空の棺
帝歴404年1月9日
昨日の朝からルーシャと揉めた影響で、俺は彼女に距離を置かれている。
王族としての公務があるので、彼女とは現在別行動中。
それでも今の俺の気分としては色々と気が重い。
現在はといえば、歌姫であるミルシアの護衛任務という事で、ミルシア本人とその付き人ことハイドさんに加えて、俺とアクリが行動を共にしていた。
テナも同じく護衛任務に参加する予定なのだが、今回は王家の護衛任務ということでルーシャの方に付いているらしい。
歌姫は明日、本番の会場での練習を控えているという事で、今日は自由行動。
俺達はそんな彼女の行動に合わせて街をふらついていたのだった。
「それで、今度は貴方が王女様と喧嘩したの?
ベタベタとしていたのに、気分屋な王女なのね」
「気分屋というより、俺が色々と面倒事に巻き込まれるのが原因なので……」
「あー面倒事ですか……、まぁ今回の護衛任務を引き受けてくれた辺り、馴れているみたいに感じましたが……。
元からそういう体質なのですね」
「何よ、ハイド?
私の護衛が面倒事だっていうの?」
「いや、別にそういう訳では……」
「まぁいいわ、会場での練習にはまだ日があるし暇な時間は多いからさ……」
「それで、ミルシアさんはこれから何処に向かうんです?
行きつけの場所とかお店ですか?」
「お店って訳じゃない。
ハイドとシラフには関係あるかもだけど……」
「俺とハイドさんには関係があるというと?」
「貴方、自分の両親の墓参りには行かないの?
ラーニル家に引き取られたとはいえ、実の家族の墓参りくらいはさ?
私はそこのハイドの為に王都サリアに赴いた際には、彼と一緒行ってたけど、当人がいるからさ?」
「両親の墓が王都にあることすら初耳だよ。
なんというか、無意識に避けてたからさ………」
「ふーん、まぁそういうものか………。
まぁこの機会に、行きましょう。
きっと喜ぶはずだからさ………」
「墓に行っても、遺体はない。
神器の力で全てが跡形もなく燃え尽きたんだからな。
墓があったとしても、ソレは形だけだ。
棺の中は空っぽで、あるべきはずのソレはそこにはないんだからさ………」
「それでも、行くだけ行きましょうよ?
例え、貴方の言葉が事実だとしてもアレは貴方の家族のお墓なんだからさ………」
「………そうだな」
僅かに俺の気は進まない中、彼女は俺の手を取り僅かに引いてくる。
家族と向き合う時がきた、今がその時なのだろうか?
●
王都の西の外れにある集団墓地に俺達一行はミルシアに案内をされていた。
墓地の中心部から僅かに北東に向かったところに、真新しい墓石があった。
手入れが行き届いており、そこには
偉大なるサリアの一族ここに眠る
オクラス・カルフ
フィナル・カルフ
と記されていた。
僅かに雪が降り積もっているが、他の場所と比べて手入れが行き届いている方であり、最近まで人通りがあった事を伺わせる。
「ここが貴方の両親のお墓……。
私は少しだけ直接会った事があるだけだったけど、とても優しい人達だったよ。
特に貴方のお母様は私にお下がり洋服をくれたり、遊び相手にもなってくれてね………。
本当に優しくて、だから亡くなった事を聞いて辛かった………。
貴方に強く当たってしまったのは、それもあるからさ……本当に今更だけどごめん」
「構いませんよ、それでも………。
両親の墓参り、こうして連れ出され無ければ多分行く機会はありませんでしたから」
俺はそう言い、墓の前に膝を付き祈りを捧げた。
言葉が何も浮かばない。
涙も憤りも何もない………。
昔の出来事が故に、既に風化している。
事実が覆る事はないとしても、同じ事は繰り返さないために………。
改めて、俺は誓う。
「もう二度と失わせない。
俺の大切な人達を絶対に………。
だから、見守っていてくれ……」
俺は墓前に誓いを告げる。
その言葉に、他の皆もまた祈りを捧げていた。
それから墓参りを終えた俺達は此処を去ろうとすると怪しげな二人を見かけた。
黒い甲冑に全身を包んだ人物と、その手を握る長い茶髪の少女。
少なくとも王国騎士団の人間には見えない、異国の騎士、あるいは軍人のソレを思わせるが、甲冑に隠された素顔から分かる事は少ない。
少女とは親子関係にあるのだろうか?
少女の方は黒甲冑の人物から片時も離れずトコトコと新しめのコートを着て歩いていた。
「あの人、少し怪しくないです?
二人とも凄い魔力内包してますよ」
「近隣諸国の重鎮かもしれない。
特に珍しくもないだろう?」
「そういうものですかね?」
アクリの言葉に、俺は例の二人に視線を向ける。
先程の少女が俺の方を見ているが、何というか俺は何処か既視感を感じた……。
「パパ……あの人?」
「どうかしたのか、ティターニア?」
甲冑の人物をパパと呼び、少女は彼の手から離れると俺達の方へと寄ってきて、俺の目の前に立った。
「わたし、ティターニア。
ねぇ、あなたの名前は?」
「ティターニア………。
俺はシラフ、ティターニアさんだっけ?
どうかしたのかい?」
俺が仕方なく少女の相手をすると、彼女の父親と思われる甲冑の人物がやってきた。
「こら、ティターニア。
勝手に私の元を離れるな……。
済まないね、君達……、忙しい中で娘が迷惑を……」
「いえいえ、構いませんよ。
シラフ先輩だけ懐かれてずるいですよ?
ティターニアちゃん、私はアクリです。
私とも仲良くしましょうよ?」
少女の方に手を伸ばすアクリ、しかし少女はアクリの手を跳ね除け、俺の方に抱きついてきた。
「えー、なんでシラフ先輩だけ?
ずるくないですか?」
「ずるいって言われても………。
ほら、ティターニア。
お父さんが迎えに来てるよ」
「っ………」
抱きついたまま、離れない少女。
多少無理矢理引き剥がそうと試みるも、思った程に少女の力が強く離れない……。
「困ったなぁ………」
いきなり見知らぬ少女に抱きつかれ困惑していると、少女の父親は俺とミルシアの方を見ていた。
「君は歌姫のミルシア殿かい?」
「ええ、私が歌姫のミルシア・カルフです。
横に居るのは、私の付き人のハイド。
そしてその護衛役として、現十剣のシラフ・ラーニルとその後輩。
今回、サリア王国第一王女のレティア王女の婚約と言う事で招待された次第です」
「そうか……そう…なの……か……」
父親は僅かに震えた声でそう言うと、突然両膝を付いて倒れ込んだ。
「ちょっと急に大丈夫ですか?!!」
「アハハハ………。
いや……なんでもない………なんでもないんだ……。
ほんとうに………」
訳が分からず父親が笑いながら泣き始め、困惑する。
何が何だか状況が分からない中、ミルシアが何かに気付いた様子で一歩後ずさる……。
「ミルシア、どうかしたのか?」
「まさか………でも、こんな事………?」
「………何を?」
「シラフ……この人……オクラスの叔父様……。
貴方の父親よ……」
「え?!!」
目の前の異様な光景。
告げられた衝撃の事実に困惑する。
俺に抱きつく少女はただ静かに泣いていたのだった。
●
それからしばらく時間が過ぎ、二人が落ち着いたのを見兼ね場所を変えて改めて話し合う事にした。
近くの公園に場所を変え、途中にあった露店で食べ物を買い、俺の横に座りながらティターニアは黙々と食べている。
そして甲冑姿の男は俺の目の前に立ち静かに、ティターニアの食べる様子を見守っている。
「…………本当にこの人がシラフのお父さんなの?」
「叔父様、その………兜を取って貰えますか?」
「………、今更隠す必要もないか……」
そう言って男は兜を外し、素顔を露わにする。
俺と同じ茶髪の髪、そして顔には火傷と思われる跡があり、髭も少し生え実際の年齢よりも年老いたように見えた。
「うん……やっぱり叔父様なんですね……。
本当に生きていて良かった……」
「そうだな………。
お前も大きくなったな、今はシファ様の元でシラフと名乗っているらしいが………」
「ええ、まぁ………。
今更、どう呼べばいいか分かりませんが」
「好きに呼ぶといい」
「なら、父さん………。
その、この子………ティターニアは誰との?」
「お前の母親である、フィナルだ………」
「母さんは生きていたのか?」
「済まない、手は尽くしたのだがな………。
だが、彼女の遺体から辛うじて未熟児ではあったが体内の子供だけは救えたんだ。
それでも酷く衰弱していたのだが、こちらが色々と手は尽くした末に救う事は出来た。
ただ、他の人間とは少しだけ身体の構造が変わってしまったがこうして今は元気に過ごしているよ」
「じゃあつまり、ティターニアちゃんはシラフ先輩の実の妹?!」
「ああ、そういう事になる」
実の父親からそう告げられ、横の少女は俺にべったりと擦り寄ってくる。
しかし、露店の食べ物のソースが口に付いており俺の服が彼女の口のソースまみれに………。
「ティターニア、口が汚れてる……」
俺は仕方なく、彼女の口を手巾で拭い服に付いたソースを取り除く。
拭ききれない部分は洗えばどうにかなるか……。
「なるほど……。
だからシラフ先輩に懐いてたんですね!
てか、初見で実の兄を見抜くとは凄くないですかこの子?」
「まりょくの感じですぐにわかったから……」
ティターニアはそう言うと、再び俺に強く抱きついてくる。
うーん、なんというか複雑な感じだな……。
「といった具合に、娘のティターニアは普通の人間よりも少し特別な存在なんだ」
「なるほど………、でもだったらどうして今までシラフに一度も会わなかったんですか?
それに、私の義父さんも何も知らされてませんよ?」
「まぁその辺り話せば色々と長くなる………。
そして今はまだその時じゃない、私の事は例えシファ様であっても他言はしないで欲しいところだ。
仮に私が生きていると知られれば、奴等を刺激し相当厄介になることこの上ないからな……」
「奴等って?」
「教会旧派の連中だよ。
それが、十年前のあの日に私達一家を殺そうとした真の黒幕であり、私達が長年追い求めている存在。
その中でも、最大勢力であるサリア五大名家の一つクローバリサ………。
アレをどうにかするために、私達はこれまで己の生死を隠蔽してまで追っていたのだからな………」
「あのクローバリサが?
それに加えて教会旧派が裏で………」
「ミルシア殿にも関係ある話だ。
歴代歌姫の殺害に関与しているのが、クローバリサ率いる教会旧派の者達なのだからな。
こちらとしては、十年前の出来事を境に奴等の尻尾を掴んだと思えば、この状況……。
旧派に関与していると思われるアスト殿の意図やその目的も気になるところだがな……」
父親の告げた衝撃の事実に、俺達は驚きを隠せない。
十年前の真相、あの日に何が起こっていたのか……。
止まっていた歯車が確実に動き始めていた。