懐かしき味
帝歴404年1月9日
私は、シトラと共にとある場所へと向かっていた。
王都サリアから南へ半日程、馬車でしばらく抜けた先にあるクリアロッドという小さな農村だ。
私を生み出したノエルの生家であり、自身を生み出した何かしらの手がかりが掴む為に、例の場所へと向かう途中であった。
「思えば、こうして君と二人で出掛けるのは初めてかもしれないな………。
もっとも、単に私が下手な外出を好まないだけなんだが………」
「まぁ、そうだろうな」
「で?、良かったのかい?
本当にアクリ君を誘わなくてもさ?」
「特別な用があるわけでもない。
それに、彼女には別な仕事があるそうだ。
例の歌姫の護衛任務、シファの弟と共に色々と忙しいそうだが……」
「なるほど……、別な仕事ね……」
そう彼女は返事を素っ気なく返すと、私の横にある小さな小包を手に取り勝手に中身を広げていく。
それは、今朝方王都を出る際にアクリから手渡された物であって……。
その中身については粗方予想はついている。
「へぇ、中々良い出来じゃないか?」
その中身は彼女が作ったと思われる昼食だった。
しかし、その中身の品を見た瞬間、ソレに既視感を感じた。
「………、そうだな」
「そろそろ良い時間だろう?
君もどうだい?」
シトラから中身の一つを受け取り、ソレを私はしばらく眺めていると、彼女は声をかけてきた。
「食べないのか?」
「………いや、少し感慨深いと思っただけだ」
「感慨深い?」
「かつて、村から王都に向かう際にシンがコレと同じモノを用意した事があった。
当時、まだ食器類の細かい扱いに慣れてない私の為に食器を用いず手で食べられるように少しばかり手間を加えていたが……」
「………、彼女は故郷に戻ったんだろう?
つまり、これから会えるのではないのか?」
「………、彼女は死んだ。
先の任務の最中で殺された……。
遺体もこの目で確認している。
彼女と近しい者に対しては、急な帰国ということで伏せて対応していたが………」
「っ………、済まない……」
「別に気を遣わなくていい。
元々は彼女に無理をさせていたこと。
全て、私の責任だ」
「いや、だが………彼女は君の………」
「……、シンは私の目覚めた以前から側に居てくれた存在だった。
4年程前に目覚め、意思を持ってこの世界に放たれた時から、彼女は私の親代わりみたいな存在だった」
「4年前に目覚めただと?」
「身体は、確かに今とほとんど変わらない成人男性のそれだった。
しかし、内側の精神部分は目覚めてから4年程度しか経過していない。
つまり、中身は子供同然だということだ」
「………」
「外の世界に放たれたばかりの私を、シンは常に一番側で支えてくれた。
創造主であるノエルの意思を継ぎ、当初はかつての生家に彼女は置く予定だったが……。
彼女の意思を尊重し、共に王都サリアへと向かいヴァルキュリアの入隊試験を受けた。
それから、ノエルの遺品として保管された書状を国王陛下に献上したことで、私はとある条件を付けられた上で学院に入学する事を許可された。
ラーク内においての、旧帝国の怪しげな残党組織の調査にシファ・ラーニルが向かう。
彼女に助力し、事件解決に務めること。
まぁ、事が済めば、その後は好きにするといいといったものだ……。
当初、勿論私はシファを強く警戒していた。
海賊の騒動、その後の彼女の秘められた異様な力の影……、アレは確かに危険極まりない存在だった」
「………」
「ただ、同時に彼女を信用してもいい可能性を見据えるように努めた。
少なくとも、話は通じる。
しかし、結論を言うなら私は、あの弟のように彼女の味方にはなりきれないだろう。
それは、彼女からも時折言われていた」
『私を好きになってはダメ。
貴方には、貴方を必要としてくれる私以外の素晴らしい人が必ず見つかるから』
「元々、交際関係もお互いの利害関係が一致したからこそのモノ。
そのことは、勿論シンにも強く言い聞かせた。
ただ、次第にソレを居心地が良く感じる自分の姿も確かにあった。
同時に、シンをその時からあまり見ていなかったのだと思う………。
日に日に弱り続ける彼女の姿から、自然と私は目を背けていたのだと。
いつか訪れる終わりを、私は見たくなかったのだろうな。
その結果として、第二王女から彼女の異変を聞き付けた際には既に手遅れであり、先の任務が私とシンとの最後の時間となった……」
「彼女は君を恨んではいないはずだ………。
むしろ、君の成長を誇りに思っているはずだよ」
「………、過去は変えられない。
死んだ事実は、失ったという事象からは決して逃れられない。
生まれたモノは、必ず滅びる。
中には、事実を歪めてでも世界に留めようとする馬鹿げた者も存在しているがな………」
「君は、彼女の死を受け入れられないのか?」
「実感が湧かない。
とでも、表現すればいいのだろうか……。
彼女が居なくなって、生活に大きな変化が起こったといえばそうでもない。
己の事は、大概自分でこなせるようにはなっている。
私自身が彼女から離れた事で自立したとでも、言えるのだろうが………」
「でも君は、それでも彼女に居て欲しいと望んだ」
「その通りだ………。
必要性が有無は関係ない、いつしか私は彼女が側に居て欲しいと望んでいた。
それが不可能だとしても、私は抗えるだけの事はしようと出来る限りは努めた………」
手にした昼食を口に頬張り、懐かしい味を噛みしめる。
空いた左手でポケットから小さな小瓶を取り出し、ソレを目の前の彼女に手渡した。
「コレは?」
「ホムンクルスの体内にある、潤滑機構の洗浄する為の薬品だ。
3ヶ月に一度程度、体内に投与する事でホムンクルスの延命作用に効果的な代物だ。
年を跨ぐ前には、ようやく完成させる事が出来たのだがな………」
「………、随分と無駄な行為だな。
全く、いつもの君らしくない」
「………、私自身そう思う」
「だが、君に芽生えた人らしい感情が、こうして形を成せた。
それは少なくとも、君も確かな糧になっているはずだろう。
まぁ、第三者の勝手な妄言に過ぎないのだろうが」
彼女はそう告げると小瓶を私に返し、もう片方に握られた昼食を口に運んだ。
馬車の車窓から見える外の冬景色を、お互いに静かに眺めつつ、昼食を食べ続けた。
●
例の村に到着した頃には既に僅かに日が暮れており、小さな農村故に明かりはほとんど無かった。
馬車の運転手からは、「こんな時期に、あの村に行きたいとは珍しいな」と向かう前から小言を言われたが本来の3割増しの料金で今回特別に馬車を動かして貰った程である。
小さな宿が村の中に一つあるくらいで、特に大きな商店もない。
多くの空き家が連なり、かつての繁栄の面影を残すが、目の前の薄暗いソレ等からはそんな大層なモノには改めて見えないと思うが。
「ここが、君の故郷なのか?」
「そう言える場所だろうな………。
一昔前、帝国支配下の時代においてはフリクアや近隣小国との交易においての重要拠点であり一大産業としてサリアでも栄えていた場所だった。
しかし、十年ほど前の流行り病において街の住民の多くが病に掛かり、外来した他の感染病を併発したと共に住民の多くは村を離れ、現在のこの有様に繋がった経緯がある」
「ノエルさんは、この村で何を?」
「月に何度か王都へと赴き、仮講師として王都の学院で抗議をしたり、魔術の研究……、当時の流行り病の研究だったりと様々な事をしていたようだ。
あとは、シトラの知る通りの彼女だと思うが……」
「そうか………」
「この時間でも一つだけ開いてる飲食店がある。
昔から、ノエルが行きつけていた村唯一の酒場といえばいいか………。
私もここに住んでいた当時、シンに何度か連れて行かれたが………」
「ふーん。
それで、その店の味はどうなんだ?」
「店主は元、サリアの王宮専属の料理長らしい。
シンの料理の大半は、彼から教わったそうだ」
「王宮専属という人材が、こんな村に残る理由がわからないな……。
この村の出身とかだったりするのかい?」
「ソレもあるな。
が、ノエルに昔助けられた恩があるから彼女が住むこの村の為に色々と尽くしたいと、わざわざこんなところに足を運んだそうだが………。
まぁ、その辺りが気になるなら私からではなく本人に直接聞けばいい」
「なるほど、まぁその辺りを楽しみにしているよ。
昔の君を知る、良い機会かもしれないからね」
シトラを連れて小さな村を僅かばかり歩くと、例の店の明かりが見えたくる。
この村唯一の飲食店なだけあり、近づくに連れて人の声が建物の中から聞こえてくる。
「店の名前は、ブラン・ノエル……か」
入口前に立ち尽くす、彼女を僅かに見やりながらも私は特に気にせず例の店の中へと足を踏み入れた。
ドアが開くと共に、知らせの鈴が鳴り響くと店内の客達の視線がこちらへと向かった。
「お前……まさかノエルさんところのラウの坊っちゃんか?」
「ああ、今日は連れと共に世話になる。
明日の夜には出なければならないが……。
以前預けた家の鍵を返して貰いたい」
「おー、そうかそうか……。
ジーゼル殿、ラウさんが帰って来てるよー!」
客の一人が、店のオーナーである彼の名を叫ぶと店の厨房から一人の小太りな男が現れた。
「おー、ラウ君!
王都に向かってから半年ぶりくらいだな。
家の鍵を受け取りに来たんだろうが、先にノエルさんの知人に家の鍵を貸していてね……。
まー、こんなところで立ち話もなんだからここで飯くらい食べていけよ?
積もる話もあるだろうし、ソレにシンさんにもまた会いたかったからなぁ。
こんな片田舎の村じゃ、彼女の存在がとても華やかなんでね」
「シンは帰るべき場所に帰った。
代わりとも言い難いが、向こうでの知人を連れている。
彼女もまた、あなたと同じくノエルとは旧知の仲だそうだ」
「そうか……シンさんは来ていないのか……。
まぁ、彼女にも彼女自身の生き方があるだろうからな。
ソレに、王都に出掛てから女を連れてくるとは君もスミには置けないねぇ?」
「あなたの思うような、そういった関係ではないんだがな……。
シトラ、さっさと店の中に入るといい」
私が彼女を呼ぶと、店内に入ってすぐに他の客が騒ぎ出す。
「あー、悪いがこういう空気は苦手なんだ」
「だそうだ。
お前等、ラウの連れてきたお嬢さんに失礼のないようにしろよ!
ほら、ラウ君の隣が空いてるから座るといい。
えっと、君の名前は?」
「ご丁寧にどうも。
私の名前はシトラ・ローラン。
ラウとは向こうでの学友関係でね、魔術に関しての指導を少しばかりと私の身の回りの世話をしてもらっていた。
今回は、私の尊敬していた魔術や魔導工学においての師匠であるノエルさんの事を知りたくて彼に付いてきた次第だ」
「学友でローランと……、まさか君の生まれはラークではないのか?」
「ああ、勿論私はラークの生まれだよ。
まぁ、有名なのは私の父親の方だと思うが」
「やはりそうか!
君はアルス殿の娘さんか!
まだ結婚したばかりの君の両親やノエルさんに料理を振る舞った事があってね………。
いやぁ、両親は今も元気でやっているかい?」
「ええ、まぁ元気にやっていますよ。
ほんと、元気過ぎるくらいには」
「ははは、ソレは何よりだ。
また機会があれば是非ともまた来てもらいたいよ。
実は、レティア王女の婚約に基づいて、私にもその手の仕事の話が舞い込んでいてね。
私も明日には、王都に向かう予定だったんだだが………。
おっと、これ以上話ばかりしてたら流石にまずいか……、ラウ君やシトラさん注文はお決まりかい?」
「名前が出てこないんたが、村を出る前夜に出されたソレを頼みたい。
煮込み料理みたいなものなのは覚えているんだが……」
「あー、アレね。
昔からラウ君はソレばかり食べてたよね。
了解、シトラさんはお決まりかい?」
「それじゃあ、せっかくの機会だから彼と同じモノを頼むよ。
君の好みの料理とは非常に興味深いからね」
「了解、それじゃあすぐに持ってくるよ。
この店のある意味看板メニューだからね、大量に作り置きしてるからさ」
そう言って、店主は店の奥へと消えていくとしばらくして注文した料理がテーブルの上に置かれた。
「はいよ、この店の看板メニュー。
塩漬け肉の野菜シチューだ。
昔から君はコレを好んで食べていたのが懐かしい、こうしてまたコレを振る舞える日が来るとはねぇ……」
「半年ばかり離れただけで、出る言葉なのか?」
「確かに、そうかもしれないな。
ただまぁ、昔からノエルさんと関わってきた私からすれば、君がこうして戻ってくれるのは嬉しいばかりだ。
ささ、冷めない内にどうぞ。
食べている内に、君の家を貸している人物がそろそろ空腹に耐えかねてくるかもしれないしさ?
積もる話もあるが、またの機会にしよう。
他に注文があったらまた俺を呼んでくれ」
「ジーゼルさん、こっちに酒のおかわりを頼むわ!」
「あいよ、いつもみたいに飲み過ぎるなよ!」
店主は客の注文を把握すると、また厨房の奥へと消えていった。
「ほう、中々良い味をしている。
君がコレを好んでいた理由が分かる気がする。
たまに、似たようなのをよく作ってくれたよな?」
「そうだったか?
まぁ自然と好みの傾向が出ていたのかもしれない」
「この季節にはぴったりの料理だ。
家出をした身が言うのもアレだが……。
たまには、外でこうして誰かと何かを食べるのも良いかもしれないな」
「気に入ってもらえて何よりだ」
お互いに料理を食べ始め、平らげた後軽いデザートを彼女が注文し、ソレを待っている間不意に例の話題を振ってきた。
「君の家、そういえば誰かに貸しているみたいじゃないか?
いいのかい?君のよく知らない相手を家に上げてしまってさ?
ましては、ノエルさんの家でもある。
彼女の行っていた研究資料が、数多く眠っているのかもしれないだろう?」
「地下室の奥に隠し部屋がある。
そこで、ノエルは私を生み出し同じように数多くの研究を行っていた。
一般人に部屋を貸したところで、鍵の開け方や部屋の入り方、ましては部屋を見つける事すら困難を極めるだろう。
一階はここら辺の小さな一軒家と対して変わらない構造をしているからな」
「なるほど、ノエルさんらしい仕込みだね。
それで?
見知らぬ人物とやらに心当たりは?」
「私は知らない。
が、シンなら知っていた可能性がある。
ノエルの生前の知り合いという事ならば、当時彼女と一緒に行動していたかもしれない彼女がその人物との面識があった可能性がある。
とはいっても、今となっては知るすべはないからな。
私がその人物と会ったところで初対面。
ノエル本人についても、シンから言われた事以上の情報は何も知らないからな………」
「彼女が見てきたあの人はどんな人だったと?」
「ノエルは昔から、酒を浴びるように飲んでいた事が一番印象に深く残っていたらしい。
仕事や研究は勿論、数多く行っていたが休日の多くは朝から晩まで酒を飲んでいたらしい。
本人曰く、昔からの癖らしい。
婚約者であった先代皇帝の兄である、ハンク・オラシオンを事故で失ってから自暴自棄のように酒に溺れた際に中毒のように体に染みついた癖なのだと」
「父親が言ってたな、彼女は昔から酒の飲み過ぎで周りからよく止められていたらしい。
そういう経緯なのは初めて聞いたが……、つまりあの人は本来皇帝の妃であった人だったのか?」
「当時病に伏していた皇帝の継承の為に、当時許嫁同士であったノエルと彼の婚約が迫っていた最中の出来事だったからな。
彼を亡くし、その辛さから逃れる為に酒に呑まれるようになったのだと。
それから間もなく、皇帝が亡くなり当時10歳程度のは彼の弟であるハルク・オラシオンが皇帝の座についた。
それからの彼女は、帝国の八英傑としての活躍の側面が濃い印象だろう。
その名声の通り、誰に対してと公平に己の知識を存分に活かして帝国末期を彼女は支え続けてきた。
諸外国との己の研究者としてのコネを存分に活かし、魔水晶事件の際に数多く生まれた難民よ受け入れにも、尽力し結果的に数多くの人間を救った。
彼女のこの功績は各国からも高く評価された。
しかし、快く思わない勢力も確かに存在していた」
「………」
「難民の受け入れによって、世界各国の治安が悪くなったという報告が後を絶たなくなった事をきっかけに、彼女を非難する声が数多く飛び交うようになった。
その因果関係の詳細は不明だが、各国の世界経済の崩壊に基づいて、多くの失業者が溢れた事の原因の当て付けに難民の存在が丁度良かったのだろう。
その結果、当時ヴァリス王国の研究者として身を置いていた彼女であったが己の身の危険が高いとの事で、ここサリアのクリアロッドという辺境の村に身を隠すことにした。
時折、その素性を隠してサリアを含めた四国で活躍をしていたようだが……。
12年程前から世界各国で蔓延していた黒炭病の治療法確立の為の医療研究チームへの招集の手の話も、現在に至るまで帝国一角を務めていた彼女に来たそうだ」
「必要となれば助けを乞い、不要となれば彼女に対して数多くの非難を浴びせたか………。
随分と気が狂いそうな話だな……」
「その後、彼女は結局この伝染病の医療研究チームへの参加を決めたようだ。
己も魔水晶事件をきっかけに魔力中毒に侵されていたにも関わらず、多くの人々の救うためにその知識を振るう事を決意した。
シンはこの時、ノエルの身体を心配し参加を止めようとしたらしい。
己も既に病に伏している、そして既に多くの人々を救っているのだから充分ではないのかと……。
その当時の心境を私に少しばかり語ってくれた………。
あの時、マスターを止められていたら、少しでも長生き出来たのかもしれないと………」
「あの人がそこまでして人助けに動いた理由か……」
「そこまでの真意は、私自身あまり興味がなく聞けなかったところだが……」
「自分一人だけが、生き残ってしまったことの罪滅ぼしだと、ノエルさん生前は仰っていたよ」
横から不意に聞こえた声に反応し、私とシトラが思わず振り返ると、先程注文したデザートを持ってきた店主の姿がそこにあった。
「あの人は、帝国のあの日にどうしても助けられなかった人達がいた。
自身の弟さん、そしてかの英雄である君と同じ名を持ったラウ・レクサス、そしてその恋人であったルキアナさんという方……。
他にも色んな人達を帝都に残してしまった。
その人達の分まで、自分は与えられた役目を果たさなければならないのだと……。
あの人は……、そういう人だったんだ………」
「ノエルに弟が居たのか………?」
「彼もまた当時の八英傑の一人だったんだ。
名は、ノイル・クリフト。
当時、帝国の反皇帝派に属し国家転覆を企てた大罪人らしい………」
「国家転覆を企てただと?」
「ああ、私も詳しい経緯は知らないが………。
ただ、弟の愚行を止める為に八英傑のラウを筆頭に、その恋人であるルキアナも彼を止める為に動いていたそうだ。
帝都オラシオンの中心に存在する、オラシオン宮殿内で皇帝陛下と彼等を含めた何人かを残し、彼女は逃げ回る民衆を一人でも多く救う為に尽力を尽くした。
彼等が、弟を、家族を連れて戻す事を信じて………」
「しかし、その結末はあの魔水晶が物語っているだろう?」
「ああ、謎の魔水晶の調査に勿論彼女自身も何度か足を運び参加していたそうだ。
しかし、彼等の遺体を発見するどころか宮殿内に足を踏み入れることすら叶わなかったらしい」
「…………」
「そんな事があったからだろう………。
自分一人だけが、あの場で生き残ってしまって。
ソレを咎める事は出来ないが、生き残ってしまった者故の苦しみがあるのだろうと思う。
過去には、婚約者を一度失った事もあるらしいからな………。
それが余計に、失うことへの恐怖を苦しみを助長してしまう結果になった。
ただ、それでも……、彼等が救おうとした多くの者達を彼等の代わりに自分が果たす事で、その罪滅ぼしが出来るかもしれないと………」
「あの人らしいかもしれないな………」
「俺自身、昔色々あってあの人に救われた者の一人なんだ。
こうして、この村で料理を作り続けることしか出来ないが、これも私なりに出来る彼女のやろうとした人助けの繋がりなのかもしれない。
まぁ、また機会があったらうちの店に来るといい。
君達なら、特別割引サービスもしてやるさ。
それじゃあ、ごゆっくりと………、っとそうだった。
さっき、例の人が来てそこのカウンター席で飯を食べてるよ?」
そう言って、店主はカウンター席の方を指差すと妙な人影の姿がそこにあった。
カラスを模したかのような頭全体を覆う黒いマスクをした人物の姿である。
全身を黒で身を包み、明らかに不審者のそれだが他の客はその人物の姿を全く気にしていないように見える。
「アレは………何だ?」
「最初は俺も驚いたが、悪い奴ではないらしい。
何でも、顔が酷い傷らしくて怯えられるから隠しているそうだ。
まぁ、色々と訳アリな奴みたいなんだが……先日は村の病人の治療をしてくれたりと、困った人間には手を尽くしてくれるみたいでね。
今じゃすっかり、この村で受け入れられているんだ。
後で君達の方に行くように、俺から言っておくよ。
あと、今日は特別にお代は結構だ、その代わり向こうでうちの店の宣伝を色々と頼むよ?
それじゃあ、今度こそまた後で」
そう言って、店主は軽く手を振ると再び厨房へと戻っていった。
妙な風貌の人物に対して、お互い僅かな警戒をするが……、シトラは僅かに首をかしげるとそのまま先程届いたデザートに口を付けたのだった。