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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
272/324

帝国最強のホムンクルス

帝歴404年1月10日


 「ここがノエルさんの研究室……」


 「………再び戻る事になるとはな………」


 「私は今朝振りですね」


 自身の創造主であるノエルが生前利用していた研究室の通路を私達は歩いていた。

 部屋は白い外壁に覆われており、上部に照明が無くとも内部明るく、空気もしっかりと循環している模様。


 帝国以前、かのオラシオン王国時代に最も最大の脅威として見られていた魔導国家が存在していた。

 その名は、ノーザスティア連邦国。

 かつて、魔導産業で栄えた国でありオラシオン王国が行った四国統一戦争の中で最も苛烈を極めた相手でもあった国である。

 

 かの国が所持していた魔導工学の叡智は、現在のラークは勿論世界全土に広まり、各国の技術レベルを大幅に上げた要因に繋がった程、優れたモノであった。

  

 かの時代から伝わる技術の結晶を帝国一の魔術師として、科学者として謳われたノエルが活かせないはずがなく、かつてのアルクノヴァの拠点と遜色ない程の規模で自身の為の巨大な工房を所有出来ていたのだ。


 地下に広がるこの施設の広さは、訓練場を含めなくとも地上に存在する村の大きさとほぼ同規模である。

 その更に地下深くに広がる数多の部屋を含めれば、その広さは個人の所有するにはあまりに巨大過ぎる規模であり、一種の地下都市と呼称されようと問題ない規模を誇っていた。


 あまりに巨大なこの施設を行き来する為に、床は自動で動く仕様が存在したり、階層を行き来するエレベーター等も存在している程だが……。

 実際のところ、彼女一人がこの施設を私的利用のみに固執しただけであるが故に、手付かずの空き部屋として数多く点在しているのもまた事実。

 

 かつて、全ての部屋を確認した事がある生前のシン曰く、この施設はあまり広く本来の用途として扱え切れなかった場所でもあるらしい……。

 

 本来の用途……、恐らくソレは生前の彼女を支えていた同業の者達、あるいは……我々のようなホムンクルスの存在が数多く存在した上で、この施設を彼等と共に利用しようとしていたのだろう……。


 昨日の店主の発言から察するに、かつては同業者仲間ともそれなりに親しく交友関係もあった。

 しかし、結果として個人で使うしか無かった。


 その研究成果の一人が私、そしてシンやリリィを含めたホムンクルスの存在である。

 何処から入手したかも分からないグリモワールの入手経路も気になるところだが………。

 学院で以前よりも遥かに知識を得られた私なら、彼女の研究の一端を理解する程度の力は得られたはずだと思う。

 加えて、ここには学院の首席候補でもあるシトラや、その先の姿を取った彼女までも居る。

 ここで何かが掴める可能性は非常に高い。


 「ラウ。

 それで、今私達は何処に向かってるんだい?

 延々と歩くのは疲れるんだがな」 

 

 「リリィの実力を測る為に訓練場に向かう。

 一番近いところで、十分程歩く事になるだろうが」


 「なるほど……。

 しかし、なんとも随分と規模が大きいな、ここは……。

 ここで迷えば、生きて帰れるかどうかも分からないな……」

 

 「ああ、故に勝手な行動は慎む事だ。

 私もここの全体像を把握している訳じゃない。

 この施設にある部屋の全てすら、私は直接見ていないのだからな。

 資料室だけでも、私の知る限り3つあるくらいだ。

 ノエル自身の研究は勿論、帝国時代のモノからそれ以前の各国の論文や研究資料の複製品に至るまで様々なモノがここに保管されている。

 学院と同規模、いやそれよりも彼女の趣向に寄った専門的な知識がここには集まっている」


 「かつて帝国一とも言われた彼女の叡智か………。

 そして、それが形を成した君達もここにいる。

 あの人が凄いのも事実だが、帝国が世界を治める事が出来た一端を開幕見れた気がするよ」


 

 それから間もなくして、私達はこの施設の訓練場に到着する。

 シトラ二人は見学の為に、こちらから距離を取って見学をしているようだが………。

 私の相手をするリリィは、軽く準備体操のようなモノをすると羽織っていた服を何枚か脱ぎ捨てていた。


 「暑苦しいのか?」


 「いえ、その……。

 多分身体を動かすと、服が破けてしまうので。

 私あまり自分のお洋服もありませんから」 


 「了解した、後で服の手配もしよう」 


 「はい、ありがとうございます」


 彼女は笑顔でそう返事を返すと、再び入念な準備体操を始める。

 運動に適するであろう、インナースーツのソレを下に着ていたようであり、彼女の身体のラインがすぐに分かる。

 小柄な体躯に似合わぬ、種族特有の発達した筋肉が浮き出ており私の知る他のホムンクルス等とは違う進化を遂げた存在だという事を改めて知覚する。


 足に至っては、人間とは全く異なった四足動物が持つような逆関節をしており、これもまた筋肉が異常に発達しており、彼女の見た目から全く想像出来ない異形のソレに僅かながら警戒心を抱いた。


 彼女等と同程度の体格をしている者達の例としては、シルビアやアクリと言った者達が当てはまる。

 しかし、シルビアは魔術をある程度扱えるとはいえ身体の発達は未熟であり、不相応な力の扱いに不慣れな点が開幕見える。

 しかし、ソレを補う程の努力の結果が現在の彼女の実力として証明されている。


 そして、アクリに関して言えば元々第4世代として完成されたホムンクルスとしての天性の素質や、アルクノヴァ指導の元の幼い頃からの英才教育故に素の能力だけなら私の魔術や身体能力をも上回っている。

 唯一の弱点と言えるとすれば、私と彼女との間にある体格差であり近接戦闘になればほぼ確実に私の攻撃が先に当たる事だろう。

 だが、今後彼女の体格が成長するとなれば私を超える日もそう遠くない。


 そして、問題は目の前の彼女。

 先の二人と比較して、その明確な違いはその筋肉の保有量と言える。

 魔力量は、種族遺伝故に多少少ないがそれでも並の人間を大幅に上回る魔力を保有している。

 少なくとも、シルビアと同程度はあるだろう。

 アクリの能力は素の能力こそ私を上回るが、彼女の能力はある意味バランス型と言える物。

 魔術も身体能力のどちらも両立しているが故に、あらゆる状況に対応が可能。

 対する彼女は、その見た目からすぐに分かる身体能力に特化しているモノだという事。

 

 加えて、彼女はノエルの生み出した存在。

 私やシンにグリモワールやその模造品であるデコイを埋め込んでいる。

 アクリに至っては、模造品のデコイに加えてアルクノヴァの元で生み出された人工神器が備えられているのだ。

 

 つまり、目の前の彼女にも何かしらの特殊能力がある事は確実と言える。

 単に身体能力を高める為だけに、異種族の力を取り入れようとした試みただけのはずがないのだ。


 「準備出来ました。

 ラウ様、私はいつでも行けます!」


 「こちらも、いつでも構わない」


 私がそう告げると、目の前の彼女の雰囲気が僅かに変化した。

 空調等の風の影響を受けていないにも関わらず彼女の頭髪が僅かに揺らぎ、白い輝きを放ち始めたのだ。


 彼女の変化に警戒し、私は己の魔力を高めグリモワールを起動させた。


 「グリモワール起動、対象の観測を開始……」


 「全リミッター解除。

 モード、テュリア・テレイオーシス」


 彼女がそう告げた刹那、彼女の発達した脚から、円柱状のナニカが飛び出し、私のグリモワールと似たような幾何学模様を浮かべ激しい赤色を発光し始めた。

 

 「権限レベルを8に変更」


 「武装、イル・フォティア展開」


 こちらの両腕が、青の幾何学模様を浮かべグリモワール特有の淡い光を放つ中、目の前の獣人は己の周りに光輝く剣のようなモノを八本顕現させていたのだ。

 己を取り囲むように、光を放つそれ等の1つを手に取りこちらにその切っ先を向ける。


 「私、実戦でこの力を扱うのは初めてなので、まずは20%程の出力で試させて貰います」


 「20%……、随分と舐められたモノだな………」

 

 彼女の20%と言う言葉を聞き、私は思わず口角が僅かに上がっていた。

 目の前のアレで既に20%なのだ………。

 私がグリモワールの十段階の出力内、既に8段階目を使わせた上で目の前の小柄な少女はまだ2割だと宣言した。 


 彼女の性格から察するに、恐らく謙遜もしていない。

 己の身体の尺度でこの力が20%だと、わかった上で扱っているのだ。


 身体能力特化なのは確実であろう。

 その上、彼女が半分の力を発揮すれば、私の命を確実に屠れる程の力があることを私は確信した……。


 「………、まぁいいさ。

 君の力を私に見せてみろ」

 

 「では、行きます!!」


 声の刹那、目の前の彼女が視界から消えた。

 展開された武装までも、行方を眩まし何かの気配を察知した瞬間、無意識に私は両腕に魔力を込め左からの衝撃に備えるように防御の構えを取っていた。


 気配を捉えた時には既に遅く、私の身体は左腕をへし折れた挙げ句、壁面にまで身体が宙に舞い、全身が叩き付けられた。

  

 「………っ?!」

 

 何が起こったのか、頭の処理が追いつかない。


 私には何も見えなかった。

 攻撃のその瞬間が、私が気配を察知した時には既に攻撃は当たっていたのだ。

 

 あと数コンマでも遅ければ、命は無かったのは確実だろう。


 「っ………、はぁ………」


 よろめく身体を無理矢理動かし、意識を保つ。

 しかし、思うように身体が動かずすぐに膝を付きその場で思わず血反吐を吐いた。

 既に目眩が引き起こされ、左腕は当然の如く見事にへし折られている。

 たった一撃でこの有り様であり、以前のアクリの攻撃の方が余程可愛げがあるだろう。

 

 何より恐ろしいのは、先程から左腕に自身の魔力がほとんど通らない事である。

 恐らく、彼女の攻撃そのものは相手の魔力の流れを阻害する魔術が埋め込まれている。

 つまり、私のグリモワールや身体強化の魔術を用いての魔術的な治癒能力を彼女は遅らせる事が出来るのだ。


 加えて、魔力の流れを維持する事がグリモワールを扱う上での必須条件であり満たせなければ命に直結する。

 つまり、魔力の流れない故にグリモワールの反動が起こり、ここまでのダメージを負ったのだ。


 恐ろしい程の身体能力に加えて、再生阻害により確実に相手を追い詰める……。

 ノエルが生み出した第3世代ホムンクルスは、

 当の昔に、アルクノヴァの生み出した第4世代を遥かに上回った存在を生み出していたのだ。

 

 わざわざ学院に行って戻って得た結論が、過去既にノエルの持つ技術は学院の先を辿っていたことである。


 「さて………どうしたものか………」


 残された右腕も左腕と合わせて防御に徹する為に使用した結果、確実にヒビは入っているだろう。

 これでも魔術で身体を多少は強化したはずなのだが、彼女の攻撃の前ではどんな防御も紙クズ同然……。

 守る以前に、攻撃に当たれば死が当然のように気軽に向かってくるのだ。


 加えて、先程の一撃で私のグリモワールは封じられている。

 それも彼女の僅か20%の実力によるモノ。

 

 「ラウ様………大丈夫ですか?」


 先程までの変化した姿から元の彼女に戻り、こちらの身体を心配している様子。

 恐らく無自覚でやってるのか、敵に対しての実戦経験の浅さ故に、戦闘時の正確な判断はまだ下せそうにないだろうと思う。


 「…………思った以上の深手だ………。

 これで2割程度なら、私が全力で向かって君の半分の力を引き伸ばせれば良い方だろうか……」


 「っ………すみません……私……その」

   

 「謙遜の必要はない。

 私の実力不足が招いた結果だ………」


 手の感覚が僅かに戻った事を確認し、私は無理矢理腕に魔力を通し、負傷した両腕を即時に治療する。

 

 両腕が激しい青の閃光を伴い、全身の神経が抉られるような感覚が貫いた。

 非常に激しい痛みを伴ったが、両腕が使えればどうにかなるだろう。


 彼女の実力の100%とまではいかなくとも、自身の実力がどこまで通用するか試す価値はある。


 「リリィ……、先程の命令を撤回しよう。

 君の実力は理解した………。

 故にこれから、君の全力を引き出せるように私が死力を尽くし戦うまで………。

 私の全力が君の全力を引き出すに足りるかをこれから試させて貰う。

 ただ、この命令は私の身勝手に過ぎない。

 勿論、君には拒否する権利がある」


 一間の沈黙、彼女の中で思考が巡り静かに息を吐くと意を決したように改めて答えを告げた。


 「…………、分かりました。

 ラウ様がソレを望むなら、私はそれに応えたいです」


 「そうか、ならば改めて始めよう」


 静かに息を吐く。

 全身に巡る痛みが残る中、私は覚悟を決め再び体内に存在するグリモワールに魔力を込めた。


 「グリモワール起動」

 

 全身に魔力が巡り、幾何学模様の光が全身に浮かび上がり服が透過する程に激しい青の閃光を放つ。


 「理の書庫(ロゴス・ヴィヴリオ)……」


 体内から光の塊と化したが溢れ、ソレ等は徐々に本の形を成していく………。

 かつて、アクリとの戦いで使用した契約者でいうところの深層開放に当たるグリモワールの固有能力……。

  

 本来、自身よりも格上の相手であったアクリの攻撃を凌げた実績がある。


 ただ、相手は身体能力に特化した存在………。

 魔力による攻撃は全て完全無効化されるがその攻撃速度が相手の攻撃を無効化するこちらの処理に追われる対応時間を上回る程の攻撃を繰り出すならば彼女の攻撃はこちらに通ってしまう。

 

 今の段階で、既にこちらの目視は不可能に近い。


 更には、全身の魔力がこのグリモアと呼ばれる本達に集中する。

 故に、己の身体を守る術は本以外無くなる上、これ等の制御が僅かに遅れれば、致命傷は免れないが………



 「我ながら……、実に愚かな事をしているよ………」

  

 公転しているグリモアの一冊を手に取り、神経を研ぎ澄ませる。

 身体は問題ない、あとはこちらの対応が彼女の攻撃のどの程度まで反応出来るか………。


 「さぁ、リリィ。

 こちらはいつでも構わない……」


 「分かりました………、ソレが貴方の意思なら………」


 その刹那、閃光に包まれた彼女の攻撃とこちらの攻撃が交錯した。

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