見据える先、未来、宿命
帝歴404年1月9日
「はぁー、もう本当に疲れたよぉ!
シルビアァ………!!」
「確かに私も今日は疲れました……。
レティア姉様の方は、これからヤマトのルークス王子と共に私達の両親へのご挨拶に赴いたりですがね」
「レティア姉様は本当にすごいよね………。
あれだけ沢山の人に囲まれて長い時間平然と優雅にたち振る舞ってさぁ………。
ドレス着てなかったから見えてないけど、私なんか足が途中からずっとフラフラしてたよ……。
シルビアはここ最近身体をよく鍛えてるから余裕みたいだけど、私そういうのは範囲外だからさ。
ソレにシラフもシラフよ!!
私の騎士の癖に、私にいつもいつも心配ばかりさせてさ!!
本当あり得ないし!!」
「あはは……」
昨日からシラフさんと喧嘩をしてしまったルーシャ姉様は、公務を終えての僅かな休憩時間で愚痴を吐いているご様子。
昔から姉様のそういう姿を見てきたから、私は色々と慣れてはいるが、人目につくところではレティア姉様と並ぶ程に立派な姿を見せてくれる。
やはり、ルーシャ姉様もサリアの王族としての威厳や風格を持っているので、私にとって心から尊敬の出来る素晴らしい人物だ。
しかし私には、そんな二人に並ぶような存在には未だ成れそうにない………。
サリア王家の末っ子として、一番に幼く可愛がられ甘やかされているのが事実であり、私への接し方はシラフさんであっても子供に対する接し方のソレであるのだ。
学院に来てから、多少はこれでも背も伸びて身体も女性らしく成長しているはずなのに、彼等からすればこれまでの幼さを捨てきれない要因なのだ。
今は確かに、年齢も体格も恵まれている訳でもない。
しかし、いずれは姉様達のような立派な存在に成りたいと思っている……。
「姉様、次もありますのでそのままの姿を晒すのは流石に不味いですよ………」
「うん……わかってる、でももう少しだけこうさせて」
レティア姉様はそう言うと、私に抱きついたまま離れずに甘えてくる。
すると、部屋の扉からノックの音と共に侍女等の声が聞こえてきた。
「ルーシャ王女、シルビア王女。
マリオーク家のスティ様と、クローバリサ家のシトリカ様から面会をしたいとの申し出がありましたが如何致しますか?」
「スティとシトリカが?
構いませんよ、どうぞこちらへ連れてきて下さい」
「畏まりました、では失礼します」
侍女の気配が消えると共に、先程まで私に抱きついていたルーシャ姉様がゆっくりと離れる。
「あーびっくりした……。
お母様が来たかと思ったよ……」
「確かに、そうですね……。
でも、スティとシトリカがわざわざ揃って王宮に来てるなんて珍しいですよね?
つまり、マリオーク家とクローバリサ家が一同に介する訳ですし」
「確かにそうだよね?
まぁ、両家共々サリアにとって重要なところを担ってる訳だからさ……。
今回なんて、どうせレティア姉様の結婚式のあれこれを含めて今年度の目標やら豊富やら運営方針とか色々とあるんだろうとは思うよ」
「確かに、そうですね……」
「にしても、あのシトリカが此処に来てるの………?」
「シトリカ様と姉様とでは何かしらの問題が?」
「恋敵………。
昔からシラフに媚び売ってずっと纏わりついてた奴」
「あー、そういう………」
「シルビアは小さかったらあんまり覚えてないだろうけど、シトリカ含めてあの子の周りの奴等はシラフに昔から媚び売ってた薄汚い奴等よ……。
裏で悪口言ってた割に、親の都合だか何だかでシラフに接触してきてさ……、あーもう思い出すだけでホントイライラするのよ!!」
「でしたら、面会を今すぐ取り下げますか?」
「もういい、どうせ結婚式では嫌でも顔を合わせるでしょうから……。
いっそ今ここで、立場をはっきりさせる」
「シラフさんとの交際関係についてですか?」
「それ以外に何かある?」
「いえ、ですけど……。
多分まともに取り合ってはくれませんよ………。
お父様もお母様も、私と多分同じ考えでしょうし……」
「ソレ、どういう意味シルビア?」
「その……ルーシャ姉様には悪いんですけど……。
学院内での交際関係について、正式な婚約以外は基本的に既成事実てしての効力は持たないです。
だからその……、シラフさんとルーシャ姉様が結婚出来る年齢となって、正式な婚姻を結ばない限りは聖誕祭の一件も単なる子供の遊びとしてでしか……」
「ソレはそうでしょうけど、でも私達はお互いに認めた関係だよ……それの何が………」
「ですから……、政略結婚で引き剥がされる可能性は今後充分にあり得る話なんです……。
私は勿論姉様とシラフさんとの幸せを望んでいますけど……、それでもサリア王国としての、サリア王家の努めがありますから………」
「何よそれ………っ…そんなの私は絶対に嫌!
シルビアだって嫌でしょ、そんなの……絶対に!!」
「…………ええ。
ですが……可能性としては有り得る話です……。
私達のお母様も、そのお母様も……例外なくそうやって繋いできた事実がありますか………。
本来なら、兄様達がその役目を果たすはずだとは思うんですけど………。
でもレティア姉様の婚約をきっかけに状況が変わる可能性が充分にあるんです……」
「どうして、シルビアがその事を知ってるの?」
「少しだけ、小耳に挟んだ話ですけど。
レティア姉様の婚約は、ヤマト王国との親交を深めると同時に、帝国の皇帝一族唯一の生き残りであるルークス様を監視する為だと……。
ルーシャ姉様がシラフさんを専属として付ける事をお父様達が許可した事にも、その他にも様々な事が裏で糸を引いている可能性が非常に高いと私は確信しています」
「どういうこと?」
「私をラークに通わせる事を決めたのは、お父様でもお母様でも、ましては私自身でもありません。
姉様等には言ってませんでしたね……。
私はとある方と政略結婚をする為にラークに通う事になったんです……。
私の卒業と同時に、その方と私は婚約をしなかればならないと私は教会のとある方から事前に告げられています。
でも、やはり姉様には私のようにこのような話は一切来ていないみたいですね………」
「何を言って……?!
そんな事、私には一言も言ってくれなかったじゃない………?」
「それは、勿論姉様も私のように同じ運命にあると思っていましたから……。
だから、それも加味して姉様は今の学生生活の内は夢をみたいのだとそう思っていましたけど………。
そうですか……、やっぱり私くらいなんですね………こういう定めなのは………」
「その……相手は誰なの?
私の知っている人?」
「シラフさんです……」
「え………」
「私の婚約者はシラフさんです……。
現教皇であるシャルル・ラグド・ティアノスからの令状を受け、私の将来は彼だと定められていますから」
「っ………、それ本気で言ってるの、シルビア?」
「はい、姉様も同じようなものだと思っていましたが………、そうですか………。
違うのですね」
「だって普通、そんなのあり得ないでしょう。
でも、教皇から直々に命令を受けていたのは驚いたけど、その事をお父様やお母様には相談しなかったの?」
「一度は勿論、抗議をしました。
でも、教皇様の命令ならば撤回は難しいと……。
シラフさんが婚約相手ということで嫌という訳ではないんですけど、それでも自分の意志に反して結ばれるのは納得がいきませんから」
「なら、私やレティア姉様から話を付けてみる?
あるいは、シファ様やシラフとかにもさ………」
「シファ様には一度相談しましたよ。
でも……、断られました。
神器を扱う契約者として、将来私がシラフさんの側に居るべきであるという判断の元だそうです」
「っ………」
「神器に選ばれたが故に、いやこうなることが定められていたかのように………。
この力でようやく、姉様達のような存在に近づけると思ったのに……」
「シルビア……それなら、シラフに直接……」
「そんなの、そんなの絶対に私の口から言える訳がないですよ………!!
だって、シラフさんはルーシャ姉様の大切な………。
なのに、それなのに私があの人の将来の婚約者だなんて言える訳がないじゃないですか!!
姉様にだってこんな事を言いたくなかったのに!!」
「っ………」
「ルーシャ姉様……私、頑張ったんですよ……。
姉様達のように立派な王女になりたくて、少しでも大人になりたくて必死に………。
姉様達が羨ましかったから……、姉様達に私はずっと憧れててずっと……ずっと……。
なのに、こんなの絶対おかしいです!!
いっそあの人が、シラフさんが冷たい人なら良かったのに……、ルーシャ姉様と同じように私に凄く優しくしてくれたのが余計に苦しくて………」
「っ………シルビア、まさかあなた………」
「別にいいんです、振り向いてくれなくたって……。
でも、でも……私だって姉様のように自由に誰かを好きになってもいいじゃないですか!!
どうして私だけなんですか?!
なんで、私だけがこんな思いを……!!」
「えーとその、今お取り込み中ですか……?」
突然聞こえた声に反応し、私とルーシャ姉様は声の方向を振り向く。
そこには、先程侍女が呼びに行ったスティとシトリカさんと思われる両名の姿があった。
「スティに、えっとシトリカさんでしたっけ?」
翠玉のような綺麗な緑の髪色に染まった長い髪の綺羅びやかな青いドレスを纏った美しい顔立ちの女性、そして私と同年代くらいの薄い茶髪の小柄なドレス姿の少女。
二人は私達の言い合いを見て、僅かに困惑していた模様である。
「ええ、その小さい頃に顔を合わせたくらいだから覚えてないのも当然ですわね。
では改めてシルビア王女、私クローバリサ家の長女、シトリカ・クローバリサ。
以後お見知りおきを。
にしても、お二人はとても仲の良い姉妹だと聞いておりましたが客人が来るにも関わらず口喧嘩とは、仮面を付けているのは一体どちらの方でしょうね?」
「シトリカ………」
「何です、第2王女?
昨日はシラフ様とも揉めたようで、交際が始まったと思えばすぐにこれとは、全く殿方の扱いもままならない昔のお転婆娘と何一つ変わっていないんじゃないですの?」
「別に別れた訳じゃないわよ。
ただ、こっちにも色々事情があるだけ。
お互いの立場とか、考え方とかまだ理解が追いついていないだけよ」
「交際をした時点で、それ等諸々を受け止める覚悟が無かっただけではありませんの?
王族として随分と甘やかされた貴方の元に仕える、シラフ様がほんと不憫でなりませんわね?」
「っ………」
ルーシャ姉様を煽るように言葉を続ける彼女、その間に挟まるスティは更に困惑しアワアワとしているのが分かる。
すると、シトリカさんは軽く手を叩き軽く咳払いをすると話題を変えてきた。
「コホン、とまぁ私達はわざわざこんなくだらない話をする為にわざわざ足を運んだ訳じゃありませんの。
今更貴方と揉めたところで、私には何の利点はありませんし」
「じゃあ何の用があるの?」
「単刀直入に申しますと、今回の結婚式を快く思わない勢力が襲撃を企てているという話です。
特に、ヤマト王国のルークス王子という人物を危険視している勢力が問題なのだと……」
「要因というのはオラシオン帝国の皇帝の一人息子である事ですか?」
「その通りです、シルビア王女。
かの勢力は、彼が再びオラシオン帝国を再建しようとしているの阻止したいという目論見があるのですが、彼本人がソレを成し遂げたいのかは現状不明。
しかし、我が国の第一王女であるレティア王女と婚約するとなれば、可能性の無視は出来ない問題。
帝国再建の可能性が現実となれば、世界が再び戦火に染まってしまうだろうと、彼等は予測しているのです」
「仮にそれが本当だとして具体的勢力の人物については目星が付いているの?」
「クローバリサといえど、ただの生娘の私が知り得るのはほんのごく一部ですわ!
しかし、北のヴァリス王国の十剣のユーリ卿とその右腕にある黒騎士モーゼノイスの一派、そして我がサリアの王国騎士団ヴァルキュリアの団長であるシルフィード様が怪しいとお父様は申しておりました」
「シルフィード様って、テナの父親ですよね?」
「ええ、シラフ様との親交が深い彼の父親ですよ。
加えて、問題のモーゼノイスという黒騎士についてですが………」
「モーゼノイスという御方がどうだと?」
「父の推測では10年前に亡くなったカルフ家の当主であるオクラス殿であると予測しているのです」
「カルフ……待ってカルフってあのカルフなの?!」
ルーシャ姉様は、シトリカに突然掴み掛かり先程の言葉の真実か否かを尋ねる。
「何ですの急に?!!
ちょっ、離れ………」
「いいから答えなさい!!
本当にカルフ家の当主であるオクラスって人が生きているの?」
「あくまで可能性の話ですわ!!
それが今更、今の貴方と何の関係がありますの!!」
「その人がシラフの父親だからよ!!
彼は……シラフの本当の名前はハイド・カルフ!!
カルフ家唯一の生き残りが、今のシラフなのよ!!」
「何ですって!!
っ苦し……」
「ルーシャ様、落ち着いて下さい!!
シトリカ様の顔がちょっとまずい色になってますからぁぁ!!」
私とスティが必死にルーシャ姉様を止め、ようやく解放されたシトリカ様はゼェゼェと凄い息を荒くしている様子だった。
「全く、昔からほんと野蛮ですわね!!
思わず花畑と亡くなったお祖母様が見えてしまいましたわ!
それで、先程の話は事実なのですの?
シラフ様が、カルフの生き残りという件は?」
「私が学院に行ってる間に得た情報だからね。
シルビアは勿論、根本の要因となったかつての彼の幼馴染も今王都に来ている。
今日はちょっと体調が悪いから、宿で休んでるって言ってたけどさ」
「なるほど、そうなると随分と厄介ですわね。
実の父親がテロリスト紛いの行為をしているとなれば、シラフ様自身の立場も危うくなるかも知れませんし」
「貴方がシラフの心配をしてくるのは珍しいわね?」
「クローバリサ家の更なる躍進の為には、彼との協力も必要不可欠ですわ。
加えて、我がクローバリサ家の派閥にも快く思わない存在は数多くおりますし。
お父様の見解では北のヴァリス王国に不審な動きがあるとのこと……、昔から穏健派で知られるヴァリスのヒルダリク陛下が軍備増強等と極東三国と同様の戦略をしているとして強く警戒しておりますわ。
つい先月には陛下の乱心を咎めた大臣の一人であるニルカ殿が国庫の横領の罪に問われ処刑されましたの。
空いた席を埋めたタンタロスと名乗った者は、例の黒騎士と裏で繋がっているとの噂もあるとのこと………。
教会勢力にもタンタロス殿の配下が関与しているとし、お父様は彼の周りを非常に強く警戒しておりますわ。
十剣のアスト様もタンタロス殿が大臣に成り代わる以前から長らく警戒していたみたいですし………。
しかし今回、ヒルダリク陛下含めて例の御三方はこの度の結婚式に来賓として招かれておりますわ。
しかし、クローバリサ家の力は国内の最大勢力が故に下手に動くと大きな騒動になりかねませんの。
こちらが非常に動き辛いので、その為お二人の方からシファ様や十剣に協力を扇いでみて欲しいのです。
お二人ならば、シファ様とも各十剣と話す機会が多いので、こちらよりも目立つ事は避けられるでしょうし」
「なるほど……、ヴァリス王国の不自然な動きですか。
シトリカ、その話……嘘じゃないよね?」
「クローバリサの銘に誓って真実を語りましたわ。
とにかく、迅速に動いてもらえると非常に助かりますのよ。
お父様曰く、奴等は今回の結婚式で何かをするのは目に見えています。
ソレを事前抑える必要がありますので、故にこうして私が直々にお二人方へと出向く事になりましたの。
お二人としても、実の姉の結婚式をめちゃくちゃにされてはたまったものじゃありませんでしょう?
あっ、スティさんは久々にシルビア王女に会いたいという事で私に付いてきただけですわ」
「シトリカ様の仰る通りです。
えっと……、そのごめんなさい、大した用もなくて。
でも二人が喧嘩するのは珍しいよね?」
「っいや、ソレはそのえっと………」
「聞こえていましたわよ、どうやらシルビア王女の将来のお相手らしいではありませんか?
それも、教皇様直々のご命令ならば随分と光栄な事だと思いますわよ。
しかし、教皇様の代が現在のシャルル様に変わって以降はそもそも政略結婚の命令を下す事はほとんど稀ですのよ……。
私としては、多少の裏があるとは思いますの?
シルビア王女が十人目の十剣候補という噂も流れており、その真意が定かではありませんし」
「現在の教皇であるシャルル様との面識があるの?」
「ええ、お父様との仕事の一環で、何度か会食やら祭事で面識は勿論ありますわ。
歴代の教皇様と違って、現在の彼は昔から少々問題があるお方ではありましたが、比較的社交的かつ信者を問わず多くの民から非常によく慕われて居られる人徳に恵まれた素晴らしいお方ですわね。
フリクアの令嬢達が、彼の正妻を座を巡って度々勢力争いをしているようですが………。
彼の人柄を直接垣間見た私としては、まだ幼いシルビア王女に将来の結婚相手を決めた意図が読めませんのよ……。
ただ、権力を欲する他の貴族や神官らの工作によるものとするなら、わざわざシラフ様との婚約にするよりかは、自身の跡継ぎとの婚約を決める方が遥かに容易な事なのですのよね………」
「つまり、教皇様は何らかの意図でシルビアを彼の近くに置きたかったと?」
「そういう事ですわ。
それで確認をしたいのですが、シルビア王女が神器に選ばれ新たな十剣の候補であるという噂は本当なのですの?」
「十剣の候補というのが、何処までを指すのかは分かりませんが私が神器に選ばれたという話は本当です。
十剣の候補という点に関してはシファ様曰く現状保留ということらしいですが、いずれは……」
「なるほど、しかしそうなると余計に彼がシルビア王女の政略結婚を決めた理由に謎が深まりますわね。
ただ安直に、十剣として……監視役の名目としてシルビア王女を置きたいという理由なのか……。
あるいは、そうですわね……サリア王国への力の偏りを高める事によって、他国への圧力を高めたいのか……。
どの程度のお考えがあってのモノなのか、本人に確認をしたほうが手っ取り早そうですが、素直に言ってくれるとは思えませんし……。
うーん、ここで思考を続けるだけでは、余計に本質から離れてしまいそうですわね……」
目の前の彼女はそんな事を言い、僅かなため息を吐く。
私としても、教皇様が何を目的に動いてるのかは分からない。
そして、今回レティア姉様の結婚式を快く思わない勢力の存在。
その中には、これまで亡くなっていたと思われていたシラフさんの父親の影がある事………。
今の私に出来る事は何なのか………。
雲行きが怪しい中、私は己のするべき役目を問い続けた。