面倒事に絡まれて
帝歴400年5月某日
謎の少女との出会いから間もなく、私は彼女に半ば無理矢理外を連れ歩かされていた。
気づけば一通りの少ない路地を歩かされ、彼女は私までも迷子にさせるつもりだろうか?
「私には関係ないはずなんだがな……」
「いいから助けて下さいまし!!
ちゃんと後で御礼もしますから!!」
「私も暇ではない、この後に先客がいる………」
「お願いですから一人にしないで下さい!!
私、迷子なんです!!」
「なら別な奴に頼めばいいだろう………。
お前がわざわざ私に頼む必要は何も………」
「お前ではありません、私にはシトリカ・クローバリサという名前がありますわ!!
このサリア数百年の歴史においても輝かしい経歴を誇るクローバリサ家の末席に立つ者なのですよ!」
「国で名のしれているなら、そこ等の衛兵にでも頼ればいいだろうに………。
わざわざ私に頼る意味など………」
「私の家の財を狙う輩と出くわしでもしたらどう責任を取るつもりなのです!?」
「だとしても、赤の他人の私には関係のない事だ。
私に頼む余力があるなら、ソレを他の誰かに頼む事に使う方が利口だろう、シトリカ・クローバリサ殿?」
「もう赤の他人ではありませんことよ」
「なら、赤の他人ではないという私の名前を言ってみるといい」
「っ………、ええと……その……」
「言えないのは当然だろう。
私はまだ君に自分の名を言ってないのだからな。
そういうことだ、君には済まないが私にこれ以上関わるのは控えるといい」
「………私は……ただ……」
何かの言葉を濁すように、僅かに視線を下に向けながらそう呟いた彼女。
これ以上面倒事に関わるのは、今後の予定に支障が出るかもしれない。
いや、既に私は彼女に半ば無理矢理店外えと連れられたのだから支障は出ているのだろうが……。
「そこのお前、その女とどんな関係だ?」
突如声を掛けられ振り向くと、見知らぬ男達が数人おり、よくよく状況を観察すると男の仲間と思われる者達が私と彼女を囲んでいた………。
「………赤の他人だ」
「ほう、ならその女をこちらに渡して貰おうか」
「お前達は彼女の知り合いか?」
「ああ、知り合いだとも……」
男の方はそう答えるが、目の前の彼女は僅かに身体を震わせ怯えている様子。
状況から察するに、彼女を攫いに来た何らかの組織ということだろう。
先程、彼女自らこの国で数百年の歴史を持つと豪語したのだ。
ソレを聞きつけたのか、あるいは彼女が一人になるのを狙ったのか………。
まぁ、こちらには一切関係のないこと……。
ただ……
「相応の報酬を後で請求させてもらう。
シトリカ、私からあまり離れるな」
「っ……でも、貴方にこれ以上迷惑を掛けるのは……」
「問題ない、この程度の者達ならば対処可能だ」
「おいおい、対処って、お前本気か?
この人数を相手にお前一人でどうにかなるとでも本気で思っているとでも?
こっちもそこまで馬鹿じゃない、拳銃やナイフ、その他の武器も用意がある……。
ソレをわざわざたった一人でどうにかとか、調子に乗って格好付けるのも大概じゃないのか?」
「事実を述べたまでだ。
面倒事には変わりない、早々に終わらせる」
そして私はすぐさま隣の彼女を担ぎ、大きく飛び上がる。
脚部に用いた身体強化の魔術の影響で、私の身体は身長の4倍以上はある建物の屋根の上に軽く到達した。
「きゃっ!!
貴方一体、何をしていますの!!
先程までの言葉の流れなら、目の前の輩を成敗する流れでしょうに!!」
「戦術的撤退、ソレが最善手だ。
無用な争いは、余計な面倒事を引き付ける。
衛兵等に絡まれて、事情聴取で時間を取るのも面倒だからな。
とにかく、私から離れるな。
この場を済ませたら、すぐさま貴様を衛兵か自警団よ元に押し付ける。
私と君とは何も無かった、それでいい」
「貴方、先程から女性に対しての扱いが酷過ぎますわよ!!
私を運ぶにも、このような格好ではクローバリサの者としてのプライドというものが……」
「だったら自分の足で帰れるようにするんだな」
「おい貴様等、俺達を無視するじゃない!!」
下の輩の声が聞こえ視線を僅かに向ける。
この場を撒いたとして、奴等の実力が分からない以上騒ぎを大きくする可能性がある。
ただ、先程の私自身言動の通り武力行使は避けたいところだ………。
すぐにこの場を去るべきだろう。
その結論に至った刹那、雷鳴が響くかのような衝撃が響き僅かに足元がふらついた。
「きゃっ……!」
「おい、暴れるな」
「騒ぎが気になって来てみれば、子供が二人。
片や、クローバリサの一人娘ときて、もう一人は初めて見る顔だが相当な手練れと見受ける……」
「…………」
雷鳴のような音と共に現れたのは、藍色のショートヘアの女性。
しかし、シンとは眼の色が大きく変わっており僅かに緋色めいたソレがこちらを見据えていた。
先程絡まれた輩とは無関係な者だろうが、彼女を庇いながら動くのは難しいと思われる。
「貴様、何者だ?」
「私はティルナ・ラーニル。
一応は王国騎士団に所属している者の一人。
今日はこれでも休暇だったんだがね………」
「………」
「ふーん、なるほど。
君さ、結構強いよね?
その見た目の割には、かなりの実力者だと察した。
君、名前は?」
「ラウ・クローリア。
クリアロッドから連れの者と共に、今回は単なる休暇に訪れただけの者だ」
「ラウ君、そして単なる休暇の為にか……。
他に何か目的があるのかい?
今回は休暇で来た訳なんだろう?」
「お前に言う必要があるのか?」
「君程の実力者を無闇に王都で野放しにするのは危険過ぎる?
君の本当の目的は何だい?」
「………、私はノエルの命を受けた者だ。
帝国の科学者であったノエルが、生前この国でどれほど貢献したかは言うまでもないだろう?
私は、そんな彼女の関係者だ。
いずれ機会を改めて、その時が来たら伝えよう」
「ほう、ノエルさんの知り合いか……。
帝国関係者、いやにしては君はかなり若い………。
つまり、彼がシンさんの言っていた例の………」
「お前はシンを知っているのか?」
「ああ、ノエルの付き人ということで過去に何度か仕事で面識があったんだ。
しかし、ノエルさんの亡き後はあまり音沙汰を聞かなくてね。
クリアロッドという寂れた農村に住んでいるとは、ノエルさんから聞いてはいたが、わざわざ足を運ぶ程でも無かったのでね」
「………」
「いつかの流行り病の際は、あの人から色々と助けられたものだよ。
そこの彼女を含め、クローバリサ家の者も流行り病に掛かってしまった時期があってね、その当時ノエルさんは専門外にも関わらず色々と手を尽くしてくれたんだ。
かの有名なノワール医師と連携し、彼女はこの国を救ってくれた救世主でもあったらしい。
君の言うノエルという人物はそういう人だよ、本当に惜しい人を亡くしてしまったものだ………」
「それで、こちらの事情は把握して貰えたのか?」
「私の独断で許可する。
君、王都に来たのは初めてかい?」
「そういう事になる。
この子供が、名のしれた家系の者だと言っても所在は知らないから途方に暮れていた。
その上、先程から下で騒いでいる無用な輩に絡まれる等色々と被害を受けている」
「初対面の彼女にそこまでするのは、君に存在する元々の気質かい?」
「どうだろうな、解りかねる……」
「そろそろ私を降ろしてくださらない?
頭に血が登って来そうですわ!!」
「だそうだ。
ラウ君、そろそろ彼女を降ろして欲しい。
私が責任を持って彼女を送り届ける。
こちらを信用出来ないなら、君も付いてくるといい。
判断は、お二人に任せるよ。
一応、彼女の御父上とは今朝方にお会いしていてね。
娘が何やら私に隠し事をしているようだが、本の一冊に茶を零した程度で一人屋敷から何も言わずに飛び出してしまうのは困ったものだと、仰っていましたよ」
「まさかお父様にバレていましたのっ!!」
降ろされた彼女は愕然とし、慌てている様子。
そして、彼女が何故あの本屋に訪れていたのかの理由にようやく合点が重なった。
「屋敷の人達は君を酷く心配している。
ひとまず屋敷に戻ってお父様に正直に話すといい」
「ええ……そうしますわ。
これ以上騒ぎを大きくしては大変ですもの」
「ひとまず問題解決……と、言いたいところだが面倒事はまだ終わってないようだ。
全く、こちらは休暇だというのに……」
下に輩がどうやら無理やり壁をよじ登りこちらを囲んでいた模様。
しかし、登る事にかなり体力を消耗している。
見た目から大した事無さそうだと思っていたが、体力そのものの大した事ないらしい。
「そこの小さな女を渡して貰う。
王国騎士団の名もどうせハッタリだ!!
コイツを利用して、あの方からたっぷりと恩赦を貰うんでね!!」
「あの方ねぇ、なるほど………。
ラウ君、彼女を少し頼む。
すぐに終わらせるからさ」
「どいつもこいつも、俺達を甘く見やがって!!!
野郎ども、子供以外はどうなってもいい!!
やってしまえ!!」
リーダーと思われる男の言動を皮切りに、一斉に数人の輩が彼女に襲いかかる。
その瞬間、僅かに彼女の口角が上がり右足を一歩踏み込んでいた。
地を蹴った彼女の健脚は流れるように、彼等の身体に蹴りを加えて一撃一撃を正確に当てて見せた。
体格はそこまで恵まれていないにしろ、ソレを補う技量がありまたたく間にこちらを襲った者達は地に倒れ伏していく。
そして、残ったリーダー各の男が狼狽える間も空けずに彼女は携帯していた短刀を男の喉元に突き付けると、改めて口を開いた。
「王国騎士団ヴァルキュリア及び王国騎士団特殊部隊レギンレイヴ隊団長、ティルナ・ラーニル。
流石にこれで私が誰か分かるよね?」
「貴様、まさか本物のゾディアなのか……」
「なら話が早い、君達さいい加減私の仕事を増やさないでもらえるかな?
後ろ盾が誰かは知らないけど、騒ぎを大きくされると色々と面倒なんだ」
「魔女の手先め、何を言うと思えば………」
「で、どうする?
このまま死ぬ、それとも大人しく手を引くかい?
好きな方を選ぶといい」
「……わかった、この場から手を引く」
「よろしい」
彼女はそう言うと、首元に突きつけたナイフを男の元から離した。
場の緊張感が解けた影響か、男の方は糸が切れた傀儡のように膝を付く……。
「この場はもう済んだ。
ラウ君、そしてクローバリサのお嬢様。
早く事を済ませましょう」
こちらを振り返り、何事もない様子の彼女に私は警戒心を拭えなかった。
今の私よりは格上の存在。
下手に出るのは避けたいところだろう……。
それだけは確かなはずだ。