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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
276/325

安酒飲みの隠居者

帝歴388年7月10日


 「………」


 「久しいですね、ノエル。

 王都に住んでいるという噂はどうやら本当みたいね」


 「人違いだ、他を当たってくれ」


 「相変わらずの酷い酒癖ね」


 王都の酒場で安酒を貪っていると、ソレを邪魔立てする一人の婦人が現れた。

 明らかに値の張りそうなドレスを纏った彼女の存在にそれまで騒がしかった店内が何事かと会話が途切れ視線は彼女に集まっていく。

 顔見知りだが、面倒事なので適当にあしらいたいのだが、向こうは私の意思など構いもせずに隣の席に腰掛けた。


 「店員さん、私にも彼女と同じモノを」


 身なりにそぐわないような高貴な彼女の存在で私が悪目立ちしそうになる。

 王都での隠居生活を侵されるとは、そろそろ別の街に引っ越す支度を進める頃合いなのだろうか?


 「何年ぶりかしらね、あなたに出会うのは?」


 「さあ、よくわかりませんね」


 「帝都であなたとラウ君も交えて一緒に茶を飲んだのがあの頃が懐かしいわね。

 帝都の一件は非常に残念だったけど、あなただけでも無事で何よりだわ」


 「私だけが生き残ったんですよ。

 だから、私の事は放ってくれ。

 もう誰も私に構うな」


 「そう言わずにさ、確かに色々大変だったかもしれないけど今も例の一件を引きずったところで何にもならないでしょう?」


 「私に何の用です、ナリーシア殿?

 サリアの一大勢力であるクローバリサの貴女が、私を尋ねるなんて一体どんな風の吹き回しです?」


 「旦那からちょっと頼まれたの。

 貴女の力を借りたいみたいで、ほんと堅物で裏で何やってるんだかなぁ………。

 どうせろくでもないことだろうけど………」


 「………、研究所の一件だろうな。

 私は一度断ったのだが……」

  

 「研究所?」


 「帝都に置いていた工房は使えない。

 一応これでも、技術者の一人だ。

 自分のテリトリーの一つは欲しいが、生憎王都の高い土地を買収出来るような財力は今の私にはない。

 ソレを見兼ねて、以前お前の旦那が依頼をしてきたんだ。

 自分の研究所が欲しいなら、こちらに協力してほしいと……」


 「なるほど……、まぁ貴女の本業はそっちだものね。

 それで、依頼って?」

 

 「どうやらホムンクルスが欲しいのだと。

 何に使いたいのかよくわからないが、出来るだけ長持ちして知性を持ち、そこそこ身体が丈夫でこちらの命令によく従うような物が良いのだと」


 「あら、何とも都合の良い話ですこと」


 「色々と怪し過ぎる上に、この前の一件で流石の私もかなり堪えたんだ。

 だからもう、私は本業の看板を降ろしたい。

 こうして安酒を貪って、腐ってるのが性に合うんだよ」


 「本当にそれでいいの?」


 「それしかないから、私はそうしている。

 これ以上、余計なしがらみを抱えたくないんだ」


 「何処に行っても、そのしがらみは付きまとうのに」


 「お前には関係ない」


 「やるべき事は残ってるはずだよ。

 昔から何があっても諦めは悪かったじゃない?

 誰に似たんでしょうね、そういうの」


 「ホムンクルスは研究自体がそもそも禁止されている代物だ、ソレを分かって頼んでるのか?」


 「私はあの人の考えてる事はわからない。

 でも、貴女がここで腐り続けるのは見てられないの」


 「私の母にでもなったつもりか?」


 「どうでしょうね?

 とにかく、悪い話じゃないから一度屋敷に足を運んで来てもらえる?

 そうねぇ、屋敷に来てくれたら四十年モノの良いお酒を出してあげるけど?」


 「……、分かった。

 明日の昼頃に一度伺うとする」


 「そう、それは良かったわ」


 そういうと彼女は先程届いたばかりの酒杯を手に取り一気に飲み干して見せた。

 

 「おいおい、あまり無理をするな……」


 「大丈夫大丈夫、私あなた程じゃないにしろお酒には強い方だから〜♪」


 「全く困ったものだ。

 いつも私に面倒な事をさせてくれる……」


 

 翌日、私は彼女に言われた通りにクローバリサの屋敷を尋ねる事にした。

 足を運べば丁重にもてなされた挙げ句に、ご丁寧に年代物の名酒を何本か貰ったりと至れり尽くせりだったが……。


 「それで、ホムンクルスを何に使うおつもりで?

 ジーファス殿、その点の説明に関してはちゃんとしてもらいたいところだが……」


 「悪い話ではないだろう?

 何故、受けてはくれない?」


 「質問はこちらがしている。

 昔から私の家と親しい関係であったとしても、私は私の意思で判断する。

 一体道具を何に使うつもりなのか、ソレが分からないと作ったところで無駄になるだけだろう?」


 「無論その通りだ」


 「だから私の問いに答えろ。

 ホムンクルスを何に使うつもりだ?」


 「私は近々、カルフ家の当主の席にお前の制作したホムンクルスを充てたいと考えている。

 ソレが我々の目的だ」


 「カルフ家か……、なるほど………」


 目の前の男が告げた家名について、以前両親から少なからず聞いた事があった。

 なんでも、昔は同じ血筋だったのだが何らかの因縁故に血が別れ以後数百年に渡って対立している家系なのだそう。


 まぁ、よくある嫌いな奴等ってモノだろうか?

 帝国時代にも、そりが合わない奴等は私も何人か居たくらいだ。

 

 しかし、カルフ家の当主の席にホムンクルスを置きたいという意図が分からない。


 「現在のカルフ家に何か良からぬモノでも?

 長らく対立している家系なのは、私も存じてはいたが………」


 「何百年と栄えたこのクローバリサにとって、繁栄の邪魔となってるのがあの家だ。

 諸外国との強いコネや商会の繋がりを独占しているが故に、自国経済に対して大きな脅威となっているのだ。

 我が傘下の商人等は、あの家を非常に邪魔だと常々言っているくらいだ」


 「他国との強い繋がりか……」


 「我々クローバリサは自国の繁栄の為に、自国の商会同士の強い繋がりによってこの国を長らく繁栄させてきた家系だ。

 我々の力によって、多くの民に仕事と金が周り結果的にこの国の経済の中心となっている。

 が、あの家のやってる事は他国からの商品をこちらに安く仕入れ大量に販売したりと、自国製品及び自国経済を弱める動きばかりをしている。

 自国の事など何にも考えてはいない、目先の利益に囚われかつての我々の同胞を裏切ったように、いずれこの国を滅ぼす要因になりかねない存在だ。

 故に、一度奴等を席から抹消し新たなクローバリサの元のカルフ家としてこの国の更なる繁栄の為に利用する。

 その野望の為に、お前の生み出すホムンクルスが必要なのだよ」


 「なるほど、理由はわかった。

 だが、何故他の候補者を用意せずホムンクルスなんてモノを頼った?

 クローバリサ家傘下の家系から代理として候補者を出しそいつを置けば良かったはずだろう?」


 「………わざわざ人間を使えと?」


 「わざわざ?

 いや、普通はそうだろう?

 人間のまつりごとにわざわざ人形の類いを使うのはどうかしてると私は愚か誰もが思う。

 最悪、お前自身がその席で動けばいい、あるいは息子でもその兄弟でも良かったはずだろう?

 なのに何故ホムンクルスを求めたんだ?」


 「ホムンクルスであれば良いのではない。

 アレと同じモノであって、私達の命令に従う駒が欲しいのだ。

 ソレが、ホムンクルスというお前がかつて生み出した存在の括りに当て嵌まったまでのこと」


 「なるほど、欲しいのはホムンクルスそのものではなく、命令に従う駒であるべきだと……」


 「それで、可能なのか?」


 「ホムンクルス自体は工房さえあれば一体につき約半年程で出来る。

 工房建造に土地の開拓、建設に関しては私がやるとして一年程あればいい。

 つまり、一年半が最速だろう。

 長くても3〜6年はあれば問題ないはずだ」


 「それだけの期間で為せるのか?」

 

 「ただ、作るだけならコレでいいんだ。

 優秀な駒かどうかは、人間と同じく個体差や環境に大きく左右される上に、ホムンクルス自体が不安定な存在だ。

 人間のように長生きはしない、短くて三年の命。

 長くて20年持てば天寿を全う出来たと言えるくらいの存在だ。

 定期的に作れとなると、流石の私もきついところだ」


 「可能ではあるんだな?

 場所と時間があれば、今すぐにでも制作に取り掛かれるということでいいんだな」


 「その通りだ。

 別に断っても良かっただが、どのみち何度でも私に声を掛けるんだろう?

 自分の妻をわざわざ下町に送り出すくらいにはな。

 そこまで必死になって、今の権力の先に何を求めるんだ?

 睨み合いこそあれ、そこまでして更なる権力を求めようとしたのは、君のひいひい爺さん以来じゃないのかな?」


 「どうだか、まぁいい。

 受けてはくれるんだろう?」


 「ああ、正直に話したんだ。

 今回の話は前向きに進めるとするよ。

 だが、私の生み出したソイツが何をしても私はその責任は負わないからな?

 お前達が侵した責任の全ては、お前達が全て背負え。

 ソレが出来るんだよな?」


 「構わんさ、それで我々が更に繁栄出来るのなら。

 正義の為に、犠牲は必要。

 奴等は我々の正義と繁栄の為に尊い犠牲になってもらう」


 「………好きにしろ。

 私は失礼する、後で何が起こっても私は知らないからな?

 後で作りたい人物の髪の毛でも皮膚の一部でも私の方に寄越して欲しい。

 それ等を元に、ホムンクルスの制作を進めていく。

 それとも、私の好きにしても良いのか?」


 「お前の好きにして構わない」


 「そうかい、わかりました」


 「それと、もう一つ」


 「まだあるのか?」


 「もし当初の計画が失敗した場合、例のホムンクルスはお前の好きに扱って構わない」


 「受け取る気もないんだ、わざわざ作らせて?」


 「面倒事は避けたいからな。

 その際の事後処理はお前に一任する。

 殺すなり、飼い殺すなり好きにするといい」


 「………そう。

 じゃあその時は好きにさせてもらうよ。

 じゃあ、交渉成立ということで」


 私は目の前の男にそう返事を返し、ポケットからメモを取り出し、現在の住まいの住所を書き記すとソレを男の前に差し出した。


 「今の私の住所だ。

 何かあればここに使者を送るといい、ただまぁ近い内に留守にするかもしれんが……」


 「了解した、土地の購入手続きが済み次第改めて私から直接足を運ばせてもらう。

 しかし、近い内に留守にする程の案件とはなんだ?」


 「一度帝都に戻ろうと思う、昔の仕事道具の回収やらをしておきたい。

 ホムンクルスの製造含めて、色々と私の研究にとって不可欠なモノが多いからな。

 多少の文献くらいは王都とラークから写しを貰えれば良いだろうが………」


 「なるほど、そういう話であれば私の方から船や人員の手配をしておこう。

 何事も人手は多いに越した事はないからな」


 「それは有り難い話だが、あまり借りを多くはしたくないから、船の手配以上の事は必要ない。

 それに、無用心にあの帝都に赴くと命に関わる。

 私自身も、既に内蔵をいくつか患っているんだからな」


 「…………そうか」


 「とにかくだ、余計な事はしなくていい。

 私個人で可能な範囲ならば、全て私一人で解決する。

 では、私はこれにて失礼させてもらうよ。

 貰った酒での晩酌が楽しみなのでね」


 「どれくらいで王都には戻る?」


 「長くて、3ヶ月程度は離れるだろうな」


 「そうか、それまでには土地の手配をしておこう」


 「言っておくが、狭過ぎる土地は要らないからな。

 交通の便は問わない、なるべく広い場所がいい。

 最悪、地下にでも建設するが」


 「了解した、その要望を飲もう」


 「では、失礼させてもらうよ。

 妻であるナリーシア共々、せいぜい元気でやっていてくれ」


 「君も、せいぜい私よりは長生きすることだ」


 「そうだな、出来る限りは努めよう」


 男の返答を聞く間もなく、私は屋敷を後にした。

 今後の方向性の一つとして、あまり悪くない選択だろう。


 それに、何かをしていなければ気が紛らわせない。

 死ぬまでこんな事をしなければ、私は追われないと思うと、気付けば妙な微笑みが溢れていた。

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