第ニ十四話 騎士と少女
帝歴403年7月19日
現在、俺は姉さんの存在から引き起こしてしまった騒動から逃げ出していた。
今日知り合ったばかりの女生徒である、クレシアの咄嗟の判断で俺は手に引かれながら、追手を払い除ける為に学院のあちこちを逃げ回っている。
その後も、様々な障害がありつつも逃げ切る事に成功した俺達は昼食を取る為に食堂に来ていたのだった。
そして、現在は学院の食堂にて向かいに腰掛けるクレシアがコップの水を一気に飲み干し息切れしている。
なんか、色々と申し訳ないな………
「その、助けてくれてありがとう。
身内の事で色々と巻き込んでしまって申し訳ない」
「あはは……気にしなくていいよ……。
私も入学したての頃は何度か友人の為に似たような事をした経験があったからさ。
なんというか、ああいうことに少し慣れてるんだ。
あの頃の経験で考えるより先に身体が動いちゃって」
色々と気になる発言だが、彼女助けられたのには変わらない……。
というか、何があったら今日みたいな事が沢山絡まれるのだろうか?
「そうなのか………。
でも、本当に助かったよ。
身内でここまで被害が及ぶとは思ってもいなかったからさ……」
「でもすごいよね。
あんな美人のお姉さんがいるなんて……。
あんなに綺麗な人、私も見たこと無いもの」
「そうかもな。
あの人は自他ともに認める程の美人だからさ。
見慣れた身内の俺でも常にそう思うくらいだし」
「そうなんだ。
ねえ、もしかしてシラフは貴族階級の人なの?
なんというか、そんな感じに見えるんだ。
立ち振る舞いだとか、他の男子生徒と違ってて少し気になってね」
「あー、まぁ一応そうかもしれない。
とは言っても、騎士の家系の方が近いよ。
姉さんはサリアだと騎士団に剣を教えてる人だからさ……。」
「騎士団か……。
それじゃあさ?
シラフも誰かしらかに仕えていたりするの?
サリアの名だたる御令嬢とか御曹司とか?」
「まあ、それなりの御身分の方に……」
言うまでも無い。
俺は自分ルームメイトであるルーシャ専属の騎士なのだ。
サリア王国の第二王女、名前の通りの王族。
騎士の正式な契約としては俺が10歳の時からだ。
最初は彼女の遊び相手として、そして現在は彼女の世話係に近いのだろう……。
そんな俺の事情を知らない彼女は不思議そうな顔で俺を伺っていた。
「どうかしたのか?」
「うん……。
そんな人がどうして急にこの学院に編入したのかなって……。
学院に編入したら主の護衛からはどうしても離れてるんでしょう?
心配にならないのかなって?」
「詳しい事情は知らないよ。
でも、主この学院に自分より早く通っている。
だから、遅れたのはむしろ俺の方でサリアの方から心配することの方が多かったくらいだひ」
「そうなんだ……。
ねえ……仕えている人ってどんな人なの?」
「そうだな……えーと……」
さすがに王女とは言える訳が無かった。
とりあえず彼女の身分以外の大まかな印象を伝える。
「度々俺を困らせては楽しんでいる印象があるな。
それに小さい頃はよくいじめられたりも……。
今はだいぶ落ち着いて別人みたいに感じたな、昔よりは大人びて、色々と良い意味で成長していると思う。
俺から見ても、今の主は心から誇れる程の存在になったと思うよ。
俺も、彼女の為に精進しないとな………」
「それじゃあ、その人はシラフにとって大切な人なんだね」
「まあ、そうだな。
俺が今よりも弱くて未熟だった頃にその人は俺の事を励まして、自分に仕える騎士だと言ってくれたんだよ。
それがきっかけなんだよな、あの主とは……。
だから俺は、主の為に強くなって立派な騎士になる。
そして、その人に見合う立派な一流の騎士仕えたいと思ってるんだよ。
まあ当の本人がそれを覚えているとは思えてないけどさ……。
俺はその人が一番に誇れる自慢の騎士になれるようになりたいよ」
「そうなんだ。
立派だねシラフは、私にはとても出来そうに無いよ」
「………いや、俺はまだ強くない。
今もまだまだ未熟で弱いままだよ………」
そんな雑談を交わしながら昼食を終える。
食事を終えた辺りに俺の端末から着信音が流れた。
相手は、例の主である。
まずい、朝にルーシャと昼食を取る予定をしていた事を忘れていた事に今更ながらに気付いた。
クレシアから少し距離を取り、端末を通して主と会話をする。
「シラフ、今どこにいるの!」
予想通りの、罵声を受け思わず怯む。
向こうの機嫌はかなり悪いというか最悪そのもの
流石に悪い事をしてしまった。
「今、同じ組の奴と昼食を取ったところだよ。
済まない、朝の約束忘れてしまって」
「それじゃあ今、食堂にいるのね……。
もう昼食取るなら私も呼んでよ、せっかく王女である私があなたの為に我慢してずっと待っていたのにさ?
ほんと最悪……」
「迷惑掛けた」
「もういいよ、昼食は私一人で勝手に取るから。
そうだ、シファ様の、試合の件だけど時間は分かるよね?」
「分かってる、第六闘技場で午後三時だろ」
「そう、2時半には会場に来てよね。
こっちの方での友人もせっかくだから紹介したいし……。
ほら、やっぱり私の護衛をする以上ある程度関わると思うからさ……」
「なるほど、了解した。
それで今、その友人は何処にいるんだ?
その様子だと、今も一緒に居るん訳じゃないんだよな?」
「うん、そうなの。
今一生懸命探しているところなんだけどさ。
教室に一度行っては顔は出してみたんだけどいなくてね……。
組の人の話だと、なんか急にどっかに行ったって話みたいだし」
「そうか、そっちも大変みたいだな」
「そうなのよ。
とにかく、今度は約束を忘れないでよね……。
それじゃあまたね、シラフ!」
そして通話が切れた。
先程クレシアに、誇れるような存在になろうとか色々と言ってしまっていた手前で直後に姫様の機嫌をかなり損ねてしまった……。
彼女自身はあまり気にしていないようだが、後でしっかりと謝罪しよう。
謝って済むだけならばいいが…………
そして俺はクレシアの居る先程の席に戻った。
「悪い、色々と取り込んでて待たせてしまったな」
「気にしないでいいよ。
食器もついでに片付けておいたから」
「そうか、色々とありがとう。
悪い、手間ばかり掛けてしまって」
「別に気にしてないよ。
ほら、転入初日だし仕方ないところもあるからさ。
それに、私も無理して付き合わせてしまっているからさ、お互い様って事でね?」
俺は時計の時刻を確認する。
現在の時刻は1時10分辺りを示していた。
確か午後の授業は無く、約束の時間にはまだ少し余裕があるはずだったよな。
「その、さっきは誰からの電話でした?」
クレシアからの質問に俺は答える。
「例の俺が仕えている主様だよ。
昼食を一緒に取る約束を朝にしていたつもりが俺が先に食べた事に大変ご立腹でね」
「あ……ごめん!!
大丈夫なんですか、それ……?
あとで、凄い怒られるんじゃあ……」
「うーん、多分大丈夫……だと、思うよ?
さて、これからどうするかだな。
時間までは余裕があるみたいだしか」
「私も、予定までは特に無いかな。
今日は友人と試合を観戦する約束はあるくらいで」
「試合?
もしかして、第六闘技場での試合なのか?」
「うん、その様子だとシラフも同じなの?」
「同じも何も、その試合の対戦相手の一人がさっきの姉さんなんだよ。
それに、俺も例の主と一緒に観戦する予定があるくらいだからさ」
「そっか、あの綺麗な人が今日の試合の人なんだ。
あの若さと美しさで色々と凄いのに……、どうしてわざわざこの学院に編入したの?
わざわざ来なくても、母国で充分だと思うんだけど?」
「さあ、俺にもそこはよく分からないんだよなぁ。
仕事なのか、単なる暇つぶしなのか俺も細かい真相はよくわかってない。
俺が聞いても多分はぐらかすだろうし」
「ふーん。
それじゃあさ、時間まで私がこの街を案内しようか?
これも何かの縁かもしれないし」
「わかったよ、クレシア。
今日は色々とお世話になります……」
●
彼女からの街の案内を終え、俺達二人は約束の時間よりも五分程早く到着した。
既に闘技場は人集りが出来ており、ぱっと見はお祭りのソレである。
「こんなに人が集まるんだな……」
「はい、多分集まった理由は彼が試合の相手だという事だと思うよ」
俺は端末の画面を開き、お知らせ欄を確認する。
そこには、
本日、学位序列五位のラノワ・ブルームとサリア王国出身のシファ・ラーニルとの試合を行います。
日付と時刻は以下の通り、場所はオキデンス第六闘技場にて執り行います。
という知らせが大々的に表示されていた。
「なるほど、姉さんで集まった訳じゃないんだな」
「ラノワさんは、このオキデンス地区で最強と言われている人ですからね。
昨年の活躍も凄いくらいでしたから」
「なるほど、確かに集まる要因になるのか……。
実力も相当なんだろうな」
「うん、ラノワさんは凄く強い人ですから
あの、彼と戦うのは本当にあの人なんですか?」
「そりゃあ、そうだよ。
まあ戦うところを直接見てないから最初は心配にはなると思うけどさ………」
「大丈夫なんですか、あなたのお姉さんは?
いくら強いにも、ラノワさん相手には流石に厳しい気が……」
「心配は無いよ。
そこらの英雄様より姉さんの方が圧倒的に強い。
姉さんをよく知る俺からしたら、ラノワさんが余程心配なくらいだからな。
十剣の誰もが、俺も含めて彼女に一度たりとも勝てた試しが無いんだからさ………」
俺の言葉に少し唖然としている彼女だったが。
試合になればすぐに分かるだろう。
「にしても、例の主様は今何処にいるんだろうか?
心配だし、一度連絡してみるか……」
俺は端末を手に取り、ルーシャに電話を掛ける。
少しすると、彼女に繋がった。
「繋がったか。
ええと、今一体どの辺りにいるんだ?
ここからじゃ見えなくてさ……。」
「今受付の近くにいるよ。
それでシラフはどうなの?」
「今、会場の入り口近くで同じ組の友人と一緒に行動してるところだよ」
「友人って……もう誰かと一緒に来てたんだ?」
「昼間一緒にいた人だよ、訳あって初日から色々と助けらてばかりいる。
それに、まだこの学院とか街に慣れないからついでに案内してもらってたさ、後でちゃんと御礼もしないと」
「そう……なんだ……。
私も案内くらいしてあげたのに………」
「それは、悪い事をしたようで済まない。
そっちは例の友人は見つかったのか?」
「それが……まだ見つから無いんだよね。
もしかしたらあの子、誰かにナンパでもされているのかもしれないなぁ……。
ちょっと小柄で結構かわいい子だからさ?」
「ふーん、それで、その友人の名前は?」
「クレシアよ。
クレシア・ノワールっていう学院の医療機関を取り仕切るノワール候の一人娘で、サリアでの五大名家に相当するくらいの名だたる名家のお嬢様。
入学以来からの私の大親友でね。
2年までは一緒の組だったんだけど、3年で仕方なく別れてさ……」
彼女の言う友人の名前を聞いた瞬間、思わず視線が例の彼女に向かった。
俺の視線に気付いたのか、少し恥ずかしがり視線を逸らす素振りを見せたが………。
まさか、ルーシャの言ってる友人は彼女なのか?