この空気なんとかして下さい
帝歴404年1月4日
「なるほど、まぁそういう事ならいいと思うよ。
護衛は多いに越した事は無いからね」
船内のレストランで昼食を摂っていた姉さんから、歌姫の護衛任務にアクリも同行させたい意向を伝えたところ問題なく許可を取る事が出来た。
俺のすぐ横にいる当の本人は、拳を握りしめ内心喜んでいるように見える。
「それにしても、朝食にしては随分と遅い時間じゃないか?
書類仕事がそんなに溜まってたなら、俺にも何か協力させて欲しい」
「うーん、頼みたいのは山々なんだけどさ。
こればっかりは私の仕事だからね。
それにシラフは最近ずっと忙しかったみたいだし、それにまたすぐ歌姫の護衛任務もあるから今の内に休んでおいた方がいいと思うよ。
護衛任務以外にも、十剣としての仕事もそれなりにこなしてもらう予定だからね」
「十剣としての仕事ですか……。
一体何を?」
「宮殿前の広場で神器の力を披露するんだよ。
本当は任命式の段階で行う予定だったんだけど、あの時のシラフは神器の力を上手く使えなかったからね。
だから、改めてみんなの前で十剣としての力を示してもらうの。
レティアちゃんの結婚式と平行して行う形だから、護衛しながらその辺りの準備も宜しく」
「随分とざっくりとした仕事ですね。
まぁ、それくらいなら構いませんけどね。
力を使うとしても、どういった感じなんですか?
それに、俺以外にもシルビア様の件もありますでしょう?」
「シルちゃんに関しては、まだちょっと考え中。
その内、十剣にはなるだろうけど何よりサリア王国の第三王女って立場があるからね……。
他の子達とは扱いの枠が大きく変わるからさ……。
でも、実力的にはクラウスと良い勝負出来るくらいになってるから騎士団の指南役くらいは頼むかもね。
私が離れてる間、騎士団の子達は絶対怠けてるだろうからシルちゃん辺りにビシッと決めてもらわなきゃ」
「なるほど……。
一応十剣の1人にはさせるつもりなんですね……」
「小さくても、神器の契約者には違いないからね。
それに、深層開放も習得してる訳だしさ、元が観測型だけ成長速度が段違い……。
他の子達の育成も兼ねて、次世代を担うにはシルちゃんの力は必要不可欠だと思うよ」
「次世代の逸材ということでしたら、確かにシルビア様の力は必要になるかもしれませんね……」
「シラフやアクリちゃんも他人事とは言えないよ。
少なくとも私としては、シラフやアクリちゃん、そして今は居ないラウ達や騎士団の若い子達も未来のサリアを守る為に必要不可欠な存在なんだからね?
うかうかしてると、シラフやアクリちゃんもシルちゃんに負けちゃうよ?
特にシラフなんて、ほとんど実力の差は無いんじゃないかな?」
「それを言われたら、まぁ確かに……。
手合わせしたのが、最初の頃だけですし。
以降はラウが師事を務め、今の実力にまで押し上げた事は正直驚きましたよ。
俺の唯一の持ち味みたいなものだった深層開放もあっさりと習得、その内その上の力もすぐに使われそうな勢いですよ」
「シルビア様、この前の試合で手合わせしましたけど正直めちゃくちゃ強かったですよ。
ラウさん程じゃないですけど、それでも苦戦するくらいあの子は凄く強いですよ……。
魔術の練度に多少難はありますけどね……。
今後、すぐに私の練度も越されるかもしれませんね」
アクリがシルビアを高く評価した事に、俺はそこまで驚かなかった。
先日の試合で、直接刃と交えたのが隣の彼女。
最も、魔術を使って姿を偽りレティア様として振る舞いながらというハンデは背負っていたが……。
彼女の実力は先の一件である程度聞いていた。
彼女の基礎能力は、ラウを上回るらしい。
それ程の実力を持つ彼女が苦戦を強いられたという程なのだ。
現在のシルビアの実力は相応のものである事は確実であると言える。
「なら、うかうかしてられないね。
アクリちゃんも今の実力に慢心せず、鍛錬は続けた方がいいよ。
シラフも神器の力頼みばかりじゃ身体を壊すんだから、基礎的な体力や魔術の練度の向上は必要不可欠。
特に魔術方面に対しては、神器を扱うときの魔力効率が大きく変わるくらいなんだからさ」
「俺は身体強化くらいしか出来ませんよ。
体内の魔力操作と、体外への魔力操作……。
体外に扱う物に関しては、それこそ生まれ持った才能に大きく左右されてしまう要素ですよ?」
「まぁ、シラフは元々魔術向きって感じじゃないからね。
魔力量はかなり増えたんだけど、その扱い方に関しては生まれ持った素質に左右されちゃうのはそうなんだけどさ……。
でも、新しい神器の件もあるから多少は向上出来るように努めた方がいいかもね?
ヤマトの剣術ばかり練習するんじゃなくてさ」
「両立を頑張ります」
俺のその言葉に、姉さんは僅かに微笑むとゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ私はまた仕事に戻るかな。
何かまた連絡とか聞きたいことがあったら私の部屋に来て。
多分、向こうに付いたら私が側で対応出来る事は少なくなるだろうからさ。
やっとサリアに帰れても、ちゃんと休めるのは当分先になるよ」
姉さんはそう言って、俺達の元を去っていった。
食後に加えてかなり疲れているのか、大きなあくびしていた。
「さてと、じゃあ私達も行きましょう。
それとも、少し早いですけど一緒にお昼食べます?」
「俺としては多少遅れてでも、もう1人のハイドも交えて取りたと思っていた。
諸々の事情を把握するいい機会だろ?
理想はそこに例の歌姫も加えたいが、さっきの騒ぎもあって俺達との同席は控えたいだろうし……」
「あー、なるほど。
まぁその方がいいですよねー。
望んだ回答とは少し違いましたけど……」
「何か不備でもあったか?」
「不備とかそういうんじゃないんですよ……。
もっとこう気持ち的な……まぁ、シラフ先輩らしいですよそういうところ……。
じゃあ、例のハイドって人を探しに行きましょうか」
僅かに呆れた口ぶりで俺の服を掴み引っ張る彼女。
力が妙に込められており、力の加減がおかしく少し痛いくらい込められている。
「そんな急がなくても……。
てかアクリ、俺がなんかお前を怒らせるような事言ったのか?
そんなに力込めなくてもいいだろう?!」
「気のせいだと思いますよ☆」
妙にあざとい笑顔で返事を返され、俺はそのまま彼女の豪腕にされるがままに船内を連れ回されていた。
●
「ミルシア様………、その僕からは何というか……」
「二人揃って、私を騙しててさぞ楽しかったでしょうね……。
ホント、何もかもが滑稽過ぎて、自分でもおかしくなりそう……」
「いえ、その悪気があった訳では……。
いつかはお伝えしなければならないとは思っていました……。
それに自分も、最近まではあの人が今も生きているなんて知らずに……」
「じゃあ、あなたは一体何者なのよ!!
私の事をずっと騙して、私の心を弄んで、これ以上何をするつもりなのよ……!!」
「っ……、僕はただ貴女の為に……。
貴女を守らなきゃって……ずっと……」
「もういい、もうあなたの事なんて知らない!!
私の事なんて放っておきなさいよ、馬鹿!!」
直後、目の前の扉を思い切り叩いた音が聞こえると、そのまま部屋の主は奥へと塞ぎ込んでしまった。
部屋に鍵はかけられ、打つ手は無し。
これ以上弁明を述べようにも、今の彼女には逆効果である事は、これまでの経験則から学習している。
「はぁ……」
ため息がこぼれる中、横からの視線に気付き振り返ると例のハイド・カルフ本人であるシラフ・ラーニルと、彼と古い付き合いであるクレシア・ノワールがそこにいた。
いや、でも先程の彼女とは雰囲気が少し違うように見える。
「あー、丁度揉めていた感じですか……」
「ええ、ご察しの通りです。
こうなると、最低でも丸1日くらいはまともに口を効いてくれませんので……。
いや、丸1日で済むのかどうか……」
「早速、護衛任務に支障が出てきましたね」
「あはは……、まぁ任務はいつもゴタゴタに巻き込まれてこなせた機会が少ないくらいですから……、
それと、隣の彼女は?
クレシア殿とよく似てるように見えますけど別人ですよね?」
「ええ、あの人とは別人ですよ私。
私は、アクリ・ノワール。
今回の護衛任務に加わったシラフ先輩の従者なので以後共によろしくお願いしますね☆」
「ええ、よろしくお願い致します。
それで、わざわざこちらを訪ねたのは仕事関連の?」
「いや、まぁそれもあるんだが情報共有をと思って。
お互い事情に関して、俺もあなたも分からない事が多い。
それに、アクリにその辺りの事情の説明もしたいという事でハイドさん、と今引きこもってる彼女を交えて昼食に誘いに来たって感じです。
でも、ミルシアさんに関しては難しいところですね」
固く閉ざされた扉に視線が向かう。
状況が状況なので難しいのは確かだろう……
「ええ、参加に関しては僕だけになりますか……。
僕は構いませんよ、このまま部屋の前で立ち尽くしてもしょうがないですからね」
●
例のハイドを連れて、再び船内のレストランに戻った俺達3人は共に昼食もとい情報交換を行う事になった。
俺の右隣にはアクリが笑顔でにこやかな姿を見せている中、向かいに座る彼はというとかなり落ち込んでいるように見える。
若干自分と姿が似通っているので、隣の彼女も内心こんな気持ちなのかなぁという感慨深い感情に浸っていると目の前の彼が口を開いた。
「なんか……、本当にすみません……。
こんな事なら、前の顔合わせで事前に言ってれば良かったのかもしれませんね……アハハハ…」
うーん、落ち込み過ぎて若干壊れてる。
仕方ないとはいえ、どうにか励まさないといけないとは思っているが言葉が浮かばない。
すると、隣で笑顔を振りまく彼女が横腹を突き耳元で囁いてくる。
「先輩、この空気どうにかしてくださいよ。
あの人が立ち直らないと、話が進みませんよ?」
「いや、わかってるんだが……。
それでも、そっとしておいてあげた方が……」
「情報共有をする為なんですよね?
だったらこの空気なんとかしてくださいよ」
「俺にこういうのはちょっと難しい……。
アクリがこういう場面で盛り上げるの得意だろ?
ほら、なんかいつもみたくアホっぽい感じで周りを盛り上げてる感じでさ?」
「は?
なんです?、なんか私の事馬鹿にしてません?
アホっぽいってなんですか?
私、そんな風にしてた覚えないですけど?
次そんな事言ったら、その腕圧し折りますよ☆」
テーブルの下で既に足を思い切り踏んでいる彼女が、笑顔で詰め寄りながらそんな台詞を吐いた。
正直怖い……。
「ええと、分かったから少し落ち着けアクリ。
それと、ハイドさんも話が進まないですから、ね?」
己の立ち位置に困る中、目の前の彼が口を開いた。
「僕は……、ただあの人の為に頑張ってきただけなんです……。
僕があの人の力で生を受けてから、今日に至るまでずっと彼女の一番側で仕えて……家族同然に過ごしてきたはずなんです」
「シラフ先輩、どういう意味ですか?
歌姫さんの力で生を受けたって、つまりあの人の子供って事ですか?」
「いや、そうじゃない。
えっと、彼は歌姫であるミルシアの扱う神器、予言の竪琴から生まれた幻影と呼ばれる存在なんだ。
つまり、彼は彼女の持つ魔力から生まれた存在、子供とは少し違う存在だよ」
「神器の力でそんな事が出来るんですか?
でも、それが出来るならシラフ先輩やシルビア様も幻影を生み出せるんじゃないですか?
でも、お二人には居ませんよね?」
「……、俺には幻影は少し前にいた。
でも、色々あって消えてしまった。
神器から生まれた幻影は消えてしまうと、存在ごとこの世界から消されてしまう。
幻影わ覚えられる条件で俺がわかっている範囲だと、生身の肉体の一部を持っている事、幻影を生み出した事がある事、そして幻影を生み出した本人である事。
この3つの条件のいずれかを満たした場合、彼等が消えてしまっても記憶を保持出来る。
俺の場合は以下2つの条件を満たしていたって事だ。
で、目の前の彼は多分完全に彼女の力から生まれた存在だと思うよ、多分な……」
「じゃあ、シルビア様が幻影を持たないのは?」
「幻影を持てる契約者は数が限られるらしい。
契約者の中の更に少数なのは確かだ。
まぁ、幻影を持ってる契約者は色々と訳ありなパターンが多い、俺も含めてな」
「ふーん、なるほど……。
えっと、それじゃあそのハイドさんでしたっけ?
あなたは歌姫さんから生まれた幻影って事で間違い無いんですか?」
「ええ、その通りです。
先程仰った通り、私は彼女の神器から生まれた存在。
もとは、過去にミルシア様が出会ったシラフさんとの記憶です。
そこから、彼女は私を神器の何らかの力によって生み出してしまった。
以降私は、彼女の身の回りのお世話や従者として家族の代わりとして過ごしてきました」
「過去に、シラフ先輩が歌姫さんと出会った事が?」
「そう言う事になるらしい。
俺は全然覚えてないんだがな……。
俺の本名が、目の前に居る彼と同じハイド・カルフ。
サリア王国のカルフ家の一人息子で、歌姫とは元の家系が同じ従兄妹みたいなものなんだ。
だが、十年前の火災の一件で俺は一家共に死んだ事にされた。
その影響で、恐らく歌姫さんはそのショックに耐えきれず、彼を神器の力で幻影として生み出した。
で、実は本人である俺が生きていたって事で今のまぁこんな状況に陥っている。
それまで、歌姫さんからは俺はカルフ家をめちゃくちゃにした大罪人って扱いだったからな。
まさか当の本人が生きていて、今まで側にいた彼が自分の生み出した幻なんだと知らなかった訳なんだ」
「ええ、今の状況の認識としてはそんな感じですね」
「ええと、つまりハイドさんとシラフ先輩は実質同じ人って事なんですか?」
「そうなる、だよな?」
「ええ、そうでしょうね」
「あー、なるほど……。
だからこんなに状況がややこしく……。
でも、こんなやり取り例のクレシアの一件でありませんでしたか、シラフ先輩?」
「まぁな、色々あったのは確かだよ。
最後は丸く収まったが、まさかこんな形で掘り返されるとは思ってもなかった」
「クレシアさんの件については、私が知る訳ありませんね。
彼女と実際に面識があったのは、私ではなくあなたなんですから……。
ルーシャ王女とは仲がよろしくないのは聞いておりましたが、まさかそこからこんな事態に……」
「起こってしまったものはしょうがないですよ。
とりあえず、俺達の状況についてはわかって貰えたかな、アクリ?」
「ええ、まぁ色々問題あり過ぎだって事は……。
で、例の歌姫があのまま塞ぎ込んでたらどうしようもありませんよね?
どうするつもりなんです?」
「立ち直ってくれるのを待つしかありませんね。
僕の経験上は……」
「「……。」」
目の前の彼からこぼれたそんな言葉に、思わず隣のアクリと目を合わせる。
ここにきて打つ手無し……。
先が思いやられ、思わずため息がお互いに溢れる中。
目の前のテーブルの上に注文したそれぞれ昼食が店員によって丁寧に並べられていく。
なんとも言えない空気の中、顔合わせの昼食の時が過ぎっていった。