歩んだ果ての清算を
帝暦404年1月10日
冷たく、広い空間がそこにはあった。
未来の私が、案内したその部屋の中央には光を放つ謎の柱のようなモノが部屋の中央に座し、その周りを十本程の液体の詰められた円柱状のナニカが囲んでいる。
円柱状のソレの中には、生物であったり、植物であったり、内蔵にも似たナニカ、何かの生き物片方の目玉が入っていたりと様々である。
「コレは一体?」
「ノエルさんの研究室だよ。
ここにあるのは、彼女がかつて帝都に赴いた際に手に入れた物だ。
そこの目玉は、彼女が自身から摘出した例の魔水晶に汚染されたモノだが。
内蔵も恐らく彼女自身のモノで間違いないだろう」
「…………」
「ノエルさんは、生前自身が魔水晶によって魔力中毒を起こしても尚その生涯を自身の研究に捧げたらしい。
ラウやシンのようなホムンクルスの製造、現在学院で使用されている端末及びその通信網の開発、更には十年程前に流行した黒炭病の解析など、その功績は様々だ」
「これがお前の言っていた見せたいモノか?」
「この部屋に存在しているんだよ。
今からソレを見せてやる……」
そう言うと、彼女は先程から光を放つ部屋の中央にあるソレに近付いていく。
ソレに触れた瞬間、数多の魔法陣が浮かび上がり多くの制限及び鍵を掛けている事を知らせる警報が鳴り響いた。
慣れた手付きでそれらを解いていき、十分程経過した頃魔法陣は消え去り、ソレの中身が私達の前に姿を現していく。
内部の機構が動き、変形していくそれ等を眺めていくと下からゆっくりと3つの金属の塊が姿を現した。
「コレは一体?」
「ノエルさんの生み出したホムンクルスは、全てここから誕生している。
つまり、アレはかつてラウやリリィが入っていたものなんだよ」
「なるほど……。
いや、しかし目の前には3つの塊があるじゃないか?」
「そうだな。
これから3つ目の中身を見せる」
そう言って彼女は何らかの操作を加え、ゆっくりと目の前の金属の塊の蓋が開き始めた。
そして、内部に存在するアレを見た瞬間、私は違和感を感じた。
中にあったのは、一本の杖のような棒である。
ところどころに機械が埋め込まれ、魔術特有の幾何学模様の淡い光を放ちながら、生物のような血の通う脈拍までも見られた謎の物体である。
「コレは一体何だ?」
「マルルタイトの解毒薬みたいな代物だ。
コレを使えば、帝都オラシオンに存在する例の魔水晶の毒性を中和し、除去する事が出来る」
「何……?」
「ノエルさんは、残された生涯でコレを生み出した。
しかし、自ら性能を試す事もなくこの世を去ったのが惜しい結果なんだがな………。
生み出す過程で幾つか自らの臓器や培養した血肉を用いてマルルタイトへの耐性やその魔術の規則性を探り、遂にはコレを完成する事が出来た」
「………。」
「昔の私に問う。
何故、コレを他言するなと念押ししたかわかるか?」
「何故かだと?
私が知るわけ無いだろう」
「いいから答えろ。
今まで私が語ったノエルさんの過去、自分の知る彼女の姿を思い出して………」
「ノエルさんは、帝都を救って欲しかった。
だが、お前等は手を出した結果、最悪の結末を迎えたのだろう?
だが、手を出さなくとも最後は同じことだ」
「そうだな」
「コレを使えば、帝都に行けるのだろう。
その時点で、かなり便利な代物だ
しかし、コレを使う過程に何らかの問題があるのか?あるいは、使った結果か方法に何か問題でもあったのか………。
いや、あるいは何か別な用途が存在するのか?」
「最後が正解。
コレは、マルルタイトの中和及びあの現象を引き起こす事が出来る代物。
使用者が念じれば、この世界全てをマルルタイトで包み込む事も可能らしい」
「何?」
「要は、神殺しの兵器さ。
シファ・ラーニルを殺しカオスを殺し、世界の全てを終わらせる為に生み出した彼女が創造した最後にして最悪の終末兵器さ。
コレを用いて、彼女はカオスやシファそして例の異時間同位体までも倒そうとしていたんだ」
「何の為に、そんな真似を……」
「言葉の通り、彼等を殺そうとしたんだよ。
カオスや異時間同位体もだが、シファに関しても同様にこの世界から消そうとしていた。
それで辿り着いたのが、奴等をマルルタイトに変換して封じるという方法。
マルルタイトになった生物が原則元の有機物としての肉体に還元する事はない事を利用した兵器だ。
問題は、これを直接彼女が振るうことなく亡くなったということ………。
ノエルの元に居たシンさんはコレの存在を認知していたが、ラウには伝えなかった。
唯一、向こうの世界線でのこの私が彼女からこれを託されるに至ったんだよ。
そして、今回私は彼女の代わりにこれを今の君に託す訳だ………」
「…………」
「これを扱える技量持つのは、せいぜいこの世界での私かラグナロクの何人か程度だろう。
まぁ、これを使うか使わないかは、任せる。
ただ、今後私や彼等が何らかの目的で帝国に向かい世界の真実を知りたいのなら、コレが無ければ未来永劫あの街に踏み入る事は出来ないだろう」
「私にコレを渡してどうしたいんだ?」
「どの道、お前は必ず帝都を目指すだろう?」
「………」
「未だ人類の成し遂げてない偉業、いや既に不完全ながらノエルさんが先に向こうへ足を踏み入れていた訳だがな………。
あの街を目指すのは必然的なものなんだろうな、私にとっては………」
「あんなモノに価値はない……。
価値があるのは、あの国で何があったのか……。
もし再び、同じ過ちを人類が引き起こした際の巻き返しが利けば良い程度。
個人的な本心を言うなら、あの人が見ていた景色を私も見たかったということだがな………」
「…………」
「その杖、まぁ受け取らせて貰うよ……。
どの道、欲しくなるような代物だからな」
私はそう告げ、目の前の彼女からその禍々しい見た目の杖を受け取る。
かつて、あの人が成そうとしたナニカ。
今度は私に委ねられた。
あの人と同じ道を辿るのか……。
目の前の彼女のようになるのか………。
未来の事は、確定していない以上何も言えないが。
でも私は、二人のようにはならないだろうな。
私は、今の彼女達とは違う存在なのだから。
●
それからしばらくして、ここでの必要そうな資料を二人で回収し終えた頃、遅れてボロボロのラウとリリィがやってきた。
「もう終わったぞ、二人共」
「そのようだな。
我ながら、馬鹿な事をしたよ………」
「その口ぶりの割には、随分と清々しい顔をしているようだな」
「どうだか、私には分からない。
それで、今日には村を出ようとしているのだがこっちのシトラは動けるか?」
「動けるが、夜に出るのは面倒だ。
明日の朝にはならないか?」
「まぁ、夜分に出歩くのは危険か………」
ラウが焦るのも無理はない、彼は私と違って別の仕事を抱えている。
私が着いてきたのは、私の身勝手。
置いていかれるのも覚悟していたが、彼は私も連れて動向させるらしい。
彼らしいと言えば彼らしいか……。
「それなら問題ない、私が転移の魔術で即時送ろう。
こちらの私は向こうに中継地点を用意してないようだが、私は一応王都の近くに用意がある。
今すぐにでも向こうに送れるだろう」
未来の私がそう言い、ラウは軽く頷いた。
「それは助かる」
「これなら明日の朝早くでも問題ないだろう?
ここから王都サリアまでは歩きでは2日そこら、急ぎで一日だが疲労しきった身体では君の予定にも支障が出る。
これまでの仮住まいと今朝の朝食の礼だと思ってくれればいい。
あとついでに、出来れば明日の朝食までも用意してくれると助かる」
「それくらいなら構わない」
そんな二人のやり取りを見ていると、何か何とも言えない感覚を覚えた。
いや、分かっていた………、この気持ちが何なのかくらいは察しがつく。
「ノエルさん?」
「いや、何でもないよリリィ。
二人共、用事も済んだことだ。
残りは上でゆっくりとしようじゃないか?」
「上に上がる必要はない。
ここにも入浴施設及び客人を招く程度の設備は完備してある。
食料は地上から運んでくるとして、ここの洗浄設備の稼働が問題無ければだが」
「そんなモノがあるなら、何故言わなかった」
「わざわざ下に降りるのも面倒だった。
そもそも、向こうのシトラがここに来ていなければ下に招いても問題無かったのだがな……」
「私のせいにするのかい?」
「とにかくだ、上から食料を運んでくる。
休憩室までは案内するが……。
リリィ、悪いが上から運ぶのを手伝って貰えるか?」
「勿論です、ラウ様!!」
それから間もなくして私は彼の案内の元、部屋に案内されそれぞれくつろぎ始める。
とは言っても、人選はさっきまでと同じだが……。
包帯まみれの未来の私は、自分で何処から持ち出したか分からない珈琲を二人分淹れ、一つは私に差し出した。
「随分と手慣れてるな?」
「一応、一人暮らしはしていたのでね」
「そうか………」
淹れられた珈琲に口を付ける。
しかし何とも言えない酷い苦味が口全体を包み込み、思わず口を抑えた。
無理やり飲み込み、私は息を乱し荒らげていた。
「お前、一人暮らしはしていたって言ったよな?」
「口に合わなかったか?」
「合わないどころじゃない!!
よくこんなモノを出そうと思ったな!」
「私が料理出来ない事は承知の上だろう?」
「あーそうだな、そうだったな私は………」
慣れた手付きで安易な期待をしたさっきまでの自分を殴りたくなった。
料理や家事のほとんどがままならないのは自覚している、だからこそ今の学生生活はラウのインフラあって成り立っていると言ってもいい。
一人暮らしをしたと言った彼女だったが、やはりろくなモノにならないらしい。
金の稼ぎはなんとかなりそうだし、執事か何かを雇うかいっそラウをこのまま世話係として置いた方がいいかもしれない………。
「目の前の私が今何を考えてるか、手に取るように分かるよ?」
「ならもう少し改善に努めたまえ」
「ソレをやらなかったのが、私だろう?」
「………、もういい」
酷い味の珈琲をそのまま一気に飲み干し、苦悶しながら近くのソファに倒れ込む。
「全く、ほんと気が効かないな……」
「私にそんな真似が出来るとでも?」
「わかっていての嫌がらせくらいはするだろう?」
「それは確かに」
「身体…、結構痛むのか?」
「もう慣れた、痛いのは変わらないが……」
「そうか」
「ノエルさんの背負っていたモノと同じ。
いや、あの人に比べたらマシな苦しみなのだろうな。
私より十年そこらは長生きして苦しみ続けた生涯だったらしいからな……」
「そっちの私は今、何歳なんだ?」
「28」
「その年で独身かよ……。
はぁ……、実家から結婚の催促がうるさそうだな」
「…………、そうだな」
「………、何があった?」
微妙な間を空けての返答に違和感を抱く。
棒読みの中に、何かの含みを感じた物言いだったからだ。
「結婚相手は居たよ。
まぁ事実婚というか書類上ではあったがな……」
「意外だな、私は生涯結婚しないものだと思ったが。
あんな堅苦しい縛りに駆られるくらいなら、生涯独身の方が遥かに賢い選択だったろうに……」
「それは今の私の考えだろう。
まぁ、それなりに色々あって考えが変わったとかそういうものだと思えばいい」
「結婚相手はどういう奴だった?」
「結婚相手なら、さっきまで一緒に居ただろう?」
「なっ!」
彼女の言葉に私は驚き思わず身体が飛び跳ねる。
「フッ……、面白い反応だな」
「正気か?
また変な悪戯ついでにからかってるんじゃないのか?
そもそも、彼はあのシファと交際していたはずだ。
それ以前に、彼に想い寄せていたシンだって……。
それともなんだ、私から彼に迫ったとでもほざくのか貴様は?」
「いやいや……。
私は彼の身の上を知った上でだ。
まぁ結婚したのは、お互いの立場と役割上その方が都合良かったという建前でだが」
「………」
「私のこの身体は、別にここに来てから受けたモノが全てではない。
元々、こちらの世界での彼と共に帝都の調査や他の世界樹に関しての調査に出向いていたんだ。
そんな事をしている内に、お互い籍を入れた方が行動の都合が良いだろうと私からけしかけ、交際期間というモノはほとんど無かったが書類上は結婚していた」
「そうか」
「向こうの彼もこちらの世界に来ている。
私程ではないにしろ、それなりに魔力中毒の症状は出ているがな……。
離れて動いてるのもお互いの都合が良かっただけ。
まぁ、私に恋愛事はどうも似合わないらしくてね?
この通り、結婚してもここの王女みたくドレス着て式場を歩くような夢事は無かったがな」
「そもそも、そんな派手な外界の祭事は嫌うだろう」
「そうだな。
ただ彼となら一度くらい着ても良かったのかもしれないな………」
「…………」
「意外だと思うか?」
「今の私には関係のないことだ」
「そうだな、ただ一つ言うなら………」
「一つ言うなら?」
「シトラという人間はラウとの日々を楽しんでいた。
これだけは本心だろう?」
「………、確かにそうだな………」
彼女との雑談を続けている内に、上から荷物を運んできたラウ達が戻ってきた。
それから、つかの間の休息を取り充実した時間を過ごしていく。
そして、迎えた翌日の朝を迎えた。
●
帝暦404年1月11日
「忘れ物は無いな」
「大したモノは持ってきてないからね」
「私も大丈夫でしゅ…です」
その日の早朝、王都へ帰還する準備を終えた彼等を送る準備をしていた。
何事も無くお互いの用事を終え、あとは王都での彼等の無事を祈るのみ………。
幸いにも天気は良い、下手に吹雪いていたらそれはそれで悪態をつかれそうだ。
これから歩む道のりは想像を絶する程に過酷だ。
しかし、彼等はソレを知らない。
伝えるだけは伝えたが、実感がないのだからこちらの説明で全てを理解出来る訳がない。
私にできる事は尽くした。
可能な限りは、彼等の為に手を尽くした……。
「…………」
「どうかしたか、異時間同位体の方のシトラ?」
「長いな……、まぁそうとしか言えないからいいが。
いやまぁ、これで本当にお別れだと思うとね……」
「そうか………」
「お別れってどういう意味だ?」
「そうです、またいつか会えるでしょう?」
「……この際だから言っておく。
君たちと会えるのは、今回限りだ。
遅かれ早かれ、私の身体は保たない。
加えて、今の私は世界の異物だ。
かつて、ラウの言っていたラグナロクの者が私を殺しに使者を差し向けるだろう」
「そうか……」
「全て覚悟の上だ、悔いはない。
ここに来る時点で、分かっていたことだからな」
「……、それで本当に良かったのか?」
かつての私が、問いかけてきた。
「良かったも何も、それが定めだ」
「誰かに決められた運命を到底受け入れる器じゃないだろう、私は?」
「そうだな」
「だったら………!」
「私の役割はここまでだ。
まぁ、あとは私の好きにするよ。
今の君が、私と同じ結論にならない事を祈るが」
「そんなの分かり切っている」
「それでいい。
ラウ、後の事は任せたよ。
ノエルの敷いたレールを歩むか、自らで新たにレールを敷くのか………。
君の行く末を楽しみにしている」
「了解した、シトラ」
「リリィ、外の世界を楽しむといい。
世界は君の思う以上に広い、ラウ達と関わる事で君の見聞もより深める事ができるはずだ。
ノエルに造られたホムンクルスだけでなく、リリィとしての自身の生を大切にするといい。
ソレを創造主であるノエルも望んでいるはずだ」
「はい、私はもう大丈夫です。
シトラさん、今までありがとうございました」
彼等の言葉を胸に刻み、ゆっくりと目を閉じる。
全身の魔力を高め、転移の魔術を発動させる準備をする。
自分一人なら手間はさほど掛からないが、人数や物が増えるとかなり難易度は上がる。
本来、複数の生物を運ぶ転移に関しては軍事条約上禁止なのだが世界の理に背いた私に今更関係ない。
目の前の3人を地面に浮き上がる魔法陣の光が包み込む。
光の消える間際、並ぶ彼等の姿に昔の面影を感じた。
今はもう過去の日常。
取り戻せない日々。
他愛もない言葉を重ねた、学生時代の日々。
「………。」
彼等が消えるまで、私は何も言わず見送り続けた。
そして、
「そろそろ出てきたらどうなんだ?
そこに居るのは分かっているんだ、出てこないならこちらから仕掛けてやろうか?」
私は先程からこちらを監視している存在へ声を掛ける。
いつから居た、いやそれは違う………。
私がこの集落へと訪れた時から見られていた。
「ほう、こちらの存在に君は気づけたようだな?」
声の方向に振り向くと、そこにはこの集落唯一の飲食店である、ブラン・ノエルの店主であったジーゼルがそこに居たのだ。
「………、お前は一体何者だ?」
「まだ分からないのかい?」
「仮説通りだったとしても、納得がいかない。
加えて、あなたが何故そちら側に居るのか理解出来ない」
「理由か……。
私は、私のやりたいようにするだけだ。
こうして君の前に立つことも、ある意味私自身の撒いた種のケジメの一つだ。
人の家を踏み荒らす事には関心しないが、まぁ今となっては昔の空き家も同然……。
しかし、アレを引っ張り出すのは流石に関心しないな」
そう言うと、先程までジーゼルだった人物が指を鳴らすと、辺りの空間全体が僅かに歪みガラスの砕け散るような破砕音と共に先程までの景色が崩壊していく。
砕け散った幻の景色から露わになった姿。
殺風景な廃村同然の朽ちた町並み、多くの墓標が集落全体に建っており、まともに残っている建造物は例の飲食店とノエルさんの生家のみである。
「本当に、あなたという人は………」
ジーゼルだった存在も、辺りの景色と同じくガラスの破砕音と共に、その本当の姿が露わになる。
茶と藍色が入り混じった長い髪、かつての姿とは異なっていたが放つ魔力の懐かしさから、その存在を認識せざるを得なかった。
あり得ない、いやあってはならない。
その身を包む黒の外套。
辺りが吹雪に晒される中、目の前の存在が再び指を鳴らすと風が静止し、彼女の顔が露わになる。
随分昔に見た時より遥かに若く、傷もない。
しかし、目の前の存在を私は知っている。
知らない訳がなかった。
「久しいな、アストの小娘………。
いや、世界の異物であるシトラ・ローラン」
「……ノエル・クリフト、本物なのか?」
目の前に立つ存在。
それは、既に魔力中毒に侵された事で亡くなったはずの元八英傑であったノエル、その人であった。
ラウやシンの話で故人であると聞いていたはずの彼女が目の前に居る。
そして、変わり果てたこの集落の惨状に彼女がここで何をしていたのかが、嫌悪感を増すように繋がっていく。
「どうだろうな、今の私をノエル本人と言えるのかあるいは別のナニカなのか………。
確かな証明は出来ないが、私はこの地でラウ達を見守りつつ待ち続けていた。
まぁ、私の今の立場はこのサリアに属する者ではないがね」
「サリアの者ではないだと?」
「本当に知らなかったのか?
私は現在ヴァリスの傘下に所属していてね。
彼等の元で今は新たな世界を造る為に暗躍していると言ったところかな………。
向こうでは、母の旧姓からアーゼシカ・ハインリッヒと名乗っているが」
「ヴァリス………、そういうことか……」
やはりあの時の一件は彼女が絡んでいた。
当時は確信が無かったが、今なら分かる………。
「そうですか………もう充分ですよ………」
全身の魔力を高め、目の前の存在を倒すべく拳を握りしめ覚悟を決めた。
「あなたの教え子として。
あなたの重ね続ける罪の連鎖を止めさせて貰うよ。
あなたが帝国を、この国を、世界を支えた偉業をこれ以上汚させない為に………、
これが私にできる最後の役目だ………」
「……、私に勝てるとでも?」
「生憎、父親に似て私は諦めが非常に悪くてね。
例え果てようと、道連れにでもしてあなたを倒す」
「ハハハ、その冗談は非常に面白いな。
いいだろう、受けて立とうか。
私が直々にお前の教鞭を取ってやろう」
目の前から放たれる魔力に私は恐怖で僅かに震えていた。
明らかに格上の存在、勝ち目があるのか正直怪しい。
しかし、私は思わず笑っていた。
私の最後に相応しい相手がそこに居るのだから
腐るように朽ちるくらいなら、ここで一矢報いりこちらの勝利の礎としよう。
相手は、かつて世界の頂き座した最強の魔女。
かつて憧れ、目指した、私の理想の存在。
「さぁ、シトラ。
全力で来るがいい。
ヴァリス王国宮廷魔道士団団長アーゼシカ・ハインリッヒ改め、元オラシオン帝国八英傑が一人、ノエル・クリフト。
さぁ、構えろシトラ。
最後の授業を始めよう」
呼応するようにお互いの魔力が高まる。
目の前の存在の魔力の揺らぎを合図に、因縁の戦いが幕を開けた。