サリアの魔女
帝歴404年1月8日
「「はぁはぁ……はぁ………」」
視界の先に立っていた全ての兵士が倒される。
飽きるように待ちくたびれた例の女は、近くの小岩へと降り立つと、その武装を解きパチパチと拍手で褒め称えてきたのだった。
「へー、よくやるなぁ。
流石、開放者になっただけはあるよ。
とはいっても、その練度は察した通り……。
やっぱりバテるのが早いねぇ?
まだ、たった一時間くらいしか経ってないよ?」
「まだ一時間の間違いだろ?
残りの魔力で、お前を止めるには充分過ぎる」
「あはは、確かにそうだね」
背中合わせの相棒の言葉に乗せられ、私は返事を返すと女の顔から笑顔が消え魔力が高まっていくのを感じた。
「さて、じゃあ二回戦目といきましょうか?
今度は僕が直接相手をしてあげるよ。
二人相手だと流石に僕は加減はできないから、もしかしたら死んじゃうかもね?
恨まないでよ、お二人さん?」
そう言って、目の前の女は僕と同じ大槍を携えた姿へと変化した。
上半身はサラシを巻く程度の軽装の姿。
槍から溢れる雷思わせるその光の雷鳴に、僕達二人の警戒心が高まる。
「シラフ、あの女は僕がどうにか抑える。
攻撃の機会が生まれた瞬間、君が僕ごと全力で攻撃を仕掛けてくれ」
「………いいのか?」
「最悪、治療はどうにでもなる。
でも、今この女を野放しにすればこの国に多大な被害が及ぶ可能性が非常に高い。
わかるだろ、今この状況でやるべきことは………」
「………わかった」
「なに、僕は大丈夫さ。
信じてくれるよね?」
「言われなくても」
お互いに僅かに頷き、僕は目の前の女に目掛け攻撃を開始した。
●
技量は正直互角だった………。
向こうも少なからず、先程の大量の兵士を召喚した事により僅かにだが確実に疲弊している。
そして、異時間同位体としての不完全な存在故に強大な力を上手く扱うことが困難なのだろう。
一撃、また一撃と刃を交える毎に己の脳内に歪なナニカの光景が過ぎる。
記憶の継承……共鳴……なんと称するのが正しいのか分からないが……今のこの戦いにおいては邪魔なノイズでしかなかった……。
「それだけ朽ちかけた身体で、よくそこまで自我を保てますね?」
「丁度いいハンデだろう、君達には?
むしろ、このくらいじゃなきゃ僕の相手は務まらないんだからさ?」
「僕等はすぐに追いつきますよ」
「ああ、そうじゃなきゃ困る」
「でも、お前はこの世界に必要ない!!」
「なら、殺してみせろよ?
この僕をね」
天を昇るように、雷鳴が行く手数多に響き渡る。
焦がすように、世界を飲み込むように、幾度となく雷鳴を響かせ、槍刃は相手の命を刈り取る為に動き続ける。
届かない、あと一歩がその命に届かない……。
ここで倒さなきゃいけない……。
目の前に立つ、この女だけは………
「今ここで………!!!」
僅かな焦りを覚えながらも、刃を振るい続ける。
しかし、その刹那……致命的な過失した。
空を切った、幾度として全ての攻撃が衝突を繰り返した中……こちらの攻撃が空を切ってしまった……。
「あら、残念?」
「っ!?」
莫大な光の塊………凄まじい魔力の圧力が槍の切っ先に集中しこれまでとは比較にならない程の雷を纏って青みを帯び帯電していた………。
避けられ……。
凄まじい衝撃が背を貫いた。
雷が身体を貫くように、その刃が振るわれたのだ。
思考が追いつかず、天から堕ちていく身体。
背中の骨が確実に砕けている………。
神経も恐らく……もう駄目………、治療なんて今のこの状況では望めない。
でも、これで………
「テナ!!」
薄れる意識で私を呼ぶ声………。
炎の衣を纏った彼がそこにいた………。
落ちていてく身体を何かが絡め取った。
金属の感触……、しかし身体を痛めるどころか支えていたのだ……。
「鎖……?」
そんな感触を覚えた瞬間、上空で凄まじい爆発が巻き起こる。
こちらを助けると同時に彼は、敵に目掛け攻撃を仕掛けていた事を知覚する。
先程の私が受けた攻撃の際、あの女から魔力が大きく損なわれ空いた唯一の隙。
最も防御が薄くなったその瞬間に目掛け、先程の彼との作戦通りに彼は全力の攻撃を仕掛けたのだと。
そう、全力で向かっていたのなら確実に倒せたはずの威力があったはず……。
でも………
共に落ちていく二人の影。
深い傷を負ったその女を庇うように、彼は彼女と共に地面へと落ちていく。
行方を見守るまでもなく、私の意識は徐々に薄れ闇に消えていった………。
●
全身に激痛が奔る感覚で目が覚めた。
先程の戦いで骨が砕けた影響なのか上手く身動きが取れない。
首の周りすらおぼつかない中、うっすらと開いた視界の先に彼の顔が見えた。
「目が覚めたか、テナ?」
「シラフ……、そうだ……あの女は……?」
「すぐそこで大人しくしてる。
もう俺たちと戦う意思は無いらしい」
「駄目だ……、早くそいつを殺さなきゃ……」
私は身体を奮い立たせ、無理やり動こうとするが虚しくも痛みが酷く動けない。
「無理はするな、身体の骨が折れてる。
下手に動けば寝たきりなんだからさ……」
彼がそう言い、私を引き留めようとすると向こうの女が私の方を見て話しかけてきた。
「………そこの彼の言う通りにしなよ?
さっき説明された通り、戦いは辞めだ。
これ以上やったら僕もだけど、動かしたくない人達も動き兼ねないからね」
「だそうだ」
「甘いな、昔から本当にシラフは………」
強張る身体の力が緩み、私はそのまま地面に横になる。
いや、彼が気を利かせたのか軽い応急処置くらいはしてくれている。
直に地面に寝かされているのではなく、彼の羽織っていたコートと近くの枝が簡易的なギプスの役目を果たしていたのだった。
「今、何時くらいシラフ?」
「午前4時……夜明けは近いだろうな……。
てか、ここは何処なんだ?
見覚えない土地なんだが?」
彼は僕に尋ねるも、正直私もここが何処かは知らない。
確か、あの女の徴発に乗ってそのまま転移魔法に引っ掛かって今ここにいるのである。
場所が何処かを知るのは、そこで休んでいるあの女くらいなのだ。
「いや、正直僕もここが何処なのか知らない」
「え………」
己の事実通りの言葉に、彼は驚き硬直する。
血の気が引いたような焦燥顔を浮かべる中で、その様子を見かねた向こうの女は笑いながら今の場所の説明をし始める。
「ここは、サウノーリのあるサリアからはずっと南に離れた南方大陸の僻地だよ。
砂漠を超えた向こう側の更に向こうにある場所。
コート着てなくてもそこまで寒くないでしょ?
サリアのある北側と違って基本的に南側は季節が逆なんだ。
向こうが冬なら、こっちは夏。
つまり、そういうこと」
「南方大陸って……。
そんな場所から、どうやって向こうに戻ればいいんだよ!!」
「僕に言われてもなぁ……。
まぁ、そろそろ向こうから迎えとか来ると思うよ?」
「迎えって?」
彼女がそう言った瞬間、そよ風程度の風が吹く。
方角の方向に視線を向けると、そこには仮面を被り白と黒を彩ったドレス姿の女性がそこに居た。
仮面はなんというか、表情の見えないのっぺりとした無表情のソレ……。
内側に在る素顔がどのようなモノなのかは定かではないが、少なからず仮面の人物は只者ではない事はすぐに理解出来た。
「こんな早朝まで遊び呆けるとは、全く困った人達ですね。
私はもう少し寝ていたかったのですが、命令があったので回収に向かった所存です」
仮面で声を変えているのか、無機質で機械的な声で言葉を続ける仮面の人物。
正体不明の彼女に、私は愚かすぐ横の彼も警戒していたのだった。
「負傷者2名、重傷者1名と言ったところですかね。
身体の骨の幾つかが折れているようですが、死んでいないならどうにか……」
そう言って、仮面の人物は私の方へと歩み寄る。
近くで彼女を見た一瞬、何かの既視感を私は感じた。
長い金髪に少し華奢な少女のような体躯……。
「少しだけじっとしてて下さい、多少痛むと思いますが下手に動くと神経が吹っ飛びますので」
私の身体に手を彼女はその細い腕をかざすと、青い魔法陣が出現し私の身体を優しく照らし始める。
すると、満身創痍の身体から疲労や痛みが徐々に和らいでいくのを感じた。
痛みが徐々に引くと同時に、数分と立たずに身体から痛みは完全になくなっていく。
「これで君は終わりかな?
身体、なんか変な違和感とかはない?」
「ええ、まぁ身体は問題ないです」
ゆっくりと身体を起こし立ち上がり、腰に帯びた剣を引き抜き軽く振るう。
問題なく身体は動いており、先程の戦闘で魔力がほとんど抜けている以外は何ら支障は無かった。
「それくらい動けてるなら大丈夫かな?
さて、お次はそこの彼か………」
仮面の彼女はそう言うと、隣の彼の方に歩み寄り身体の状態を確かめ始めた。
彼女は一体何者なのだろう?
●
「ふーん、なるほど……。
火傷の心配をしてたんだけど、治癒力を高めて相殺するとは中々の力技をしているみたいだね」
目の前の仮面を被った金髪の女性は、俺の腕を軽く触りながらそんな事を言う。
正直、目の前の人物が何処の誰かは知らないが重傷のテナの治療をしたのだから信用はしていいのかもしれない。
向こうからこちらを見る未来のテナの方はニヤニヤと笑いながらこちらの様子を観察しているが……。
「あなたは、何処の誰なんです?」
「ラグナロクの一人だよー、序列は7位だけどね」
仮面で声は変えているが、呑気な口調でそう告げた彼女の言葉に思わず俺は飛び退き腰に帯びた剣を引き抜き構え、目の前の仮面の彼女に向けた。
「ラグナロク……、あんたさっきそう言ったよな?」
「そんなに警戒しなくてもいいよ。
それにこの前、停戦協定結んだばかりでしょう?
後ろの異時間同位体の彼女等が解き放った、タルタロスの脱走者等の殲滅について」
「…………」
「私が仮面をしているから信用できない?」
「素性を明かせないなら、そういう事だろ?」
「変な誤解をされたくないってだけなんだけどね。
多分、私の素顔を見たら驚くと思うし。
後ろの彼女は当然、知ってるみたいだけど?」
「………、誤解だと?」
「私に剣を向けた事、多分絶対後悔するよ」
目の前は彼女はそう言うと、素顔覆っている仮面に手を掛けゆっくりと、ソレを外した。
そして素顔を露わにした彼女の正体に驚愕する。
長い金髪、そして仮面の内側から現れた碧眼の眼差しと整った顔立ち……。
俺のよく知るルーシャを思わせる素顔がそこにはあった。
「ルーシャ……いやでも……少しだけ違うような……」
「ルーシャ王女に似ているのも当然だと思うよ。
だって私は彼女の遠い先祖っだからね。
正確には、私の姉の子孫だけど……」
「姉の子孫……いや、まさか……あなたは………」
脳裏に浮かんだ、たった一人の名前………。
かの英雄、ハイド・アルクスの逸話に繋がる根本的な存在………。
サリアの歴史に、名を残し……。
今も尚、伝説と称させるサリア歴代最高の女王………。
「リースハイル・ラグド・サリア……」
俺がその名を口にすると、目の前のルーシャによく似た少女は微笑み返し、言葉を返す。
「正解、まぁそういうことだから。
とは言っても、昔の権力を乱用するのはこっちの決まりで禁止されてるんだよね……。
私が居るのは、彼等の中でも珍しい魔術師向きの存在だからって事で、普段は旧オラシオン帝国の帝都オラシオンの調査を主に担当している。
今回迎えに来たのは言わば例外、偶然この近くの街で補給をする為に寄ってたってことなんだけど。
それを多分、そこの彼女は知ってたのかな?」
目の前の王女の言葉に対して、未来のテナはというと是も否もないような怪しい笑みで返した。
どこまで裏があるのか正直読めない。
というか、未来の彼女も含めて今ここに居るテナ等がなぜ神器似たような力を扱えていたのかが気になる。
状況が状況なので、聞けなかったのだが……。
しかし、それ以上に目の前の王女の存在がかなり気になるところではある………。
気になる要素が多過ぎて、正直これまで聞いた内容を一度整理したいのだが……今この状況で下手に俺が動くのも悪手に思える。
正直、今の状況は俺やテナが人質みたいな扱いになっている……。
目の前の王女が例え本人ではないとしても、ルーシャの面影を感じる彼女に刃を向けるのは避けたい行為………。
同時に、今の俺では恐らくこの二人を相手取るのは正直難しい状況だろう。
テナは、先程治療したとはいえ、すぐに全力で身体を動かせる訳ではない。
どうする………?
やはり一度帰還して対策を考え直した方が良さそうだろうか………。
「君、確かシラフ君だっけ?
彼とは違って色々な反応が見られるから面白いね」
「彼とは?」
「ハイド・アルクス。
この前、会って手合わせしたんでしょう?
私の自慢の従者の一人で、最強の騎士。
あの人、いつも無愛想で私が何してもほとんど動じなかったからさ……」
「最強の騎士ですか………。
ええ、確かにアイツは強かったですよ……。
今の俺よりも、ずっと……」
「ふーん。
その感じだとこっぴどくやられたのかな?」
「そこまで大きな差は無かったと思いたいですけど」
「まだまだ君は若いし、それだけ平和な時代を生きてた証だと思うけど?
私達の時代程、近年は他国や敵対勢力に対して大きな抑止力が必要なかったんだしさ。
まぁ、ここ最近の情勢を見ていると色々と大小様々ないざこざは絶えないけどね」
「最近というと?」
「私の感覚だとここ十年以内かな?
この前のアルクノヴァ及び、旧帝国の勢力も確かに脅威としては大きかったんだけど……。
それ以上に、極東三国やこっちだと十剣及び教会の動きが非常に厄介だったんだ………。
勿論、君は極東三国については分かるよね?」
極東三国。
サリアの存在する大陸の遥か東、ヤマト王国からは西にある3つの大国……。
チョウフ、インラ、シュナトの三国を指す言葉だ。
帝国統治に至るまでに、かの三国は戦争の真っ只中であり帝国が第4勢力として介入し三国との停戦協定及び両国間での不可侵条約を結んだ事で実質帝国統治下に入った……。
かの三国は、神器所有数が最多の14。
帝国介入以前に、どちらか一方の国が残っていたなら帝国が世界を支配するに至るまでに本来よりも長く時間を要していただろう。
極東三国はその後、帝国が大きな抑止力として作用したのか三国間でのいざこざは以前よりも激減していたみたいだが……。
帝国崩壊と同時に、やはりかの国等の情勢も他国と同じく大きな影響を受けたのは間違いない。
「ええ、勿論存じていますよ」
「まぁ簡単に説明すると。
ここ数年くらいかな、帝国が滅んで抑止力が機能しなくなった今、各国は新たな戦争に向けての準備に向けて動いてる節があるんだよね?
まぁ、そこら辺に関してはラグナロク側としてはあまり深く干渉しないんだけど……。
三国は対帝国向けて、ここ数百年くらい軍事や工業関係の産業に大きな力を入れていた。
結果として、魔術や工業技術に関しては帝国最盛期に並ぶ程の技術があったんだけど……。
その技術が、三国の国境間に存在する2本の世界樹に悪い影響が及んでたらしいんだよね」
「世界樹は、各教会及び他国内でも重要な信仰及び文化の象徴でもあるはずでしょう?
それに問題が起こったとは一体どういう?」
「他の子達の報告によると、ノイズっていうのかな?
世界樹から放たれる魔力の波長に乱れが多く見られるようになったらしいんだよ。
三国が何らかの研究で世界樹を利用してるのは確実らしいんだけど、それが何の目的なのかはまだあまりよく分かってないのが現状。
彼等の最終的な目的が何なのか、それがラグナロク及び世界の秩序に大きな影響を与えかねないなら私達の出番って話なんだけど……」
「世界樹を用いての何か……」
「彼等の目的は運命への干渉だよ。
世界樹が数多に演算し再現している未来の事象や因果のそれを我が物にしようと動いてる。
僕等の居た世界もその一つの可能性であり、可能性の全てを掌握し、己が世界の支配者となるべくかの三国が動いている。
帝国が亡き今、次代の支配者を巡る争いはいつ勃発してもおかしくないからね。
だから世界樹から観測された魔力の乱れは、つまりその研究や実験の影響だと思うよ?
そもそも僕等がこの世界に来れたのは、そのノイズの発生と同時に現在シファが所有している神器の力を演算された世界とこちら側の世界の両側から同時に干渉した事で偶然出来たことだからね。
僕等より早く訪れたシルビア王女の異時間同位体が居るのも同じ手法を取ったという事だと思う。
まぁ、ラグナロク側が彼等の実験を無視出来ないのは、僕等のような異時間同位体が生まれかねない危険性を見据えたが故の至極当然の判断だろうよ」
テナが告げたその言葉に、目の前の王女や俺とテナは驚きを隠せないで唖然としていた。
異時間同位体、未来から来たという彼等は三国の行った世界樹を利用した実験の影響だということ。
「なるほど……、やっぱり君達はそういう経緯で」
「やっぱりって事は、可能性としてラグナロクは既にこの事態を把握していたと?」
「うん。
まぁ、私みたいな魔術師系の人達は、その可能性が高そうって事は一応踏まえてはいたんだ。
でも、上の方は今の段階では無視しても問題ないだろうって判断したらしくて………」
「結果、僕等みたいな異端が沢山出てきた訳だね」
「今更事態を重く受け止めるって言われても、初期段階で既に問題多くあった段階の時点でね……。
私みたいな、魔術師系は今は世界樹の調査よりも旧帝国の帝都オラシオンの調査に軒並み動員されてる訳でね……。
うーん、正直こっちもこっちで手一杯なんだよ」
「そういう訳で、僕等みたいなのが割と自由に動けては居るんだ。
まぁ、僕等も三国の動きっていうのは無視は出来ない重要な要素なんだけど」
「確か、今度サリアで行われる結婚式には他国から大勢の要人が来るからね。
王女の結婚式の裏で、現在不可侵とされている帝国をどうするかとか、その他貿易及び軍事協定とか色んな条約の締結の為動きをするはず。
その全てが今後の世界が進む道に影響してくると思うんだけど、今のサリア国内の情勢を見ているとね……」
そう言って、目の前の王女は僅かに俺から視線をこちらから逸らしつつ、ゆっくりと立ち上がった。
「あの人は今も相変わらずみたいだからさ。
君には悪いんだけどね、彼女のやり方は国内の腐敗に大きく影響してるみたいでね。
特に時計持ちの家系関連での問題がね……」
「あの人というのは、姉……シファ・ラーニルの?」
「うん。
その、私がラグナロクっていう立場だからっていう視点からでの話じゃなくてね……。
昔からあの人は、力での支配って事しかできなかったのよね……。
結果的に、国内国外問わず敵に回す事は多かったし伝染病が流行った時期なんかあの人の事があって魔女狩りも横行したからさ……。
時には彼女自身も石を投げられたりされたみたいだし、でもあの人はあの人なりにこの国を世界を守ろうとはしていた………。
その結果、時計持ちの家系や教会もわざわざ作って私達に自治を任せてくれた……。
でも、あの人の根本では私達人間を最も毛嫌いしているのは確かだと思うな」
「姉さんが人を嫌っていると?」
「貴方や一部の身内に近しい間柄ならそんな事はないみたいだけど……。
大多数の時計持ちの彼等や教会に対しては、かなり恐ろしい人物として映ってる。
元は、その人達が目に余る不正や汚職をしたってことが原因なんだけど……結果その人達は軒並み殺されてる」
「………」
「シファ・ラーニルはとても優しい人。
同時に、この世界で一番の脅威となる存在。
あの人の正義こそが全て、それが今のサリアや十剣そして教会の在り方そのものだと思う。
でも、時代と共に変遷する世の中であの人の正義が全てというのは、多分難しいことだと思う。
彼女が過去に何があったとしても、彼女一人が切り開く道は、私達自身で道を開く事の妨げになる。
次世代の、未来のサリアの率いるのはあなたやこれから国や世界を率いる貴方達だからさ」
「俺は、姉さんの進む道を信じたいです。
でも、貴方の言葉も重々に理解出来ます……。
姉さんの優しさも、怖さも………」
「今の貴方と同じように、かつての彼もまた同じ想いを抱いていた。
魔女として扱われた彼女を救う為に、ハイドはサリア王家に仕える騎士となった。
そして、最終的にはあの人を救った………。
正確に言うなら、私達のような魔女と呼ばれる存在を救ったって事なんだけどね……」
「魔女を救ったとは?」
「当時の教会において、魔女と呼ばれる存在は大きく分けて2種類存在していたの。
人々に害を成し、教会及び人々にとって脅威となるであろう危険因子。
もう一つは、シファ・ラーニルとの関係者。
私を含めたサリア王家は後者の場合に属するのかな。
長らく秘匿されてきた、この国や教会の闇の部分というべきモノかもしれないけど」
「関係者というのはつまり、かつて姉さんがサリア王国の建国に関わっていた辺りの事ですか?」
「それも有るけど、教会とサリア王国の設立辺りの確執からこの問題は起こっていた。
教会の二分化や伝染病の蔓延……、サリア王国の建国に至るまでの歴史………。
色々な因果関係が複雑にからみ合い、シファ・ラーニルに対しての嫌悪感を教会は抱いていた。
自分達の地位がいつ崩壊するかも分からない恐怖、敵に回れば国すら滅びるかもしれないのに、彼女を殺そうと幾度となくその刃を向け続けてきた。
結果……、このサリア王家という彼女の手足として動くハリボテ紛いの王政国家と現在の教会が誕生してしまったのだけど……」
「…………姉さんが、過去に一体何を?」
「私を含めたサリア王家、そして教会の顔でもある教皇一族は少なからずシファ・ラーニルとの血縁関係をもっている者達。
過去に魔女として、幾度となく拷問を受けた彼女から生まれた双子の子孫。
それが私達の一族なのだから………」
「血縁関係………?
つまり、姉さんと血のつながった兄妹がこのサリア王家と教会に居ると?」
「兄妹とかじゃないの。
私とあの人には少ないながらも血は繋がっている。
彼女から生まれた子供の子孫って話かな。
あの人が君に言いたくない程に、忘れたいくらい辛い過去が故なのかもだけど……」
「つまりは、姉さんが過去に誰かと結婚し子供を?
いやでも、姉さんにそんな相手が居たとかそういう話は………。
いや、でもさっきの話………まさか……」
目の前の彼女が告げた言葉。
魔女として、幾度となく拷問を受けた彼女から生まれた双子の子孫………。
拷問……?
いやでも、まさか……。
姉さんが教会に………そんな酷い真似をされて?
あれ程強い姉さんが、何故教会に?
様々な疑惑が過ぎる中、時間は過ぎていく………。