表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
262/324

急報

帝歴404年1月8日


 フィリメルちゃんの一件、ぜリアス殿との面会も終えたオレ達だったが………。

 その頃、既に外の日も落ちていたのだった。


 「結構長居してしまいましたね………」


 「みたいだな、まぁこの区域の管轄はぜリアス殿の指揮下だからな………。

 特段問題もなく何よりってところだよ」


 「問題ない訳がないだろう……。

 猫に襲われたのに……」


 「あはは、確かにアレは傑作だったなぁ。

 アルフは日頃の行いが悪いからよ」

 

 「そうだな、コレを起に日頃の不貞な行いを改めるように心掛けることだ」


 「へいへい……、気をつけますよ」


 「そうだ、お前等二人はこの後何か予定はあるか?」


 「私は特に予定はないですけど、アルフは?」


 「オレの方は、この後先週助けた子とのデートの予定が……」

 

 「なるほど、二人共予定はないみたいだな」


 「ロダリスさん、さっきの話聞いてました?」


 「みたいですね、残業の話ですか?」


 「いや違うさ、この後飯でも奢ってやるって話だよ。

 二人共、何か食べたいモノはあるか?」


 「本当ですか!!

 えーと、じゃあ私は……」


 「よーし、じゃあオレは予定があるんで………」


 「ちょっと、アルフ話聞いてた?」


 「いやだから、オレはこの後女の子とデートの予定があるんで………」


 「嘘付け。

 お前確かこの前、相手から五股されて別れたばかりじゃないのか?」 


 「なんでその話知ってるんです?!」


 「うわぁ………アルフ可哀想……」


 「やめてくれ!

 その哀れみの視線はオレに効くから!!」


 「まぁ、その辺りの慰め会も含めて俺が飯でも奢ってやるって言ってるんだよ」


 「いやでも、流石に………」


 「何よ、気持ち悪いわね?

 いつもなら喜んでホイホイ付いて行くのに」


 「気持ち悪いってなんだよ!!

 てか、ホイホイ付いてくってなんだよ。

 俺は虫か何かなのか!!」


 「まぁまぁ、とにかく二人共来るんだろ?

 何か食べたいモノとかあるか?」


 「そうですね………。

 最近出来た、鹿料理のお店とか気になってたんですよね………。

 鹿以外にも、クセの強いウサギやカエルとかも評判良いらしくて私の友達がこの前行ってとても美味しかったって言ってました」


 「ほう、確かにその店は同期もこの前行ったとか言っていたな………。

 一ヶ月くらい前に新しく出来た、ポエットって店の事だろう?」


 「それですそれです、あのお店気になってたんですけど一人だと行きづらかったんですよね」


 ロダリスとフィリメルの話がオレを除け者にして盛り上がり始めていた頃、オレはというと適当に辺りに視線を向けていた。


 帰り道と言っても巡回の一貫なんだし、仕事してますよって体を見せる為な理由で……。

 辺りは既に暗く、路地の街頭の灯りが道を照らす中で人通りもかなりの数だろう。


 王都なだけあって、オレの実家の田舎街と比べたらかなり活気は溢れているのは事実。

 まぁそれでも、大通りから外れたら無法地帯もいいところではあるのが現状だ……。


 本来、俺達の所属する王国騎士団ヴァルキュリアというのは王都の中央……名門貴族等や国内の大企業の本社の集まる都市部を守るのが普通なのだ。

 王宮含めて、例え末端であろうとヴァルキュリアに所属が決まれば高待遇かつ出世の王道もいいところなのだが……。


 その状況が変わったのは、帝国崩壊の二十年前。

 世界の中心であった帝都オラシオンが崩壊し、経済の主軸を失った世界は大きな打撃を受けた。

 ここサリア王国も例外なく、崩壊から5年程度経つまでは王都には失業者や難民が多く彷徨っていた。

 更には、それに伴う治安の悪化により賊や盗人が絶えず横行した……。


 この対応に、ヴァルキュリアや自警団が多く駆り出させるようになった。

 二十年前に比べて、5倍以上も人員を増やしてかろうじて都市機能が上手く働いている程度……。


 実家の方も国境付近という環境故に、検問が厳しくなり以前のように簡単な取引が難しくなっている。

 それに付け入り、闇取引で薬物や人身売買の類いが各地で増えたりと、問題は悪化の一途を辿っている。


 家を失った者も少なくはない、そんな奴等に親父は仕事を紹介したり屋敷で働かせたり、小さな学校を立てたりと、色々とやっていた………。

 確か、5年くらい前にオレの世話係として配属されたアイネさんも、親が仕事を失って家も無くし途方に暮れていたところを親父達が助け、世話係に充てたのだ……。


 そんな人達が今も少なくない。

 ヴァルキュリア内に、元孤児が割と多く居るのも現十剣のアストやクラウスが支援している小さな学校紛いの施設や孤児院のコネがあってのこと……。

  

 水面下では色々起こっている、でもこの国は何も変わらない………。

 いや、変える気もないのだ………

 

 「………」 


 「アルフ、話聞いてる?」


 「………」


 不意に頭を小突かれ視線を向けると、不機嫌なフィリメルの姿が視界に入る。


 「今度は何の用だよ?

 巡回だから周りを見ていただけなのに………」


 「アルフ、さっきからずっと怖い顔をしてるよ」


 「怖い顔?

 おいおい、いつも笑顔でご機嫌なこのオレがなんで怖い顔をしなきゃならない?」


 「それもそれでどうかと思うけど、私から見てもさっきまでのアルフの顔は結構怖かったよ……。

 てか、今日で何回かそんな顔をしていたよね。

 ヘリオスさんの方を見ていた時もちょっと変だったしさ………」


 「アルフレッド、やはりお前も彼女を見ていて何か違和感を感じたのか?」


 「お前もっていう事は、ロダリス殿もオレと同じく違和感を感じたって事ですよね?」


 「まぁな……。

 だから、なんとなくお前の言いたい事は分かるつもりだよ………。

 しかし、その調子をいつまでもされるとこちらも対応に困る上に、現状の我々の地位では何も出来ない。

 ティルナ殿の管轄となると、騎士団上層部及び場合によっては十剣の役回りだ。

 末端の俺達ではどうにもならないのは目に見えているだろう?」


 「それでも、あのまま放置するのは危険じゃないのか?

 正直、俺もあのヘリオスって子についてはなんというか危なかっしい何かを感じた。

 強いとか弱いとかそういう次元じゃない、明らかにオレ達とは常軌を逸したナニカの存在だろう」


 「だとしても、俺達ではどうにもならない」


 「なら、あのまま放置して事件が起きてから俺達のような末端で対処しろと?

 下手をすれば大量の犠牲者が出るかもしれない危険因子を、わざわざこの国に置くのは危険過ぎる。

 国内の治安維持でただでさえ手一杯なのに、彼女のような得体の知れない存在を置くのは危な過ぎる」


 「今は騎士団の末端であるお前がヴァルキュリアの立場を語るのか?」

  

 「それは………」


 「それにだ、彼女が我々に敵意は無かったのは分かるだろう?

 現状、我々に好意的であるなら受け入れるしかない。

 困っている民を見捨てるのは、騎士道として人としての在り方に反する行為だ……。

 お前もそれは分かるだろう……?」


 「ええ、まぁ……」

  

 「まぁまぁ、二人共その辺にしてよ……。

 ロダリスさんもそんなに熱くならなくても………」


 「……そうだな、私も熱くなり過ぎた。

 とにかくだ、この件に関してはこれで終わり。

 フィリメル、アルフレッド……わかってると思うが彼女の件に関しては他言は控えるように……。

 一応、機密情報みたいだからな………」


 「「了解しました」」

 

 オレとフィリメルが口を揃えて返事を返すと、ロダリスは頷き返す。


 「よろしい。

 それじゃ、さっさと報告して飯でも食いにいくぞ!

 遠慮は要らないからな、腹が膨れるまで好きに食えよ!」


 俺達二人に腕を回し肩を組む屈強な男、ロダリス。

 僅かに湿っぽい空気を、一声で盛り上げようと振る舞う姿に、フィリメルとオレは視線を交わすと不器用ながらも、釣られて笑っていた。


 色々あったが、今日もまたありふれた日常の一つなのだと。


 この時まではそう思っていた……。



 ロダリスに飯を奢ってもらった後、オレ達はフィリメルを自宅まで送り届けていた。

 騎士団の者とはいえ、夜中に女性一人を歩かせるのは危ないのは事実であるからだ。

 

 そして、彼女を送り届けた後は、帰り道の途中までオレとロダリスは他愛もない話をしながら歩いていた。


 「悪いな、アルフレッド。

 フィリメルを送り届けるのに付き合わせて」

 

 「別にこのくらいは構いませんよ。

 仕事の内なんで」


 「そうか………」


 「王都といえど夜の治安が悪いのは事実だからな。

 まぁ、何処の国もそこは変わらないと思うが……」


 「そうだな、この数年でまだマシになったとはいえ危ない事に変わりはないよ」


 「確かに、そのせいで仕事が増えるもんだから面倒なんだよなぁ………。

 現場のオレ達の事も考えろっての」


 「確かにな………」


 他愛もない話をしながら盛り上がっていると、不意に彼は話題を変えてくる。


 「アルフレッド、お前から見て今のヴァルキュリアという組織をどう思う?」


 「今のヴァルキュリアを?

 急にどう思うかって言われてもなぁ………。

 ほら、割と仕事が忙しくて、女の子と遊ぶ時間がないなぁって事以外は別に不満なんてありませんよ……?」


 「それは、お前の本心からか?」


 「………。

 あー、聞きたいのはそういう話じゃないと?」


 「組織全体の在り方について、ヴァルキュリアと関わる貴族社会の取り巻きについてと言えばいいか?

 国境沿いとはいえ、一領主の一人息子というコネで入隊したお前から見ての今のヴァルキュリアをどう思うのかって事だよ」


 「うわっ……真面目な話じゃないですか……。

 ロダリス殿、ほんと急に面倒なこと聞きますね?」


 「そうか?

 柄にもなく、先程までは子煩悩なお前が熱心にその面倒事を語っていただろうに………」

 

 「はぁ………。

 それ、今答えなきゃダメすかね?」


 「いや、答えたくないなら別に言わなくてもいい」


 彼はそう言い、しばらくオレ達の間では沈黙の間が続いた。

 しばらくして、オレはいつの間にか彼の問いに対して口を開いていた。


 「…………正直、嫌いですよ。

 ヴァルキュリアも、貴族も、親父も、この国も……」


 「そうか………」


 「偽善で誰かは救えない………。

 金と力があった上で実行したとしても、一人の人間が救える者達なんてたかが知れている。

 オレの母親が十年ちょい前の流行り病で亡くなった際に、オレはソレを肌身で感じましたから」


 「…………」


 「昔はオレだって、あのクソ親父に憧れていました。

 ヴァルキュリアの副団長として、国境沿いの領主として立派に務めを果たす厳格ながらも、優しかった父親の姿に確かに幼い頃のオレは憧れていた。

 でも、あの流行り病の時に親父は実の妻をオレの母親を見殺しにして、領内の人間の多くを救った」


 「それでも、英雄さながらの活躍じゃないか?

 酷く劣悪な状況下で、時間もない中で苦渋の選択を問われたのだから。

 刻一刻と迫る時間の中で、犠牲者を増やさぬ為に動いたのだから………」


 「でも、オレは母親を見殺しにしたあの男のやり方が許せなかった。

 それが子供のわがままなのはわかってますよ。

 でも……一番近くにいた家族の一人をあの男は捨てた。

 家族よりも、あの男は見ず知らずの数多くの人間を優先した!!

 その時から、親父は居ないも同然。

 家族を見限り捨てた時点で、あの男は父親ではなく英雄紛いの権力者の一人に過ぎないんだ!」 


 「…………」

 

 「オレは、スルトア家の次期当主として必要だから生かされている道具に過ぎない。

 ロダリスさんなら分かるだろ、オレと同じ領主や貴族の家系の堕落の有り様を………。

 いずれはオレもそいつ等と同じ立場になる。

 領主なんてお飾りもいいところだ………。

 親父が守りたかったのは、民なんかじゃない!!

 金の為、己の私欲と名誉に、家系の名に傷を付けたくないから守ったに過ぎないんだよ………。

 爺さんが亡くなってから、親父の代になってから余計にあの家はおかしくなった………。

 得体の知れない奴等が屋敷を出入りし、日々危ない取引が領内で横行しているのを見過ごして………」


 「………、ソレが己の父親を嫌う理由か……」


 「ああ、そうだよ………。

 だから、親父のコネが通るヴァルキュリアもこの国の貴族も嫌いなんだ……。

 オレはあのクソ親父のような奴にはならない!

 絶対に……!!」


 拳を握りしめながらオレはそう言うと、彼は僅かに溜め息を吐くと口を開いた。


 「私も同じようなモノだ。

 君と同じくらいの時は、ヴァルキュリアやこの国に対しての不信感は拭えなかったものだよ。

 今もそれはあまり変わらないがな………」


 「なら、何で今もこの組織に属するんです?」


 「全てが悪ではないからだ。

 アルフレッド、お前もそれはわかっているんだろ?」

  

 「………」


 「確かに、一部貴族の腐敗はあまりに酷く末端の我々ではどうにもならない問題だ。

 その気持ちは十二分に分かる、しかし同時に全うに我々と向き合ってくれる者達も確かに存在している。

 我が国の十剣の二人、アスト殿とクラウス殿が良い例の一つだ。

 あの方々が、行っている慈善事業で救われた者はこの国に少なくはない。

 ヴァルキュリアの一部は、彼等への恩義の為に組織を志した者は少なくないからな………」


 「だとしても、組織の腐敗は事実ですよ」


 「それでも、彼等もまた守るべきモノだ

 納得がいかず気に食わないかもしれないが、割り切る事も大人というものだよ」 


 「正義の騎士団が聞いて呆れますね、ほんと」


 「他国の軍も同じようなモノだ………。

 国が違えば文化や価値観、そして正義の在り方も違う。一部の腐敗も当然、人が生み出した国だぞ、一つ国が組織が全てが正しいなんて事は決してありえない。

 正義も悪も共存する、その上で己の守るべきモノを守る為に我々ヴァルキュリアはこの国の為に、力を存分に振るう。

 無論、然るべき時は当然やるべき事は果たすが……」


 「そういうロダリス殿は、割り切れてますよね。

 だからオレとしてはつまらなそうに見えますよ。

 何なら何もかも期待を諦めたかのような、怠慢とかじゃないんですか?」


 「私だって思うところは勿論あるさ。

 ただ、お前と違って表には出さないだけだ」

  

 「優踏生は違いますね、ほんとに……」


 「似たような事は言われる。

 まぁ、お前が多少困っているなら相談くらいは乗ってやるよ。

 戦闘面ではお前に勿論劣るが、人生経験だけはお前より上だからな……」


 「へいへい、そうですかい……」


 「素直なのか、捻くれてるのかどっちなんだ?」


 「両方すよ、素直も捻くれも共存してるのがこのオレなんでね」


 「全く……、問題はあまり起こすなよ」


 真面目な話からいつもの感じのソリが微妙に合わない会話へと戻り、オレ達二人は帰路を歩いていた。

 先輩としての意地なのか、未熟扱いなのかオレまで家に送り届けようとしてくれてるのは、彼の真面目さや誠実さの現れだろう。

  

 性格は堅いが、騎士団連中からは信頼も高くそれなりに場数もこなしている為、人望は下手なお上より上だろうが………。


 そんな事を思ってると、オレの家が見えてきた。

 しかし、家の入口の前に大きな荷物を持った人影が見えた。


 街灯に照らされている背格好から推測するに、女性。

 大きな鞄の荷物を抱えて、ドアの前にうずくまり冬の寒さを凌いでいるように見えた。

 

 黒いコートを着て、少し大きめの帽子を被り顔がよく見えないが表情は何処か虚ろな様子。

  

 その瞬間、背筋を貫くような戦慄をおそわれなりふり構わずオレは目の前の人物に駆け寄っていた。

 

 「おい、アルフレッド?!!」


 「っなんで………なんでこんな夜遅くに居るんだよ!」


 オレの異変に対して、何かを察したロダリス殿は必死に呼び止めるが、今のオレには止めるに値もしなかった。

 

 「っ………あ……」


 「クソっ!!あのクソ親父!!」


 女性と視線が一瞬合うも、オレは構わず今自分が着込んでいたコートを脱ぎ彼女に被せた。


 「親父に寄越されたのか?

 なんでこんな時間に……遅くに来たなら宿に泊まるとかそういう手だって………」


 「誠に申し訳ありません、アルフレッド様………。

 こちらについた時には既に日が暮れていて、銀行も締まっており露頭に迷っておりました、」


 「っ……分かった今はとにかく早く中へ」


 「アルフレッド、私も手伝おう……」


 「助かります、早く部屋の中へ」

 

 身体震わせる彼女を抱え、オレは家の中へと入っていった。

 その後、暖炉に火をくべ部屋を温める内に温かい飲み物も用意し、毛布を被せ暖を取らせた例の彼女にソレを手渡した。


 「お手数おかけしてしまって申し訳ありません。

 本来ならば私共の仕事ですのに………仕事のお帰りにも関わらず私のような者がこのような手厚い施しを受けてしまって……」 

 

 「アルフレッド、彼女とは知り合いなのか?」


 「………。

 アイネスト・フレーシカ。

 親父の住む実家に仕えている侍女の一人で、一応オレの世話係も兼ねてた人ですよ。

 それでなんだが、アイネさん?

 なんでこんな夜遅くにわざわざオレの部屋まで尋ねなきゃならなかったんです?

 また昔みたいに、小姑の如く侍女長のミアンダから小言でも言われたりしたとか?

 例えば、おほん『アイネスト!アイネスト!

 全く、部屋の掃除を任せたら埃がまだこんなに残っていますでしょう!

 いいですか、部屋の掃除はこう!

 こうやって、このように隅から隅まで徹底的にかつより手早く行うのですよ!ほら貴女も見てばっかりではなく私のやった通りにしてみなさい!』っと言った具合に?」


 実家の方で割と見かける侍女長の真似を身振り手振りで披露すると、ロダリス殿も含めて、先程まで暗い表情だった彼女に笑顔が浮かんでいた。


 「その言い方、本当によく似ていますね。

 私が屋敷にお仕えしたばかりの頃もこうして元気付けていてくれたのをよく覚えていますよ」


 「だろ?

 オレがミアンダさんの真似すると同期の連中とかからよくウケるんんだよ。

 昔自分もこんなこと言われたとか、割とあるあるみたいでさ……。

 ま、それで話が逸れたが何の用があって尋ねたんだ?」


 「ええ、その……上手くお伝えしにくいのですが。

 その、私はとある物を旦那様から預かり、ソレをアルフレッド様に届ける為、本日尋ねる事になったんです」


 「何だよ……そのくらいの事でわざわざか……。

 そんな事なら郵送でもしてくれれば良かったのに……

 心配して損したよ、ていうかこんな夜遅くに女性一人を王都に寄越すとは何を考えてるんだよ。

 全く、あのクソ親父は……」


 「………コレを貴方に託して欲しいと」


 目の前の彼女は僅かに震えた声でそう告げると、古びた一冊の手記をオレに手渡した。


 ソレは俺もたまに見たことがある、親父の大事なメモ帳である。

 表には家紋と名が刻まれ、そして革を用いて耐久性も高い世界に一つしかない特注品の代物……。

 常に親父が肌身離さず持ち歩いていたソレを手渡され、オレは何かの違和感を悟った。


 「何で、アイネさんがコレを?」


 「………旦那様は、貴方の父親であるシクサド・スルトア殿は他の従者を含めて本日の朝に魔女と呼ばれる存在の手に掛かり殺されました。

 先程仰った、ミアンダ様も旦那様と共に………」


 「は……?

 いや、悪い冗談だろ?

 仮にもほんの数年前まで元ヴァルキュリアの副団長だったあの親父だぞ?

 国境が何者かによって破られたとでも言うのか?」


 「いえ……その、国境が破られたとかそういう話ではありません。

 ですが、私はこの手記を旦那様から託された後に屋敷を出ると、拳銃の発砲音と共に何らかの衝撃が屋敷の外まで響いてきて………」


 「な………?

 だが親父がそう簡単に殺される訳が……」


 「更には、屋敷の門前にて現十剣と名乗るクラウス様がうずくまって震えておりました。

 あまりの焦燥ぶりに心配で声を掛けたのですが、私には構わないでくれ……本当に済まない……済まないと謝罪の言葉をただ呟いておりまして……」


 「クラウス様って、あのクラウス・ラーニルが屋敷に訪れていたのか?

 いやでも、何でそんな奴が屋敷の前で震えて、それに先程魔女と言ったソイツは誰なんだ?

 一体、誰が親父や従者を殺した?」


 「旦那様はシファ様と……その方を呼んでいました」

 

 彼女にその真相を尋ね、返答された人物の名にオレは唖然とした。


 「な………シファ様だと……?」


 「シファ殿は我々の間で、騎士団の指南役を兼ねている程の人物だぞ?

 現騎士団長を含め、歴代全てのヴァルキュリアの名将を育てた偉大な御方……。

 アルフレッドの父君であるシクサド殿も彼女の元で腕を磨き上げたというのに……一体何があってこのようなご乱心を………。

 アイネスト殿、確かにシクサド殿は相手の方をシファ様と呼んだのだな?

 実際にその魔女と呼ばれる人物とも顔を合わせたりはしたのならば、その特徴を教えて貰いたい」


 「旦那様は確かに、相手の女性をシファ様と呼んでおりました。

 そして私もこの目で彼女の姿をお見かけしております。

 旦那様と彼女にお茶を出しましたので、その際に少しだけ彼女の姿を確認しました。

 女性の私から見てもとても綺麗な御方でしたね。

 この世の者とは思えない程の美しい顔立ちをしていて綺麗な銀髪の少女のような外見でした……」


 彼女が告げた、例の人物の特徴は確かにオレ達の知るシファ・ラーニルその人で間違い無かった。

 美しい顔立ちの銀髪、その上で親父がシファと呼んだのなら……。


 「いやしかし、まだ殺されたと確定した訳ではないだろう。

 向こうからの確かな知らせが来るのを待つべきだ。

 元副団長として、シファ殿がシクサド殿に何らかの仕事を持ちかけた可能性があるはず……。

 そうでなくとも、何の理由も無しにシファ殿がわざわざ出向いてシクサド殿を殺しに来たとは思えない。

 必ず何らかの理由があるはずだ……」


 「っ………!!」


 拳を固く握りしめ、震える感情を抑える。

 怒りなのか、悲しみなのか、よく分からないが聞かされた理不尽な状況に納得がいかない。


 

 親父が殺された、何の為に?

 


 ふと、親父がオレに託したとされる手記に視線が向かった。

 コレに何かが書かれている。

 今回の出来事につながる何かを、親父が俺に託してくれたのならば………。


 オレはゆっくりと、その手記の中身を確認することにした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ