして約720万。


 こちらの魔力量、413万前後。


 一応、こちらの世界では指折りの魔力量を宿していたのだが倍近い量の差がある模様。

 それも、さっきまで魔力のぶつけ合いをしていたにも関わらずだ………。


 しかし、魔力の消耗する速さは向こうの方が上。

 一つの魔術を使う効率は、やはり世代を重ねる度に変わってくるのだろう………。


 これは私がラークで培った魔術理論と、ノエルさんが独学で磨いた魔術理論の差と言ったところか………。

 

 「便利な力ですね。

 しかし、あなたの方がこちらよりも強いみたいだ」


 「当たり前だ、現状でさえヴァリスの魔術師団を率いているんだ。

 役職上、若輩者に負ける訳にはいかないんだよ。

 最も、専門は研究職なんだがね」


 「でしょうね、私も戦闘は苦手な部類だ。

 ラークの祭で、特権を得るために多少の練習しかしていない。

 当時のあなた程、実戦経験は少ないですよ。

 でも、向こうの世界では嫌でも戦わないといけないのでね?

 あなたが帝都で何を見たのかわかりませんが、私もそう簡単に負けていられる程、余裕はないんですよ。

 せめて、相打ち……腕の一本くらいは奪いますからね」


 全身の魔力を更に高める。

 時間を掛けたところで、こちらの体力が保たない。


 「…………神器、解放。」


 「……ほう?」


 身体を既に巡っているグリモワールと並行しながら、私は体内に埋め込んだもう一つの力を扱う。

 最も、魔術を現在の練度で使えるなら頼らずとも己の技量に頼った方がいい場合もある。


 しかし、コレは例外だ………。


 「デウスエクスマキナ・クロノス」

 

 言葉を告げた瞬間、目の前の銀世界が静止する。

 相手の魔力の動きが止まり、降り積もるはずの雪達も目の前で止まっている。


 「…………」


 相手は何も答えない。

 当然だ、この世界で動けるのは私だけ。


 私が生み出した、最高にして最後の切り札。

  

 『完全モナクシア孤独テレイオーシス


 かの、シファ・ラーニルの持っていた神器の能力。

 ソレをシンの体内に存在したグリモワールが得た観測情報から私が彼女の能力を再現した魔術。


 奥の手中の奥の手。


 魔力消費が激しく、私自身保って3分の燃費の悪さ。

 オリジナルはもっと悪いらしいが………。


 ゆっくりと目の前の彼女へと歩み寄り、その首に目掛けて己の懐から短刀を取り出し相手の首筋に向けた。


 私以外動けない世界。


 私以外が動く事が許されない世界。


 確実に相手を殺す為の技、こちらの世界でも充分な殺傷能力はあった。

 しかし、発動条件にかなり厳しい制約が存在する。


 ・止められる対象は一人のみに限定する。

 ・使用する為にグリモワールを起動させた後に神器を使用し扱うこと。

 ・使用中、それ以外の魔術の使用を禁じる。

 ・使用中、対象の観測を終えてはならない。

 ・使用した際、己の寿命の半分を代償とすること。


 いずれかを破った場合、ペナルティに応じて魔力中毒が進行する。


 そう、私の身体ははじめから帝都で受けたモノでは無かった。

 あの世界で、奴等との戦いを繰り返す内にその身に重なった己の過失なのだ。

 

 誰かを守る為に、いや違う……。

 彼等に絆され、勝手に仲間意識を覚えてただけ……。


 人類の為、世界の為。


 そんな事を建前で動いていた我々だった。


 だが、それぞれ己の利害関係で動いていた。

 

 皆が抱えている過去の後悔。

 少しでも、それから解放される為に………。


 私も同じだった。

 あの日々のように、気楽に彼と過ごしている日常を取り戻したかった。

 ソレを邪魔立てした、奴等の存在が私の勘に触れた。


 世界の秩序も見出した事で、かつての我々は集い。

 それぞれの目的の為に、世界の為に戦った。


 その過程で、私は己の過失を重ねた。

 いや、本来しでかすような失態では無かったのだが、彼等との日々はどうやら私を変えてしまったらしい。


 我ながら自分らしくないと思うが。

 それでも、意味はあったと思いたい。


 向こうの世界において最後は失敗したが、この世界はなんとかしたい想いがあった。


 だが、ソレは嘘だったんだと自覚してしまった。


 ただ私は過去に縋っていただけなのだ。

 ただ、昔のような日々が………。


 ラウとの、他愛もない日常が………

 

 「はぁ…………」


 意識が霞んでいく。

 

 コレを使う度に身体が悲鳴を上げていた。

 昨日、彼に塗って貰った薬の効き目もあってマシにはなってるが………。


 「さよなら」


 意識のあるうちに短刀を振るう。

 

 しかし、身体が動かない。

 たった一度、腕を振るうだけなのに?


 私が躊躇った?

 いや、違う……。


 何かの違和感を感じた。

 腹部に感じる鈍い痛みだ。

 ゆっくりと、視線をそちらへ向けると小さな腕が見えた。

 子供の大きさ、私の血に染まった幼く細い腕。


 「え………?」


 腕の存在を認識した瞬間、発動していた魔術が途切れ世界が再び動き出す。


 その瞬間、その細い子供腕が引き抜かれ私はその場に倒れ込んだ。

 もたれ掛かるように、目の前の彼女が私を抱き止め後ろの存在を認識したようだったが………。


 「まさか、お前達が来ていたとは驚いたよ?

 私の遊びを邪魔されたのは心外だがね」


 「そのまま放置していたら殺されていたぞ?

 娘が動いていなければどうなっていたか……。

 それで、その女はお前の知り合いか?」


 「まぁ、そんなとこだ。

 それで要件は何だ?

 ただ私を偶然助けに来たわけじゃないだろう?」


 「………、タンタロス殿から招集の令だ。

 例のヘリオス殿が回収されたらしい。

 しかし、現在の彼女からは記憶障害が確認されている。

 こちらの事は、全く覚えていない模様。

 ティターニアも彼女とはお前のように仲が良かったからな。

 ついては、彼女の治療をお願いしたいらしい」


 「お願いね……、了解。

 てか、子供にこんな真似をさせるとは、そろそろこことは身を引いたらどうなんだ?

 唯一の "家族" なんだろう?」


 「この国の人間を許せと?

 腑抜けた事を今更抜かすな、アーゼシカ殿。

 娘本人も、己の母親を殺したこの国の王や民に強い怒りを覚えている。

 コレは我々親子が決めた道だ。

 お前に今更指図される言われはない」


 「ハイハイ、分かりましたよ。

 全く、君たちもう少し手荒な真似は控えた方がいいよ?

 あー、まぁ都の夜に語らう優雅な詩人のようにとは言わないけどさ?」


 彼女がそう告げた瞬間、向こうから魔力が私の中へと入り込んでくる。

 残された僅かな意識の中で、背後に居る何者かの存在をた。


 全身黒い甲冑に身を包んだ者。

 そして、私を殺そうとした小さな少女。


 子供だ、本当に子供が私を殺そうとしたのだ。

 しかも、この子は………。


 全く、どうしてこんなことに……。


 「はぁ、まぁいい。

 とにかく、後で時間を取ろうじゃないか?

 こいつはもう虫の息だ、さっさと行こう」


 そうノエルは言うと私から離れ、後ろの彼等と共に立ち去っていく。


 意識が途切れそうになる中、必死に向こうの彼等の存在を確認する。


 「ほんと………、詰めが甘いなぁ………」


 震える手を彼等に伸ばすも届かない。


 そのまま私の意識は闇に落ちていった。


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