転々と移ろいで
帝歴404年1月7日
その日の夜、ラークから出港した船がサリアの港町であるサウノーリに到着した。
港町の繁華街が賑わう中で、翌日の出発にも関わらず主であるルーシャや護衛対象であるミルシアの意向により出歩いていたのだが……。
「ほら、ハイド達も早く来なさい!!
護衛役がそんな調子でどうするのよ!!」
「ちょっと、ミルシア!!
そんなに引っ張らなくても!!」
はしゃいでいるミルシアに手を惹かれ、困惑しつつも笑顔で楽しそうなルーシャの姿。
二人の後を追う、俺とハイド、そしてアクリを他所に目の前の二人はもの凄く楽しんでいる様子だった。
「あなたの主、凄い人ですよね……。
いつの間にか、歌姫さんと仲良くなってますし……。
昨夜なんて徹夜で話し込んで、私の方が疲れましたよ……」
「確かにな、全く学院で何があったのやら……」
「ですが、ミルシア様がご機嫌を直してくれて何よりですよ。
正直、いつまで機嫌を損ねられるか分からなかったので……」
「確かに……」
昨日、共に朝食を終えた俺達は歌姫であるミルシアが納得出来るまでお互いの情報交換をした。
目の前のハイド・カルフが何者なのか……。
俺自身の経緯、学院に来てから知り得た己の出自。
そして、歌姫であるミルシア本人が告げた己の過去と教会の闇の部分……。
歴代の歌姫が全て教会の手によって殺されている可能性が非常に高いこと……。
後継者不足が故に、民間人から神器の契約者を探し現在の彼女に至っている。
先代のカルフ家当主であった人物が、当時の歌姫を同時に務めていた事。
彼女が死んだ事で、俺の実の父親の弟が当主に成り代わったこと……。
この事実を聞いた事で、一つの可能性が俺の脳裏に浮かんでいた。
俺自身の神器との契約に関して、教会が裏で動いていた可能性が非常に高い……。
しかし、十剣と教会は別組織及び違う管轄の組織である為、因果関係が強いとも言い切れない。
更には、歌姫であるミルシアの証言では俺と彼女は幼いときに一度だけ会ったことがあるらしいが。
その結果として、今横にいるハイドさんの存在が物語っている。
教会の管轄にある、アンブロシアのカルフ。
十剣の管轄にある、サリアのカルフ。
少しずつ、不鮮明であった過去の出来事のピースが埋まっていく……。
十年前の真相……、ようやく何かが掴める気がしてきた……。
「シラフ先輩。
私、もう疲れたんで宿まで運んで下さーい!!」
「いや、もうちょっと待ってくれよ!!
一応これも仕事なんだからさ……。
何かあったときに一番動けるのは、同性のお前だろ?」
「それはそうですけど……。
テナって人にも頼めば良かったじゃないですか!」
「今更それを言うなよ!!
まぁ、後で俺から頼んでみるからさ……。
とにかく今日は耐えてくれ!!」
「酷いです!
こんなか弱い美少女を酷使しようなんて!!」
「俺より身体能力高い奴が、か弱いなんてあるか!!」
「あはは……。
お二人とも仲がよろしいですね」
「そこの三人、もっと早く来なさいよ!!
置いてくわよ!!」
騒がしい道中、ある意味青春と呼べるのだろうか……。
というか、王女と歌姫がこんな街中にいる時点でちょっと危ないどころか……。
「これ、本気でまずい奴だろ!!」
学院での感覚が抜けていない事にようやく気付き、目の前の光景がかなり異常な事を再認識する。
俺の焦りに気づいたのか、並走するハイドさんもペースを上げる。
二人に追いつくのは容易かったが、後から来たアクリは不満の表情を浮かべていた。
街中を歩かせる時は絶対に目を離すな。
改めて、心に誓った。
●
王女と歌姫が目当ての飲食店に着くと、その後に次ぐように俺達三人も入店。
酒場のような内装でかなり賑やかな店内。
船内の雑誌ではかなりの有名店らしいが……。
ここでの魚料理がかなりの絶品らしく、ルーシャは一度訪れたかった名店らしいが……。
既に見知れた先客の姿がそこにあったが……。
なんというか、先客の向かいにもう一人。
明らかに見たことあるような人物がそこにいた。
「あれ、あそこに居るのってテナだよね?
向かいに座るお姉さんは、初めて見る人だけどなんかテナに少し似てないかな?」
ルーシャはそう言って、二人の座る方向を見る。
彼女に言われ、確かにテナの向かいに座る人物がテナによく似ている事に気付いた。
「話をしていればさっそく居ましたか……。
それじゃあ、シラフ先輩?
テナさんも護衛任務に参加して欲しいって誘ってきて下さいよ!」
「いやいや、そんな事を急に言われても……」
「そうよアクリさん。
あなたが引き受けた仕事なんだから責任持たないとさ……」
「護衛任務なんですから多いに越した事はありませんよね?
他にも、歌姫さんが逃げ出した時に対応出来る人員は多い方がいいでしょう?
ほら、ハイドさんもそう思いますよね?」
「それは確かに……。
アクリさんの言う通りかもしれませんね……」
「逃げないわよ!
ちょっと私に対して失礼過ぎないかしら?」
「いえ、ですが日頃の行いというものが……」
「う……っ、でもほら流石に私だって……」
「シラフさん、僕からもお願いします」
「ちょっ!!
そんなに信用ならないの、私!?
ねえ、ハイド、シラフ、アクリ、ルーシャもさ!?」
彼女の言葉に思わず全員が視線を反らす。
俺も含めて……。
「はぁ……わかったわよ……。
もう好きにしなさい……どうせ私なんて……」
皆の意見がまとまったので、俺はテナ達の座るテーブルへと向かう。
行方が気になるのか、アクリとルーシャが付いて来たのが気になるが。
「テナと話すくらいだろ……。
二人まで来る必要あるのか?」
「向かいの人が気になるんだよ。
テナにお姉さんなんて居たかなって思って?」
「私はルーシャ様の付き添いでーす☆」
「そうかい……」
ルーシャの言葉はわからなくもなく、テナ達の席の前に着くなり声を掛けた。
「奇遇だな、テナ?
お前も来ていたんだな……」
「あ……うん、まぁね。
サウノーリ近辺に任務に来てたらよく立ち寄る店なんだ。
ほら、ここの魚料理はとても美味しいからね」
「そうか」
なんというか、テナの反応がおかしい。
視線が泳いでおり、なんというか挙動不審さを感じる。
向かいの彼女の方に視線を向けると、既に酒を何本か開けているのかかなり酔っている印象だった。
「それで、向かいの彼女は誰なんだ?
初めて見るんだが……」
そう言って俺が向かいの彼女に手を向けると、女性は突然立ち上がってこちらの顔をじっと見てきた。
綺麗な長い茶髪で整った美しい顔立ち。
テナによく似ているが、彼女よりは遥かに大人びている印象を受けた。
俺よりも高身長で出るところは出ている美しい身体付き……。
厚手の衣服で隠されているが、なんというか大人の色気というのが溢れており、今の俺には遥かに刺激が強過ぎる。
「んーー、君何処かで………。
ねえ、私の事分かるかなぁ?
えへへ……」
「ちょ、離れなさいよ!!
ねえ、テナこの酔っ払い誰なのよ!!」
至近距離に来た謎の女性から俺を引き剥がし、自分の方へ引き寄せるテナ。
威嚇気味に険しい表情を女性に向ける中、構わず彼女は俺の方へと寄ってきた。
「あー、なるほど通りで……。
横の君も懐かしいなぁ……」
そんな事を呟くと、俺達二人に目掛けて謎の女性は突然抱き締めて来た。
あまりの突然の出来事に、俺もルーシャも思わず硬直する。
「君流石に、やり過……」
テナが思わず声を上げようとした瞬間、何かを察したように萎縮してしまう。
そして、数秒程経ってから謎の女性はゆっくりと俺達二人から離れた。
「ごめんね、急に抱き付いて。
なんというか、すごく懐かしかったから思わずね。
えっと、どういう風に言うべきかな……。
あー、そこにいるテナの遠い親戚で……ナドレって人とは仕事仲間って言えば伝わるかな?
そこの少年にはね?」
「ナドレ?、シラフの知ってる人……?」
「……まぁ……ええとつまりあなたは……まさか?」
ナドレと聞いて俺は、一瞬で目の前の彼女が何者かを理解した。
しかし、思わず口にしようとしたその瞬間、目の前の女性は俺の口を人差し指で塞ぐ。
「今晩、後でゆっくりと二人きりでお話ししようじゃないか?
ね、シラフ君?」
「っ!!?」
再び顔を近づけ俺を誘惑してくる彼女……。
あまりの色気に、ルーシャやアクリまで顔を赤くして視線を反らす。
そして、当のテナは顔を真っ赤にして身体が震えていた……。
間違いない、テナのあの動揺ぶりやこの既視感……。
彼女は、未来から来たシルビア様と同じ存在だという事……。
しかし、テナには未来の彼等に対しては何も伝えていないはずだ……。
なのに、何故同じ場所で食事を囲んでいる?
既に知り合いだったのか、ここで運悪く知り合ってしまったのか………。
どちらにしろ、テナとしてはかなり最悪な出来事である事に違いない。
「シラフ、そのまま動かないで……。
今からその女の首を、切り落とすからさ?」
テナはそう言って、腰に帯びた剣に手を掛ける。
まずい、ここでの暴力沙汰は王女や歌姫の身に危険が迫ってしまう……。
今の任務遂行に大きな支障が起こりかねない……。
「まぁまぁ、落ち着きなよテナちゃん?
別に君と付き合ってる訳じゃないんだし?
目の前にいる君の主に対して、刃を向けるのは騎士という立場の君にはとても分が悪いだろう?」
「僕のじゃなくても、王女の交際相手を目の前で惑わすのはこのまま見過ごせる訳がないんだけどさぁ……?」
「この程度で心が揺らぐ君じゃないよね、シラフ君?
身体の一つくらい私に一夜を捧げた程度で、彼女への想いが揺らいじゃうのかなぁ?」
「おい、急に何を言って……」
「一夜を捧げるって……えっ?!!」
「シラフ先輩、この人一体誰なんです?!!
ナドレって人もそうですけど、知り合いなんですよねこの人と?!!」
「ルーシャ、それにアクリ……。
その色々と誤解してるから、コイツはそのなんというか………」
「コイツ呼ばわりは酷いなぁ……。
昔は同じ屋根の下で一緒に遊んだ仲なのに?」
俺の顔を覗き込むように上から見下し、突然抱き締めてくる。
コイツ、絶対わざとやってる……。
しかも、この前のアクリとは洒落にならないレベルで……。
同じ屋根の下で遊んだ?
まぁそうだよな、昔から一緒に鍛錬したりお互いの屋敷で泊まり込んで遊んでたよな、うん……。
昔、テナを男扱いし過ぎた事をこんな形でやり返して来るとは思ってもいなかった。
目の前のテナも、いずれはやろうとしてたのか?
思わず視線を向けると、当の本人はもう諦めたのか死んだような目をして行方を見守っていた。
「テナ、頼むどうにかしてくれ!!」
「もう、別にいいんじゃないかな……。
あはは……、良かったねシラフ……こんなに女の人から言い寄られてさ……。
ほら、どうせ僕なんか男っぽくて女性扱いはしてくれないんだし………」
テナ、しっかりと根に持っていたよ……。
そうなんだろうとは思ったけど、わざわざ未来の自分にやらせるのもどうかしてるんじゃないのか?
この状況をいっそ楽しむ気なのか……?
そして、何というかルーシャやアクリからは軽蔑の眼差しが向けられてる中、目の前の彼女に俺は好きなようにされている。
また抱き締めてきたり手を繋いできたり………。
「……、そろそろ離してくれ……。
話が進まない!」
俺は抱きついてくる彼女を無理矢理跳ね除け、先程まで座っていた場所に座らせる。
「もう、釣れないなぁ……。
君としては良いご褒美だったろうに……」
「ご褒美も何も無いだろう?
良い年しておいて!周りの様子が見えてないのか?」
「別に良いじゃん、他の子なんて関係ないし?」
「………。」
「目が本気過ぎだよ、シラフ……。
もう、謝るからさ……ほら、この通り!!
ね、御免ね?だからとりあえずこの場はさ………」
「酔っ払いの言葉が信用出来るかどうか……」
「シラフ先輩。
この人お酒は飲んでますけど全然酔ってませんよ」
「アクリ、それ本当か?」
「顔は赤いですけど、指先が若干まだ白いです。
だから多分、化粧か魔術で酔ってるフリをしています」
「あちゃー、アクリちゃんにはバレてたか」
「最初は見抜けませんでしたけどね……。
てか、私の事を何処で知りましたか?」
「あー、ほら、僕さナドレと同業って言っただろう?
セプテントの一件で、彼女と一時は同じ場所に居た訳じゃないかな?
それにほら、さっきそこのテナちゃんから色々と聞いたから、別に僕が何かしら知ってても不自然では無いはずだろう?」
最もらしい台詞を吐く彼女であるが………。
俺でも分かるように、彼女は嘘を付いていた。
しかし、敢えて詮索されてほしくない言葉を混ぜる事で、深入りはするなと念押ししているように感じる。
俺の予想通りなのか、彼女の声音に何かを察し何事も無かったかのように一歩下がった。
「うーん、ルーシャ王女等はそこの彼女に用があるんだよね?
話は勝手に進めていいから、代わりに彼を貸してくれないかな?」
「それはえっと、その……」
ルーシャは女の言葉に困惑している様子。
まぁ、突然見ず知らずの相手……それも異性に交際相手を預けるのは気が引けるのだろう……。
先日のアクリとの一件も踏まえて、短時間であれ俺が自身の管理外に入ってしまう事に躊躇いを感じている……。
しかし、立場や仕事上は仕方ないというのは十二分に理解しているのも事実。
故に、アクリの多少のわがままに対しては事前に連絡をくれれば許容してくれるとまで言っていたのだ。
が、今回ばかりは話は別……。
己が全く知らない見ず知らずの相手、それに俺を預けていいものなのかを、かなり悩ましく思っている。
俺としては、いかによく知っているテナであろうと今目の前にいる彼女は何処か信用出来ないのが本音である。
何かしらの裏があるのは確実、しかし俺が知らない何か重要な秘密を握っている可能性も非常に高い。
まぁ、彼女の発言が偽りの可能性も拭えない……。
先程までと同じく、単にからかって遊んでいるだけなのかもしれないのだ……。
ルーシャとの関係を踏まえるなら、俺から断るのが最適なのだろうが……。
「分かりました。
構いませんよ、彼を連れ出しても」
俺が判断に悩んでいると、思いもよらぬ返事をルーシャは告げていた。
俺が呆気に取られていると、目の前の女性はすぐに俺の腕を組んで来た。
「それじゃあ、少しだけ彼を借りるね?
遅くても明日の朝には返すから、それじゃあ後は宜しく。
あ、テナちゃんには悪いんだけど代わりに代金払っておいて貰えるかな?
それじゃあ、行こうかシラフ!」
「てっおい……急に引っ張るなよ!
てか、ルーシャ本気なのかよ?!」
女性の強引さに振り回されるのを抑え、思わず俺はルーシャに聞き返す。
するとルーシャは笑顔を俺達二人に振り向け、いや顔は笑っているが心なしかめちゃくちゃ恐怖を感じてしまった。
「シラフ、後で話を聞かせてもらうからね?
それと、彼に何か変な事をすればどうなるかわかってますよね、テナの親戚さん?
それと……」
ルーシャはそう告げると、俺の腕に抱きつく彼女の方へと歩き出し彼女の耳元で何かを囁いた。
それは、俺にも僅かながらに聞こえる声で……
「私をからかうのも大概にしなさい、テナ?
次があるかは分からないけど、次はないから」
ルーシャはそう告げると、彼女からゆっくりと離れ普段通りの仕草で作り笑いを見せた。
当事者に釣られるように、思わず俺も肝が冷える悪寒を感じた……。
正直怖い……。
懐が深いように見えて、なんというか彼女はかなり湿度が高いと思っていたが……。
尻に敷かれる未来、いや現在なのは当然だろう……。
「あー、はいはい分かりました。
じゃあシラフ君は借りてくね?」
当事者も図太いというか懲りてないというか、あんな事を言われても尚引かないとは……。
平然と返事を返す彼女に、俺は思わず関心すらしてしまう。
この先、まだまだ苦労は多そうであると思いながら俺は例の彼女に引かれ、そのまま店内を後にした。