粛清
帝歴404年1月8日
目の前には大きな屋敷があった。
線対称の伝統的なサリアの建築様式で建てられた白亜の建物。
スルトア家、サリア王国内でも名のしれた名家であり代々王国の東領土を治めている家系。
古くは六百年前のサリア王国において、東国との小競り合いの最中のこと。
当時十剣であったアルバスト・スルトアが東国との防衛戦争において活躍して以降、彼の家は代々この領地を治めることになったのだった。
「全く……ここも墜ちたものね……本当に……。
非常に残念………」
自身の右隣でそんな事をポツリと呟いた銀髪の少女は目の前の門に手を掛け破砕音と共にその巨大な鉄格子の門をこじ開けたのだった。
「なっ………?!!」
「行くよ、クラウス………。
見届けるんでしょう?」
私が僅かに足を止めてしまった中、少女は何事もないかのように屋敷へと足を進める。
私もその後を追うべきなのだろうが………。
私の足なピクリとも動かず、前に進む事は叶わなかった。
「クラウス、無理そうならそこで待ってなさい」
「ですが……私には見届ける義務が………」
「臆病者には無理よ……。
大丈夫、私はすぐに戻るわ」
今まで見たことない彼女の姿……。
いや、稀に覗かせる恐怖を体現したかのような鋭い眼光に私の鼓動が思わず止まりかけた気がした………。
あの中に入れば、私は死ぬ……。
あの中の、彼女を見た瞬間に……。
私は、この人を二度と家族として見れなくなるだろうと………。
恐怖に震えた私はただ吹き飛ばされた門の外で立ち尽くす。
そして情けなくもその場でうずくまり、行く末を待つことしか出来なかった。
●
早朝、朝早くから外から響く爆発音に私は驚き洗い物の食器を落とし割ってしまった。
今までにない程に不吉な何かを感じた……。
この私、アイネスト・フレーシカがこの屋敷に侍女として働き始めてから四年余りが過ぎた今。
この由緒あるスルトア家に仕えるに相応しい侍女として成長しつつある自分にとって、これまで経験したことがない程の窮地が訪れたと察知した。
「アイネスト!
アイネスト・フレーシカは何処にいるのです!!」
怒りと焦燥に駆られたこの屋敷に仕える侍女の長であるミアンダ様が私の名を呼んで尋ねてきた。
「はい、私はアイネストはここに居ります!
すみません、すぐに落とした食器を片付けますので!!」
「そんな事は後で構いません。
すぐにおもてなしのご用意を、客人が来ております」
「客人ですか、先程の爆発と何か関係が?」
「いいから早く、あの方の機嫌を損ねる前に!!」
「あっはい、すぐにご用意します!!!」
今までにない程に焦っているミアンダの姿に私はとてつもない悪寒を感じた。
常に冷静沈着で、私の目標として手本として存在していた彼女があそこまで取り乱す様に………。
一体、何が起こってるの………。
●
「これはこれは、シファ様。
大変お元気そうでなりよりですよ。
こんな辺境の領主の屋敷に直接出向いて下さるとは。
しかしですな………、突然外の門を壊されたのは驚きましたよ。
すぐに屋敷の者が向かわせますのに」
「シクサド殿も、お元気そうで何よりです。
しかし、門の鍵が壊れていたので今回無理やり開けさせて貰いましたよ」
「そうですかそうですか……それは大変ご迷惑を。
外に居られるのはクラウス様ですよね?
どうして外で待機を?」
「彼は体調が優れないので、外で休ませています」
「そうでしたか、それは仕方ありませんね」
ドア越しに聞こえる向こう側の会話。
この屋敷の主であるシクサド・スルトア様の声ともう一人、女性の声が聞こえてくる。
もてなし用の嗜好品を部屋の前に持ってきたのはいいものの、部屋に向かうと普段は街の巡回をしている衛兵達が揃い踏みで部屋を囲んでいたのだ。
私の姿を見るなり、道を開けてくれたのはいいものの部屋に入り込む事をためらってしまう。
しかし、用意した湯が冷める前に持っていかなくてはならない……。
固唾を飲み、私はゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
部屋の向こうには、この屋敷の当主である旦那様と銀髪の長い髪の綺麗な女性がそこに居た。
この世の者とは思えない程の、美しいその姿に思わず一瞬見惚れてしまいそうになるほど。
「紅茶とコーヒー、ご用意致しました。
宜しければどうぞ……」
「アイネストは下がっていなさい。
この場は私が淹れよう」
「とんでもない、旦那様が直接手を煩わせては私達の意味等………」
「たまには構わんさ、それと向こうに控えている衛兵は下げて貰うように頼む。
それと、コレを……」
旦那様は私の言葉を遮り、そう伝えると私の手に小さな手記を手渡した。
「王都に住む息子、アルフレッドに渡して欲しい。
ミアンダ殿にも確認の上、後は頼む」
「………畏まりました。
では、私はここで失礼いたします」
旦那様の言葉に逆らうなどできない。
しかし、不穏な予感が拭えないまま私は部屋を後にすると、扉の向こうには控えていた衛兵達と侍女長であるミアンダがそこに居た。
「あの、旦那様からこちらをお預かり致しました。
王都にいる旦那様のご子息であるアルフレッド様に渡して欲しいとのことで………。
ミアンダ様にも確認して欲しいとのこと………。
それと、近くの衛兵達はすぐに引き上げるようにとの事です………」
私が差し出したソレをミアンダは僅かに震えながら手に取り中身を確認する。
すると、すぐに手記を閉じ私に告げた。
「覚悟のない者は今すぐここから離れて下さい。
アイネストはこの手記を、王都に居るアルフレッド様に届けるように。
私と一部の衛兵達はここに残ります」
「ミアンダ様……一体何を言って………」
「アイネスト!!
いいから早くこの場を立ち去りなさい!!」
「何故です!?
急にそんな事を言われても、納得がいきません。
私に何かの不手際がありましたでしょうか?」
「ここに居ればあの中の魔女に殺されます」
「魔女……?
あの、銀髪の女性が………?」
「………、とにかくこの手記をアルフレッド様に。
その後の事は、あなたに任せます。
きっと多くの苦労させるかもしれませんが、アルフレッド様が貴方の身の振りを最低限どうにかしてくれるはずです………」
「………ミアンダ様」
「後の事は頼みましたよ、アイネスト。
実の娘のように、貴方の事は大切していたつもりでしたが………いつも強い言葉をぶつけてしまいましたね」
「そんなこと……私だって、ミアンダ様の事はもう一人のお母様よように思って………!
必ずこの手記をアルフレッド様に届けますから……。
だから………」
「もう充分です。
アイネスト、貴方は己の使命を果たしなさい」
「はいっ………!!」
私はそのまま、ミアンダから手記を受け取るとすぐさま離れの従者の母屋に向かった。
この手記を必ず、アルフレッド様に渡さなければならない。
それが今の私が果たすべきことだから……。
●
「随分と部屋の外が騒がしいですね」
「ええ、国境の近くの領地ですので隣国との取引や祭事に向けて色々と立て込んでいるんですよ。
毎年、両陛下やもお越しになる程のモノなのですが、今年は例年よりも規模は少なくなりそうです。
レティア王女の急な婚約との事で、辺境のこの地でも連日話題になっていますから」
「なるほど、毎年忙しい時期ならこう煩くてもしょうがないでしょう………」
そう言って、目の前の白き魔女は私の淹れた紅茶に口を付けゆっくりと流し込んだ。
己の緊張感が張り詰める中、目の前の彼女は一つの紙袋を取り出し、中身を出した。
中には多くの書類が入っており、その内容に記されている私の名前がチラついた事で、事の大きさを再認識した。
「世間話もコレくらいにして、本題に入りましょう。
私がわざわざここに来た理由について。
時計持ちのスルトア家の当主様」
「………」
「確か30年程前、貴方の祖父の代からでしたよね?
例の彼等との取引が始まったのは?」
「一体何を仰られているのです?」
「うーん、ならこう言った方がいいかな?
貴方やその祖父等を含めた20余りの時計持ちの家系、そして教会の旧派18家系の者達と結託し、私を殺す計画長年を企てていた。
これまで私、何度かそういう妨害は受けていたけど色々と見逃してあげてたんだよね?
ほら、やっぱり時計持ちだからさ?
後に神器の後継者が生まれるかもしれないし」
「…………」
「まぁ、22年前に実際貴方も契約者の選定を受けたけど、同時期はマーズやヴィナスが選ばれた中で貴方は選ばれる事はなかった。
昔からあの二人に対して僅かならず劣等感は抱いていたみたいだし、それが祖父の在席するかの組織に加担するきっかけとなった……と。
これが私の組織に加入した理由の推測の、何処か間違いでもある?」
「なるほど、そこまですでにお見通しでしたか……。
それで、この資料等は誰の経路を辿って?」
「うーん。
まぁ、そこは私のお友達の経路からってことで。
で、まぁ別に私は貴方達が裏で何をしようと時計持ちや教会として最低限の役目を果たせていれば、多少の悪事や汚職は見逃していたのよ。
私を殺そうと工作しようとも、教会の信者等から金を巻き上げようとね。
貴方も組織に入って見てきたよでしょう?
元々正義感の強かった貴方はヴァルキュリアの副団長としてこの国を支えてくれていたが故に、彼等の腐敗の有り様にさぞ堪えたでしょう?。
それでも劣等感あるいはそれに準じる何らかの執念で己一人の心を押し殺し、淡々と私を殺せるその時を伺っていたみたいだけど………」
「…………」
「でもさ、流石に今回はやり過ぎじゃないかな?
私一人くらいなら別に構わないけど、まだ未熟なシラフや他の時計持ち……というか貴方達の組織を摘発しようとしていた他の時計持ちの家系の御曹司等を狙って、先の海賊騒動を計画し実行に移したのだから………。
首謀者として貴方の名前は挙がったから、まぁ今回はそれで伺ったんだけどさ?」
「貴方一人を殺す為に、他の者達を狙う当初の計画に勿論私は反対したさ………。
しかし、己の私欲にまみれた家畜同然の屑どもはこともあろうに計画を無理やり変更し、あの事件を引き起こすに至った。
首謀者となった私は勿論その責任は取ります。
あんな奴等に加担した己の心の未熟さ、私だってわかっていたさ………実に愚かであったと………。
しかし、私は貴方のそのやり方に対して賛同はできない!
騎士団として勤めていた時も、私は………!!」
拳を握りしめ、その言葉の先を告げようとした瞬間部屋の扉が突然開き、屋敷に居た衛兵達そして拳銃を構えた侍女長であるミアンダを先頭に部屋に押入ってきたのだ。
「旦那様、ここは私達が抑えます。
さぁ、彼等と共に逃げる準備を……」
「なっ……何を馬鹿な真似を………。
何故命令に従わないのだ!!」
「我等は最後まで、貴方様と共に。
この命を賭けてでも……我等は貴方様の為に仕える為に居りますので」
「馬鹿な真似はよせミアンダ、それにお前達も残された家族の事を考えるんだ!!
ドルク、ハインズ、カルチェ、ルーネス、イスタまでも何故………!!」
「貴方には命を救われた恩がありますので」
「そうですよ、この地にはこの国には貴方の御力はまだ必要です」
「まだまだ未熟な息子さんが立派になって帰ってくるまで、貴方に死なれては困りますよ」
「正直、気は進まないですけど一応これでも貴方に忠義を重んじているので………。
それに、こんなところで俺達だけ逃げて、仮に生き延びたとしても、この先絶対後悔すると思うんで」
「馬鹿な真似はよすんだ!!
お前達でどうにかなる相手じゃない!!
シファ様、何卒私以外の者達には危害を加えないで頂きたい!!
私はどうなっても一向に構わない、だから何卒彼等には手を出さないで欲しい………」
「それはいけません、貴方様が亡くなっては私達だけが生きる意味等……」
私の為に、彼等までも巻き込む訳にはいかない。
しかし、皆は一切引く気などなく私の言葉に耳を傾けはしなかった。
私のような罪人の為に、彼等の命までも無駄にする訳には………。
「随分と威勢がいい人達ですね、貴方の家臣達は。
私に歯向かうつもりなら、どうぞご自由に」
「シファ様、目的は私一人のはずです。
彼等には何の罪もないでしょう!!
全ては私一人の責任。
お前達もまだ間に合う!
すぐに手を引いてここから立ち去るんだ!!」
場の緊張が高まる中、向かいに座るシファはゆっくりと立ち上がり背後から銃を向けるミアンダと向き合うと、彼女はミアンダに対して微笑みながら口を開いた。
「ミアンダさんでしたっけ?
試しにソレを私に向けて撃ってみては?」
「っ……なんの冗談のつもりです?」
「そのままの意味で言っています。
その銃を私に向けて撃って下さい。
私は逃げも隠れもしませんよ?
このまま放置すれば、貴方の主は私が殺します。
だから一度、私をその銃で撃ってみて下さい」
そういうと彼女はそのままミアンダの方へと近付き、自身の額に彼女の銃口が当たる程に近付いてみせた。
「なっ……!?」
ミアンダの手が震える中、構えた拳銃の引き金に指が掛かった………。
しかし、そこから先は動かない……。
私も一体彼女が何をしようというのか分からなかった。騎士団として数年間の間を彼女の指導の元で鍛えられ、騎士団を抜けるまで、私を含めて歴代の騎士団員は誰一人一度足りとも彼女に勝てた試しはなかった。
しかし、今回は流石に攻撃は当たるだろう。
逃げも隠れもしないという公言の証明に、わざわざ己から拳銃を額に当てたのだ。
まともに食らえば確実に死ぬだろう、いや脳天を撃たれ生きている存在などあり得ない。
「ほら、早く撃たないの?
主が目の前で殺されるのを目の当たりにして?
手に持ったソレは、ただのお飾りなのかしら?」
「っ………ふざけた事を……!!
客人と言えど、我等の主を愚弄は許さない!!」
瞬間、発砲音が部屋に響き渡った。
そして、力が抜けたかのようにシファの身体はゆっくりと膝をつきそのまま血を流し倒れてしまう。
目の前の出来事に他の従者達も動揺する中で、焦燥に手が震えているミアンダの手から拳銃が離れ、シファの血によって染められた床へと落ちていく。
「はぁはぁはぁ……私やったんですよね……?」
目を大きく開き、私に向けて確認の視線を向ける。
私はソレにゆっくりと頷くと、混乱する従者等が一同に視線を交わし同じく頷いた。
「………うーん、やっぱり無理かぁ……。
まぁわかっていたけど……」
突然聞こえた声、その方向へと視線を向けると先程脳天を撃たれたシファがゆっくりと立ち上がり何事もなかったかのように身体を伸ばし始めたのだ。
「……何故生きて………確かに私は貴方の頭を………」
「だからそういうこと。
私は死ねないの、何をされようがね」
「死ねないですって………そんな馬鹿な話が……」
「うーん、そうは言っても……。
一応、当主であるシクサドやミアンダは私が騎士団の指南役をしているのは聞いてるのよね?
見た目が昔から変わらないのは、魔術や異種族の血統とかである程度老化を遅らせられるからそこまで珍しくもないんだけど………。
私の場合は、彼等とはまた違うんだよね……。
異種族間戦争、サリア王国が生まれる何千年も昔の戦争の時に私は生まれ神器と契約した。
その結果、神器の力と共に代償として死ねなくなったんだよね?
老いて死ぬことも無ければ、どれだけ致命傷を受けても死ねない。
身体を木っ端微塵にされようが死ねない身体なの。
だから、そんな拳銃一つで私が死ねるならわざわざこんな周りくどいやり方でサリア王国や十剣、教会を生み出すなんて事もせずに出来た。
ミアンダさん、ソレに他の皆さんもコレを見て納得して貰えたかな?
だから、さっさとこの場から立ち去りなさい。
二度目は無いよ?」
シファはそう言うと、落ちた拳銃を拾い上げそのまま素手で拳銃を握り潰し粉々にしてみせた。
金属の塊であるソレが、菓子の如く砕かされた様にミアンダは後退り後ろへと倒れ込んでいく。
「っ………まさか……そんな……」
従者の一人であるイスタに支えられると、他の彼等もソレに影響されてそれぞれが武器に手を掛けたのだった。
「ミアンダさんしっかりして!!」
「殺せないなんて馬鹿な話信じられるかよ!!
カルチェ、ルーネス、いいからやるぞ!!
このまま主を死なせてたまるかよ!!」
「っやめろ!!
もう余計な真似をするんじゃない!!!」
「主はさっさとここから離れて下さい!!
この場は俺達に任せて、さぁ早く!!」
私を守る為に、彼等が盾になろうとする。
しかし、こうなった以上絶対に無理だ……。
彼女の恐ろしさは、その圧倒的な強さは私が騎士団に入団した時すぐにこの血肉に染み付く程に刻んでいる。
先輩方にもよく言われたものだ………。
アレには深入りするな………。
我々のような弱き人間が絶対に踏み入れてはならない存在なのだと……。
彼女は殺せない。
つまり、我々が行おうとしていた暗殺計画の全ては無駄だったのだ……。
この国の腐敗の根本にあるシファの存在を無くす為に、今まで……今までどれだけあの腐敗した組織の下に属し、従ってきたのだ………。
全てが無駄……この20年以上掛けた全てが無駄……。
目の前のたった一人の魔女を殺せない………。
「………そう、逃げないんだ」
白銀の長い髪………。
この世の者とは思えない程の美しいその姿……。
誰もが彼女に魅了され、誰もが彼女の圧倒的な力により支配を受ける……。
帝国に支配されて400年近く………。
この国が始まって尚800年………。
それ以上に、この魔女は…………
「やめろ……彼等には、手を出さないでくれ!!」
「その判断は私が下すんだよ、シクサド」
瞬間、シファの白銀の長い髪が黒く染まった………。
刹那に襲うあまりにも禍々しい魔力の威圧によって気圧され、己の身体が悲鳴をあげていた。
声にもならない………、数年前まではこの国の五本の指に入っていると称されたこの私が何も出来ず……ただ怯え指を加え、彼等の死ぬ様を眺めていなければならないのか………。
「あ……ああ………」
言葉にならず、嗚咽が漏れる………。
魔力の圧力がより禍々しく、気づけば激しい吐き気に襲われ胃の中の物を全て吐き出していた。
彼女に歯向かおうとする彼等もまた立っていることなどままならず、魔女の禍々しいソレに怯え恐怖のあまりに泣きながら私の同じサマを晒していた……。
我々はあまりにも無力………。
彼女の前では、魔女の前では誰であろうと無力だ。
ああ、だからやめろと言ったのに………。
息子が小さい頃に亡くなってしまった私の妻であるフレイナに合わせる顔もない。
ミアンダ、カルチェ、ルーネス、ドルク、ハインズ、イネス………私の愚かさが故にこんな所で死なせてしまって本当に、本当に申し訳ない………。
アイネスト……。
頼りなく馬鹿な息子だが後の事は頼んだぞ………。
そして未だ頼りなく馬鹿な真似ばかりな我が一人息子のアルフレッド………。
私は、ずっとお前を………
「では、さようなら。
もう2度、会うことも苦しむ事もないでしょう」
●
帝歴404年1月9日の朝、スルトア家の敷地内に入り込んだ領内の若者達の手により、屋敷内の一室から部屋全体が真っ赤に染められた応接室であったであろう部屋を見つける。
部屋の辺りには、何らかの生き物の血肉や骨が壁や床に張り付きながら散乱していた。
ソレ等は原型を留めて居らず元の状態は分からない。
そして、スルトア家当主であるシクサド・スルトア。
及びその従者であった、侍女のミアンダとアイネスト、更には私兵であるルーネス等を含めた計8名が行方不明となった。
8日、屋敷から飛び出したという屋敷で勤めていた従者等の話によると、「領主は恐ろしい魔女に殺された」と口を揃えて証言。
しかし、この一件をサリア王国側が深く調査する事はなかった。