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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
273/324

来るべき日の為の

帝歴400年5月某日


 その日、いつもの訓練を早朝から地下の訓練場で取り組んでいると、上に居るはずの彼女が私を呼び止めた。


 「おはようございます、ラウ様。

 いつも、お早い早朝から訓練なさるとは、非常に良い習慣の心掛けです」


 「おはよう、シン。

 訓練はいつもの事だ。

 この日々をいつまで繰り返せばいいのかが、まだ分からないが……。

 外の世界がどうなってるのか、私が王都とやらにいつ向かうのか………、私が何を成すべきなのかも……」

  

 「外の世界はとても広大で、ラウ様や私は勿論、私達を生み出したマスター、ノエルも知らないモノが沢山あるそうです」


 「生前の彼女が言った事か?」


 「はい、私には貴方様をお仕えし貴方様を守る義務があります。

 身の回りのお世話や雑務から、戦闘時に至るまで様々な面で貴方様のお力になります」


 「なら、何故まだ王都サリアへは向かえない?

 私の命令に逆らうのか?」


 「マスター、ノエルの遺志です。

 来たるべき日が来るまで、ここでの訓練が貴方様にとって非常に重要な時期になります。

 その身に宿ったグリモワールの御力、更には外の世界に関しての基本知識や様々な要素。

 それ等全てが、今の貴方様ではまだ未熟であると私は判断しています」


 「君の見解では、今の私がそうだと?」


 「はい、事実です」


 「…………」


 「焦る必要はありません。

 来たるべき日の為にも、準備は念入りにする必要がございますので。

 私は貴方が望む限りいつまでも、貴方様の一番側で貴方様の使命を支えますから」


 「そうか………」

  

 普段通りの変わらない答え。

 私がこの世界に生み出され、既に一年以上が経過していた。

 この地上にある小さな農村と、その地下にある巨大なこの施設以外を私は実際にこの目で見たことがない。

 私が目覚めた時には、シンと名乗るホムンクルスと呼ばれる存在の彼女がいたこと。


 彼女は自身を生み出した創造主であるノエル遺志を継ぎ、私が世に放たれる時を待ち望んでいたという。

 私に与えられた最初の命令は、来たるべき日が来るまでこの施設で様々な事を学び、私の身体に埋め込められたグリモワールと呼ばれる存在を扱えるようになる事。


 家事や身の回りの世話の全てを彼女に任せ、私はただ与えられた命令をこなす為に、日々それ等を続けてきた。

 

 変わらない景色で、変わり映えのない日々を。

 村に住む僅かな住人と、彼女以外の存在を私は何も知らずにいた。


 「………。

 でしたら、ラウ様?

 宜しければ今日から数日程は訓練をお休みにしませんか?」

 

 「継続していた訓練を休むだと?

 休日にはまだ早いのではないのか?」


 「身体の酷使を継続した場合、身体は愚か精神にも悪影響が及ぼす可能性がございます」


 「………了解した。

 それで、数日の休みを私はどうすればいい?」


 「ラウ様が宜しければ、私と共に王都へと行きませんか?

 ご自身に与えられた使命を果たす為ではなく、ただ余暇を過ごす為だけに王都サリアへと行くのです」


 彼女が告げれた突然の提案に、私は驚いた。

 幾度か王都へ行きたい意向は伝えたが、決して彼女が首を振る事はなかった。

 ソレを今日になって突然意見を変えた事に驚きを隠せずにいた。


 「わざわざ余暇を過ごす為だけに、行くのか?

 勿論、王都行くのは構わない。

 だが、私に与えられた使命はどうなる?」


 「今回はソレ等全てを一度忘れたつもりで行きます。

 貴方様にも、いずれは大切なご友人達とこの広い外の世界で巡り会えるはずです………。

 故にご自身の使命や仕事だけでなく、彼等との絆を深める方法を知っておく事も大切です。

 そして、出発は明日の朝。

 基本的には私もお手伝いしますが個人的に必要なモノは本日中にご自身でのご支度を済ませるようにお願い致します。

 私は本日の朝食を用意してきますので身体や顔を清めてから、私の元へとお越し下さい。

 着換えは既にご用意しております。

 それでは、私はお先この場を失礼します」


 目の前の彼女はそう言うと、私の目の前から立ち去った。

 何の意図があってこの提案を持ち掛けたのだろうか?

 その真意は読めないものの、明日にも王都に向かえる事実は私自身にとっての大きな一歩になるだろう。


 これまで、新聞や書物でしか知り得なかった外の世界をようやく私は直接見ることが出来るのだ。



 翌日の朝には私達は村を立ち、王都に半日程掛けて辿り着いた。

 到着した頃には既に日が暮れていたが、村とは違い太陽の光が落ちても尚多くの街頭や人々の活気で賑わい活気を見せていた。


 「随分と人が多いな……」


 「ラウ様。

 あまり辺りに見惚れているばかりでは、足元を掬われ兼ねません。

 本日は宿でしっかりと体を休めた後に、明日改めて王都の見物に参りましょうね」

  

 「了解した、シン」


 それから彼女の案内の元、宿泊する宿に到着すると休む間もなく部屋に荷物を置いてすぐに私の元へと駆け寄ってきた。


 「本日は申し訳ありません。

 私の力不足故に部屋を一つしか取れませんでした。

 長旅でお疲れのラウ様には、私と同じ部屋では貴方様へご負担、ご迷惑になりますので、私は違う宿を改めて取って私は休ませて貰います。

 お側に居れないのは誠に心配事ではありますが……」


 「別に私は同じ部屋でも構わない。

 長旅で疲れているのは、私だけではないだろう」


 「しかし、従者の私等が同じ部屋では貴方様のお体がしっかり休まるかどうか………」


 「私は気にしないと言っているんだ。

 加えて、有事の際にシンが近くに居ないのは問題があるのだろう?」


 「ええ……、ではそのお言葉に甘えさせて頂きます。

 夕食はどうなさいますか?

 ここの厨房を借りれば、私が食事を出す事もできますが……」


 「今夜は外でいい。

 ここに来て、無理にシンが手を煩う必要はない。

 それに、王都の食事がどのようなモノなのか、私はソレに多少の興味がある」


 「かしこまりました。

 では、本日は外でお食事に致しましょう。

 希望のモノは何かございますか?」


 「………、シンの好みに任せよう。

 私は外の食事をあまり知らない」


 「そうですか、私の好みを………。

 それでは少し休んだら共に参りましょうか………。

 生前のマスターと、よく通っていたお店がございますので……」


 「それで構わない」


 

 彼女の行きつけの店で食事を済ませ、宿に戻り互いに入浴を済ませ、そのまま私達は朝を迎えた。

 

 「おはようございます、ラウ様。

 昨晩はしっかりと身体を休めましたか?

 私が居た事で不便をお掛けしていなければ良いのですが………」


 「問題ない。

 シンも昨日よりは顔色が良さそうで何よりだ」


 「いえ、私はそんな………」


 「否定するなら、それでいい。

 それで、今日は何処に向かうんだ?」

  

 「とあるお方へのご挨拶へと。

 用件は既に向こうにお伝えして、時間を取ってありますので、それまで色々と街を出歩きましょう。

 何か行きたいお店とかありますか?

 多少高価な代物であっても多少の予算はありますので問題なく購入できると思いますが」


 「ならば本を幾つか買いたい。

 外の世界に関する情報を私は多く知りたいからな」


 「本をご所望ですね。

 かしこまりました、では大量に購入された際は後で村まで届くように手配を致します。

 では、支度を終え次第共に参りましょう」


 それから私達は支度終え、外に出掛けると目的地である本屋に辿り着いた。

 時間が早いのか、人はあまり来ておらず静寂な巨大や書物に包まれた空間が目の前に広がっていた。


 「………、流石に多いな……」


 「世界各地から取り揃えたモノですからね。

 政治や科学、世界各地の多種多様な文化、人々の流行りモノや時事的なモノ、ありとあらゆる業種の専門的な知識、貴方様の望む知識の多くがここにございます。

 もっとも、かつての帝国大図書館、そして西大陸のラークに存在する帝立大図書館の方が遥かに巨大な規模を誇っておりますが………。

 ここサリアでは、このノワ・サージュ大書店と国立図書館がこの国でもっとも書物を取り扱っている場所になります。

 マスターよく、この店には来ており家に置いている書物の一部はここから取り揃えたモノになります」


 「なるほど……、ノエルもかつてはここに……」


 「ええ、よく書物や資料を買い漁っておりましたが手付かずで埃を被ったのも多々あります。

 あの方は色々と衝動買いが多い人でしてから、特に晩酌用のお酒を大量に買われたのは、懐かしい思い出です」


 「………、なるほど。

 とにかく、軽く店を見ていこう。

 時間までは、それなりにあるんだろう?」


 「ええ、時間が近くなりましたら私がお知らせ致します。

 私も新しい料理に挑戦したいので、それ関連のモノを見てきます」


 彼女はそう言うと、一つ深々と礼をし私の前から去って行った。

 残された私はひとまず歴史関連の類いから見ていく事にした。


  「フリクアとサリアの貴族社会の共通点」

  「歴代サリアの英傑50選」

  「王国騎士団ヴァルキュリア、サリアの繁栄全てはこの一冊に在り」

  「とある帝国貴族の裏話」

  「帝国繁栄の秘密、八英傑と皇帝を支えた裏の仕事人の正体とは?」

  「帝国繁栄期から帝国末期の世界の変化」

  

 幾つかの本の題名が僅かながら興味を誘う。

 しかし、特にコレと気になるようなモノはない。

 目の前に映る全てが新しく、非常に興味深いのだが………。

 何か、なんとも言えない違和感があった。


 「そこの貴方、黒髪のお方少しいいですの?」


 声を掛けられ振り向くとそこに姿は無かった。

 女の声、シンとは違う何処か幼いような高い声……。


 「下ですわ!

 貴方本気で私を馬鹿にしていますの?!」

 

 「………、子供?」


 声の方を見ると、機嫌の悪そうな女が一人。

 幼い見た目をした人間、いや年相応の少女と表現した方が正しいか………。

 小綺麗なドレスを身に着けた、翡翠のような緑の髪の癖毛が特徴的な人物だった。


 「私に何の用だ、子供?」


 「なっ……、まぁいいですわ。

 上の棚にある、『ヒルメイ期の教会と世界の発展の礎』という本を取って欲しいのですの。

 この通り、私の今の身体ではあのような高い場所にあるモノは取れませんので」


 「………了解した、その本を取ればいいんだな」

  

 それから私は彼女に言われた本を上の棚から取り出し手渡す。

  

 「ありがとうございます、見知れぬお方。

 にしても、貴方のその格好は珍しいですね?

 一体、何処の生まれで?」


 「クリアロッド、昔は栄えていた村だ」

  

 「まぁ、あの村から………。

 働き手のほとんどは既に王都や他の街に流れたと聞いておりましたのに………」


 「そうだな」


 「そうだなって、つまり貴方も村を出たと?」


 「一時的な休暇だ、連れの人物が何の意図があってここに連れてきたのか未だ掴めないが………」


 「お連れの方が居るとは、その方と貴方様は一体どういったご関係で?

 世間一般的には両親や恋人とかでしょうか?」

  

 「従者だ。

 目覚めた頃から共に居る」


 「従者……、貴方のようなみすぼらしい格好の者に従う者が居ると………。

 そうですか……、まぁ構いません。

 恩人に生まれや地位は変わりませんもの」


 「………、それで用は済んだのだろう」


 「ええ、まぁそうですわ……。

 ………、ねえ、貴方様ここは今何処ですの?」

  

 少女は辺りを見渡し、どこか困惑している。

 徐々に表情が変わっていき、今にも泣きそうな顔をしていた。

 

 「まさか迷ったのか?」


 「ええ……、どうしましょう……。

 私、迷子になってしまいましたわ……」


 膝から本を抱えて今にも泣きそうな表情で崩れ落ちた少女に視線が向かう。

 何かの面倒事に巻き込まれた事を、私はこの時初めて理解した。

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