組織
帝歴403年7月20日
王都サリアの西側にあるスクルド地区のとある一角。 組織の所有するとある建物内で、私は目の前のジークリットという男に向け、罵声を放っていた。
「ジークリット殿!!
貴様、己が何をしたのかわかっているのか!!」
「ひっ………!!
いや、シクサド殿……落ち着いてくれたまえ。
そう怒らずとも別に大した事故にもなってませんよ?
我々は幾つかの経路を伝って末端の賊風情に仕事を回しただけですからねぇ。
こちらが問い詰められる可能性は限りなくゼロに等しいのに、この上何を理由に僕を咎めるのですかな?」
この男は事もあろうに、先日のラーク行きの船内に海賊を仕込み、船ごと破壊し我々の最終目的である魔女の暗殺以外にも無関係な大多数の人間を殺そうとしたのだ。
取引の書類の一番上には私の名が刻まれ、その下にはジークリットを含めて今回の騒動に関わった十余りの名前が記されている。
今回集まったのも、暗殺計画の失敗の対応に加えて組織全体の上層部の数人が参列していた。
しかし、組織のトップと幹部格二人の内の一人が空席という事もあり緊張感が薄れているように見える。
「白々しい言葉も大概にしろ!!
下手をすれば、魔女以外に十剣の一人を更には他の乗客……それも我が国の子供を含めて他国の御曹司の多数が海の藻屑になりかねなかったのだぞ!!
神器一つの消失という損害、他国や自国の御曹司を皆殺しにしたとなれば我々の立場がどうなると思っているのだ!!
犠牲はあの魔女一人で十分、その上でこの計画を進めていたにも関わらず、お前の勝手な行動が我々全体の首が飛びかねないのだぞ!
諸外国が、密かに戦争準備に動いてる中で貴様のような勝手な行動がだな………」
「落ち着け、シクサド殿。
もう十分だ」
私の言葉を遮ったのは、この組織の幹部の一人である黒の甲冑で身を包んだモーゼノイスという男だ。
彼はその素性の多くが謎に包まれており、私が組織に所属した際には既に幹部の一人として立っていた。
そんな彼のすぐ横には自身の娘である今年で13歳になるという愛娘のティターニアを座らせている。
しかし、幼い彼女からすればこの会議には興味がないらしく何処か暇そうにあくびを欠いていたのだった。
「モーゼノイス殿、貴方も今回の判断に対しては妥当だと思いますよね?
やはり、魔女を殺すには他の人間もある程度の犠牲が無ければ不可能……。
数年に一度としかないこの好機を逃す訳にはいかなかった訳でして………」
「………、ティターニア」
「っ?!
了解しました、パパ」
眠そうにしていた少女は、父親の一声で席を立つと軽く右手を振るう。
見えないナニカがジークリットの元へと向かうのを知覚すると、その瞬間この男の首が断ち切られそのまま机の上に血を吹き出しながら机に倒れ伏した。
「「っ!!!」」
「よくやったな、ティターニア。
誰か死体を片付けろ、
後で豚にでも食わせておけ」
私を含め、皆が動揺を隠せない中、一人が首の飛んだ死体を抱えてそのまま部屋を立ち去る。
立ち去った人物の名は確か、テュルカークという人物だったはずだ………。
「騒がしい奴が消えた事だ、本題に入ろう。
さて、ひとまず我々の秘密裏に行っていた暗殺計画は先程死んだジークリットの不始末で大きな騒ぎになった。
いかに魔女を殺す目的だったとはいえ……。
あの人の事だ、今回ばかりは見過ごさない可能性が十分にある。
我々、勿論私を含めた誰かしらが彼女の手に掛かり殺される可能性が高いのだが………。
この始末、今件の最高責任者であるシクサド殿はいかに収めるおつもりですかな?」
漆黒の仮面に覆われた、モーゼノイスの威圧的な言葉が私に向けて放たれる。
数年前まで、騎士団に所属していたがこの男程の逸材は稀に見ない程のもの……。
十剣に並ぶとも思われるその気迫に、私は気圧されていた………。
「最悪の場合、私がこの命を持って償う所存です」
「お前の命一つで済む責任ならば遥かにマシであろうな?
下手をすれば、貴殿が治める領内の人間を皆殺し、最悪は国そのものが危うい立場に陥る可能性があるのだ。
ソレを理解した上で、たかが貴殿の命一つの責任で済むとでも?
残された息子共々、どのような末路が待ち受けているのか………」
「では、私は一体どうしろと?
モーゼノイス殿のお考えを今ここで述べて貰いたい」
「最悪の場合に備えて、シクサド殿には東国家に関しての内政状況についての探りを入れて欲しい。
そこで得た情報を、王都に居る我々の仲間に伝達し最低限、東領土の統治に関しての必要性を証明する。
同時に、南のフリクア及び教会との連携を取り現在フリクアで取引を行っている交易品の幾つかを貴殿の領土を通して行うように進言するといい。
向こうは現在、盗賊等の類いが多く円滑な取引が難しい状況、比べてこちらも多少治安が悪いとはいえ南に比べれば遥かに良い状態。
予算が幾らか跳ね上がるだろうが、東国家との交易品目にある魔導武具が賊の手に渡る可能性を大きく低くする事が出来る。
これら幾つかの項目を例の魔女、シファが帰国をする前に可能な限り実行に移しておけ、幾つかの大義名分及び交易の要として貴殿の領土が重要であると分かれば、例の魔女も無闇に滅ぼすということはしないだろう。
貴殿一人の命が犠牲になる可能性は十二分にありえるだろうが、民の命だけは保証されるはずだろうからな」
「………、分かりました可能な限り先程の条件を達成出来るように尽力を尽くします。
しかし、私からも一つだけ頼みがあります」
「頼みとは、何かね?」
「私の身に何かあった場合、現在ヴァルキュリアに所属している一人息子のアルフレッドの身の安全を確保して貰いたい。
そして、組織に対しての息子の参加に対しては息子の意思を尊重して動いて貰いたいと………」
「貴殿は息子を我々の組織に加えたくはないと?」
「ええ、誠に申し訳ないがな………。
今回の件のような重大な過失が続くのであれば、いかにモーゼノイス殿の寛大な処置で乗り越えたとしても、我が家が治める領土の民の安全、そして息子の未来が危うくなる。
今は未熟で馬鹿な真似ばかりの愚か者でありますが、いずれはこの国の一翼を担う立派なヴァルキュリアの騎士として成長するはずです。
この国の光として、息子の存在は必ず必要になる。
この組織が、国の闇を払う必要悪として動く為にも、息子という次世代の光の存在は必ず必要となるでしょう。
故に、私は息子の未来の為にこの国の未来の為に必要な判断であるとご了承して頂きたい」
「………、息子本人が組織への加入意思を示した場合は、その時は私の一存で決めても構わないな?」
「息子自身が決めた道ならば、私は構いません」
「宜しい、貴殿の考えを尊重しよう。
しかし、先に私が述べた条件の一つでも満たせなければこの話も無いと思え、いいな?」
「はっ……寛大な処置に感謝を!!」
話が一通りまとまった頃、部屋の扉が開き幹部のモーゼノイスと並ぶ幹部の一人が現れた。
薄い金髪の長い髪を後ろにまとめた若々しい印象の男。
常に笑っているような表情で、その腹の内が読めないが部屋の惨状を見るに、小さな溜め息を吐いていた。
「はぁ………。
全く、モーゼノイス殿………気持ちは分かりますけど僕が来るまで待って貰っても宜しいのでは?
それに、一応ここは借りた部屋なんですし魔術を用いて後で隠蔽処理を施すにしろ、もう少し時と場所をわきまえるべきなのでは?」
「立場が立場だとしても、限られた時間に遅れる貴様の方が問題であろう、騎士団長殿?」
「ここで騎士団長って呼ぶのはやめてくださいよ?
娘ですら呼ばないくらいですからね?
僕にはシルフィード・アークスという名前があるので、そちらで呼んで貰いたいものです。
まぁ、長年素性も実名を明かさない黒騎士のモーゼノイス殿からすれば言われたくないかもしれませんけど?
全く、あの方も何故このような得体の知れない男を組織に招き入れたのやらね………」
「得体の知れない男か……」
やれやれと呆れているかのように振る舞う、この男はサリア王国の王国騎士団ヴァルキュリアを率いる騎士団長である、シルフィード・アークス。
十剣であるクラウスやアスト、そして例の魔女とアストの娘であるティルナを除けばこの国最強の一角に当たる人物。
私と同じく、父と入れ替わる形で数年前に組織に加わったが、表の顔と変わらず腹の底が見えない素振りをしており癖の強い人物であろう。
ただ、騎士団長を担うだけあり彼が国内でも指折りに優秀な人物である事に変わりはない。
彼の一人娘であるテナも、あの若さで遊撃部隊の隊長という役職が与えられているのだから……。
「ティターニアちゃんはお父さんの素顔を見たことがあるんだよね?
君と同じ茶髪だったりする?」
「パパは私と同じ髪の色をしているよ。
今朝は朝食作りに失敗して伸ばしてた髭を少し焦がしたから、少し残念そうに剃ってたけど」
「ティターニア、わざわざソレを言うのか?」
「うん」
マイペースな彼女はそう言うと、シルフィードは何処からか取り出したお菓子を彼女に手渡し、軽く身体を伸ばした。
「まぁ、モーゼノイス殿の意外な一面を垣間見れた事だし、僕はまた残った仕事に戻るとするよ。
それと、今日はボスは来れないって……。
南方諸国との取引と偵察があるとのこと、で今回の件に関してはモーゼノイス殿の判断に任せていいんだよね?」
「現状の判断としてはな……。
シファの帰国がいつになるか、帝国の残党処理が終わるのに長くて2年……最短でも3ヶ月から半年程度……。
その間に、可能な限りの策を巡らせる。
追って、今回のように勝手な行動を起こされては困るからな……。
末端の奴等に対しての厳重注意及び、相応の処罰に関しては私とシルフィード殿から直接出向いた方が良かろうよ」
「面倒事だけど、確かにその方が良さそうだね。
シクサド殿も、そっちの対応を頼むよ。
それじゃ、また後でって事で」
そう言って、軽い足取りでシルフィードは部屋に去っていった。
「ティターニア、いつから彼は部屋の前に居た?」
「パパが色々と言ってた時には既に居たみたい……。
あの人相変わらず凄いです。
気配を消すのが本当に上手だから……」
少女は先程の彼をこのように評価すると、足をパタパタとしながら彼から貰った菓子に口を付けた。
「なるほど、アレも腹の内を晒さない辺り深入りは禁物だろう………。
ともかくだ、シクサド殿。
この一件に関しての後処理は貴殿にお任せする。
何か必要な物があれば、私も協力出来る限りは手を貸そう……」
「協力に感謝します、モーゼノイス殿。
しかし、何故私などにここまで?」
「お前を見限り、わざわざ見捨ててほしかったとでも?」
「いえ、決してそのようなことは……、
しかし、単なる疑問として一介の領主程度である私にここまでするのは如何なる理由があるのかと……」
「一つは、東国家共の脅威が予想以上に大きいこと。
特に極東三国の存在がな………。
近隣の小さな国家にも少なからず影響が出ているくらいだ………。
近年は三国の関係が悪化し、いつ戦争が起こってもおかしくない状況。
故に、サリアを含めた四国内でも度々問題に挙がっている。
あのシファですらも、彼等の動きは多少警戒しているくらいだ……。
お互いの利益になるが故に、相応の対応はしてくれるだろうという浅はかな考えだが……」
「……、確かに向こうの情勢はこちらも無視は出来ませんからね……。
帝国時代からの付き合いや交流がそれなりにありますし、向こうの技術力や生産能力はこちらも学ぶべきところが多くありますから」
「ソレがまず一つだ。
で、他の理由としては単に私やその関係者がお前を気に入っていたからだ。
騎士団に属していた頃、お前に世話になった者達はとても多い。
数年前のフリクアとの国境線で起こった内戦当時では上が足踏みをしている間にも、お前は大臣らに直談判をしてまで、本来の倍近い人数で騎士団を動かしたそうじゃないか?
支援物資の手配等も、近隣貴族とのコネを通じて後の対応も色々と楽になったらしい。
十年前の流行り病の時も、領民を守る為に近隣諸国との支援物資の手配を独自に行っていた事で、王国政府が本格的に動く時には既に、他の領地にも支援物資が回る程になっていた。
そのお前の功績を私を含めて多くの者が高く評価している、だから無駄死にはさせないように手配する。
最悪、お前のバカ息子一人でも多少無理をしてでも守ってみせるさ」
「モーゼノイス殿……、そこまで私を……」
「お前は、こんな馬鹿げた事で死ぬべきではない。
やってもらわなければならない事も多い、そして守るべき者達も居る。
組織の繋がりが、家系の縁だとしてもお前の力はこのサリアにとって必要不可欠だ。
必ず生きろ、無駄死には許さない」
「ええ……。
必ず貴方様のご期待に添えるように、このスルトアの家名に誓って必ずや果たしてみせますとも」