赤髪の少女
帝歴404年1月2日
凍てつく寒さが肌を突き刺す中、私は暖炉に薪を入れると指先に魔力を込め火を起こした。
それから、皆の朝食の支度をしていると私ひ釣られて家の奥から誰かの足音が聞こえてきた。
「あれ、もう起きてたんだ?」
声の方に視線を向けると、この家の一人娘であるネルティスがそこにいた。
寝癖が目立ち、年相応の幼さを僅かに感じる。
「ネルティスさん、おはようございます。
少し早くに目が覚めたので、皆さんの朝食の用意をしていました。
流石に、お世話になってばかりなのは申し訳ないのでこれくらいは……」
「そんな……。
ほら、一応お客様なんだからさ!!
それくらい全然私がやるよ!!」
「私がそうしたいと思っただけですよ。
他の皆さんが起きる頃には出来上がると思いますので暖炉で温まりながら待って下さい。
何か温かい飲み物でも用意しますか?」
「そこまで言うなら……。
それじゃあ、お言葉に甘えて紅茶をお願いしようかな?
えっと、後ろの棚の右側辺りに小ぶりな金属の容器があってその中に紅茶のティーバッグがあるから……。
コップはその隣の棚にあるネコ柄のマグカップね」
「わかりました、すぐに用意しますね」
彼女に言われて通りの場所からそれぞれを取り出し、手早く茶の用意を終え、暖炉の前で温まる彼女にゆっくりと手渡す。
「熱いので気を付けて下さいね」
「ありがと。
ここでの暮らしには馴れた、お姉さん?」
「ええと、はい。
どうにか……。
空いてる時間には図書館で勉強しつつ、自警団にも通って身元を探ってるばかりですが……」
「その様子だと、何も分かってないの?」
「はい……。
自分の生まれや、名前も……。
交友関係の何から何まで……」
「そっか……、まぁ焦ってもしょうがないよね。
でも、お姉さん凄く綺麗だしもしかしたら何処かのお姫様かもしれないよ?
それに、ここまで赤くて長い髪の毛は初めて見たよ。
この辺りじゃ見慣れないから、未開の南方諸国の生まれとかかな?」
「南方諸国……、確か南の大陸の奥地でしたよね……。
とても大きな砂漠を越えた向こうにある」
「うん、でもあくまで可能性ってところかなぁ。
私がもっと博識だったらお姉さんが何者かもわかったかもしれないのに……」
「気持ちだけでも十分ですよ。
でも、このままずっとお世話になりっぱなしではご迷惑になりますよね……。
仮住まいとしても、それなり稼ぎは欲しいところです」
「じゃあ自警団に入るとかは?
今は沢山人手が欲しいみたいだしさ?」
「ですが、よそ者が突然国の治安を守るというのは……」
「傭兵家業もあるくらいだし、この国としては昔から珍しいモノじゃないよ。
それに、実力があればヴァルキュリアっていう騎士団に入隊出来るかもしれないし」
「ヴァルキュリア?」
「そう、ヴァルキュリア。
他国のお役所としての役割をしている騎士団だよ。
サリア王家直属の組織で、彼等の中には十剣って呼ばれるアスト様やクラウス様、そして2年くらい前に新しく加入した私と同年代くらいのシラフ様って方も所属しているの。
彼等一人一人の実力は他国の軍と同等かそれ以上て言われるくらいで、みんなからは憧れの存在なんだ」
「ヴァルキュリア、十剣……。
とてもお強い方達なんですね」
「うん、でもお姉さん戦えるって感じの肉つきではないよね?
どっちかというと魔道士とかそっち寄りかなぁ?」
「確かに魔道士とかの方が向いてるかもしれませんね。
私、魔術だけは使えましたし……。
他の事は何も覚えてないのに……」
「じゃあ何処かの偉い魔道士とかなのかな?
まぁとにかく、空いてる時間があったら入隊試験とか受けてみたら?
今は何処も人手不足だからね」
「ええ、では今日にでも伺ってみます。
街を歩くだけでも記憶の手掛かりがあるかもしれませんので」
「あーでも、名前は一応あった方がいいよね?
せっかくだから私がかわいい名前付けてあげる。
そうだなぁ……、私の名前がネルティス・フレンだから……ええとね……」
「名前……、何か手掛かりでもあれば……」
お互いに考え込んでいると、私は寝室に置いていた装飾品を思い出し取りに向かう。
ベッドの横に置かれた、古びた腕輪。
僅かに赤みがかかっている金属の腕輪であり、見た目は簡素な造りだが何処か存在感を感じるソレだ。
行き倒れていた私が身に着けていた金属類の2つの内の一つ。
もう一つの方が首飾りで、身元の特定する為に自警団方に預けてもらって調べている最中である。
識別票と呼ばれる代物で、そこには生まれや名前等の個人が分かる情報が入っている代物なのだそう。
しかし、とても古びており元が何を示していたのか分からないので調べている最中。
そして今、手に持っているのが片割れの一つ。
何かは分からないが、親の遺品の可能性もあるという事を先程のネルティスに強く言われ質屋に売るのを強く押し止められたモノ。
私自身、これには何か惹かれる要素がある。
でも、濃い霧が掛かっているようでそれは何処か気味の悪い何かがあるのだと思う……。
思い出してはいけないような……
でも、思い出さなきゃいけないような気がするナニカ。
「お姉さん!!火、火!!」
「っあ!!っ今行きます!!!」
台所の方から彼女の声が聞こえ、すぐさま向かう。
早々に気づいた彼女の方が先に火を止め、先程の大声で彼女の両親達も目を覚ましてしまった。
飼い猫であるシアンを抱えた父と母親。
そして彼女の祖父母までも一同に台所へと集まってしまった。
「おやおや、朝から騒々しいくらい元気だな……」
「あらまぁ、こんな朝早くから朝食を作ってくれたの二人共?」
「ニャー」
「全く朝から騒々しいなぁ。
なぁ、メガネを知らんかい婆さん?」
「若い子はこれくらい元気なのが一番ですよ。
それより爺さんや、メガネは胸ポケットにありますよ」
「あー、そうかそうか……」
「お義父さん、しっかりして下さいよ……」
「ニャー」
「何を言う、ワシはまだ現役バリバリじゃわい!」
「ちょっとみんな一気に来すぎ!!
台所狭いんだから!!
お父さん達はリビングに行っててよ!!」
「私も手伝いますよ。
ミヤリアさん、お爺さんの新聞持ってきて貰えないかい?
あと、シアンの餌やりも頼めるかしら
ここは、私に任せてくれないかしら?」
「はい。
ではお願いしますね、お義母さん」
先程までの騒がしい様子が収まり、朝食の用意を進めているとネルティスの祖母であるシイラさんが声を掛けてくれた。
「赤髪さん、怪我はありませんでしたか?
ほんと、毎日騒がしくてすみませんねぇ……」
「いえ、元は私が勝手に……」
「でしたら、今度お料理を教えてあげますよ。
お爺さん、そのチーズ苦手なんですよねぇ……。
私は好みなんですけど……」
「そうでしたか……。
では、その時に改めて是非ともお願いします」
「それなら良かったわ。
新しい娘が出来たみたいで嬉しいわね」
「もうおばあちゃん!!
ここは私達でやるかは、向こうで休んでて!!」
「はいはい、わかりましたよネルちゃん。
じゃあこのパンだけ先に持っていきますよ。
先に向こうで待ってますよ赤髪さん」
祖母がパンを持って向こうに出ると、少し不満げなネルティスが話しかけてきた。
「お姉さんも気を付けてよ。
私が居なかったらどうなったか……」
「ええ、とっさの判断に助かりました」
「ねぇ、何を取りに行ってたの?」
「ええと、あの腕輪です。
何かの手掛かりになるかなって……」
「あー、この前血迷って売ろうとしてた奴かぁ……。
あの腕輪、きっと大切なものだと思うよ。
記憶がないにしても、倒れてまで大事に持ってたくらいなんだから……。
無くしたらきっと記憶が戻ったときに後悔するかもしれないよ」
「ええ、ですね……」
「ソレで、それが何かの手掛かりになるの?」
「どうでしょう?
でも、名前の由来か何かになるのでは?」
そう言って私は彼女に腕輪を手渡す。
彼女はそれをまじまじと見つめているとあるモノを見つけたようだった。
「コレ……、裏に何かの文字が刻まれてるよ?」
そう言って、彼女は私に文字が刻まれているという部分を見せる。
刻まれている場所は、腕輪の内側で傷か何かだと特に気にした事が無かった場所だった。
【C■D■ 01■ ■ELI■S】
「コレ、なんて書いてるの?
見たことない文字だよね……」
「コード、012……。
ヘリオス……」
「お姉さん、コレ読めるの?」
「うん……なんでだろう……。
見たことないのに、なんで私……」
「じゃあ、それがお姉さんの名前なのかも。
これからは、ヘリオス・フレンって名前かな?
せっかく、私かわいい名前考えたのになぁ……」
「ヘリオス……」
一瞬、ほんの一瞬だけ何かを思い出した気がする。
見覚えがある、この文字列……。
私が何処の誰なのか……決定的な何かがコレにある。
「お姉さん?」
「あっ……すみません、ちょっと考え事してました」
「そう……、なんか顔色悪いし無理しないでね?
ほら、みんなの御飯早く持ってこう!!」
「ええ、行きましょうか」
それから一家での楽しい朝の時間が流れていた。
身寄りない私を受け入れてくれたこの家族との楽しい時間がまた一日と過ぎていく……。
思い出さなきゃいけない自身の記憶。
でも、記憶を取り戻す事が今は少しだけ怖く感じた。
●
朝食を終え、父親と祖父や母親達が仕事に行った頃、私はネルティスと共に自警団へと向かっていた。
「入隊、出来るといいね?」
「そうですね……。
あの、入る為には具体的に何をすれば良いんでしょうか?」
「ええと、お隣さんも自警団に入ってて教え貰ったのが……。
書類何枚かの記入と、あとは体力とか知力の試験。
一通り受かったら、日を改めてお偉いさんとの面接でその日の内に結果が来るはずだったかな?
早くても結果が出るのは3日くらいだね
このアルヴィト地区の担当者さんは確か、元王国騎士団の副団長とかしてたゼリアス人で入隊する人には主に基礎体力とかをよく見るらしいよ。
でも、人柄は優しくて身分に関わらず周りからも慕われてるからそこまで緊張しなくても大丈夫だと思うよ」
「ええ、だといいですね……」
「もう、そんなに緊張しないで気楽に行こうよ!
まぁ無理だったら、別なところでよ良いと思うし。
ほら、図書館とか博物館とか?
お姉さん頭良さそうだし、メガネも似合うから向いてると思うよ!」
「そうですね、ネルティスさん」
それからしばらく彼女を連れて、自警団の役所に到着する。
受付の方とは既に顔見知りで事情を説明すると早速入隊試験を受ける事になった。
書類関連は向こうで用意するので、先に体力と知力もとい魔術の能力の適正を測る事になった。
「では、始めにコレに思い切り魔力を込めてみて下さい」
担当の女性に別室へと案内された私は、目の前に黒い水晶のような物を見せられる。
「ええと、コレは一体?」
「魔術の適正や体内魔力の総量を測る器具です。
魔術の適正がある場合、この水晶の色が使用者の得意な系統に変化します。
そして、水晶の上に魔力の総量が表示される仕組みです。
魔力の総量は1から9999までの値で表されます。
一般の方が最低でも約150程度。
基本的な魔術師の方ですと、大体2000弱くらいで多くても5000くらいですからね」
「……、わかりました。
思い切りやればいいんですよね?」
「はい、よろしくお願いします」
彼女に言われ私はゆっくりと目の前の水晶に手を触れる。
少し離れたところで、ネルティスが行方を見守っている。
一息深呼吸をして、言われた通り魔力を込めたその瞬間。目の前の水晶は突然亀裂が入り崩れ去った。
「……、え……私壊しちゃった……」
「嘘……こんな事……。
だってコレ先月買い替えたばかりの最新型で……」
「あの……あ……、もしかして弁償とかですか?」
「いえ、壊れたのはこちらの責任です。
測定値こそ出ませんでしたが、こんなの私も初めて見ましたよ……」
「そうなんですか……?」
「ええと、ではまた別室で試験を受けてもらいます。
その、ほんの少しだけお待ちしてもらっても良いでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「では案内しますので付いて来て下さい……」
目の前の彼女が緊張気味で震えている中、私の横を歩くネルティスが話しかけてくる。
「ヘリオスお姉さん、流石だね?
もう合格間違いないじゃん?」
「どうでしょう?まだ他の試験もありますし。
それに……面接だって……」
「もっと自信を持ってもいいよ!!
ほら、この調子で次も試験も余裕で合格間違いなしなんだから!
ほら、元気出して!!」
「あはは……はい……
そうですね……」
●
改めて案内された場所は、自警団の訓練施設。
天井が非常に高く、多くの鍛錬用の器具が用意されており既に自警団の人達も鍛錬に使用している最中であった。
私達の姿が目に入ると、彼等の視線がこちらに向く。
男女比が大体7対3で、私とネルティスの姿を見るなり男性陣からの歓声が巻き起こった。
担当の方が準備の為に離れていると、私達の噂を聞いてなのか他の部署の方からも人だかりが出来ていき彼女が戻る頃には自警団内の8割くらいが集まっていたのだった。
「「うぉーーー!!」」
「女神だ、女神がいるぞー!
この空間に新しい女神が降臨したぁぁ!!」
「おい、アレ誰の知り合い?
最近見かけた、赤髪だよな?」
「ネルティスちゃん、その子後で紹介してよ!」
「駄目、ヘリオスお姉さんは私の!!」
「ヘリオス、あの子ヘリオスっていうのか?」
「ちょっと男共黙りなさいよ、彼女困っているでしょうが!!」
「「うぉぉぉ!!ヘリオスちゃーん!!」」
「あーもう、こんなんだから新しい子来るたびに怖がられるのよ!!」
周りが騒がしい中、私は困惑していた。
そして隣に座るネルティスはどうやら彼等とそれなりに親しい関係らしい。
「ごめんね、普段は良い人達なんだけどかわいい女の子来る度いつもこれだから……」
「かわいい女の子ですか……」
「まぁお姉さんはかわいいからしょうがないよね……」
騒がしい様子が続いていると、担当の彼女が一人の女性をこちらへ連れて来て紹介を始めた。
「ええと、ちょっと騒がしいですがあまり気にしないで下さいね。
彼女はその……、本日の体力試験の相手役を急遽お願いしたティルナ・ラーニルさんです」
「はいはい、どうもーティルナでーす。
なんか魔力測定機を壊したヤバイ子が来たって事で呼ばれました。
で、どっちが私の相手ですかねー?
まさか……そこのネルティス……いや違うか。
そこの赤髪のお姉さんかな?」
紹介されたのは長い藍色の髪を後ろに纏めた人物。
服装は貴族らしいというか、高価なモノだと思うも歴戦の猛者というか、身体はかなり鍛え上げられているような印象を受けた。
「ええと、本日はよろしくお願いします」
「名前はね、ヘリオスっていうんだよ。
てか、ティルナさんまたサボってた?」
「人聞き悪いこと言わないでよ、巡回警備の一貫として食べを歩きしてただけさ」
「やっぱりサボってるじゃん!!」
「事件がないし、私が別に何してようが関係ない。
それに、街が平和な証拠じゃん?」
「全く、この人はいつも……。
ヘリオスお姉さん、この人コテンパンにやっつけていいからね?」
「コテンパンって……あの体力試験って何を?」
「まぁ試合だよ、無理にとは言わないけど。
この支部の長が自警団たるもの治安を守る為に力は必要であるって感じで、まぁ魔術やら体力やらそういう実力を求めてるんだよ。
まぁ、別に真面目にやらなくても受付とか雑務とか仕事はあるからねぇ……。
程々に頼むよ……、まぁ私が呼ばれたくらいだし全力出して貰った方が嬉しいかな?」
「ええと……試合って言われても私……武器なんて」
「まぁまぁ、そんなに硬くならなくてもスポーツとか遊びだと思って貰っていいからさ?」
「はぁ……?」
私が困惑していると、先程まで騒々しかった自警団の人達の雰囲気が変わった。
ティルナという存在が現れた事で、彼女の登場した事に対する反応が異質である事に気付く。
「おい、ティルナってあのティルナ・ラーニルだよな。
アストの娘の……」
「ティルナ………、彼女が呼ばれるって事はヘリオスって奴相当やばいやつなんじゃないか?」
「マジかよ……、てか一般人相手にゾディアを使う訳ないよな?」
「ちょっと、あの子本当に大丈夫なの?」
私を心配、そして警戒する声が広がってくる。
その様子を見て、ティルナは彼等に話しかけた。
「ヘリオスさんが困ってるよ。
それに、これから私は彼女と試合をする。
怪我したくなかったらもう少し離れて貰えないかな?
見学はご自由だけど、無傷って保証はないよ?」
彼女の声に触発され、私を囲んでいた彼等が私達から大きく距離を取る。
そして、安全の為なのか担当の方にネルティスは連れていかれ遠目から私と彼女の行方を見守ることになる。
「これで少しはゆっくり話せるね。
いや、まぁちょっと私から一ついいかい?」
「なんですか?」
「その腕輪、何処で手に入れたの?」
「分かりません……、私記憶がなくて……」
「あー、なるほどね。
自警団の方達から君の事情は聞いてたけど。
まぁその上でなんだけど、やっぱり一応確かめたかったんだよね……。
ほら、君の持つソレは多分神器だからさ?
もしかしたら、契約者の類いなのかなって?」
「ケイヤクシャ?」
「いや、分からないのはしょうがないけど。
でもね、少し昔に君の持つソレと非常によく似た物を持つ少年が居たんだ。
シラフ・ラーニル、まぁ父親のちょっとした親戚でね」
「シラフ……、ネルティスが言っていた十剣の一人?」
「へぇ、十剣を知ってたなら話は早い。
手始めにさ、腕のソレに魔力を込めてみなよ?
君が壊した測定機の水晶みたくさ?」
「それと神器に何の関係が?」
「まぁ、とにかくさ。
細かい事を考えないで一度やってみてよ?」
「………、分かりました」
目の前の彼女に言われた通り、私は例の腕輪に魔力を込める。
すると、腕輪は激しく発光し真紅の炎が巻き起こる。
炎が己の身を包み、思わず恐怖を覚えたが……。
炎に包まれ、右腕に嵌めたソレが形を変えていく。
大振りな銃、両手で持つ物に近いがコレは片手で振るうモノ……。
銃身に付けられた片刃が、コレは銃であると同時に剣である事を物語っているように……。
何故だろう、私はコレを知っていた……。
これが何の為の道具なのかを……
何を成すためのモノなのかを……
私は……、選ばれた者だ……。
目の前の敵を倒す為に……。
●
目の前には巨大な炎の柱がある。
私の予想の通り、彼女の持つソレは神器であった。
それどころか、あの子と同じ炎の力を持った神器。
「これは、多少面倒でも来た甲斐があったかもね」
炎の柱は更に激しく燃え上がるかに思えたが、弾けるように火花が飛び散る。
中から現れたのは炎の衣を纏った彼女の姿。
儚げで、心優しい彼女の印象とは大きく変わりあの人を彷彿とさせる畏怖の存在感を纏っていた。
右手に持っているのは、先程の腕輪が変化した銃と剣が一体化したかのような形状の武器。
ただの契約者という訳ではないのが、姿の変化から容易く見て取れる。
噂に聞いた、深層解放と呼ばれる力なのか?
解放者……、確かクラウスとシラフ、そしてあの人の3人が可能だとは事前に知ってはいたが……。
今日、出会った彼女が四人目なのか……?
「………。」
「いや、驚いたよ。
まさか、契約者どころか解放者の一人とは……」
「……ニンゲン、テキ……。
ワタシハ、シメイヲ……」
片言で何かを言っている。
様子がおかしい……、なんだこの嫌な感覚は……。
「対象を殲滅する」
全身に悪寒が伝わった……。
明確な敵意を肌で感じ、咄嗟に私は己の魔力を高め戦闘態勢に入る。
「武装展開……、ジェミニ!!」
私の声と共に、両手に赤い刀身の双剣が現れる。
状況が一刻も迫る中、私は遠目から見学している彼等に向かって叫んだ。
「全員今すぐここから逃げろ!!」
私の声に気付き、皆がすぐにここから避難する。
そして私は、目の前の炎の化身に向かって斬りかかった。
最初の一撃は頬を掠めた。
いや、攻撃を見抜かれわざと敵の間合いに入れらていたのだ……。
「リロード・ファースト」
視界に銃口が入った瞬間私は咄嗟に右側に退避。
瞬間、巨大な爆発と共に弾丸が放たれる。
後ろの空間に巨大な穴が穿たれ、直撃は死を招いた事を知覚させた。
「嘘だろ……、流石にこれは……」
敵の視線がこちらに向かう。
追撃が迫るであろう事は明白、次の攻撃の為に私は攻撃手段を変える事にした。
「武装展開、タウロス!!」
両手から双剣が消え去り、身の丈程の戦斧が現れる。
このまま彼女を殺す方がいいか?
いや、一度気絶させて一度隔離した方がいい。
今はあの人達がいない、戦えるのは自分だけ……。
「でも、やるしかないよね………」
腕に魔力と力を込める。
最適解を、最速で、最大火力で……一撃を放つ!!
戦斧が光を放つ、同時に目の前の彼女も銃口をこちらへ向けていた。
敵の攻撃威力から察するに、こちらが放てるのは一度だけだろう。
更には、これ以上戦った場合周りの被害が甚大すぎる。
幸いまだ怪我人はいない……。
「なら、好都合……っ!!」
目の前の銃口からは光の魔法陣が展開され、その魔力が爆発的に高まっていく。
真紅の光を放つ、魔法陣が現れこちらへ照準が向かう中、私は斧を構え矛先を彼女に向けた。
「さぁ、目前の敵を穿て……タウロス!!」
「バースト・セカンド……」
刹那に、敵の爆発と己の斬撃が衝突。
僅かに私の身体が後ろへと引き込まれるが、脚の力を振り絞り無理やりにでも前に踏み込む……。
「っ……!!!」
一瞬の力の均衡。
ソレが崩れた瞬間、私の身体は敵影に向かって斬り込んでいた。
しかし、そこに彼女の姿は無かった。
戦斧の刃に反射し写り込む、こちらの背後を捉えた赤き彼女の姿がそこにはあった。
先程までとは比べ物にならない魔力による圧力に全身に戦律が奔った……。
死を覚悟した、その時……
「もうやめて、ヘリオスっ!!!」
突如横から聞こえた少女の声。
膨大な魔力の圧力が解け、途切れるかのように背後の彼女の動きが静止した……。
声の主の居る方角を見るとそこには、避難したはずのネルティスがそこに居た。
施設の担当者が彼女を引き止めるのを振り払い一直線でこちらに走ってくる。
そのまま彼女は攻撃の手が止まったヘリオスの元へと駆け寄ると、彼女にしがみつき抑え込む。
「もうやめて……ヘリオス……。
みんな、怖がってるから……」
「……ネル…ティ……ス…」
構えた銃が融解し、元の赤みを帯びた腕輪に戻る。
すると、そのまま彼女は眠るように突然倒れた。
そんな彼女を抱き止めるネルティスだったが、彼女の身体は何らかの異変が起こっていたようだった……。
「っ……あれ……なんで……?。
なんで息してないの……?
ねぇ、ヘリオス?
ヘリオス…、お願い!返事をして!!
ヘリオス!!!」
先程の騒動で施設の天井が崩壊していた。
雪が降り積もる中、一人の少女の叫びが空に響く。
「……さて、流石に私一人には荷が重そうだな。
帰還次第、あの人に任せた方がいいな……」
「ティルナ様、これからどうします?」
駆け寄ったネルティスの後を追うように、自警団の人員が私達の元へと集まっていく。
一人が私に話しかける中、私は彼等に告げた。
「近い内にあの人達が戻ってくる。
それまでの間、近くの病院に彼女を運送し意識が戻り次第こちらで彼女の身柄を拘束する。
あとの判断は追って、私やあの人がするからそれまでは今の私の命令に従うように。
ネルティスに関しては、私から事情を説明し自宅まで送るよ。
それと、この騒動色々と騒がしくなるだろうけどヘリオスに関しての情報は国の最重要機密として扱いその口外を禁止とする」
「最重要機密、何故ですか?」
「彼女は間違いなく契約者だ……。
どういう訳か分からないが、かの十剣と同じ神の器に選ばれし者の一人。
存在が広く知れ渡れば、世界の均衡が崩れ兼ねないからね。
全く、こんなご時世に厄介事は増える一方だ」
倒壊した建物を見やり、事後処理が大変そうだと思いながら私は自警団の彼等に声を掛け今回の騒動の後処理に向かった。
脳裏に過ぎる、先程の彼女の姿……。
一歩間違えれば死んでいた。
それだけは間違いないのだろう……と。