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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
277/324

今は亡き故郷

帝歴388年7月22日


 「また戻る事になるとはな……」


 「マスター、荷物はやはり私が………」


 「問題ないさ、シン。

 これくらいは自分で持てる。

 それに君にはこれから力仕事が控えているんだ、さっさと要件を済ませないと年を跨ぐハメになるぞ?」


 「了解しました、マスター」


 一軒家程はある大きな滑車を引きながら、私の後ろを歩く藍色の髪を後ろにまとめたシンという人間の少女。

 いや、正確に言うなら彼女は人間ではない。

 帝国時代に私の生み出したホムンクルスの一人と言った方が正しいか………。

 少し前に、クローバリサの屋敷からホムンクルスの製造を頼まれた事について、恐らくコイツの存在を嗅ぎつけたとかだろう……。

 そもそもホムンクルスが国際条約で製造禁止とされたかなりやばめの代物。

 アレの代用品とも言えるゴーレムとかの木偶人形辺りですら免許や国からの許可無しに一つでも生み出すだけで莫大な賠償金を支払う事になる。

 ホムンクルスでも作れば、最悪処刑され兼ねない程には危ない代物なのだ。


 まぁ向こうがソレを求めてくる辺り、あまり強く言えた話ではない。

 で、私と彼女は現在かつて世界の中心であった旧帝都オラシオンへと向かっていた。


 既に街の全貌は見えてきており、かつての繁栄を見せたその姿とはかけ離れた異形の姿を晒していたが……。


 「シン、興味本意でアレに触るなよ。

 アレはお前にとっても毒だ、私も長時間同じ空間にいれば肺が崩壊し、内蔵の侵食が早まる。

 ここから先は事前に用意した防護服を来て歩くぞ」


 「了解しました。

 ………マスター?

 その、着替える場所等は?」


 「ある訳ないだろう、それに人もいないんだ。

 気になるなら近くの茂みでしろ。

 全く、余計な羞恥概念を与えるべきでは無かったな」


 「申し訳ありません、マスター。

 以後は気をつけます」


 「もういい、とにかくさっさと行くぞ。

 一回一回長居は出来ない上に、コレは使い捨てみたいなものなんだ。

 予備がなくなる前に、さっさと着替えた着替えた」

 

 女の二人旅で変な羞恥をする少女を近くの茂みへ追いやり、私はそのまま外で防護服に着替える。

 お世辞にも快適とは言い難い、泥臭いような姿に私まで少し気分が下がる。


 しかし、目の前にそびえるアレを見ては贅沢を言ってられなかった。


 山のように高くそびえる、鋼鉄の外壁。

 そこから染み出すように、青と黒、赤の混ざった光を放つ水晶のような物体には、マルルタイトという名前が後に付けれた。

 マルルタイトは魔水晶の一種であり、街を取り囲む外壁は愚か内部の街全てが侵食されているのだ。

 魔水晶自体は人工的に作られるモノがほとんどたが、多くは燃料や工業産業に幅広く使われている代物。

 しかし、このマルルタイトは他のモノとは明らかに違うものであった

 見た目はヒョウやトラのような模様を浮かべ魔力の型に応じて色を変える性質を持っている。

 ソレを生身の指で触ろうものなら、壊死する。

 運が悪ければ、片腕を失う程の強力な毒性を持つ。

 気化したソレを吸えば、数分も立てばマルルタイトによって肉体は侵され、マルルタイトそのものへと身体は変換されてしまう。

 尚、侵食対象は有機物無機物を問わないので非常に危険であり、他国への持ち込みは禁止されてある。

 しかし、際限なく侵食する性質を持ちながら大陸全土を侵食せず宮殿付近のみに集中している事から特殊な性質がある事は明らかであった。

 


 帝都オラシオンは私の故郷。

 そんな面影はもはや見る影もない。

 残されたモノは、人類史上最も悪意に満ちた悪夢のような光景なのだから。



 帝都へ訪れてから最初の一週間は、現在の帝都の状況の調査に当てていた。

 私個人で可能な範囲の簡易調査で分かったのは、帝都中心に向かう程マルルタイトの濃度が高くなる事。

 いくつかマルルタイトの濃度薄い場所があちこちに存在しており、仮屋として利用出来る目処が立った程度。

 

 幾つかの場所は、現場はそのまま保存されている事がわかりそこにはかつての私の工房も当てはまっている。


 マルルタイトの濃度が高いのは帝都中心に建っている宮殿と、その地下に存在する秘匿区域辺り。

 つまり、彼等の遺体はそこに存在している。


 「さてと、現状がこれときたか…………」


 内容を軽くまとめたメモを眺め、今後の方針を考える。

 

 秘匿区域の調査及び彼等の遺体の回収を済ませたかったのが本音なのだが……。

 現状持ち込んでいる防護服のストックと、安全区域を渡って戻ってこれる目処が立たない。


 ゴーレムを作成し遠隔操作で代わりに回収させようという案も考えたがマルルタイトがゴーレムの外殻を侵食し内部へと至ってから彼等の中枢回路を侵食された。

 ゴーレムが秘匿区域内で動けるのは、往復兼ねてせいぜい30分程度が限度だろう。


 元々ホムンクルスであるシンを向わせる方法も考えたがマルルタイトへの耐性は皆無に等しい上にら仮に持ち帰ってこれてもその後の荷物を私一人で運べる気がしないのが実情。


 クローバリサからの提案に乗り他の人手を借りる案はあったが、アレをイジられたり素人に扱われて傷を負えば使い物にならなくなる可能性が高い。

 そもそも、工房は欲しいがあの家に仮を多く作りたくはないのが本音だ。


 特に研究資料の類いはマルルタイトに侵食された状態からの復元作業があるので、特に下手な扱いをされたくないのだ。


 さて、どうしたものか………

 

 「…………」


 王都から持ち込んだ、質素な保存食の一つをコーヒーに浸しながら口に入れる。

 お世辞にも美味いモノではないが、帝都の過酷な環境下で保存のスペースを取らず、加えて保存がある程度利くモノとなるとかなり限られるのはしょうがない。

 

 「あまり美味しくはないですね、コレ……」


 「だろうな、しばらくはコレばかりだ。

 何か食えるだけでマシだろうよ」


 「魔術で食品を作る事は?」


 「加工くらいなら問題ない。

 ただ、魔力を食べる行為はあまり勧めない。

 幼い頃に一度試した事が食べ物の形をした石の類いと表現すればいいか………。

 身体を壊す方が先だろうよ」


 「そうですか……」


 「………、今のところ身体に異常はないかシン?」


 「はい、問題ありません」

  

 「そうか……。

 君の体内にあるグリモワールが問題なく適合しているなら何よりだ………。

 しかし、オリジナル程の出力は出ないのが問題か」


 「マスター、オリジナルのグリモワールはどれほどの代物なんです?」


 「あれは魔術、いや魔力の根源そのものだ。

 世界の攻略本、黙示録、とにかく普通の人間が手に入れるにはあまりにも不相応な力を備えた代物。

 その気になれば、世界を支配出来るか、いや自分が望んだ世界に作り変える事が出来る。

 それがグリモワールだ」


 「…………」


 「この世界に生まれる人間には、生まれながらに階級が存在している。

 貴族や平民は問わず、何らかの規則によって魔力を扱える階級が定められている。

 私を含めた魔術師の類いは、ソレを魔力階級と称し一等級から五等級までわ振り分けた。

 しかしグリモワールは生まれ持った魔力等級に干渉しソレを自在に変える事ができる。

 扱える等級を上げれば、体内の魔力保有量を増やしたりより高度な魔術が効率良く扱える。

 ただ闇雲に最適化を目指したりするよりも、魔術の概念の真理に近づく事が出来る。

 が、色々と面倒な代物みたいでね容易く人が扱える代物ではないんだよ」


 「グリモワールに何か問題があったと?」


 「8人だ、私はグリモワールの被験者を用意し色々とアレを試した過去がある。

 最期の8人目を除いて、例外なく彼等は死んだ。

 最初の3人はグリモワールが適合出来ず血反吐を吐き、移植から2時間以内で死亡。

 以降は適合のロジックを解明する為に、段階的に出力を上げたり適合させる人間を選んだりした。

 結果、一定以上の成果は見られたが調子乗って出力を上げた輩やグリモワールを持ち逃げしようとした者の後始末に追われた。

 そして最期の一人の名はルキアナ・クローリア。

 君の元になった人物だよ」


 「…………」


 「彼女は力を望んでいた。

 だが、当時の彼女は死にかけもいいところでね。

 身体の半分近くが爆散し、いつ死んでもおかしくなかった。

 だが、彼女は残された意識で私に命を預けた。

 そんな彼女に私は力を与えた。

 彼女から得たデータを参考に、君を生み出せたのは我ながら大した成果だと思うよ。

 当の本人には何を言われるか、たまったものではないがな……」


 「私は何の為に生み出されたんです?」


 「………、第4世代ホムンクルスに君の体内に存在するデコイを保存する為の器だよ。

 まぁ、今は私のお手伝いってところだが。

 デコイが君の身体に馴染んでるのは何よりだが、あまり無理をして君が死んでは後々困るのでね」


 「第4世代の器………」


 「あくまで昔の約束が生きてるならの話だ。

 無理なら別用途でも、君の好きなようにするといい。

 君も分かるだろう?

 私が長生きしないことくらいはさ」


 「それは………」


 「事実だからな、別に隠すことでもないさ。

 だから生きてる内にやれる事をしたい。

 きっかけを、アレにもらうとは思わなかったがね」


 「………」


 「君の為に、いや今後の世界の為に。

 私は後釜を用意しようと思う。

 その為に私は君をここに連れてきたんだからな」


 「後釜……?」


 「私の後継者、とでも言えばいいか……。

 まぁラークにいる私の師匠に任せてもいいんだが私なりの答えを最期に提示してやりたいと思ってね」


 「何をするおつもりで」


 「クローバリサの野郎からホムンクルスを頼まれたが

、この分だと適当に廃棄される可能性が高い。

 だから、そのホムンクルスを私の後継者にしようと思う。

 そもそも、ホムンクルスで必ずある必要はないみたいだが……。

 その為に、この廃墟でとあるモノを回収したいと思っているんだよ」


 「………」


 「いわゆる人造人間、人間ながら人間ではない。

 そうだな、旧時代の言葉からなぞらえてセフィラ・ヒューマノイドとでも名付けよう」


 「セフィラヒューマノイド………」


 「セフィラ、要は世界樹の力を扱える存在だ。

 人間のカタチをした、世界樹と言えばいいか……」


 「ソレがここに残されていると?」

  

 「そのまま残ってる訳じゃないさ。

 グリモワール、私の一族が代々管理下に置いた君の体内にあるデコイではない正真正銘の本物があるんだよ。

 これ等を体内に埋め込みちょいと身体を弄った、人造人間をセフィラ・ヒューマノイドと私は今さっき命名した」


 「グリモワールを体内に埋め込む?

 私のデコイとどのような違いが?」


 「アレは世界樹そのものだ。

 君のデコイはその切れ端を扱いやすくしたモノ。

 要は、神の力の一部だ。

 で、グリモワールは神の力そのもの。

 グリモワールがあれば、この世の全てを支配出来る。

 かつて、異種族間戦争として多くの生命が奪い合った代物だ。

 その力があれば、世界を自由に作り変えられる。

 運命を歪め、己の都合のよいモノに変えることだって、過去の歴史に対して擬似的に干渉し歴史の改ざんする事も出来る。

 嫌いな者達の存在を世界から存在しないものとして抹消する事も容易い。

 まさに、ありとあらゆる欲望を満たせる代物だ。

 その力を宿した存在を私は生み出そうとしている、まぁその後の事は知らんがね」


 「…………」


 「人間の倫理観など勝手な押し付けだ。

 環境や境遇で幾らでも変わる曖昧な概念そのもの。

 例えば人を殺してはいけない、当たり前のことだと思えるならそれは人を殺さずに済む環境で生きられたからこそ出せる結論だ。

 戦争や紛争に晒された彼等は、一日を生き延びる為に人を殺す事を躊躇わない。

 自分の為に、明日の自分達が生き延びる為に命を奪う行為が正当化される。

 まぁ、争いが終わればそんな彼等を迫害する輩が現れるがそんな輩は彼等の事情を知らずに声を浴びせる偽善者に過ぎない」


 「マスターはどう思うのですか?

 人を殺す行為は正しい行いだと、そう仰るのですか」


 「今まで君が人を殺していないのなら、私も同じように人を殺す行いは間違いだと認識しているのだろう。

 ただ、目的の為に数多の人体実験を繰り返した私は一般的な人々の倫理観からは逸脱した存在なんだろうな。

 私を人の器として判断出来るのは、今のこの容姿があってこそなのかもしれない。

 私は自分を人間だと思いたい、だが人間はとうに辞めてしまったのだろうな……。

 あの日を過ぎてから、アイツを失ってから私は一線を越え始めてしまった。

 結果的にそれは帝国の繁栄に繋がったが、私の身近にいる者達からは敬遠され疎まれ憎まれもした」


 少し冷め始めたコーヒーを口に含み、半分程に減った中身を見つめながらため息をこぼす。


 「シン……、君はどうしたい?」


 「何をですか?」


 「突然何の役割も無くなり、ある日突然この世界で自由に生きて構わないと言われたら、君は何がしたい?」


 「…………分かりません。

 私は役目があっての私ですから………」


 「………愚問だな、いや済まない。

 さっきの質問は忘れてくれ」


 残された中身を一気に飲み干し、私は空を見上げる。


 

 「全く何がしたいんだろな、私は……」


 今は居ない誰かに向けて呟いた言葉。

 一人残された私に、今更何をさせたいんだ?


 何故、私だけが生き残らされたんだ?

 私なんかよりも、相応しい人間は居たはずなんだ。

 

 何故私だけが………私だけが生かされている………。


 「………こんな世界、私は………」

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