その名はアルフレッド
昔から、あの家は嫌いだった。
何かと言えば、誇りだの名誉等といった堅苦しい価値観ばかりを重要視するしか脳がない。
国の為に、王家の為に、民の為に我がスルトア家は500年以上もの間、この地を守り続けてきたのだと。
そんな昔のご先祖さまだとか、先代とかが代々王家を守る騎士団に入り、今の高い地位に立っている。
まぁ正直、オレはそんな堅苦しいモノに乗る気じゃない。
が、あんな家を出る口実として、俺は王都の自警団及び騎士団への入隊を引き受けた。
まぁ、それでも月に一度は手紙やら使者やらが俺を尋ねて来ては近状を聞いてくる。
正直鬱陶しい、手紙の内容は大抵ろくでもないような戯れ言や社交辞令の一つや二つばかりだ。
そんなものばかりな故に、特に中身を見る必要もないだろう。
結果、封を開けずにそのまま部屋の引き出しに溜めている。
忠義も、誇りも、正直どうだっていい。
見ず知らず、ろくに関わりもない奴等を構ってばかりだから、あの親父は母親を見殺しにしたのだ。
自分に最も近い家族を見捨てた奴なんかに、一体何が守れると?
俺は、俺のやりたいようにやるさ………。
国の為でも、家の為でもない……。
自分の為に、今日も俺は好き勝手にやらせてもらうさ……。
●
帝歴404年1月8日
「アルフーー!!
ここに居るんでしょ!!
今日は巡回だからさっさと来なさい!!」
部屋の外から聞こえる、鬱陶しい声に溜め息を吐く。
それは、同期二人と先輩方三人で集まりゲームをしている最中のことだった………
「アルフレッド、お前また呼ばれてるぞ?」
「この前みたいにフィリちゃん泣かしたら後々面倒なんだからさ?
行ったらどうなんだ?」
「えー、いやでも巡回の時間て本来まだ30分くらい先なんすよねーー?
ほら、いつもの真面目過ぎなそういうヤツなんで……時間まではちょいとダラダラとしてたいんですがねーー」
「あー、いつものそっちか………。
フィリメルさんは相変わらずだよなぁ………、騎士団入ったのも前にシファさんの坊っちゃんに助けられたとかで………。
あの人を追い掛けて、で実際仕事もめちゃくちゃ出来るもんだから、坊っちゃん様様ってな感じか。
まぁ、真面目が俺達にも牙が向くんだから全く困ったもんなんだけど………」
「そうそう、本当困ったもんですよ」
そんな雑談を交えつつゲームの終盤へと差し掛かる。
そろそろ自分の手札が上がりそうなところで突然右肩を掴まれ、身体が僅かに強張った。
同期や先輩方の視線が俺の後ろの人物へと向かうと、一瞬で俺から視線を逸らしそそくさと逃げ帰っていく。
「おい、アルフレッド?
今日の巡回、忘れた訳じゃないよな?」
ドスの効いた威圧的な声。
冷や汗が止まらない中、俺は返事に困った。
「そんな訳ないじゃないですかーー、ロダリス殿。
ちゃんと時間は覚えてますって、ええ……はい。
本当ですって……」
「その返事はどうも胡散臭いな?」
「そんな、酷いっすよ……。
オレそんなに信用できませんかねぇ?」
「まぁいい、とにかく行くぞアルフレッド。
今日は俺も同行する、その腐った性根を今度こそ叩き直してやるからな。
覚悟しろよ?」
「うへぇ……お手柔らかに……」
●
野良猫をつまみ出すが如く、ようやくサボり魔が強面の先輩であるロダリスさんに連れられて顔を出してきた。
「ロダリスさんに頼んで正解みたいでしたね?
アルフ、いい加減その腐った性根はどうにかならないの?」
私がそんな事を目の前の不貞腐れる彼に尋ねると、いつもの軽い感じで返事を返してきた。
「酷いなぁ、別に好きで腐ってる訳じゃないっすよ。
ソレにほら、チーズだって少し腐ってるから美味い訳ですし………ね?」
ヘラヘラと笑いながら、目の前の青年はそう告げると私は思わず溜め息を吐いた。
「呆れた………、それでロダリスさん今日の巡回ルートを改めて確認したいんですけど?
アルヴィト地区を巡回するにあたって、何か気を付けるべきことは?」
「ちょ、今の無視すか?」
「そうだなぁ、特段気を付けるべきことはない。
あそこは割と治安は良い方だし、強いて言うなら酒場の通りがあるから、夜間の巡回には気を付けた方がいいな。
が、今回は昼間だ……、あまり気を張り詰めると近隣住民からは負担の要因になりうる。
自然体で散歩する程度の感覚でいた方がいいかもしれん。
アルヴィトの管轄下には、元副団長だったゼリアス殿がいるから、ついでにそちらへの挨拶に向かおう。
フィリメルからすればいい手本となる素晴らしい御方だ、きっといい経験になるだろう」
「おーい、お二人さん。
俺の事無視しないで………。
てかロダリスさん、そこは俺も含めてお前達って言うところでしょう?」
「なるほど、ロダリスさんはゼリアスさんとは面識があったんですか?」
「これも無視すか……」
「勿論だ。
新人時代に色々と世話になったものだよ。
今はその任を引退し、アルヴィト地区を担当しているが………」
「あー、あのクソ親父を贔屓してた奴ですかい……」
「相変わらずアルフは、実家の事となると機嫌悪くなるよね?
かつては、このヴァルキュリアの副団長。
それもほぼ無敗を誇る最強の人だったんでしょう?
昔はあのアスト様とも肩を並べた凄い人なのに」
「上の奴なんて数え切れない程ゴロゴロ居るだろ?
ヴァルキュリアの副団長って言っても、団長になれなかったんだから、その程度ってことで……。
てか、やっと俺に向いてくれたか……」
若干落ち込み気味の彼は、そんな事を言う。
実家の事となると、軽い感じが突然無くなるのが不自然なのだが……。
家庭の事情ならしょうがないだろう。
「でも今のお前は、その程度にもならないだろ?」
「いやいや、その内軽く超えますよ……。
てか、爺さんと入れ替わってからあのクソ親父は鍛錬なんてほとんどしてないからな?
現役の俺達なら、軽く勝てるようなもんだろう?」
そう言って、偉そうに大口を叩く彼にロダリスさん含めて私も呆れてくる。
まぁ、実際彼は騎士団内でも結構な実力者なので否定はし辛い……。
素行さえ、改めてくれればと常々思う………。
「随分と大口を叩くな、アルフレッド………。
まぁ実力は確かに認めるが、調子に乗り過ぎだ。
少しはあのシファ殿の弟君を見習うといい。
噂では、異国の者達とも渡り合う程の実力者に成長しているらしいぞ?」
「そうよ、そうよ。
アルフも少しはシラフさんを見習いなさい」
「揃ってアイツの肩を持つのかよ……。
あんなの、身内のコネがあるだけだろ?
どうせ、周りも金で買ってるくらいのクズ野郎に決まってる。
例の神器に選ばれたって言われても、その力を使えない未熟者だ。
そんな奴が十剣に立つとはな、十剣の格も墜ちたものだよな、全く………」
「捻くれも大概にしろ。
仮にもルーシャ王女が認めた程の人物だぞ?
ソレに、あのシファ殿も実力を認めた程。
同年代で遊撃部隊の隊長になった騎士団長の一人娘であるテナ殿とも同等以上の実力を持っているとの噂だ」
「テナ殿と同じ実力をね……。
だったらそこまで大した事はないだろ?
あの人くらいなら、俺でも勝てる。
シラフって奴も同じだ、神器が使えないなら俺の方が絶対強いからな。
まぁ、あのシファさんには勝てるイメージは見えないが、あれは論外だろ」
まぁ確かに、あの人は別次元というか騎士団内でも孤高な存在だ。
たまに指南役として顔を出してくるのだが、先輩達の緊張感が高まる。
訓練の内容に関しても、単純にあの人に攻撃を当てるまでという至極単純なモノなのだが………。
先輩方曰く、あの人に攻撃を当てられた試しが無いらしい。
歴代騎士団長含めて、十数年もの長い間彼女の終わりの掛け声があるまで一度たりともなかった程だ。
それもあるが……彼の場合は……。
「あー、確かに。
アルフったら入隊初日で知らずにシファさんをナンパしてこっぴどくやられたよね?
あの時はみんなで思いっきり笑ったなぁ。
先輩達も困惑してたり、笑い堪えてて大変だったよね」
「俺もその場に居合わせたが、確かに見ていてハラハラしたものだな。
よく無事だったよな、お前?」
「二人共、オレの黒歴史を掘り起こさないで下さいよ!
アレはマジで若気の至りというか、事故なんですって!!
でもオレ、結構頑張った方ですよね?
途中までいい感じにあの人相手に戦えた方でしょう?」
「まぁ、不真面目だが強い方ではあるよなお前。
騎士団内でも上から数えた方が早くとは思うよ、不真面目だが」
「そうね、確かに強いとは思うよ。
不真面目だけど」
「不真面目は余計だ!!」
「まぁ、初戦にしては結構頑張った方だと思うよ。
初めてで、一対一で剣に抜かせた程だからな」
「そうでしょうそうでしょう?
ほら、オレって天才ですし、一応努力家でもありますし、一応実力もあって結構強いんですよ。
で、実際さ、あの人がおかしいだけなんだろ?
あの人団長よりも全然強いし、更には十剣3人がラーニルの名を持ってる時点で明らかに狂ってるんですよあの家系は……」
「アルフも似たようなもんじゃないの?
副団長含めて、騎士団内では名のしれた家系なんだし、アルフもその内なるんでしょう?」
アルフレッドはスルトア家という国内でも名のしれた名家だ。
そんな家柄の一人息子ともなれば、実際周りからも期待されたいるし、将来有望とも称される。
本人はアレなのだが……彼もいずれはその地位に立つ存在なのだから………。
「親父に言われたなら成るんだろうな……。
俺の意志は関係なく、いずれはなるのが定めだろうよ。
正直、面倒なんだよなぁ、そういう堅苦しいのが本当にさぁ……」
「なるのが定めか、どうしてそんな簡単になれると思ってるんだよ?」
「さぁね、でも成るに決まってるんですよ。
まぁ、家のしきたりみたいなもんなんで。
でも、オレはそんなものに当然興味はない訳でして。
堅苦しいものに縛られて、街のかわいい女の子と付き合えないなんてさ、たった一度きりの人生がつまらないだろう?」
「その軽い感じなのが、不真面目なのよ。
外面だけ良くても、そんなだから全く……」
「まぁ、とにかくだ。
無駄話もそれくらいにして行くぞ。
それとアルフレッド、俺の目が届いている内にナンパなんてし始めたら、どうなるかわかってるんだろうな?」
「顔がマジですって、ロダリスさん………。
そんな顔してたら近所の子供に怖がられてまた、いつもみたく他の自警団から通報されますよ?
ほら、笑って笑って、ハハハ……」
「これが冗談に見えるのか?」
「いや、ほら流石に今日はしませんって絶対に」
「今日は……なんだって?」
「怖い、怖いですって!
はいはい、わかりましたわかりました……。
しません、金輪際しません……ほらこの純粋な瞳を見ても信じられませんかね?」
そう言って、アルフレッドは目をキラキラとさせながら訴えかけてくるが、普段の行動から到底信じる事はできない。
この前も、街の女の子をナンパしてたりしていたくらいなのだ………。
故に、私とロダリスさんの口を揃えて言葉を返す。
「信じられないな」
「信じられないわね」
「ガーン………!
酷い!!二人揃ってオレの扱いひどすぎるよ!!
イジメだ!、今ここでオレは仲間からイジメを受けている!!
泣いちゃう、オレ泣いちゃうよコレ!!」
「安い涙だな。
それじゃ行くかフィリメル」
「ええ、では行きましょうか」
正直かまっている時間が無駄に思える。
ロダリスさんの言葉にそのまま同意し、私達は彼を置いてそのまま巡回に向かう事にした。
「ちょ、オレを無視しないで下さいよ!!!
ねえ、ロダリスさん、フィリメルさん?!
返事して下さいよーー!
頼みますって、本当にお願いだからさぁ!!」