知を求め、禁忌に触れて
帝歴404年1月4日
「そこの構造式、入れる値は3ではなく4の方がいい。
指定座標も経点の値を一つ上に上げた方が魔力を流す際に他の構造に干渉しづらくなるはずだよ」
「しかし、ここに流す魔力の波長を1下げれば経点の値を上げずとも現状の構造で問題ないと思ったのだが?
ソレにこの方が材料が5%程少なく済む」
「確かに、そうかもしれないが……。
その座標上にある魔法陣の構造と比較して、魔力の波長を下げた場合並行して扱う難易度は大きく上がるんだよ。
ソレに多分強度が足りない……、一太刀ぶつけた瞬間に砕けるのがオチだ。
魔力の波長は極力同じ値で扱った方が、使用する魔術全体が安定する。
私はソレを始めに君へと教えた事だろう?」
「波長を揃えるのが基本だとは分かってるんだがな」
サリアに向かう航路の中、私は現在自身の客室にてシトラから魔術の指南を受けていた。
魔術においては学院内でも5本の指に入る実力。
両親からの干渉に嫌気が差し、私達がサリアに向かう事を聞くとその話に乗り彼女もまた同行する事になっていた。
学院内でも彼女からは日々魔術の指南は受けており、現在教わっている分野は魔導工学。
物体に魔術を付与し、魔術の性質を持った道具や武具を生み出す為の学問。
その一環として今回は、かつて帝国軍で扱われたという魔導武具の一つである魔硬短剣という代物を作る為の設計図を彼女に教わりながら描いていた。
魔硬短剣は、魔術を刀身へと流す事で切れ味や武器自体の強度を引き上げる事が出来る代物。
魔術の構造自体は市販の包丁にさえ応用出来るが、魔硬短剣に用いる材質の都合上、そのまま魔力を流した場合元の状態よりも脆くなってしまう。
それを防ぐ為に、魔力を流す為の回路が必要となりこれらの設計を彼女から教わっていた。
自分で扱う武具に関しては、特に問題ないのだが市販されているモノと比べると非常に難解だったり一つ一つの製造コストが高い。
状況に応じて、最適化されたモノを扱えるようになる為に魔導工学の分野は日頃から学んでおかなければならなかった……。
「これでどうだろうか、シトラ?」
一通り書き終えた設計図の紙をシトラに提出。
彼女は、軽くそれ等を眺め何も問題は無さそうだと確認すると紙を返した。
「よし、一通り仕上がったみたいだな……。
じゃあ試しに、この設計図の通りに短剣を錬成してみるといい」
「了解した」
彼女に言われた通り、私は魔術を用いて先程の設計図の通りに錬成魔術を開始。
右の手のひらの上に小さな赤い魔法陣が出現し、その中から黒い金属のソレが出てくる。
しかし、目の前の彼女もまた同じ形のソレを私と同じ方法で生み出し、お互いに目の前の机の上に出来上がったソレを置いた。
「何故お前もソレを?」
「コレはさっき君が作ろうとしてたのと同じ構造。
君が提出してくれたソレとの比較の為にね?
試しに、まずは君が造った方の奴に魔力を流してみるといい」
シトラに言われ、私は手に持ったソレにゆっくりと魔力を流し込んでいく。
短剣の刀身からは赤い幾何学模様の光が浮かび上がり、設計図通りの正常な動きを示した。
ソレを見て彼女は軽い拍手をし褒め讃えた。
「お見事、まぁ設計図通りだから当然なんだけど。
じゃあ次に、君がさっきまで作ろうとしてた方に同じように魔力を流してみて?」
そう言われ、彼女から手渡されたソレを受け取り先程と同量の魔力を注ぎ込む。
先程と赤い幾何学模様の光が浮かび上がり、特に何も問題無さそうに見えた。
「じゃあその次、その短剣同士を軽く叩き合わせてみて。
そうだなぁ、力加減としては君が料理する時に込める力くらいで良いよ」
「了解した」
言われた通りに短剣同士を軽くぶつける。
すると、先程シトラから渡された短剣がサラサラと砂くずのように崩れ去った。
目の前の光景に思わず目を疑ってしまう。
「何か仕込んだか?」
「材質を少しばかり脆いモノにさせてもらった。
仮にもし君と同じ材質でやった場合、多分短剣は衝撃に耐え切れず第爆発していただろうよ。
砂くずになったのは、魔術よる補強が十分では無かった証拠さ。
良かったね?その失敗作のように君の腕が吹き飛ばなくて」
「恐れいった……、流石だシトラ……」
「これくらい当然さ。
弟子に爆発事故を起こして欲しくは無かったからね。
後処理が色々と大変になるだろう?」
「そうだな……」
その手に握られている砂くずのソレに視線を向けながら、私は自身の未熟さを痛感する。
「最近の君は割と人間味のある仕草をしてくれるね?」
「どういう意味だ?」
「初めて会った頃と比較してみなよ?
無機質というか、私どころか誰に何かを言われても無表情で返すくらいだったろ?
でも今は、目の前の失敗に対して私にも分かるくらい落ち込んでるのが見て取れる」
「顔に感情が出ていたと?」
「そういう事だ。
まぁ普通の人間なら当たり前の事だろうよ」
「……、そうか」
「私から言うのもアレだが……。
新しい従者君の事、もう少し向き合ったらどうだい?」
「お前には関係のない事だ」
「まぁ、確かにそうなんだけどね。
家族といざこざしてる私が言える事じゃないが、例の従者君は君とどうにか向き合いたいらしいよ。
君も、そうなんじゃないか?
向こうの自室に、彼女の為の何かのメモがあったからね?」
「アレの中身を見たのか?」
「失礼ながら軽く目を通させて貰ったよ。
人型ホムンクルスに用いる素体結合子の安定剤だったかな……。
考案者は、学院でもかの有名なアルクノヴァ・シグラスと彼と同じく帝国出身のノエル・クリフトときた。
興味深いとは思ったよ、まさか先生の研究について君が色々と知っているとは思っても見なかったからね」
「先生?」
「ノエルさんは、私が魔術と関わる事になったきっかけをくれた人だよ。
私に魔術を教えてくれた、大切な師だ……。
6年程前を最後に彼女との交流は途絶えてしまったが……、それでも今尚私が魔術の道を歩むのは彼女の影響あってのものだからな……」
「ノエルは5年程前に亡くなっている。
帝国崩壊の一件で受けた魔力中毒が内蔵を浸食したことが主な死因らしいが」
「あの人が亡くなっている事を何故知っている?」
「シンはノエルの手によって作られたホムンクルス。
そして私も、彼女の研究によって生まれた存在だ。
しかし、私の意識が覚めた時には既に彼女は亡くなっており今話した事も以前にシンから聞いていた事だ」
私が彼女の一件についてシトラに伝えると、突然笑い始め何かを悟った様子を示した。
「ははは……そうか、君はそういう事だったのか」
「何に対して勝手に納得をしている?」
「いや、大した事じゃないさ。
だがそうか、君があの人に作られた存在とは全く恐れいったよ……、つまり君もホムンクルスという訳かい?」
「私の身体はホムンクルスよりかは人間に近いモノ。
帝国時代の英雄ラウ・レクサスの遺伝子を中核とし、そこに彼女が幾らかの手を加えた。
限りなく普通の人間と同じ身体構造だが、唯一異なる点を挙げるならば私には本来心臓があるべきモノの代わりにグリモワールと呼ばれるモノが埋め込まれている事。
そこから魔力や血液の循環が機能しており、ソレこそが私の力の源と言えるが」
「な……、全知全能が記され、魔術を志す者なら一度は夢に見るというあのグリモワールを君が持っているのか?
いや、それ以前に……あの人はグリモワールをどうやって手に入れる事が出来たんだ?
君はソレを知っているのかい?」
「細かい入手経路は私もあまりよく知らない。
ただ、帝国崩壊の一件の少し以前に彼女はソレを手に入れる事が出来た。
場所は帝都オラシオン、宮殿地下に存在する秘匿区域にて入手したらしいが……。
しかしコレは、シトラが思うような便利な代物という訳でもない」
「確かに噂通りの全知全能なら、確かに今の君が先程のような初歩的なミスを犯すとは思えないな」
「………。
グリモワールは端末の一つに過ぎない。
全世界の情報が格納されている世界樹。
生命の樹とも呼称される現存する12本のソレ等に対してグリモワールは接続する事が出来、格納されている全ての情報を行使出来る。
ただ、扱う情報があまりに膨大な為魔術に対してのみ有効という制限をノエルは加えて私に埋め込んだ。
力をほぼ完全に扱う事で、私は神器を含む他者からのありとあらゆる全ての魔術による影響を受けなくなる。
が、力の加減紙一重でも間違えれば命に関わるがな」
「体内グリモワールの操作がそこまで難しいのか?」
「シトラから詠唱無しでの魔術の扱い方を教わる以前の私は、補助機能を用いて魔術を使用していたのは解るだろう。
自動で補助音声と共にこちらの動きや魔力の流れ、魔術の発動に至るまでを自動で行ってくれる。
最初の頃はそれで問題無かったが、お前からは無駄が多いという指摘の為に指南の元、今の状態にある。
補助機能も体内のグリモワール由来のモノ。
元々は魔力の使用方法を指導する為に、帝国が開発した教材らしいが……」
「なるほど、色々使えて便利だからあの人は君の体内にあるグリモワールに埋め込んだという訳か……。
当初は君のソレに驚いたが、まさかそういう仕組みの元で存在していたとは……
で、今の君はその使用を避けているのかい?」
「極力使わない努力はしている。
やむ終えない場合、機能の補助を受けるがな。
主に弾丸の錬成や、敵の観測を行う際に並行して魔術を行うという限定的な状況だが……」
「君の使う銃弾が魔術によるモノとは分かっていたが、やはり今も補助が無ければ厳しいのかい?」
「先程作った短剣の2桁上の構造式に加えて、その大きさもより小さく緻密な構造になる。
そこに弾丸として扱えるようにする為の強度が求められる為、戦闘中に扱うならそこに意識を数分程は集中しなければならない。
敵は待ってはくれない、故に並行処理は必要になる。
こればかりは現状どうにもならない……」
「初めから魔導工学を用いた武装作成し扱う事で、ある程度改善はできそうだが……。
君としては、敢えて避けたい理由でもあるのかい?」
「その案は確かに良さそうだが、機構が複雑過ぎて耐久力には難があるだろう?
私は接近戦に対応する為に今の簡易構造の銃を扱っているからな……。
銃の構造は弾を射出可能な最低限の構造があれば弾の工夫次第で応用が効く。
最低限の構造故に、銃の強度や形状も状況に応じて変化させ様々な場面でも対応出来る。
銃身を小手のように用いた近距離戦も可能。
故に、私の中では今のこのやり方が一番身体には合っているところだ」
「例のサリアの騎士君のように剣を扱わないのは何故だい?前回の祭では、一応剣を使ってたじゃないか?」
「シファの能力に馴れる為に、彼女の扱う武具種を扱ったに過ぎない。
結果的には勝てたが、能力の燃費も悪く立ち回りも変わるが故に少々危うげではあったところ……。
使えないよりかは、使わない程度の事だ」
「なるほどね……、まぁ君らしい合理的な判断だ。
次回の結果も期待出来そうだよ」
「どうだろうな……。
既に私よりも強くなろうとしている者達が存在しているのが実情。
実力の差など、その時の戦況や相性で容易く覆る事になるだろう……。
私が魔術からの影響を受けなくなっても、物理的に熱量や物を当てられでもすれば傷を負うのだからな……。
それに、あの弟の影響で来年からは神器の契約者か否か、更には解放者に至っているかの要素が重要だろうな」
「あくまで魔力が付与されているモノ限定という訳か。
それに、君がそこまで言うくらいだ神器の契約者とやらと普通の人間とでは明確な差があるらしい」
「そういう事になる。
だから、私とあの弟の相性はむしろ私の方が不利だ。
神器の能力は単純なのだが、その分厄介過ぎる。
魔力そのものを無効化したとして、熱量そのものは魔力が熱を帯びたソレだ……。
熱された鉄を一瞬で冷やそうにも、水を使おうが時間は多少掛かる……。
一瞬の攻防戦でその熱が無くなるとは到底思えないが」
「今はおそらく弟君の方が上か……。
で、その顔ぶりから察するに問題はそれだけではなさそうだね?
今の君が焦ってまで魔術や自身の技能の上達を目指す理由に直結していそうだが……」
「……、聞いたところでどうにかなるモノではない」
「私に劣る程度の魔術が扱えたくらいで、私が聞いたところで何の意味もないと言うのかい?」
「……、引くつもりは毛頭ないか……」
「君が私から得た力の行方が気になるだけだよ。
単なる探求心という訳でも無さそうだし、それに私の父親が前回の件のように君とは何らかの形で関わっているみたいだからね」
「かつて滅んだ帝国が関与している。
私の素性を教えた事で察しはついてるだろうが、それ以外に各国の裏で動いてる組織が幾つか存在している。
アルクノヴァが関与していた旧帝国組織、これから向かうサリアを含めた四国が関与している十剣や聖教会、そして私が追う本命、ラグナロク……。
これ等の組織問題が現在複雑に絡んでおり、その一つである旧帝国側が前回の一件で大きく力を落とした」
「旧帝国組織がアルクノヴァ関連か……。
十剣は、今現在この船の護衛として乗り込んでいる弟君を含めた契約者達……。
聖教会に関しては、確か例の歌姫が所属している組織だよね?
君の追うラグナロクに関しては初耳だな……」
「わざわざ深く関与する必要はないが、これ等の知識がある前提でなければ私の目的の説明は出来ない」
「別に構わないよ。
君の話せる範囲で私に教えてほしい」
「……、分かった。
まず初めに、十剣と聖教会に関して説明しよう。
この2つの組織は、共にシファ・ラーニルが主となって組織を結成したモノ。
聖教会は、彼女自身が信仰の対象を避ける為に生み出した隠れ蓑であり組織教義の元は旧文明の宗教を根本としたもの……。
以降の組織の歴史に関しては、シトラの知る通りの認識で説明は省けるだろう」
「君の恋人さんが、聖教会を結成した……。
わざわざ信仰の隠れ蓑として生み出したというのはどういう意味だい?
それに、その言い分だとシファさんは随分と長生きというか明らかに人間ではない存在という事になるが?」
「彼女は人間ではない。
まぁ、この点は十剣の存在にも関係するところだが。
聖教会の説明に戻すと、サリアを含めた4国に分断された各国をまとめる際には必要不可欠であったことが大きい。
巨大な国が存在し、一国に力が大きく集中する事を避ける為に4つの国に分けた。
しかし、あくまで分けた国は一つの組織として動かしたいのが彼女の意向であった為に聖教会という組織を作り、人々の信仰を一つにする事でこの点を解決した。
同じ考え、同じ倫理間の集まりを作りつつ大きな力を広く並べた。
この大きな力とは今の十剣の元であるヴァルキュリアを指し時の流れと共に今の十剣として変化した。
組織の名残りは、現在のサリアの地区区分に残っている。
この二大組織の目的というのは、安寧の平和であり大きな変化もなく争いもない世界を目指したモノ。
組織の長は現在もシファである事に変わりはない、その認識で良いだろう」
「古くから、彼女はあの4国を牛耳っていた訳か。
しかし、そんな彼女のやり方に不満を持つ者は居なかったのかい?」
「勿論存在した、4国の歴史にある魔女狩りや内乱の多くが彼女の存在によるもの。
しかしその全てを、己の力で抑えこんだ。
組織内部での反発は今も尚残っている、しかし彼女の存在あって迂闊には動けないのが現状。
上のやり方は相当腐っているそうだが、その点に関して彼女自身は大きく関与せず自身に問題が影響しそうになっただけ手を出している。
組織は良くも悪くも、表面上は平和だろうが……」
「一人の圧政に不満な奴等が随分と多そうだね。
しかし、歴史から見れば実に800年以上たった今も残っている辺り彼女の手腕を感じるよ……」
「シファの支配が全てだった訳ではないが、それぞれの国が数百年以上も残っていたのが事実。
争いも厄災も多少あれど、大きな流れだけを見れば平和そのものであったのが事実だ。
しかし、その支配が大きく揺らいだ時期が存在している。
それが、かのオラシオン帝国……。
君の両親が生まれた国であり、そしてアルクノヴァが関与していた現在の旧帝国組織という訳になる」
「帝国の存在は確かに、世界全体から見ても大きく歴史が動いただろうね。
たかが辺境の弱小国が僅か一代で世界を支配した。
初代皇帝を含め、その下についた八英傑。
彼等の存在があり、そして以降400年近くに渡って帝国の支配は世界全土に渡っていた」
「帝国は建国当初、改革や変化を礎として力を大きく広げた国であり、シファの支配下にあった十剣と聖教会とは対極の存在であり小競り合いが絶えなかった。
白騎士、もといシファが直接動く事態にまで発展した結果、当時のサリアを治めていたリースハイルと帝国との交渉の後に事実上、かの四国は帝国の傘下に入った。
いずれにしろ帝国の一強に関して、シファは当時こそ大きく警戒していたらしい。
しかし、歴史の流れとしてリースハイルはそれを受け入れる姿勢を示し、シファの意向に反抗の意を示した。
シファ曰く自国の未来を守る為、帝国相手に王女自らが直接交渉に持ち掛け現在の十剣及び聖教会を残しつつ帝国傘下に入るまでに至ったのだと。
彼女の勇敢な行動が無ければ、恐らく帝国はシファの手により滅ぼされ、今も尚彼女の支配は続いていたはずだろう」
「伝説の女王の名采配ということか……。
歴史の裏でそのような事があったとは、実に驚いたよ……。
で、これ等三つの組織と君の追うラグナロクとの関連はどう繋がって来るんだい?」
「2つの陣営に属する組織は対立の立場にあったが、お互いに理解を示しつつ帝国側の下という事で一時的に話の折り合いは付けられたのだが……。
問題のラグナロクの話がここから大きな障害となり今に至っている……。
それこそ私が作られた目的が、ラグナロクという組織を倒す為でありその主であるカオスという者を倒す事が最終目的。
当初は、そのカオスという存在の手がかりすら無かったがこの学院に来る事で幾分かの情報を得る事が出来たのだがな……」
「聖教会と十剣の長がシファ・ラーニル。
帝国側が、恐らく当時の皇帝及びその下の八英傑。
そしてラグナロクが、カオスという者が率いていた」
「ああ、そしてシファは、かつてラグナロクに所属し脱退すると、そこから聖教会と十剣が生まれたという事になるがな……。
そして更に帝国は、カオスの支配から脱する為に各国を支配下に置きカオスを倒す為に八英傑という組織を結成したという経緯がある……」
「帝国と彼女が同じ目的の為に?
それに、彼女がわざわざラグナロクに属していたとは一体どういう?」
「最初こそ、シファはラグナロクの目指すモノに賛同しその道を共に過ごしていた。
ラグナロクは世界の秩序を守る為の組織。
世界が正常にかつ、人々が平和で安寧の時が続くように世界を運営していく事が目的の組織だ。
つまり、根本は彼女の作り出した聖教会等と何ら変わらないモノ、いやそれ以上に帝国の目指す理想とも限りなく近いものだった……。
しかし、ラグナロクと彼等とでは決定的に相容れない要素が存在している……」
「決定的に相容れないモノだと?」
「ラグナロクの長であるカオスは世界の運命に干渉し、この先世界で何が起こるのかを全て管理している。
何時何処で何が起こるのか、誰が何をするのか?
戦争も、飢餓も、災害も、誰かの生死やその運命も全て管理していたのだと。
カオスの定めた運命通りに世界を運営する組織こそ、ラグナロクという存在だった……」
「この先に何が起こるのかを全て管理していた?
そんな事が出来る訳がない、どんな魔術の才を持とうと運命そのものを己の望む方向に動かすような真似事が出来た試しなど無かったのだからね……」
「世界に存在する魔力の概念を構築したのは、旧文明の人類であり、彼等が生み出した神に近き存在こそカオスという存在だ……。
異種族の概念、更には魔力の生成及び管理をしている世界樹の存在も今の世界において、その全てがカオスの下に管理されているものだ」
「魔力が、かつての人類が生み出した物なのかい?!
そんな話を私は初めて聞いたぞ!?」
今までの余裕のあった反応から突然態度が変わり、子供のそれのようにいきなり詰め寄って尋ねてくる。
僅かな暑苦しさを感じ、詰めてくる彼女を跳ね除け説明を再開する。
「突然寄ってくるな暑苦しい……。
その点も私の知る範囲で説明する……」
「ああ、失礼……。
今までの君との会話で多分一番驚いた内容だよ……。
私を含めて、魔術を知る者の多くは自然界に元々魔力が存在しているという認識だからね。
世界に散らばる12本の世界樹から、魔力が生まれているという事までは分かっていたのだが……。
細かい原理については、未だに解明出来ていなかったが君がこれから言ってくれる事でソレがようやく分かりそうだよ」
「いや、魔力についての解明は既にされていたのが実情だ、情報の開示がされていないのみ。
少なくとも帝国が建国されるよりも以前、オラシオン王国時代の更に180年程前には世界樹が人工物である事実が解明されていた。
が、この真相は長らく最高機密情報としてオラシオン王国を含めた各国において秘匿されていた。
これは以降、帝国建国にまで秘匿され気付けば帝国世界統一、更には現在にまでも至った。
しかし、統一の数年後には当時八英傑であったノエルの先祖に当たるアドリア・クリフトは世界の真実の一端について解明した。
が、その当時の事をシファが聞いていたのだから、わざわざ私が言わなくとも、現在この船に乗る本人から聞けばいいのだがな……。
しかし、私は彼女から直接聞くまでもなくアルクノヴァの一件以降に得た資料にて、当時の事についての記録を得る事が出来た」
「かつてのアドリア殿が得た世界の真実とは一体?」
「旧文明の歴史だ……。
旧文明の人類が如何に魔力という存在が生みだしたのか、神器とは何なのか、そして何故彼等は滅んだのか。
そして、今の世界が何の為のモノなのかを……」
私は淡々と、目の前のシトラに己の見た事実を伝える。
かつての帝国が得た世界の真実。
何故これを公にしないのか、今の私自身ならばその理由がよく分かるのかもしれない。
シファがかつて賛同したカオスの目指す世界。
しかし、道を違えるに至ったその理由。
そして、何故カオスは今のやり方をしているのか。
この真実こそ、奴の思惑に至るであろう、最たる原点なのだから……。