一夜は過ぎて
帝歴404年1月8日
目が覚めると、見慣れない天井があった。
昨夜の記憶は確か……、
俺は主であるルーシャと歌姫のミルシアと共に街を出歩き繁華街で食事をしていた。
その後、異時間同位体と呼ばれる未来の姿をしたというテナに出会い、半ば強引に俺一人が連れ歩かされたような気がする……。
その後は……アイツにまた繁華街を歩き回された挙げ句の果てに………なんか見知らぬ土地で……ええと………、
「記憶が曖昧だな………。
酒でも飲むわけが無いのに……」
身体をゆっくりと起こし、現在の状況を確認する。
時刻は朝の7時、いつもより起きるのは遅過ぎるくらいだが………。
「ここは……何処だ?」
薄暗い辺りを僅かに見渡すと、何処かの部屋。
それなりに整った宿の部屋だ……。
すると、部屋からドアを叩く音が聞こえてきた。
「シラフーー!
起きてるーー!?」
声の主は聞き覚えがある。
俺の仕える主、ルーシャだ。
「ルーシャか?
勿論起きてるよ」
俺はそう答え、部屋の明かりを付け部屋の全景が明らかになった。
ここは予約していた宿の部屋で間違いない……。
しかし、ここで妙な事に気付いた。
「誰かいるよな?」
俺の寝ていたベッドのすぐ隣………。
誰かが一緒に寝ていた?
「…………」
恐る恐る毛布をめくり、もう一人の人物の姿を確認。
見慣れた茶髪の女性……、うん………テナだな。
昨夜何があったのか、曖昧なのだが………。
確か、途中からコイツが合流して………。
「そっか………うん。
じゃあ私と一つ賭けをしましょうか?」
「賭けですか?」
「そ、私と一つ勝負をするの。
貴方が学院に通っている間、もしルーシャ王女の身に万が一が起こり守り切る事が出来なかったら、私が貴方をこの手で殺すわ、必ずね」
脳裏に過ぎる何者かとの会話………。
確か、金髪の………ルーシャによく似た人で………。
「リースハイル………」
ラグナロクのリースハイル。
彼女と俺はそんな約束を交わした………。
「…………、とにかくこの状況をどうするか………」
ひとまず、部屋の前で待たせているルーシャをそのままにはしておけないので迎えにいく事にした。
前回のアクリの一件を踏まえて、下手に隠すと余計な誤解を生む可能性があるからだ。
部屋の扉に手をかけ、開けるとそこには既に着換えを終えたルーシャと隣にはミルシアの姿があった。
「おはよう、シラフ」
「ああ、おはようルーシャ。
それに、ミルシアさんも」
「寝坊するとは貴方、少したるんでるんじゃない?」
「あはは………。
いや、昨夜何があったのか正直記憶が曖昧で……、なんか途中からテナにここまで運ばれてたみたいでな。
アイツもそれに疲れてこの部屋で寝込んでたよ」
「あー、心配で迎えに行ったら案の定だったわけか」
「心配で迎えに?」
「うん、やっぱりあの女は危険かもしれないって言って私達を送った後すぐにシラフ達を探し向かったんだ。
それで、テナも今この部屋に?」
「ああ、そうみたいなんだ」
ルーシャの言葉に事実通り報告すると、僅かに彼女は考え込み俺に尋ねてきた。
「昨夜、あの変なお姉さんに何かされたの?」
「街をひたすら歩かされたっていうのは覚えてる。
とにかく一回部屋に入るといい、立ち話もあれだからな……」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
●
部屋のソファーに仲良く並んで腰をかけるルーシャとミルシア。
ルームサービスで軽い軽食を注文し、早速昨夜の報告をすることになる。
が、当の本人の記憶が多少曖昧だが………。
「それで、昨日の夜は何があったの?」
「まず、そうだな……。
そっちと別れた後は色んな屋台とか店とか回ってひたすら食べ歩きをさせられたんだ。
腹も膨れてキツくなった後は、近くの公園で休む事になって、まぁその時に色々と話をした」
「色々な話……」
「彼女は異時間同位体と呼ばれる存在。
世界樹は分かるだろ?
世界各地に存在する巨体な樹木等の総称で、教会にとっても信仰の一つとして重要なモノだからな」
「うん、それでその異時間同位体って何なの?」
「どうやら世界樹は、その内部に別の世界を内包しているというか存在しているらしい。
で、ざっくり言えばそこからきた異物ということだそうだ。
この世界には何らかの目的があってきたらしく、俺に関わってきたのもその目的の一つかもしれない」
「かもしれないって推測でしか判断できないの?」
「ああ、俺にはアイツの意図が分からない。
ただ、敵ではないと信じたい。
絶対的な味方とも言い切れない……。
正直、謎は多いところだ。
で………問題は……、その後だった………」
脳裏に過ぎる例の彼女の姿………。
今こうしてルーシャを目の当たりすると、余計に彼女の姿がチラついてくる。
「リースハイル………、あの伝説の彼女が俺達の前に現れたんだ……。
そこで何故か俺は約束を交わした……」
「リースハイルってあの、私のご先祖さまの?!」
「ああ……間違いないと思う。
で、その約束っていうのは………学院の在学中もしルーシャに万が一があって守り切れなければ、俺を殺しに来るらしい。
守り切れれば、俺の求める奴等に関しての情報と向こうが持っている帝国に関係する情報を与えるとのことだった」
「………私を守り切るって………一体何の為に………?」
「向こうの意図は分からない。
でも、俺はルーシャの騎士だからな……。
その身を守るのは当然だ。
だから、拒む理由もなかった………。
でも…………、何かが引っかかるんだ………。
他にも大事な何かあったような………そんな気が……。
少なくとも、向こうから意図的にルーシャを危険に晒すとかそういう意図ではなかったみたいなんだ。
単に、騎士としての俺の在り方というか、俺を試してるような……」
正直俺は、整理出来ていない情報が多い。
昨夜の記憶が綺麗さっぱりとまではいかないが霧がかかったような感覚でうまく思い出せないというか……。
テナを起こして、昨夜の事を聞いた方が正直早い気がする。
というか、テナが部屋で寝てるのをルーシャは知ってるはずなんだが、何とも思わないのだろうか?
俺もすぐ隣で寝かせていたという状況も大概な気がするのだが………。
「なるほど……、ご先祖さまがシラフを………。
やっぱり、あの人と名前が同じだからなのかあるいは、同じ力に選ばれたから………。
もしくは、シファさん関係とかその辺りなのかな?」
ルーシャはそんな推測を立て呟くも、確かに理由としては十分なのだろうが、これというモノではないようで歯がゆい感覚をおぼえてくる。
「サリアの伝説の女王だったかしら……。
でも、大昔の人でしょう?
どうして、そんな人がシラフの前に現れたのよ?」
「原理は多分、さっき言った異時間同位体のように何らかの影響を受けて実体化したとかだと思う。
多分、他にも世界中の偉人やら伝説上の存在がこの世に形を成している可能性も高いだろうよ」
「なんか凄い事が出来るのね?
なんで、この技術が広まってないのかな……」
「広まったら問題があり過ぎるからだろ。
それに、幾らサリアの……祖国の英雄だからって現在の立場が俺や十剣、教会、そして姉さんから敵の立場なら厄介に変わりはない。
向こうに敵意がないとしても、敵の主の命令一つで刃を向く可能性が非常に高いんだ………」
「その割には、シラフったら昨夜のお姉さんの事を気にしていたよね?」
「いや、だからそれは何と言うかだな……。
そうだ、姉さんはもう起きてたのか?」
「シファ様は朝早くにもう出たよ。
なんか、先に用事があるとかで……。
近くにあるスルトア家への挨拶みたいで、クラウスさんを連れて行ってしまったの。
ちょっと、クラウスさんは少しだけ元気がなかったみたいだけど………」
「クラウスさんを連れてスルトア家への挨拶……」
「うん、だから私達は先に行ってて欲しいみたい。
護衛には他の十剣に頼んでるから、シラフもゆっくりしていいよってことだけど……」
「そうか……、つまりルーシャ達はその迎えに?」
「うん、でもまだ時間もあるしゆっくりでいいよ。
テナとそのまま一緒に寝てたみたいだけどさ……。
ほんと、昔から二人はそうだよね……。
いつも一緒に出かけて、いつも一緒に鍛錬して。
テナって貴方の兄みたいじゃない?」
「なんで俺が弟なんだよ……。
一応、アイツの誕生日は来月の10日で俺の方が少しだけ年上なんだがな……」
「シラフは少し同年代より幼い顔してるからね」
「加えてテナよりも背は低いからか……?
まぁいい、その内絶対追い越してやるよ」
「期待してるよ、シラフ。
それじゃ、少し早いけどテナも起こそう。
このまま寝かせてたら、貴方も大変だろうし……」
「ああ、本来なら俺が起こした方が良いんだが。
一応は同性の方がいいんだろうよ」
「ふーん、一応そこはわきまえてるんだ?
一緒に寝てた仲なのに?」
「ルーシャはその点何も思わないのかよ?
この前はアクリには注意したろ?」
「まぁね……。
でも、テナとシラフは訓練とかで一緒のテントとかで寝泊まりしてたんでしょ?」
「まぁ……同年代はほとんど居ないし特例で」
「なら別にいいんじゃない。
それに私、テナの事は信頼してるから」
「ソレ、俺よりもかよ………」
「うーん、私は二人を同じくらい信用してるよ。
自分の命を預けるくらいだからね、シラフと同じくらい信用してなきゃいけないでしょう?」
「………そうか」
ルーシャの言葉に何処か照れくさくなり視線を逸らすと、彼女はそのまま今も熟睡しているテナを起こしに向かった。
起こされたテナはというとかなり眠たそうだが、仕事柄の影響か無理やり身体を動かし身体をゆっくりと伸ばし始めた。
「うーん……もう少し寝たかったんだけど時間だった?
あれ……てかここ、僕まさかシラフの部屋で寝てたみたいなの?
ルーシャや歌姫まで部屋に来てるみたいだし……」
「ルーシャ達はさっき来たんだ。
で、言葉通り俺のベッドで寝てたんだよ。
自分でわかってなかったのか?」
「っ………あー、まぁ昨夜は色々忙しかったからね。
シラフの方は身体とか大丈夫?
昨日の事、ちゃんと覚えてる?」
「それがどうもはっきりしないところがある。
テナの方からも補足の説明を頼むよ」
「あー、うん……分かったよ。
全く、しょうがないなぁ……」
何処か気が進まない中、テナは大きなあくびを一つすると昨夜の出来事を俺に合わせるように説明し始めた。
「えっと……そうだなぁ。
昨夜の謎の女の件なんだけど………、シラフは何て説明したの?」
「異時間同位体。
世界樹の中にある別の世界から来た存在だって言ったんだよ。
で、一応昨夜の彼女が未来のお前の姿らしい。
そうなんだよな?」
「あー、うん。
まぁ、間違ってはないね。
ルーシャは分かってた?」
「うん、なんとなくそんな雰囲気はしてたから。
でも、やっぱりテナだったんだね」
「私にはさっぱり何のことか分からないけど?」
ミルシアはそう言って首をかしげる。
テナや俺、そしてルーシャも説明に困るが……。
というか、テナは異時間同位体を知っていたのか。
「彼女達の存在はまぁ、この世界の中では異物。
一応、サリア王国及び各国では機密情報の一つ。
教会も他国も黙認している存在。
あまり深い詮索はしない方がいいし、関わらないのが身の為だよ。
で、まぁそんな異時間同位体の僕自身はシラフと出会う為にわざわざこの街に来ていたんだ。
来るのは把握してたぽいし、多分あの店に来るのも分かってた。
敢えてそれを僕に見せつけたのは、何の意図なのか分からないが、半ば脅迫されながら迎える事になったわけだけど……」
「「脅迫?」」
「そこのシラフやルーシャに抱きついた時、小さな刃物で人質に取ってたんだ。
シラフ、まさか気づかなかったの?
まぁ死角なら無理はないか………」
「人質って………一応ルーシャの家臣だろ?
何でそんな真似を?」
「僕がそれを知りたいくらいだ。
とにかく、あの女は危険だった。
だから君をすぐに追って、この宿まで連れ帰ったんだ。
とにかく、君を見つけてもその何と言うかその後も色々あったんだけど………。
覚えてるだろ?
例のリースハイルの事を……」
「そりゃまぁ、なんか妙な約束をされたって事は。
俺を試すつもりなんだろうか、正直今もその真意は分からない」
「……だろうね。
どういう訳か死人が今も実体を得ている訳だし。
とにかく、シラフは特に気をつけるべきだよ。
神器の契約者だって事、多分僕等の思っている以上に敵は多い可能性がある。
いや、確実に君も狙われるかもしれない。
ルーシャもミルシアも、巻き込む可能性がある」
「………、なら俺が強くなるしかないな」
俺のその言葉を聞いた瞬間、テナは僅かな舌打ちをすると、俺に対し突然怒りを露わに詰め寄ってきたのだった。
「シラフさ……。
神器を使い過ぎれば死ぬって事、わかってる?」
「身体に大きな負担は掛かるんだろ。
それがどの程度で命に関わるかなのかは、身体の許容範囲次第だが……。
無理はしないようにするよ」
「うん。
でも、使い過ぎれば死は免れないよ。
それに……使う神器も増えてるよね?
シラフさ、今度は何を奪われたの?」
「…………」
俺は思わず言葉を閉ざした。
その反応に、ルーシャやミルシアは驚きを隠せずルーシャは俺の服の裾を掴んできた。
「シラフ………使う神器が増えたってどういう意味?」
その件について何も知らないルーシャは俺にその事を尋ねてきた。
当然俺は口を閉ざすしかなかった。
「…………」
「左腕の身につけた赤い雫型の石の装飾品。
ソレが新たな君の神器だろう?
それと契約して、今度の代償は味覚ときた。
証拠に、シラフは最近少し痩せてるみたいだし。
最近、食も少し細くなってるよね?」
「………、なんでそんな事が分かるんだよ」
「分かるよ、それくらい。
これでも君の親友だからね。
同じ主を守る騎士として、主であるルーシャの事を考えて、僕は君に今ここでそれを言わないといけないと思った」
「…………」
「シラフ………本当なの、その話……。
嘘だよね……だって、この前私が作ってくれたお弁当あんなに美味しく食べてくれたじゃない?
嘘なんでしょ……?
その腕の装飾品だって……きっとシファ様や他の十剣の方から贈られたモノ何でしょう……。
そうなんだよね……ね、シラフ………?」
ルーシャの震える声が俺に突き刺さる。
テナの言葉にも、何も反論できない………。
テナの言葉は事実であり。
俺は確かに、味覚を神器の契約の代償に失っている。
主の震える声、戸惑いながらも、俺の服を掴む華奢なその手に力が込められた。
「何でなの、シラフ………。
どうして何も答えてくれないの………。
シラフ………答えてよ、お願いだから………」
言葉が何も見当たらない………。
否定も、言い訳も思いつかない………。
彼女の戸惑う姿を見ると肯定の意を言葉にするなど出来るはずもなく。
ただの無言がその罪悪感を見せしめとして己の心を締め付け続けた。