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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
264/324

守るべき者とは

帝歴404年1月8日


 「なんだよこれ………」


 親父達はずっと昔から、シファさんを殺す為に得体の知れない組織に属していたのか?

 それに騎士団長までも……この中にある家名全部王国内でも有数の商会や貴族の名前が連なっている事実。

 何百年も前から、オレの先祖達はずっと……。

 しかもソレが、半年前の海賊騒動の裏を引いていた。 

 手のひらの上にある小さなソレの膨大な情報量に、固唾を飲む。


 僅かに震える手を抑え、オレは親父の遺した手記のページをめくっていく。

 そこにあったのは、近隣諸国の主な取引先の情報。

 そこから得た、過去十年分の諸外国の内政、主に極東三国に関する物……。

 そして、6年前のサリアとフリクアの国境線で引き起こった内戦に関する情報。

 そして、十年程前に起こった流行り病に関する記述。

 オレの母親が亡くなった原因の裏で動いていた、教会と一部貴族の賄賂に関する情報……。


 手のひら程の大きさに記されていたのは、親父が長年書き留め続けた王国を……自身の領地を守る為の莫大な知識だった………。

 

 パラパラと流すように手記の内容を確認していくと、そこに挟まれた小さな紙を見つける。


 古びた小さな写真が一枚。

 

 そこに写されていたのは、生前の母親とその手を取る若い頃の父親の姿……。

 そして、母親に抱かれている赤ん坊の頃のオレと思われる人物……。

 

 「こんな物をなんで親父は………。

 なんだよ……何なんだよ……!!

 ふざけるなよ!!

 あの時……あの時確かに親父は母親を見捨てた癖に!」


 何故この写真があるんだ?

 あのクソ親父がどうして?


 どうしてあの時見捨てた家族の写真をずっと持っていたんだよ?

  

 手記のページを進めていくと、最後の数ページに父親の筆跡と思われる字で何かが書かれていた。



 この文が見られているということは、何らかの理由で私がお前の側に居られなくなったという事だろう。

 相変わらずお前は向こうで馬鹿げた事ばかりしているのだろうが、その知らせを聞くことが出来ないのが多少残念に思う。

 

 私も昔はお前のようにやんちゃ坊主の一人だった。

 お前の母親、フレイナと出会ったのもそんな頃だったな……。

 私も亡き父からは度々叱責の嵐を受けていたよ……。

 

 元々、フレイナとは北のヴァリス王国の商会の集まりに父に連れられた時に出会った。

 生まれつきそこまで身体が丈夫ではなかった彼女は、外の街を出歩く機会がなく、商会の集まりを抜けて私が勝手に彼女を連れ出した事をきっかけに交流が始まった。

 

 身体が弱い割には肝が据わって、命知らずというか私も何度かあの頃の彼女にはとても苦労したよ。

 幼いお前の姿を見ていると、互いの悪いところを引き継いでいるようでな……。

 でも、お前は母親に似ていてとても心優しい人物だ。

 王都で度々問題を起こしているが、その全てが誰かの為の行動であったり、何かと厄介事を招いたり。

 褒め言葉を受け取って調子に乗り余計な事をするところは私に似たのだろうが……。


 お前の活躍は常日頃、多少の問題事であろうとも私の小さな楽しみだった。


 先の流行り病の件について、お前には悪い事をしてしまったな。

 お前の言う通り、確かに他に出来る事はあったのかも知れない。

 

 ただ、フレイナ……お前の母親は流行り病で亡くなった訳じゃない………。

 元々、長くは生きられない身体だった。

 彼女の側に居てあげたいというのは、私も本心からそう彼女に直接伝えた。

 しかし、フレイナ自身が私にこう言った。


 「貴方にはやるべき使命がある。

 貴方の力を必要としている人達が大勢いる。

 私は大丈夫、だから貴方は貴方の守るべき人達のところへ行ってあげて………。

 私はアルフレッドと共に、この家から貴方の帰りをいつまでも待っていますから……」 


 非常に衰弱していた彼女は、私の立場と役目を尊重した上で私の手を握りそのことを伝えてくれた。

 結果的に、私は彼女の最後を看取る事は出来なかった……。

 妻の葬式にも顔を出せず、王都や各国に出向くばかりで流行り病の収束に至った。

 

 お前の成長を見る事もままならず、本当に済まなかったと思っている。

 だが、私はこれが正しい判断だと今も思う。


 フレイナが、お前の母親が私を奮い立たせてくれたお陰で沢山の人々を救えたのだから……。

 

 いつか、お前が私に並ぶ騎士団の者に成れた時には一緒に彼女の墓参りに行こう。

 お前の立派な姿を……、本来ならば彼女にも見せたかったのだがな………。


 直接この目で見られないのはとても残念に思う。


 しかし、離れ離れになろうとも私と彼女はお前をずっと側で見守っている。


 この手記に記された全て、私の人生そのものをお前に託すのは心苦しいが……。

 お前が歩む道だ、全てを引き継ぐも全てを投げ出すのもお前の自由。


 だがこの国、いや世界は、大きな瀬戸際に立っていることだろう。


 世界は大きな変化が起こっているにも関わらずこの国は長らく停滞の一途を辿っていたのだ。

 サリア王国が、我が家が治める領地が近隣諸国の脅威に晒される日はそう遠くない。


 全ては魔女の存在もあるが、魔女の存在に依存する我々サリアの人間にも大きな責任がある。

 彼女を例え殺したとしても、我々人間自身が変らなければ世界の荒波に飲まれてしまう。


 大きな柱を失ったこの国が崩壊するかもしれない。

 帝国が滅んだ事で、新たな帝国が世界に生まれるのかも知れない。


 お前がその時、何を成すのか?


 お前の答えを、お前の選択を……


 私達は、アルフレッドの未来に幸がある事を願っている。


 

 「何なんだよ……今更………。

 ずるいだろ……、何もかもが終わった後でこんな事を伝えて……。

 生きて、俺に直接伝えろよクソ親父!!」


 手に取った手記に力が込められるも、無下にソレを投げ捨てることがオレには出来なかった。

 この中に記されているモノが、この国や実家の領地領民を守る為の切り札の一つであり、親父達が長年かき集めてきた叡智の結晶………。


 ソレをたかが騎士団の下っ端でしかない今のオレに託されたところでどうしろというのか………。


 「アルフレッド………」

 「アルフレッド様……」 


 「っ………、その、なんだ……。

 コレには、親父が遺した様々な情報がある。

 この国の闇や、そして東国の近状が記されている。

 そして親父達や騎士団長までも、何らかの組織に所属してシファさんを殺そうとしていた……。

 更に、当のシファさんに至っては、この国の裏を色々と牛耳っているヤバい奴である事は確実らしい……。

 とにかく、この情報が今表に出るのはかなりまずいと思う」


 込み上げる感情を押し殺し、先程から俺の様子を伺っていたロダリスとアイネさんに俺はありのままを伝えた。

 

 彼女が伝えた親父が殺されたという話は、事実である事に間違いはない。

 相応の理由があることも、この手記に記された内容からある程度推測が付いた。


 そして恐らくだが、シファさんはこれ等の事も踏まえた上で親父達をこれまで泳がしていた可能性が非常に高いと個人的に思う。

 十年前の流行り病の際に、騒ぎに乗じて不正な利益を得たり、独占をした者達に対して騎士団あるいは教会に対して上から圧力を掛けた可能性がある。


 腐敗した貴族や司教達の存在を教会及び他の貴族達や、更には騎士団ですら全く気づかないなんて早々あり得ない。

 

 騎士団長が親父達の組織に所属しているのが、家系の繋がりなのか己の意思なのかは分からないが……。

 ただ、末端の今のオレでは真相にたどり着くのはまず不可能であり、状況の打開なんて事は妄言も良いところであろう……。


 親父達のした事は決して許されない。

 でも、彼等のした事で救われた者達が数多く居るのも事実………。


 「クソっ!!」


 知った途端に、手のひら返してどうにかしようとなんて都合が良過ぎる。

 己の愚行に腹が立ち、悪態をつく。

 泣いてるのか怒っているのか、ぐちゃぐちゃや感情に飲まれていく。

 すると、不意に手記を握っている両手が僅かに冷たいアイネさんの手で包まれた。


 「落ち着いて下さい、アルフレッド………」


 「………わかってる、それでも……」


 「なるほどな………。

 事情は大体把握した。

 アルフレッド、突然の事で親父さんが亡くなったのはどうにもならない。

 そんなすぐに立ち直れと私は無責任な事は言いたくないが、親父さんから託されたソレは親父さんが守りたかったモノを守る為の切り札である事。

 己が何をするべきか、明日一日は彼女と共に今後の事を話し合うといい。

 私の方から適当な理由を付けて、休みの許可を取っておく………」


 ロダリスはそういうと、少しばかり頭を抱え考え込むとぽつりと口を開き始めた。


 「………、次から次へと厄介事が舞い込むか……。

 上の腐敗に見かねて、義勇軍に近しい集団が生まれたにしろ、やっている事は蛮族のソレだ………。

 ただ、こうでもしなければならない程にこの国は不穏な空気に包まれているとき……。

 しかし、まさかシファ殿が、その禍根の中心にいたとは……、あの人は一体何がしたいんだ?」


 「シファさんは、俺達とは次元の違うナニカだ。

 最初に試合をした時に、俺は剣を握った瞬間に勝てないと悟った………。

 何故か分からないが、その固定観念が拭えず相手は剣を完全に引き抜くこともなく、俺はあっさりやられた訳だ………。

 噂で、あの人が強いっていうのは聞いてたがその差が噂以上に途方もない次元の差である事を、俺としては認識している………。

 親父を殺せるのも納得だが、ならなぜ彼女は表立って騎士団長の座に付かない?

 それに、何なら国王にでもなって自分の国でもつくれば良かったはずなんだ………」


 「………、アルフレッド………」


 「正直、入団してすぐの頃よりは確かにオレは腕も上げたし、強くなったはずだ。

 でも、あの人に勝てるイメージは全く湧かない。

 神器とかいうモノを扱う、十剣の存在。

 あれ等に届く実力が、今のオレに無いのなら例え彼女に挑もうとも、親父の二の舞いの報いを受けるだろうな……。

 だから、今すぐ騎士団や親父の居た組織とやら、そしてシファさんに楯突くなんて馬鹿な真似はしない。

 クソ親父を殺された事は、今もすげぇ悔しいしめちゃくちゃ悲しいけどさ……」


 「そうか………」


 「それに、明日も問題なくオレは普段通りに過ごす。

 ただ、アイネさんはしばらくオレの部屋で過ごして貰いたい……。

 正直、今の状況で辺りをうろつくのは危ない。

 従者の何人かも既に殺されてるんだろ?

 もしかしたら、口封じの為にアイネさんの身に危険が迫るかも知れない………。

 オレの近辺も正直危ないかも知れないが………」

 

 「アイネスト殿でしか?

 ご実家や親戚の元を頼る手も………」


 「えっと、両親は既に病や仕事で賊に襲われて既に亡くなっています。

 頼れる親戚の宛は何処にも無くて……。

 だから、身寄りの無かった私に居場所をくれた旦那様やアルフレッド様には感謝してるんです。

 でも、大変な今の状況でアルフレッド様の母屋をお借りするのは、私のような貧しい者にはとても勿体ない心遣いですので……」 

 

 「そこまで卑下しなくても………。

 オレが構わないって言ってるんだからさ……。

 ほんと、アイネさんのそういうところは昔からだよなぁ………」


 「しかし、アルフレッド様………。

 私なんかに構ってられる状況では………」


 「なぁ、アルフレッド?

 お前、この前確か交際相手に五股されてフラレたから問題ないんだろう?」


 「ちょっ、ロダリス殿!!

 今それ言う?!」


 「え………相手に五股………?」


 「いや、そのまぁ事実なんだが………。

 ちょっと、アイネさん?

 急に憐れんだ視線を向けないで下さい。

 ソレ、めちゃくちゃオレに効くんですって………」


 「いえ……その、そういうつもりは……。

 ですが……なるほど……、この部屋の荒れ方はいつものそういうアレででしたか………。

 確かに、向こうでも女の子に当日急に逢引を取り消された際は、大体いつもこんな感じに部屋を散らかしてましたね………。

 私はその、勿論世話係としてアルフレッド様の部屋の掃除とかも旦那様から命じられてましたから多少部屋が散らかっても別に気にしませんよ……仕事の内なので」


 「………やめて、昔の傷をえぐるのやめて………」


 「ほう。

 やはり昔からそうなんだな、お前」


 「ロダリス殿まで憐れんだ視線向けるのは、やめて。

 あーもう、とにかくオレ毎回こんな感じなんでアイネさんが身の回りの手伝いとかしてくれれば助かるんですけど? 

 アイネさん的にはどうなんでしょうかねぇ?!」

 

 なんかもう色々とやけになって、オレは彼女に一時的な同居は問題ないという旨を伝える。

 ロダリス殿がわざわざ回りくどい言い方をしたせいで、王都での痴情が目の前の彼女に知られるハメになったが………。


 クソっ……後で絶対文句言ってやるからな。


 「ええ、そういう事でしたら喜んでお仕事をお引き受け致します。

 アルフレッド様の仕事が順調に進められるように、身の回りの事は全て私にお任せ下さい」


 「そういう事だそうだ。

 良かったな、アルフレッド?

 綺麗な従者がお前に尽くしてくれるみたいだぞ」


 「あはは……、まぁ程々に頼むよ……。

 それに、身の回りの事を頼めるなら実際色々と助かるからさ………。

 だが、もしもの事があったら流石にアイネさんは自分自身の事を優先して下さいよ。

 正直それくらい、今のオレはいつ壊れてもおかしくない危ない橋を渡ってるんでね……」

 

 「畏まりました、アルフレッド様」


 「宜しく頼むよ、アイネさん」


 彼女はそう言って、実家で見せていたいつもの笑顔をオレに向けてくる。

 

 これから訪れるであろう苦難が見えつつある最中、彼女の笑顔はオレにとって僅かな救いに思えた気がする。

 

 だが笑顔の中で、彼女は僅かに涙を流していた。


 オレの為に、オレに無用な心配を掛けない為に強がる彼女の姿………。

 

 オレの果たすべき事は何なのだろう?


 目の前の彼女の為に?

 親父の遺したモノの為に?


 自身の手に握られた手記の感覚と、

 目の前の彼女の姿の存在。


 俺の成すべき事は何なのだろうか……。

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