見届たモノ
帝歴388年9月20日
グリモワールの回収を終え、無事地上へと帰還を果たした私はつかの間の休息をしていた。
目的のグリモワールを入手できたので、あとはサリアへと帰還すればいい。
他に何か必要なモノがあったとしても、研究資料の類いはラークから写しを取り寄せれば何とかなるだろう。
「っー!!!」
不意に襲われた猛烈な吐き気に思わず私は地べたに這いつくばるように倒れ込んだ。
そのまま、結晶化した血とナニカが混ざり込んだ物が私から吐き出されると、すぐ横で帰りの支度の準備をしていたシンが私の元に駆け寄って来た。
「マスター!!」
「げほっ!!大丈夫だ、いつものアレだ……。
だがまぁ、流石に高濃度の環境に身体が晒されたのは少しまずかったかもしれない」
帝都から程離れた場所に用意した野営地で、シンは片付けたばかりの簡易ベッドを広げ直し私を横に寝かせた。
「今はゆっくりとおやすみ下さい」
「そうさせてもらうよ……。
吐瀉物に関しては触れないようにしろ、君もアレに汚染される可能性が高いからな」
「了解しました」
「それと、回収した研究資料は分野別に後で私が並べ直す、君はそれ以外の雑貨類。
あと、汚染された防護服は結界で三重に囲った後に高温での焼却処理を。
低温では大量に毒物をまき散らせ兼ねない………
あとは………」
「わかりましたから今はお休みを………」
「そうだな……」
●
翌日になると、体調はある程度良くなり多少の運動程度なら問題ないくらいには回復した。
しかし、右目の視界がぼやけて見えるようになり黒い斑点のような物が常に浮いて見えるようになった。
「………眼の中にマルルタイトの小さな結晶が発生しているのか」
自分の目に手を当て、思考を巡らせる。
放置すれば、恐らく数日で眼球の周りにまでマルルタイトの結晶が侵食するだろう。
失明以前に、目の近くにある脳組織に結晶の侵食が及んだ場合身体機能にも影響が及ぶだろう。
応急処置用の簡易的な手術道具一式をまとめていた荷物から取り出し内容物を確認。
麻酔があればあとは鏡と感覚で切除する位置を確認すればいいだろう。
手当をシンに頼むと思ったが、彼女にそのような知識は現在ない。
そして、浅い知識で手当されたところで結晶の侵食を止める処置まで回るとは思えない。
「麻酔用の魔法を重ね掛けすれば、幾らかマシになるか……。
後遺症が多少残ろうと、今ここで死ぬよりは遥かにマシ……」
呼吸を整え、部分麻酔の処置と自身に麻酔の魔術を施術し準備を進める。
私の様子を見兼ね、シンが近くに寄ってきたが構わず準備を淡々を進めていくが、その時が近づくと内心緊張が隠せなくなってくる。
「マスター、一体何をなさるつもりで?」
「シン、私の身体を抑えて欲しい。
これから右目を摘出する、サンプルとして残したいから保存液の用意も頼む」
「な……、馬鹿な真似はおやめ下さい!」
「馬鹿な事くらい私だって分かるさ。
ただ、帰国して向こうで手当する猶予もない。
このまま放置すれば数日で死ぬ、だから今ここで処置をするんだ」
「っ………分かりました、すぐに用意を」
シンはそう言うと水筒の予備を手に取り、用意していた保存液をその中に詰めていく。
その間、私は自身の周りに魔法陣を描き準備を進めていく。
防護壁の魔術及び、外の雑菌から隔離するために簡易的な滅菌空間を用意。
「今ある道具なら、これが精一杯か……」
既に身体に打ち込んだ麻酔が効いており、僅かだが意識が朦朧とする。
しかし、僅かなミスが致命傷になりかねない。
「片目の摘出、その後の止血及びマルルタイトへの防護施術。
失敗は許されない、片目くらいくれてやるよ」
僅かに震える手を抑えながら、ゆっくりと右目に滅菌された手袋越しに触れていく。
魔術込め、同時に深く息を吸う
「シン、私の身体を抑えていてくれ」
「はい」
それから間もなくして、片目の摘出は完了。
止血も問題なく終え、全てが終わると私は事切れたように意識が無くなっていた。
●
帝国での全てが終わり、私達はサリアへと帰国。
間もなくして、クローバリサから土地の手配が終わったとの連絡を受け、実際の現場へと下見をする。
全てが問題なく進行していき、研究施設も下見から判年を経たずに完成。
クローバリサから貰ったサンプルを元に、私はホムンクルスの製造に着手した。
ホムンクルスの製造に動いていた最中、私の所在地の噂を聞き付けた各国の要人達が依頼を持ち掛けてきた。
ホムンクルスの製造に遅れが出始め、かの家からは苛立ちの声を聞くようになったが、それは間もなくして終わる事になる。
クローバリサ家の当主であったジーファス・クローバリサが亡くなってしまったのだから。
●
帝暦392年6月5日
この日、私はシンを連れてジーファスの葬儀に参列した。
王都で執り行われたこの葬儀には、数多くの来賓が訪れ彼の死を惜しんでいたが彼の息子であったアムル・クローバリサは彼の死に対してあまり悲しんでいる素振りを見せなかった。
葬儀は進んでいき、遺体は王都の集団墓地へと埋葬されていく。
人々が彼の埋葬を見ている中、私はその場から離れ煙草を更かしていた。
「………、依頼人が死亡とは全く困ったものだよ」
空を見上げ、私はそんな事をぼやいていた。
ホムンクルスの完成は間近、しかし私の噂を聞きつけた輩に作業を邪魔された。
せめて後一ヶ月、まともに作業出来る時間があれば
「おばさん、みんなのところにいかないの?」
「あ……?」
声の方を見やると、翡翠色の髪色をした小さな女の子がそこに居た。
どっかの家の小娘だろうが、随分とその年で目立つ容姿をしている。
「私はいいんだよ。
ただの社交辞令で来ているだけなんだ」
「そうなんだ……」
「小娘、何処の家の者だ?」
「何処の家って?」
「両親の家系だよ、お前の名前でもいい」
「私はシトリカ、シトリカ・クローバリサ」
「クローバリサ?
お前、アムルの娘か?
いやたがアイツに子供が居るなんて……」
「今日はお父さんの葬式だから……」
「お父さん………?」
子供の言葉に私は驚く、つまり彼女は現在弔われているジーファスの子だと言っている。
息子アムルより遥かに小さな子供、しかし当人の婚約者であるナリーシアの子供はアムル一人だ。
つまり、アレの浮気相手の子供……。
「そうか、君の父親だったか………」
困ったものだな、あの男………。
まさか、浮気どころか子供まで居るとは………
「ただの浮気相手ならまだマシですよ。
シトリカ様、ここに居られましたか……」
そう言って、小さな彼女を迎えに来たのはクローバリサの侍女の一人である。
「どういう意味だ、その子が誰の子だと?」
「カルフ家の奥方であるルーナ様との子供です。
旦那様は、カルフ家の婦人であった彼女に目を付け攫って自分の玩具として扱っていたんです。
それから間もなくして彼女は子を宿し、シトリカ様を産んで間もなく亡くなった。
カルフ家からの報復を恐れ、旦那様は裏で色々と手を回していた。
ノエル様もその関係者だったと我々は認知していますが………」
「………、屑もいいところだな。
それで、どうするつもりなんだ?
カルフ家から恨みを相当勝っているどころか、殺されても文句は無いだろうに……」
「生前、旦那様は国王陛下と親しく何かしらの手は既に取っていたと思われます。
詳細は侍女程度の私ではご存知ありませんけどね」
「国王との癒着、カルフ家との確執……。
ほとんど自分の撒いた種という訳か……」
2本目の煙草に手を付け、思考を巡らせる。
少なくとも、ホムンクルスの製造を今更止めるのは難しい。
予定通り進めるが、しかし肝心の受け取る側が存在しないのだ。
私の助手として置くにも、私もそう長くはない。
加えて……、
「黒炭病の解析もまだ終えてない……。
当然特効薬の目処が立たない、ある程度重症化を遅らせるくらいは可能な程度だが……」
今現在、この世界で流行している黒炭病という奇病。
発症の元は魔力由来という事は突き止めたが、正確な発症の原因となる魔力の型が特定出来てない。
私がホムンクルスの製造の裏で受けていた依頼の一つがこの黒炭病の解析なのだが………
そもそも、私自身がマルルタイトによる魔力中毒死にかけもいいところなのだ。
片目を失い、そろそろ左足の切断も視野に入れなくていけないくらいには………。
臓器もいつまで元々のモノが耐えられるか分からない。
本来なら私の方が治療を受けるべき立場だが、今この国……いや世界で一番魔力由来の医療に詳しいのが私なのだ。
私が無理と断言するなら、他の奴等もお手上げ。
未来の技術を待つ前に私が死ぬだろう。
「ノエル様、その……子供も居ますので喫煙は……」
「あー、悪い。
いや、まぁコレは普通の煙草じゃない。
マルルタイト、いや魔力中毒による痛みを和らげる麻酔効果を持ったモノ。
開発したばかりで錠剤状への応用がまだ届いてないんだ、だからこうして離れて吸ってたんだよ。
そこの小娘は勝手に絡んできただけだ、巻き込まれたくないなら私から離れるといい。
健常者への害は、通常の煙草による副流煙より少ないはずだがね」
「了解しました、では行きましょうかシトリカ様」
侍女はそう言うと私に一礼し、それを真似するかのようにシトリカという小娘もお辞儀をする。
ただでさえ、浮気相手の子供………。
彼女の今後が心配になるが、私には直接関係のない事だろう。
しかし、私の今後に関してはクローバリサを継ぐアムル殿に尋ねて見るか……。
当主としてはやはり若すぎるだろうが………。
●
帝暦403年6月10日
クローバリサでの葬儀に参列した結果、まぁ厄介な事に私はこの国の人々に絡まれるようになった。
丁重にもてなされているのだが、廃人と隣合わせに日々を過ごしている私にとって苛立ちが多く、誰かと接すること自体が苦痛だった。
帝国時代、容姿にも多少は恵まれてもてはやされてた時期があったが、今はその見る影もない。
加齢以前に、魔力中毒の悪化が酷く黒い痣が全身に及んでいたからだ。
痣を隠す為に包帯は欠かせない、常にミイラみたいな姿で彷徨くのだから私の姿を見てすぐに、私を呼び出した小綺麗な貴族の輩は目を逸らしてしまう。
「はぁ……ほんとだるい……」
王宮の一室を個人の部屋として借りており、シンには私の代理として仕事の話を進めて貰っている。
仕事の話を進めるといっても、ボッタクリもいいところの額面を盾に仕事を断ってもらうというものだが、それでも依頼を進めて欲しいという奴等は数える程居るのが現状。
昔の栄光が今もこうして絡んでくるのは面倒だ。
「マスター、お客様を案内したいのですが宜しいでしょうか?」
「私に客だと?
全て断われと、お前にはそう命じたよな?」
「いえ、ですが……その……」
シンの歯切れの悪い言葉に苛立ち、私は扉を開ける。
彼女が何処か不安げな顔を浮かべていた中で、その隣には見知った人物がそこに居た。
同性でさえ、惚れ惚れするほどの美しい容姿に恵まれた銀髪の女性。
彼女を知らない訳が無かった。
「シファ・ラーニル……。
お前が私に出向くとは何のつもりだ?」
「久しぶり、ノエル。
とは言っても、サリアに来てから何度かすれ違ったくらいかな?
一応、帝国時代に子供の頃の貴方とは出会っていた記憶はあるんだけど?」
「どうだかな、そんな昔の事は覚えてない。
それで、私に何の用だ?」
「ちょっと立ち寄ってみただけ、サリアに来てからはクローバリサの下で活動しているって噂は聞いてたけど、どうやら本当みたいだね?」
「だったらどうなんだ、クローバリサが私の後ろ盾として自分の研究室を分け与えた。
私はそこで黙々と作業している、まぁ最近は黒炭病の解析や調査、他にも学院で使用される通信機器の開発だったり色々と忙しい。
急ぎの用がないなら、構うのは後にしてくれ」
「酷いなぁ。
まぁ聞きたい事が全くない訳じゃないんだけど」
「ならさっさと聞けばいい」
「はーい、じゃあ早速本題。
数年前に帝都オラシオンに向かったらしいけど、何をやってたの?」
「研究道具の回収だよ。
使えそうなモノがないか回ってみただけだ」
「その身体で?」
「私を舐めるな、これでも対策はしたんだ。
しかし、片道で片方の目を失ったが。
それで、私が帝都に戻って何か問題でも?」
「ノエル、あなたグリモワール持ってるんでしょ?
それを何処で入手したかは知らないけどさ?」
「………」
勘の鋭い奴だ、その見た目こそ可愛らしく美しいが中身は化け物と言っていい。
指摘された瞬間、彼女の内面にある得体の知れないナニカに私の本能が警笛を鳴らしていた。
言葉を間違えば、命はない。
これだから、私はこの女が嫌いなんだ………。
「まぁ、グリモワールを持ってても別にいいんだよ。
帝国は滅んだ訳だし、君もそう長くはないよね?
グリモワールを扱える技量と資格があるのは、今この世であなたを含めて数人くらい。
人間のやることに、私は本来口は出さない主義だし」
「だったら、何で私に構う必要がある?」
「ホムンクルスの製造」
「っ………」
「クローバリサが何の目的で、あなたにコレを頼んだのかは分からないけど………。
ホムンクルスの存在は、私も流石に無視できないかなぁってね」
「お前にとっては大して脅威にはならんだろう」
「そうだね。
でも、私は今のこの国を下手に乱されるのは避けたいところなんだよね?
流行り病で色々と大変なところで、今カルフ家を中心に医療品及び食料品の交易路を確保している段階。
あなたが現在黒炭病の解析及び研究で使用している薬品の八割が現在他国からの輸入に頼っているモノなの。
だから、国内で下手な脅威を生み出されてせっかく他国から得た信頼を失墜させることは避けたい訳」
「私にホムンクルスの製造を辞めろと言いたいのか?」
「うーん、別にそうでもないよ。
ただ、今の状況で新たにホムンクルスの脅威が加わる事は避けたいの」
「今は控えろと………、まぁ言われるまでもなく伝染病の対応でホムンクルスの製造は止まっているがな」
「そう、とりあえず私の要望は聞いてくれるんだね」
「そもそも私に聞くまでもないだろう?
逆らえば強硬手段も辞さないだろうに」
「私そこまで手荒な真似はしない方だけど」
「とにかくだ。
そっちの要望は呑んだ訳だ。
用が済んだらさっさと出てってくれ」
「酷いなぁ。
もう少し客人には丁寧に対応出来ないの?」
「今の私に礼儀作法を求めるな」
「はぁ、ほんと変わったというかなんというか……。
あ、そうだ?これも聞かないとね」
「あと何が聞きたいんだよ」
「グリモワールをどうするつもりなの?
その身体を見れば分かるけど、結構命懸けで手に入れたんでしょ?」
「まぁな。
ただ、帝都に踏み込む時点で覚悟はしていたさ。
グリモワールをどうするかについては、さっき話題にあったホムンクルスに搭載する。
正確に言うなら、新型のホムンクルスにだが」
「新型のホムンクルス……。
クローバリサから頼まれたのはソレなの?」
「いや、グリモワールを搭載するのは私の勝手だ。
そもそも、先代当主がホムンクルスを実際受け取るかどうかを契約の時点で渋った上に、勝手に亡くなったんだ。
手に余る事も想定し、私は新型のホムンクルスの製造に着手した訳だよ。
新世代型ホムンクルス、セフィラ・ヒューマノイド。
名前はラウ・クローリアを予定している」
「ふーん、ラウって確かあなたが親しくしていた後輩の八英傑だった人よね?
姓は確か、レクサスだったはずだけど」
「クローリアは彼の婚約者の姓だ。
帝国の遺志を継ぐとまではいかないが、後に次世代を担う存在として彼は活躍してくれるだろうよ」
「ふーん、結構面白そうな事やってるね。
でも、グリモワールを搭載しているのは何故なの?」
「異時間同位体対策、いや世界樹の勢力対策と言った方がいいか。
世界樹内の演算世界において生まれた特異点に対応する為の力、前線で戦うには心もとないが世界樹に直接干渉出来るグリモワールの力は奴等に対して非常に有効だろうよ」
「異時間同位体を知ってるなんて、何処でソレを知り得たの?」
「帝都に行った時に、ソイツに出会った。
向こうで、お前を殺したとか言っていたな‥‥。
完全に傷が癒えた訳では無いと自称していたが、アレは放置すると世界にとって非常に脅威になる。
私一人では当然無理、全盛期程の力もないからな」
「それで、新型ホムンクルスにグリモワールを搭載しようという考えに?」
「いや、目的はあと付けだよ。
ただ、放置するのは危険な存在だ」
「帝都に異時間同位体の存在が……」
「そうなる。
例のマルルタイト、魔水晶を放ったのがソイツだ。
当分はアレの脅威がなんとかならん限り、帝都の復興は難しいだろうよ」
「なるほど、私を殺せる程の存在ね……。
一度は会ってみたいかも」
「冗談も程々しろ、シファ・ラーニル。
全く、私の周りはいつも血の気が高い奴等が多い……」
「まぁいいや、色々聞けた訳だし」
「……こちらからも質問いいか?」
「私の答えられる範囲なら」
「………。
君から見て、私はあとどれくらい生きられる?」
私の問いに、先程までの作り笑顔がふと消え、見る目が変わる。
こちらを見透かすような、ヒトとは思えない視線を幾ばくか向けた後に、彼女は口を開いた
「何もしなければ、一ヶ月。
ちゃんと処置を施せば、数年は保つと思うよ。
でも、まともには死ねない。
普通に延命処置を続けるくらいなら、自分で首を締めて死んだほうが楽なくらいは苦しむと思う」
「………、君がそういうならそうなんだろうな」
「死ぬのが怖いの?」
「死にたいと思ったことなんて何度もある。
だが、こうして生きている。
踏み台にした命の分だけ、私はせめて彼等が少しでも報いられるよう、私は生きなきゃいけない。
それが私の罪であり、償いだ。
目も、足も、内蔵も………切り詰めて、切り詰めてでも私は生きなきゃいけないんだ………」
「その身体で生き続ける事は苦しいでしょうに………」
「それも私の受ける罪の一つだろうな………。
これでも、犠牲した人間より多くの人間を助けたつもりなんだがね……。
帝都崩壊で避難の指示を取り、後の彼等の生活が荒れないように出来る限りの手当てを尽くした。
他国のツテも当たって、少しでも食いあぶれず道を外さないように、色々手を尽くした……。
それでも、道を外した奴等の話はよく聞く。
今は、どういう訳か伝染病の解析に力を貸している。
そう遠くない内に、この伝染病もなんとか回復の目処が立つだろうがな………」
「…………」
「シファ・ラーニル………。
私はな、あの日………ずっと昔に彼を失ったあの日でずっと止まってるんだよ。
でも、世界は私の歩みを止める事を許さないんだ。
歩み続けた上で、沢山のモノが私の目の前から崩れていった………。
家族も、仲間も、友も………何もかもが……」
「なら、逃げればいいじゃない。
小さな鉄の塊で、指先も満たない毒で簡単に死ねるように脆く設計されている人間なんだから」
「抗う事が、証明だったんだよ………。
私にとって、生きて抗う事が彼等の生きた証を、そこに存在していたという証明なんだ。
私が消えれば、彼等はまた死ぬ………。
私に忘れられた事で、私の中の彼等が死ぬんだ……」
「………」
「なぁ、シファ・ラーニル?
もし、私が例のアレを完成させたなら君に彼を頼んでもいいかい?」
「アレって、まさかホムンクルスを?」
「悪くない話だろう、まぁ別に強制はしない。
ただそうだな、彼が己の道を見い出せるまで彼を導く役目を果たして欲しいな。
彼は、後に世界を導く英雄となるか、一人の人間としての生を全うするのか……。
当然私では見届けられないだろう。
だが、君が私を忘れないでいてくれるなら……。
私の中の君は彼の行く先を見届けられるだろうからな?」
「面白そうだね、そういうの……」
「そうだな、きっとそうなんだろうな」
●
私はこの時の会話の光景をよく覚えている。
あの人が、今までで一番優しい顔をしていた時だ。
ずっと、悲しそうで、苦しそうな表情ばかり。
いつも酒で自分の感情を騙して、どうしようないくらいに毎日のように………。
あなたのお陰で得た命。
あなたと共に歩んだ道。
いつか、マスターが居なくなっても私は忘れない。
私の中のあなたが死なないように、いずれ目覚める彼にあなたの生きた証を伝える為に……。
私の命も何処まで保つでしょうか……。
私の命が尽きるまでに、彼は目覚めてくれますか?
私を彼は覚えていてくれますか?
あなたの生きた証を、私が繋いだ想いを………。
ラウ様は忘れないでくれますか?