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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第二節 予言の歌姫と十の剣
247/324

先見を知る者と無垢なる者達


 燃え盛る街が目の前に広がっていた。

 黒き雲が空を覆う中で、混乱に陥る人々の声。

 

 倒壊する建物が見える中、損傷から見る限り地震等の自然災害ではないのは確実。

 この街では戦いが起こっている。


 一体何処で、誰が戦っている?

 

 映り変わる光景に意識が揺らぐ中、僅かに映り込む巨大な宮殿……。

 黒き外壁に囲まれた、漆黒の宮殿がそびえ立っていたのだ……。

 

 間違いない、アレはサリアの……。


 ここで僅かに疑問が浮かぶ、サリアはあのシファが居る国である為に、安易な守りではない。

 かの国に攻め入る組織、あるいは国が今の世に存在しているとは、到底考えられない……。


 光景が映り変わり、映される光景が宮殿とは離れた広場に変わる。

 倒壊した建物に囲まれながらも、そこには戦う人々の姿があった。


 燃え盛る炎の衣を纏い、剣を構えた人間が二人。

 そして、それに相対する黒衣の人物……。


 戦いを見守る、一人の少女……。


 戦いが始まるかに思えた刹那、再び光景が変わる。

 

 山を思わせる黒き巨人が、大海からこちらへ向かう中で幾数人の人間が立ち向かう。


 何と例えればいいのか分からない異型の化け物に戦いを挑む、雷の如く光を纏った者……。


 各地で激しい戦いが起こる中、再び光景が映り変わり、荒廃した荒れ地のような場所が目の前に映される。


 そこに立つ複数の人影が見えた瞬間、今までは見えていた光景が黒に染まり絶えていく。

 


 帝歴404年1月4日


 頭を右手で抑え、先程まで見えていたモノを紙に書き留める。

 覚えている限りの全てを、そこに記し見えていたモノの全ての情報を改めて確認……。


 燃え盛り倒壊していく王都サリア。

 炎の衣を纏った二人組と黒衣の者。

 3人を見る1人の少女。


 海から攻め入る黒き巨人、それに立ち向かう人々。


 異型の怪物に挑む、雷を纏った者。


 そして、最期に見えた荒廃した世界とナニカの影。


 「相変わらず、不自由な力だな……」


 いつもの言葉が漏れる中、扉を叩く音が聞こえる。


 「アンブロシアから、カルフ家の者が教皇様への面会にお越し致しましたがいかが致しましょうか?」

 

 「アンブロシアのカルフから……、珍しいな?

 私は別に構わん、丁重にこちらへ招き入れろ。

 ソレと、腹が減ったから軽い軽食も頼む」

 

 「畏まりました、すぐに軽食もお持ち致します」


 声の主が遠くに行くのを確認して、改めて目の前の文字を書き走った紙を確認……。

 

 「災厄の前触れなのは確実……。

 事象を防ぐ為に何が必要なのか……しかし、下手に動けば事態が悪化する可能性も拭えない……。

 近々サリアへは、第一王女の結婚式の為に出向くが……、最悪その近辺で起こる可能性が非常に高い……」


 頭を悩ませ、ぶつぶつと1人呟きながら目の前の紙を見つめていると、再び扉を叩く音が聞こえ誰かが入ってきた。

 

 「教皇様のその様子を見る限り、またも何かの啓示が訪れた模様ですかな?」


 「そんなところだ。

 実に貴方からこちらを訪ねるのは父上の代であった5年ぶり辺りでしょうかね?」


 「私を覚えて貰え頂き誠に光栄です」


 目の前に立つ、固めた茶髪が特徴的な中年の男。

 アンブロシア連合国のカルフ家の現当主を務める、ニコライ・カルフがそこに居た。


 「それで、ニコライ殿がわざわざ私を尋ねたのは、何用があっての事だ?

 例の歌姫がまたも何かしら問題でも起こしたか?」


 「ミルシアが問題を起こすのはいつもの事ですよ。

 こちらが下手に無干渉かつ自由にさせたのが問題……。

 いずれにしろ、こちらで片付いてくれるモノばかりですのでどうにか歌姫の役目は果たせております。

 例の彼の協力もありますのでね」


 「カルフの生き残りとかいう例の少年か……。

 まぁ、歌姫が自身の責務を果たしてくれているならこちらからは特に言及はしないさ」


 「それは誠にありがたい事です」


 「それで、本題はどうしたんだ?」


 「先程の生き残りの彼、ハイド・カルフに関係する事でございます。

 長らく、私共は例の一件の生き残りとして彼を保護し育てて参りましたが……実はそのですね……」


 「2年前に新たな十剣として認められた、シラフ・ラーニルが実際のハイド・カルフであった事だと言いたいのだろう?」


 「既に知っておりましたか?」


 「当然だ、3年前から既に私は視えていた事だよ。

 まぁ、あの魔女の事だ。

 アレに何かしらの事情をこちらに伏せていたのは間違いないと思っていたが……。

 ソレがまさかこのような形とは流石に恐れ入ったよ。

 現在はラークへと共に留学したようだが、そこで神器の力を大きく覚醒させ、先月には旧帝国の暗部に関わっていたアルクノヴァ等との戦いに参戦し戦果を挙げたとも聞いている。

 これについても、私は既に昨年には予見していたが」


 「つまり、例の彼が後の歴史に大きく関わる事が既に暗示されていたと?」


 「どういう訳かは知らないがな……。

 他にも、世界各地で大きな出来事が起こるがニコライ殿が言いたいのはこの辺りの一件で間違いないのであろう?」


 「ええ、誠にその通りです。

 私共としては親戚のよしみで嬉しい反面、同時に大きく警戒するべき事象であると判断しております。

 本来であれば、あの子は教会に所属し貴方様を支える重要な立場の存在……。

 しかし10年前の一件以来、あの子は例の魔女の元に引き取られてしまった……。

 当人がどこまで自身の出自を理解しているのか、はたまた聞かされているのかが非常に不明瞭であり最悪あのまま魔女の手先として動くかもしれません」 


 「教会側からは既に、使者をラーニル家へと送り従者として潜めていたのであろう?

 その者から、ニコライ殿へ何かしらの連絡は来ていないのか?」


 「例の彼女との関係は非常に良好的であると……。

 留学以前の聞いた限りの様子ですと、自身の出自に対しては内密にしていた様子。

 そもそも、神器と契約していたにも関わらず自身のその力を上手く扱えなかったようでして……」


 「だが、留学を機に得た経験から例のシラフという奴は、神器の力を己の意のままに扱えるようになった。

 恐らくだが、シファはある程度その事象予見していた上で彼を留学させた可能性があるとこちらは見ている。

 更には、サリア王国及び教会勢力から遠ざける為という目的があったのだろうが……」


 「十剣はラークへと招集したにも関わらず、我々教会を招集しなかった意図は一体?」

  

 「教会勢力の腐敗を見兼ねての判断だろうな……。

 こちらも黙認しているとはいえ、一部司教等の汚職が多すぎているくらいだ……。

 一部信者からは、不満の声は挙がっている。

 それを多少無理矢理にでも、抑えているのが現状。

 組織事態は十剣よりも遥かに大きな分、その管理があまりにも杜撰ずさんで行き届いていない。

 例の歌姫の横暴ぶりが問題ないと判断せざるを得ないのもこれが原因ではあるが……」


 「やはり、彼等をいかに処罰させるかをそろそろ検討するべきでは?

 多少心に痛むかもしれませんが、帝国が崩壊し先行きが怪しい中で今の彼等の愚行を見過ごす訳にはいきません……。

 早々に処罰を教皇様自らが宣言し、実行へ移すべきであると思います」 


 「で、誰がそ奴らを処罰をする?

 奴らの私腹が肥えその力がそれなり大きい以上、私兵にも毒が回っているのは確実だ。

 その検挙に手っ取り早い方法の一つとして、十剣やシファに協力を要請すれば済む話。

 しかし、私はあの女のやり方は好まない。

 こちらがやるより遥かに多くの血が流れるのは確実。

 あの魔女のすることだ……、最悪この大陸が血に染まり滅びる事もあり得るだろう」


 「しかし、このまま放置する訳にも……」


 「私としては、例のシラフを教会に引き込む事が最良だとは思う……。

 サリアに偏った大きな力を教会本部もとい、ここフリクアに置く事で力の均衡を保つ必要がある、といった旨を彼に対し私から直接誘いを申し立てるさ。

 それに、例の魔女とは友好関係にある以上その利用価値は非常に高い……。

 問題は、現在の彼がサリア王国の第2王女専属の騎士という役割といったところか……」


 「王女とは確か、ここ最近で交際関係にあるという噂もございますが……。

 サリアとの堅い契りがある上に、容易くこちらへ引き込むのは少々難しいかもしれませんが、どうするおつもりで?」


 「そうだな……。

 いっそ王女共々サリアからフリクアへ移住させる手もある。

 神器の重要性は如何に魔女の管理下にあるサリアとしても無視は出来ない問題。

 帝国崩壊以降に偏った力を、自国のみに集め過ぎるのはかなり危険である事は向こうも十二分にわかっているはずさ。

 だから、こちらから誘いを申し立てる。

 王女との交際関係も含めて彼の力を利用出来さえすれば、今後の教会の運営は遥かに動きやすくなるだろう。

 彼が教会にいる事で、例の魔女の手綱も抑える事がある程度可能……。

 サリアと教会からすればお互い理想的な取引だとは思うところだが」


 「最終的には彼の返答次第といったところでしょうか」


 「まぁ、そうなるな。

 このご時世、身分を盾に強制は出来ない」


 話の折り合いがある程度ついたところで、扉が開き先程従者に頼んだ軽食がテーブルの上に置かれる。

  

 「茶は私の方で淹れる。

 2時間程経過したらまた来てくれ」


 「畏まりました。

 では私は失礼致します、ごゆっくりと」


 深々とお辞儀した従者の彼女はそのまま静かに部屋を立ち去った。

 

 「随分と若い子だな、先程の彼女は君の好みかい?」


 「彼女の名はアノラ・ローゼスティア。

 先程言った例のこちらからラーニル家に送った者ですよ。

 二人の留学期間中は、たまにこちらで奉公をさせていてね」

 

 「サリアの五大名家の一つである、あのローゼスティア家の!?」 


 私が自分で茶を淹れている中、目の前の男は随分と驚いていた。


 「そう驚く事じゃないだろう?

 両名の留学期間中、こちらで身を預かる事になっただけの事。

 例の屋敷の管理の方は別の者に魔女自らが任命したらしいが、彼女には己の実家にも戻れぬ複雑な事情があったそうだからな」

  

 「複雑な事情ですか?」

 

 「ローゼスティア家からラーニル家に派遣されたのが今から約3年前、それから半年が経った頃当主であった彼女の父親が亡くなった。

 新たな当主となったのは、彼女の弟であり長男でもあるアルカード・ローゼスティアという者。

 しかし、当時12歳という年端もいかない子供だったが故に代理として亡くなった当主の妻が当主として役目を果たしている。

 亡くなった当主には前妻が居り、彼女が生まれたすぐに命を落としたそうだ。

 その後、再婚した今の妻との子供は念願の男であり跡継ぎとして大事に育てられたが、それとは逆に彼女はあまり快くは思われなかった。

 その結果、教会の命で利用されラーニル家に追放同然に追いやられた。

 あわよくば、彼女が彼の婚約者となり十剣の家系という地位も手に入れようとしていたみたいだが……。

 そんな境遇が故に、彼女ら戻る家もないとの事で教会の友人の伝手を辿って今に至る訳だ」


  「ローゼスティアといえど、やはり貴族として跡継ぎはいかにサリアと言えど男系が重要視された訳ですか……」


 「内政の多くにあの魔女は干渉しない。

 関わるのは、十剣、教会、時計持ちの家系と言った神器関連のところだろう。

 己のやりたいようにやって、他の事には一切関与も責任も取らない結果、サリアの上流階級も教会と同様に腐敗が起こっている。

 この点に関しては、他国と比べても酷いと言わざるを得ない……。

 先も、時計持ちの家系が海賊を雇い暗殺未遂を起こしたこともあったくらいだ。

 彼女の保護している時計持ちの家系からも舐められているが、その報復が我々に影響してくる可能性もある」


 「過去には一体何が起こりましたか?」


 「教会の古い記録だと創設初期頃の約800年も前の事、例の黒炭病が流行しはじめ魔女刈りが横行していた時代の話。

 その当時は、あの魔女への不満も募り伝染病の恐怖で気が狂っていたのか信者等と共に過激派が魔女刈りと称して一般人や、例の魔女の処刑を幾度となく行った。

 一般の死者は4国で最低でも約2万人以上…、魔女の処刑は僅か30年の間に18回執行されたが、全てが失敗。

 首を撥ねようと、炎で炙ろうと、彼女は死ぬことが無かったのだから」


 「な……」


 「その結果、当時の教皇含めての多くが彼女の名の元に粛清として殺されてしまった」


 「粛清の一件は噂限りで知っておりましたが、当時の教皇までも殺された話は始めてお聞きしましたよ?」


 「教会組織内部でも色々と揉め事があったそうだからな、正確な情報が伝達していないのも無理はない。

 それに、現在教会が管理している神器が4つではなく5つ存在していた事も、歴史の陰に消えてしまった」

 

 「5つの神器?」


 「予言の竪琴、蒼海の鶉卵じゅんらん、虚夢の牙飾、神翼の首飾り、そして今は行方が知れぬ記憶の紅玉……。

 これ等の力があって、教会の信仰は保たれて来たと言っても過言はない……」


 「記憶の紅玉と呼ばれる代物の行方がわからないというのは一体何が?」


 「……当時の契約者であった者が、処刑されようとしていた多くの魔女等を助け出そうとした。

 結果として、教会は彼女の裏切り行為から彼女もまた魔女として処刑しようとした。

 しかし、それはシファに阻まれ結果当時の教皇含めて殺されてしまった。

 魔女刈りの横行を止めたのは、奇しくも裏切り者であった存在……。

 その後、行方はわからないが……恐らく今も誰かしらが例の神器を所有しているのだろう」


 「当時の教皇が殺された後に、一体誰が代わりを?」


 「名前はファルニア。

 ファルニア・ラグド・ティアノス、殺された教皇一族とシファとの間に生まれた子の一人だ」


 「あの、シファ・ラーニルに子供が?」


 「ああ、奴は幾ら殺そうが死なない。

 故に、それを逆手に取って教会の者等は彼女を輪姦まわしたらしい。

 その際に薬漬けにし、一時はその精神が壊れてしまったらしいが、彼女を治療したのが例の紅玉の契約者だ。

 アレは、対象の記憶を操作する事が出来る代物。

 それにより、シファは命を救われ我々に対しての報復を行った……」


 「しかし、生まれた子供というのは一体……」


 「当然、シファ自身は認知していない存在だよ。

 忌まわしい記憶として、実の子供の記憶をあの契約者に消して貰ったのだからな。

 が、教会の後継者としてその子供を任命させたのは何の因果の関係だろうか不思議なものだ。

 そして、彼女から生まれた子供には特異な力が芽生えた。

 それが、我々一族の扱えるラプラスの眼……。

 未来を視る能力の根源だ」


 「つまり、教皇殿はシファ・ラーニルの子孫であると?」

  

 「血統としてはそういう事になる。

 まぁ未来を視る力といってもその力を自らの意思で操作する事はまず不可能に近い。

 ところ構わず、未来の状況が映されそれを解読し未来に起こる事象を予測する。

 それでも、その未来が大きく覆せる程の動きが出来るかと言えばそうでもない……。

 私もたかが1人の人間の器ということ、巨大な運命の流れに逆らうのはまず不可能。

 最低限その場に居合わせないということを心掛けすればいいが、余計な干渉が更に最悪の運命を引き当てる可能性もない訳ではない。

 全くもって奇跡の力とは言い難い、不自由な力さ」


 透き通る茶を伝い、カップの底に視線を向けながらも脳裏に過ぎった先の光景を振り払うように、目の前のソレを一気に飲み干し、私は改めて口を開いた。


 「とにかくだ、例のハイドの一件に対しては私からも幾らか手を貸そう。

 引き続き、何かしらあれば手紙でもなんでも報告をしてくれれば構わない」


 「教皇殿がそう仰るのであればその通りに……。

 ソレと、もう一つ小耳に挟んでおいて貰いたいことが」


 「これ以外の他に何かあるのか?」


 「はい。

 近年世界各地で謎の組織が暗躍しているとの事で……」


 「謎の組織だと?」


 「ええ、教皇殿であれば既にご存知であると思っておりましたが念の為、ご報告をと……」


 「謎の組織、ソレは旧帝国関連のアレではないのか?」


 「いえ、それとは全く別のナニカです。

 他国勢力の一つかとは思いますが、現段階でわかっている情報ですと例のカオスと関連する者達である事でして」


 「……、例の魔女との関係は?」


 「知る限りでは彼女とは中立の立場、しかし何らかの目的の元で集団あるいは単独で動いてる者との事。

 少数先鋭で、1人1人が十剣に並ぶ程の能力を有しているそうです。

 教会と敵対する意思はないそうですが、彼等の存在については教皇殿も警戒した方が良いかもしれません」


 「少数先鋭の謎の組織……。

 1人1人が、十剣に並ぶ実力者とあっては野放しにするのは非常に危険ではないのか?」


 「ですから、教皇殿に報告した次第です。

 そのご様子ですと、彼等の事はご存知ないのですか?」


 「いや、私が知るのはアルクノヴァが主として動いていた旧帝国の者として面会してきた者が昨年末に訪れた件があった。

 名前は確か……、ネクタ……とか言ってたな。

 しかし、そいつはアルクノヴァの一件で組織の力が大きく損なった件について、全く知らなかったが故にすぐに追い返したまでの事」


 「ネクタ……?

 今更ながら、旧帝国の者を名乗るとはどうも不可解だとは思いますが……。

 先程申した私の言う彼等とはどうやら別の者のようですね」


 「別の者か……、やはりアレは悪戯か何かのようだな」


 「教皇殿の言う、ネクタとか言う者は一体何の要件で訪ねて来たのです?」


 「確か、ラーク行きの船を探していたようだ。

 どうやら、アルクノヴァの元へ向かおうとしていたらしいが、道中に困ったのでこちらを訪ねた様子。

 要は単に金に困っていたらしい。

 しかし、既にアルクノヴァは亡くなっている。

 そして、こちらがわざわざ旧帝国の怪しげな組織に加担する道理もないだろう?」


 「確かに、教皇殿の仰る通りです」


 「だからこの件は、奴をそのまま追い返して終わった事だったが……。

 まぁいいさ、とにかく例の謎の組織に対しては教会上層部全体に警戒するように伝達しよう」


 

 「これからどうするかなぁ……」


 フリクア共和国の国境付近に位置するチルアという街の一角に位置する公園にて、周りに居るホームレス達に混じりながら自分等は路頭に迷っていた……。


 手元には、200カリスの銀貨3枚で計600カリス。

 それが今の自分に残された全財産でもある。

 価値としては、露店のパン一つが15カリス程なのでそれなりの量だとは思う……。

 が、無駄遣いは極力避けたいところ。

 

 しかし、目指す場所も目的も見当たらない今の自分の状況が故に困り果てていた。


 「ねえ、これから私達は何処に向かうの?」


 「それは俺が知りたいよ。

 こちらには依然として音沙汰無しな上に手元の金も下手に手を出せない。

 しかし、このままだと俺たちは路銀を使い果たした挙げ句に行き場も無くして野垂れ死にだろうな」

  

 「地図を見ても地形はさっぱりだものね。

 私達の知る世界の地形とはほぼ同じでも、地名や文化が全く違う……。

 幸いなのが、FAMの自動翻訳が今も機能してくれてるってところ……。

 意思疎通が出来るだけマシなのかもしれない……」

  

 そう言いながら、俺の横に腰掛けるフードを深く被った少女は先程買ってやった露店の食べ物を口に入れる。

 見た目の割には、人生経験が盛んだったのか大人びた言動だが、見ている分には年相応だと思う……。

 

 俺達はお互いに素性を知らない。

 気付いた時には、隣でこいつが倒れていた俺を助けてくれていた。

 俺自身、過去の記憶が曖昧……。

 覚えているのは自身の名前であるネクタリフという名前と謎の施設に居たという記憶。

 そこで俺は何者かに襲われ、次に目を覚ました時には先程の彼女が居たのだ……。


 そんな彼女の名前は、テュホン。


 こいつも俺と同じような境遇なのらしいが、その時の事に関しては話したがらない。

 しかし、宛になりそうな人物が俺しかいないらしくずっと以降引っ付いてきてる。


 時折、前の世界と言った言動をする。

 彼女の言う通り、目の前の光景には既視感を感じるが正直何一つわからないことばかり……。

 

 自分が何者なのかもわからない。

 こいつが何者なのかもわからない。


 手持ちにある金が元々俺達の者なのかもわからない、  

 少なくとも、こいつと俺はあの時が初対面だった。

 

 「帝国のあった場所が、確かオーストラリアって国なんだよな?

 で、かつて帝国って国と深く関わってたアルクノヴァ・シグラスって奴はラークっていう旧アメリカ合衆国とカナダであったという学園国家に居る。

 とりあえずそこを訪ねようって話だったが、例の知ってそうな教会のお偉いさんからは門前払いもいいところだ。

 そして、頼みの綱であったアルクノヴァは数日前に死んでいたと……」


 「私もそれは想定外だった……」


 「とうして、お前はそれを知っていたんだよ?

 俺にも話して貰えないと、行動を共にするにあたって非常に不都合だろ?」


 「私はFAMを通して色々とこの世界を視ていたの。

 長い時間の流れを私は遠くからずっと見てきたから」


 「長い時間ってどれくらいだよ?」


 「大体9000年くらい……。

 そして、今日は西暦11772年の1月6日。

 私達の生きていた2700年代からはそれくらいの長い時が過ぎているの」


 「9000年って流石に冗談だろ?

 そんなに長い時間、俺達は生きていたとでもいうのかよ?

 木とかでもせいぜい4000年そこらじゃないのか?」


 「原理はわからないけど、ずっと私達は眠らされていたらしい。

 そのせいで、今こうしてここに立っている。

 あなたも多分、私と同じく眠らされてた人達の1人。

 過去に何をしたのか知らないけど、私や他の人達とは明らかに違うのは確かだけど……」


 「違うって、君は俺と同じ人間なんだろ?」


 「……、私は普通の人間じゃない。

 それに、そこらの殺人鬼よりも沢山の人を殺した化け物、それがこのテュホンという存在だから」

 

 彼女は何かを押し殺すような素振りでそう言う。

 手足、いや全身が僅かに強張っていた。


 「あー、そのすまん……。

 言いたくないなら言わなくていいさ」


 「そう……」 


 「まぁ、とにかく大昔の俺達を知る奴等はここには居ないんだろ?

 だったら新しい人生を楽しんで生きようじゃないか」


 「新しい人生……、そんなの……」


 「正直俺は昔の事なんてほとんど覚えていないが、君に助けられたのも何かの縁だ。

 だから、ほら……その……」


 「頼りない人ですね、肝心な時に……」


 「いやー、なんといかこういうのは昔から苦手だった気がするよ。

 でも、まぁなんとかなるさ……。

 とにかく、ほら?

 俺達の新しい居場所探しに各地に色々と行ってみよう」


 「宛も無しに行くのは流石に無計画過ぎません?」


 「このまま前に進まないよりはマシだろう?」


 「……それは、確かにそうですけど。

 私、あなたに付いていくしか行き場がないので」


 「だったら、付いてくるんだろ?

 宛の無い無計画な旅だとしてもさ」


 俺が彼女にそう問いかけると、呆れながらため息をつきゆっくりと立ち上がる。


 「言いましたよね、私はあなたに付いていくしかない。

 行き先は任せます、頼りない人ですからね。

 私が面倒見てあげないといけませんから」


 「おいおい、俺を何だと思ってるんだよ?」


 「間抜けなおじさん」


 「間抜けなおじさんって、流石にソレはひどいんじゃないのかい!

 ほらもっとこう、仲間とかパートナーとかそんなもっと良さそうな言い方あるんじゃないのかい?」


 「今は間抜けなおじさんで十分ですよ」


 「なら、旅をしながら間抜けなおじさんから卒業出来るように頑張るよ」


 「その意気です、間抜けなおじさん」


 「いちいち俺をそう言うつもりかい、テュホンちゃん?」


 「気持ち悪いのでその言い方はやめて下さい」


 「俺にはいいのかよ!!」


 「はぁ……まぁいいです。

 じゃあネクタリフ、次の目的地はどうします?」


 「まぁ、呼び捨てなら構わないが……。

 なんか、ちょっと当たりがキツイよね?」


 「これからは何処に行く予定なんてす?」


 どうやら俺に拒否権は無いようだ。

 少女の尻に敷かれてるのは流石に情けなく感じる。

 まぁ、そういうのが好みって人達にはご褒美って奴なんだろうが……。

 多分そんな事を言えば、今後二度と口を聞いて貰えないだろうな……。


 「じゃあ、サリア王国ってところに行くか。

 あそこには美味い酒や料理があるらしいってこの前寄った酒場で聞いたんだ。

 やっぱり、新しい居場所にするなら美味しい料理が沢山あるところがいいだろう?

 あ……」


 思わず彼女に隠れて酒場に行ってしまった事を口走ってしまった俺は、目の前の笑顔に思わず悪寒を感じてしまった。


 「私に黙って、そんなところ行ってたんですか?

 貴重な資金だってこと、忘れた訳じゃないですよね?」


 「ちょ……ごめん、ホントごめん!!

 隠れて行ってた事はこの通り誠心誠意謝るから!!

 でもほら、次の行き先は決まっただろ?

 ほら、そのゴミを見るような軽蔑した眼差しはやめてくれないかな?!

 周りの人達に見られてるからさ!」


 「……まぁいいです。

 これから歩きながらでも、今後の在り方についてしっかり話し合わないといけませんからね」


 「あの、俺……、一体何をされるの……」


 「さぁ?

 とにかく、サリア王国を目指して行きましょう。

 時間はたっぷりとありますからね?」


 「あはは……、お手柔らかに……」


 フードの下から可愛らしくも、恐怖を覚える笑みを浮かべいる少女に、いい年した俺は乾いた笑いが溢れていた


 

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