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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
280/324

歪みし世界を統べしモノ

帝歴388年9月17日


 ルキアナの死亡を確認した後、私は彼女の体に埋め込んでいたグリモワールを回収した。

 既に倫理観のクソもない、私は私の目的を果たす為に動くだけなのだ。


 「これでいいんだろうよ、私は……」


 ルキアナの遺品としては、左手の薬指に嵌められた指輪を回収した。

 ラウの遺品である首飾りに繋がれた指輪と相対するように設計されたであろう代物。

 二人の婚約指輪である事は、言うまでもないだろう。

 そして私の弟の遺品である、折れた剣の元にそれ等を一度置き改めてこの空間の調査へ動いた。


 宮殿地下に存在する巨大な空間。

 円形状の大広間で、中央には巨大な円柱状の機械が存在し魔術の結界に包まれている。


 アレが世界樹の本体。

 そう、あれこそが世界の理なのだ。

 これと同じような物が世界中に存在しており、魔力を生み出し、世界を観測しているのである。

 魔力が観測した情報は世界樹に集まり、この先の歴史をどのように動かすのかをアレによって決定付けられているのだ。


 「…………」


 破壊を試みた事はあったが、ラウと弟との戦いの余波で崩れない限りあの結界を打ち破るのは至難の技。

 ほぼ確実に私一人では不可能であろう。


 結界の脆弱性の解析をしようにも防護服の耐久時間を考えると難しい。

 そもそも、1日で帰還を予定したのだからそもそも無理な話なのだ。


 「これが世界の本当の姿か………。

 マルルタイトの侵食を受けていない辺り、やはりアレは世界樹の意志………。

 いや、違うなコレは……この魔力は………」


 「ふーん、私の存在に気付いたんだ。

 流石、帝国一の魔女ってところ?」


 空から何かが降りてくる。

 既視感を覚える存在、いや正確に言うなら見知った人間の魔力を持った存在だ。

 ラウと同じ魔力を持つ、いや違うコレは………


 「カオスの神器………」


 上を向くと、その存在を視界に捉える。

 白衣のローブに包まれた何者かがそこには居た。


 「久しぶりですね、ノエルさん。

 いや、この世界では初めましてですか?」


 女の声、僅かに見える長い茶髪がローブの隙間からはみ出ており、ただならぬ威圧感を放っていた。


 「この世界では、初めましてだと?」


 「ええ、そうですよ。

 異なる時間軸に生まれた特異存在。

 カオス等は、それ等を異時間同位体と呼んでいましたが………」


 「異時間同位体………」


 「私は貴方を良く知っています。

 さっき亡くなったルキアナの事も、貴方の弟さんであるノイルさんの事も………。

 そして勿論、彼の事も………」


 「何者だ、お前は?」


 「彼から聞いた事がありませんか?

 故郷で目の前で亡くした幼馴染の存在を………」

  

 「………まさか、そういうことか………」


 「ええ、そういうことですよ。

 私はアルティア・オラシオン。

 こことは異なる時間軸の世界において八英傑の一席にその身を置きオラシオン帝国の皇帝としてかの世界を統べていた者………。

 そして、かの世界においてカオスの神器に選ばれし世界に混沌をもたらすモノ……」


 「………馬鹿げた事を……。

 異なる世界?

 異なる時間?

 戯言も随分と盛ったものだな」


 「まぁ事実を述べたまでです。

 私の生きた世界では彼が私の目の前で亡くなり、私は彼の神器を受け継いだ。

 その世界で私は、貴方達と共に帝国を繁栄に導きそして皇帝の隣で帝国を支え続けたんです」


 「それで、そんな君が何故此処に居る?」


 「決まってるじゃないですか?

 貴方達の世界が邪魔なんですよ、私達の世界を存続させる為に貴方達の世界が、外の世界の情報が邪魔なんですから………」


 「………勝手に現れ、今度は邪魔扱いか?

 全く、次から次へと面倒事が絶えないな………」


 「ほんと、変わらないですね。

 やっぱり、私のよく知るノエルさんです。

 ほんと、私も色々とやりづらい」


 「…………」


 「今回は貴方の存在を感知した事でこの姿を顕現させる事が出来ましたが、やはりそう上手くいきませんね。

 前の傷がまだ完全に癒えていないので……」


 「前の傷だと?」


 「ああ、そっか知らないんですよね?

 私が殺したんですよ、この世界のラウと貴方の弟さん。

 そして、先程ようやく最期の一人であったルキアナがくたばってくれましたから」


 「っ!!」

 

 「ほんと、厄介な人達………。

 最期の最期まで、私の邪魔をしてくれた………。

 貴方の弟さんに、受けた傷は中々治らない……。

 ラウから受けた制約により、私はこの空間でしか動けない。

 死にぞこないの彼女は、私の邪魔を散々してくれましたね………。

 何度殺しても、死なない………。

 足を削いでも、諦めない、指を一本ずつ消し飛ばしても心は折れない……。

 何度殺そうとしても、貴方の埋め込んだグリモワールは彼女を何度も生かし続けた………」


 「お前………」


 「外の光景は見ましたよね?

 アレ、私がやったんですよ?

 傷を癒やすついでに外の情報を得る為にこの帝都全体を世界樹の力を用いて魔水晶で包んだんです。

 お陰で、ある程度は回復しましたが全盛期には遠く及ばずですけど。

 それに、私は未だにこの空間から出る事はできませんからね。

 仮に外に出れたとしても、外に居るラグナロクや白騎士の勢力に対抗出来る程の力は今の私にありませんから」


 「アレを……アレをお前がやったのか?」


 「ええ、ソレが何か?

 あー、魔水晶に飲み込まれた人達の心配ですか?

 別にいいじゃないですか、どうせ人間がそこそこ死んだって幾らでも補充が効くでしょう?

 勝手に増えてく生き物だし」


 そう言って、彼女は軽くため息を吐くとフードを開けその素顔を露わにした。

 薄焦げ茶の長い髪、何処か儚げな印象を感じるが向ける視線は悪意そのもの……。

 

 狂ってる………。

 目の前に居るのは人間じゃない。

 人間の形をしたナニカだ……。

 自分で皇帝の妃と名乗ったというのに、彼女のこの言動は明らかにおかしい………。

 何が彼女をそうさせた?

 彼女の存在は、何度かラウ本人から聞いた事がある。

 

 心優しい人物で、誰に対しても分け隔てなく接してくれた大切な人だと………。

 今の自分があるのは、幼い頃の彼女の支えがあったからだと。


 しかし、目の前の彼女は違った。


 「本当に邪魔な人達……。

 私の世界に、貴方達はいないのに……」


 「別人だな、君は……」


 「何を言うかと思えば……そんなことですか」


 「………」


 「まぁ、当然ですよね?

 私の方も色々とありましたから………。

 歩んだ道が違うんです、見てきた世界が、関わった人達が違うんです」


 「で、君は何が目的だ?」


 「ただの挨拶ですよ。

 まぁ、いつかこの世界で戦争でもしましょうかね?

 その頃、お互いどうなってるか分かりませんけど。

 この帝都の魔水晶が存在している限りは、私達の世界は存続出来ますから」


 「宣戦布告のつもりかい?

 そんな事をして、君本当にいいのかい?

 帝国が無くなろうと、こちらには数多の戦力が残っているんだぞ?」


 「同じですよ、私達にもそちらと同程度の戦力は健在しています。

 最も、ソレを引っ張り出せる魔力の確保が難しい状況ではありますが………。

 私を含めての解放者が十数人程度いればそちらの世界を侵攻するには充分でしょう。

 あの白騎士と言えど、この私には勝てませんでしたからね?」

  

 「…………」


 「そろそろ時間ですかね………。

 何年、いや何十年掛かるか分かりませんけど次に会う事があればせいぜい生き延びてみて下さい。

 元八英傑のノエル・クリフトさん」


 彼女は私にそう言い残し、煙のように目の前から消え去った。

 緊張の糸がほぐれ、思わず床に膝を付く。


 「………運が良かったか………ある意味……」


 先程の彼女は私ではどうにもならない程の実力を兼ね備えていた。

 戦闘にならなかっただけマシだろう。

 いや、敢えて私を生かしたのか?

 今ここで私を殺すと何か問題があった可能性がある。

 異なる時間軸で存在していたという彼女、そう遠くない内にこちらの世界へと攻め入る予定らしい。


 攻め入る準備の為に用意した魔水晶、マルルタイト。

 様々な物質を侵食し、魔水晶に変換する。

 魔水晶は魔力が結晶化したモノ、つまり魔力に変換が出来るのだ。

 侵食のメカニズムはある程度分かっているが、この空間には侵食が及んでいない。

 魔水晶には何らかの制約が存在し、この領域に踏み入る事は出来ないのだ。

 その証拠に、この内部に長年閉じ込められていたルキアナはマルルタイトの影響を受けてない。

 何度か外に出向こうとしたが、引き返す事を繰り返したらしいが、それでもここに戻る事でマルルタイトの影響を受けてなかったのだ。


 マルルタイトと世界樹は何からの繋がりがある。

 それは、先程の彼女の言動からも察する事ができた。 最低でも次に彼女が動く時までは、このマルルタイトは人々にとって害である事に変わりない。

 しかし、マルルタイトは彼女達が生み出した壁のような役割を担っている。

 壁が存在している内は、少なくとも彼女達が攻め入る可能性は低い。

 壁が無くなる前に、攻め入る必要があるが現状壁の中に入る為に必要な障害は多いのが実情。


 「サンプルを解析して、マルルタイトの毒性を中和しようにもそれまでに私が生き延びていられるか……」

 

 ここに来るまでに、僅かながらでもマルルタイトの侵食の影響を受けているのは分かる。

 結界を用意しても、簡易的な代物なので最深部にたどり着けただけでも及第点。

 外に戻れるだけの余裕もあるのだから、元々の目的を果たせただけ成功もいいところなのだ。


 その代わりに得たモノが、酷いモノだっただけ。

 

 「帝国崩壊の黒幕、異時間同位体………。

 カオスが裏で暗躍していたかに思えたが、どうやら根っこの方は更に複雑のみたいだが………」


 元々、私はカオスの影響で帝国が滅んだモノだと思っていた。

 ラウと弟が争った最中に、カオスが介入し例のマルルタイトが生まれたというのが、これまでの仮説。

 しかし、今回をもってこの仮説は否定された。

 二人は恐らく、黒幕である彼女の存在にいち早く気付き交戦した可能性が高い。

 我々に伏せたのは、何からの意図があったのだろうか?


 それとも、彼女の介入そのものが想定外だったか。


 今となっては分からないが、敵の存在が明らかになっただけ十分な成果。

 しかし、私一人が知ったところでどうなる?

 この言葉を他の輩に告げたところで、何処まで信用してくれるかは不明。

 せいぜい私を上手く利用しようと企む輩がほとんど、ここに来る要因になったクローバリサ家がそうであったように………。


 「アルティア・オラシオン………。

 一つの可能性が産んだ、災厄か………」


 カオスの存在でさえ厄介なのに、それと同等の敵が新たに出現したのだ。

 それも、残り数年の命の私の前に現れた。


 アレの力は桁違い………。

 私は愚か、例の白騎士が直接出向いたとしてもアレに勝てるのかは正直分からない……。

 運が良かったのは、以前の戦いからの傷がまだ癒えてないことだろうか。

 

 しかし気になった点は、何故今になって姿を現したのだろうか?


 傷が癒えていないなら、わざわざ出向かず控えていた方が遥かに賢明な判断だろう。

 傷が癒えていないにも関わらず、こちらにわざわざ顔を出した意図が読めない。


 戦いたい訳でもない、暇だから話がしたかったという可能性もほぼ無いだろう。

 一言一言の発言から感じる威圧感は、彼女が長らく日々晒されてきた緊迫感から出たものである可能性が高いからだ。


 生前の彼が言っていた数少ない証言と、先程の彼女と比較した場合。

 恐らく、生前の彼が歩んだ道をほぼそのまま彼女が辿ったであろう可能性が非常に高い。

 そして、最も気になったのは自身をオラシオンの姓で名乗った辺りだろうか……。


 「つまり、彼女はあの皇帝との婚約者か」


 ルキアナが玉座で自決したと証言した皇帝は、彼女の存在する世界では自身の婚約者だったと……。

 そして、皇帝と自分を称したのは何らかの理由で彼女の世界でも彼は亡くなってしまった。

 八英傑として皇帝として、その在り方を果たす為の行動の一つ。

 何らかの思惑を兼ねて帝国が崩壊したあの日、彼女はこの世界に赴きラウや私の弟と交戦した。


 結果、彼女は撤退を余儀なくされたと。

 加えて、自身の治療含めて時間稼ぎの為にマルルタイトの壁を用意し、今になって私の目の前に傷が癒えてないにも関わらず姿を現したのだ。


 「私に姿を現す何らかの必要性が彼女にはあった。

 それはつまり、姿を出さなければ彼女の目的に支障が出る要因が存在していたということ……。

 それも、彼女の存在する向こう側の世界で面識がある事に彼女は抵抗感を示した辺りから察するに、こちらとの戦いそのものに関しては抵抗がある……」


 建前上、いや目的を達成する上で戦争は避けられない事情が彼女にあるのだということ。

 こちらの世界が邪魔であり、自分達の世界を守る為にこの世界を犠牲にしなければならない選択を迫られた。


 「あくまで私の勝手な推測に過ぎないが………」


 

 ただ、気になった点があるとすれば………。


 「あの白騎士でも勝てなかったと………」


 白騎士、帝国が唯一敗走を余儀なくされた存在。

 名をシファ・ラーニル、私も何度かすれ違いざまに姿を見たが間違いなくアレは別格だった。

 人間ではない、獣人でもない、クローバリサ関連との繋がりが薄い辺りからして………。

 

 種族は恐らく、天人族。

 しかし背には翼はなく、何処か浮世離れした圧倒的な美貌を兼ね備えていた。


 軽く見積もって魔力量は私の数十倍以上だろう。

 そんな存在とただの人間である彼女は打ち負かしたらしい。


 生前、彼女と同じ神器を使用していたと思われるラウもまさに神の力と言わんばかりの強大な力を扱えていたが、彼女に勝る程とは私は思えなかった。


 それくらい白騎士シファは圧倒的であり、そんな彼女に勝ったという彼女はラウ以上の神器を扱う才を有していたという話になる。

 

 全盛期の帝国以上の単身で有した彼女が、勝てなかった存在………。

 それに匹敵する彼女の傘下を率いて、いつかこの世界に攻め入ってくると………。


 「全く、落ち込んでいる暇もないとはな……。

 かつての友との別れに浸る暇も与えないか…………」


 落胆混じりのため息を零すしかなかった……。

 世界の行方など、どうなっても良かったのに………。

 

 私が、私一人が生かされた意味がようやくわかってきた気がした…………。


 「これが、私に与えられた運命か………」

 

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