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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
238/324

示すは、意思と覚悟と

帝歴403年12月30日


 端末から鳴り響く、目覚ましの音に目が覚める。

 起きてすぐに、自分の端末を見やり時刻を確認。

 現在は、午前4時半頃を指しており、己の身体をゆっくりと起こす。

 いつもの日課である鍛練をする為、動きやすい服装に手早く着替えると、俺はすぐさま僅かに雪の降り続ける外へと向かった。

 寒空の下で白い吐息が漏れる中、既に先客として何人かの姿が見えてくる。


 ヤマト王国の王子、ルークス・ヤマト。

 そして、同じくヤマトの王女であるシグレ・ヤマト。


 更には、ラウやシルビア様、そしてテナの姿までも既にあったのだった。


 「やっとお出ましかな、サリアの騎士殿」


 ルークスは俺を見るなりそう言うと、真冬の空の下の中でも半袖を着つつも余裕そうな表情を浮かべていたのだった。

 そして、俺が最後のようだったのでシグレはどこか不機嫌そうな顔を浮かべていた。


 「全く、昨日に引き続き遅刻ですか?」


 「いやいや、そもそもこんな朝早くの鍛練自体自由参加だろう?

 てかどうしてみんな揃ってるんだよ?

 そんな約束を前日にしていた事に、俺は全く身に覚えがないんだが……」


 俺がそう皆に尋ねると、シルビアが静かに手を上げて照れながら事の経緯を語り始める。


 「ええと、ですね……。

 最初に私とラウさんが朝の鍛練に向かおうとしてたら、玄関先でお二人と顔を合わせたので良かったらご一緒しませんかって私から誘った次第なんです。

 そしたら、シグレさんがシラフさんもその内来るだろうから、彼も来てからみんなで朝の鍛練を始めましょうという話になった次第でして」 


 気恥ずかしそうに彼女はそう言うと、シグレも何故か恥ずかしかったのか視線をこちらから逸らす。

 二人の反応を見て、何かが面白かったのかルークスとテナの二人は笑っていた。


 まぁ、ラウに至ってはいつも通りの表情。


 そして気になった事が一点ある。

 

 この場にいる者達が敢えて触れていない事。

 なんというか、ラウの着ている服装というのが可愛らしい三毛猫の着ぐるみのようなソレを上下揃えて着ていたという事である。 


 しかも、おまけに尻尾まで付いている……。

  

 絶望的に衣服のセンスが無いと思えるが、本人の素材の良さが故に完璧に着こなしてるのが余計に何とも言えない存在感を放ってある。

 

 「ええと、みんな敢えて触れてないのか分からないんだが、ラウのソレは流石に気になる。

 お前のその衣服はふざけているのか?

 それともそういう趣味なのか?」


 「誤解をされては困る。

 コレは、同居人に荷物を荒らされたが故の結果だ。

 柄は少々問題があるが、身体を動かす事に関しては何も支障は無い」


 「いやいや、その服で恥ずかしくないのかよ!!」


 「これでも一番マシな物を着たつもりだが?」


 彼の服にはフードのようなものが付いており、俺がソレに気になっていると、俺の様子を察したのかシルビアが彼のフードに手をゆっくりと触れると、彼女は何の躊躇いもなく一気に彼の頭に被せて見せた。


 ラウの頭へと動物の耳の生えたソレが覆い被さり、あの着ぐるみのような服装の全貌が皆の前で露わになる。

 ソレは動物の耳だけでなく可愛らしい簡易的な顔が付いており、最初は三毛猫か何かだと思っていたが、その顔から犬であった事が判明する。


 そして、当然とも言えるがいかに彼と親しい間柄を踏まえたとしてもだ……。

 彼女の行った思わぬ行動に対して、ルークスを始めとしてテナとシグレ、そして俺を含めた者達が思わず口を抑えて笑いを堪えていた。


 「お前のソレ、猫じゃなくて犬なんだなっ……」


 「何の動物だろうと同じことだが……」


 シルビアにフードを被せられても尚平然を保つ彼の姿に俺までも笑いを耐えられない。

 そして、ラウは僅かなため息を吐き少しだけシルビアに対して視線を向けていた。


 「とても可愛らしくお似合いだと思いますよ、ラウさん」


 「これがお似合いと言われてもな」


 シルビアも周りと同じく笑いを堪えている様子であったが、ラウは彼女の対応に少々困っているのか僅かな白いため息を吐いていた。


 それから間もなくして、俺達の朝の鍛練が始まる。

 特に何をするかは特に決めて居らず、ひとまずこの辺りを走り込みするという流れでルークスを先頭とし、皆が一斉にそれぞれのペースで走り始めた。


 しばらく各々のペースで走り続けていると、俺の横を並走していたテナが話しかけてきた。


 「ラウって人のあの格好、この前シファさんから貰った奴らしいよ」


 「姉さんから?」


 「そうそう。

 確かあと、君の分と今先頭を走ってるルークスさんの分もあるらしいよ。

 あと、ラクモさんって人の分もあるってさ」


 「何で男組の分だけ用意されているんだよ。

 姉さんは何を考えているんだ?」

 

 「えっと、まとめて買うと安かったらしいからみんなの分も一応買ったんだって。

 元は、君とラウの分だけのつもりだったらしいけどさ」

 

 「あの動物衣装を俺にも着させるつもりだったのかよ」


 「いいじゃん、二人お揃いで」


 「どこが!」


 「まぁまぁ、君の分は紛れもない猫の奴だったから大丈夫だと思うよ」 

 

 「そういう問題じゃないだろ……」


 そんな軽口を叩き合い、気付けば走り込みは折り返しを迎えていた。

 ペースは最初と特に変わらないはずなのだが、いつの間にかテナとは大きく引き離されている。

 そして俺のすぐ後ろにはシルビアと、彼女と並走している例の動物衣装に身を包んだラウが来ているのが足音から分かった。

 

 後ろから威圧感というか、何とも言えない存在感を背中でひしひしと感じる。

 僅かに後ろに視線を向けると、長い金髪を後ろに結んでこちらの速さに付いて来ている小柄な彼女の存在。

 そして、可愛らしい犬の衣装を身に纏いながらも隣の彼女の走るペースに合わせて走っているラウの姿を視界に捉えた。


 正直なところ、変質者にしか見えない。

 衛兵がこの場に居ればすぐさま声を掛けられ、事情聴取を受けていても文句は言われないだろう。


 サーカスやお祭りとかで見かける、子供向けの着ぐるみの類いのソレであるからだ。

 あんな異物が、冬の早朝を少女と一緒に走っているなど何処の国で見られる光景であろうか?



 まぁ、そんな彼の隣を走る当の本人は何処か楽しげな様子である。

 ラウが彼女の護衛役を努め更には師匠として、神器の扱い方というか戦い方を指南しているのは当人からも何度か聞く機会があった。

 彼女から聞いていた彼の様子というのは、無愛想だが優しい人らしく良好な関係なのだそう……。

 正直、何か変な事を吹き込んでいるのでは無いかと不審感が拭えないが……。

 彼女の指南役としても、彼がこれ以上無い程に適任と言えるのが事実であった。


 後ろの存在感に違和感を覚えるが、これ以上気にしても埒が明かない。

 すぐさま、後方へと僅かに向けていた視線を前へと戻すと、俺は先を走る彼等に追いつく為、走るペースを引き上げる。



 朝の鍛練を終え、屋敷の方に戻るとラクモやミナモ、そしてアクリが協力して皆の朝食の仕度をしていた。

 料理が出来るまでの間に、ラクモの方から汗を流した身体を清めて来いとの事で鍛練から戻った俺達は屋敷の浴場へと向かう。

 元々が迎賓館として多くの来客を迎える為なのか、かなり大きい大浴場が存在している。

 それも男女別々で利用出来るように2つの浴場が存在しているのであった。

 

 身体を汗を流し気分も良くなったところで、着替えようとしていると違和感に気付いた。

 自分の部屋から持ってきた着替えが別な物と入れ替わっていたのである。

 

 ソレは、同席していたルークスとラウも同じのようでラウに至っては頭を抱えていた。


 「どうやら、してやられたようだな……」


 ルークスがそう言い、苦笑いを浮かべながら何者かによってすり替わっていた着替えの衣装を広げる。

 

 赤と黒の縞々模様、見ただけで虎を思わせる今朝方ラウが着ていたような可愛らしい衣装がそこにはあったのだった。

 

 ルークスの言葉に察しが付いた俺は、自分の用意されている真っ白いソレを見て嫌な予感が過ぎる。

 そして、朝にも珍妙な姿で外を走っていたラウにはまた別の可愛らしい衣装のソレが用意されていた。


 恐らく、別な犬種の衣装なのだろう……。



 それから間もなくして、皆が起床し広間へと集まる頃には、その視線は勿論俺達3人の方へと向かう。

 まぁ、分かっていた事だが……。


 事の次第を知っているであろうシグレとテナ、そして姉さんことシファは笑いながら俺達の方を見ていた。

 シルビアに至っては、笑いを通り越してむしろ困惑している模様。

 そして、何故こうなった分からないが大変そうなんだろうなと察してシルビアと同じく困惑した表情を浮かべていたのがルーシャとクレシア、そしてレティア様の3人。

 朝食の用意に取り掛かかって、何があったのかさっぱり分からないラクモとミナモに至っては冷や汗と洒落にならない事になっていると察したようで唖然とした様子である。


 そして、実行犯と思われるアクリは俺が視線を向けると視線を反らして笑いを堪えている。


 俺から見て右から虎の着ぐるみのような可愛らしいソレを来ているのが、ルークス。

 鍛練の時とは変わって白と黒の斑点模様の犬の衣装を着ていたのがラウ。

 そして、俺はというと白い猫の衣装であった。 

 

 3人それぞれフードを被れば何の動物が元なのかはすぐに分かりそうなのだが被る気は更々ない。


 「3人ともすごい似合ってる……」  

 

 笑いながら姉さんはそんな事を言う。

 

 「ルークス様……、流石にそれはっ……」


 シグレに至っては言葉が笑いによって出せず、言いかけた瞬間俺達から視線を逸した。

 

 「シラフも大変だね、色々と巻き込まれてさ……」


 「知ってたなら、先に言えよテナ」

 

 「いやー、昨夜に珍しいものが見えるよってシファさんがみんなに言って回ってたからさ、何の事だろうなって思ったらまさかこういう事だとは……。

 3人とも一回、自分の部屋に戻ろうとはしなかったの?」


 「大浴場から出たら、姉さんとレティア様が待ち伏せしてたんだよ。

 レティア様は、何が何だかさっぱりのようだったがな」

 

 「俺達の姿を見て、最初は面白がって笑っていたがな」


 ルークスがそう言うと、レティアが言葉を返す。


 「面白い物が見れると、早朝からシファ殿が私の部屋に駆けつけていたので様子を見ればこの3人の珍妙な姿だからな。

 3人共、とても可愛らしくて似合っているよ」

  

 彼女からの言葉に、俺とルークスからは何とも言えないため息が溢れてくる。

 まぁ、そんな中で俺が少し気になったのが妙に服装が整っているレティア様の姿である。


 先日のルークスからの話によれば、彼女は色々と問題が多々あり日々困っていた程なのだという。

 その状況というのは、通話を通じて漏れ出してた当人の声や物音のソレで現実だという事を突きつけられた程である。


 しかし、実際にこうして皆で集まる頃には一番身なりが整っている姿で現れているのである。

 誰かがわざわざ彼女の仕度でも手伝ったのだろうか?

 ルーシャやシルビア様も、本来なら手伝いの一人くらいは当然として存在していたが学院での寮生活では基本的に自分の事は自分でしなければならない。

 

 まぁ、ルーシャに至ってはアクリの手伝いもあって身なりは当然のように寝癖の一つもなく整っているが、シルビアもほぼ同じくらいの姿である。

 しかし、一番整っているのはレティア様であるのがすぐに見て分かった。


 少し何故なのか色々と思考を巡らし、視線が不意にミナモの方へと向かう。

 彼女はラクモと同じく早朝から起きて皆の朝食作りをしていたのだが……。

 従者としての気質故なのか、当然のように身なりはきちんとし凛とした佇まいをしている。

 着ている衣服にはシワの一つもなく張っており、糸のほつれも全く見られない。


 そんな彼女の姿とレティア様の姿が僅かに重なり、何となく俺はこの状況を察することが出来た。

 朝早から起きた彼女は、朝食作りをしながらもレティア様の起床から着替えまでの手伝いをしているのだという事である……。


 そうなると、その間の今日の朝食作りはミナモと共に作業をしていたであろうラクモが一人でこなしていると考えられる。

 今回用意されているこの人数分の食事とを彼一人で用意されているとなると昨日の夕食を四人掛かりで用意したこちらからすれば、かなり大変な作業だ。


 朝の鍛練に関して、本来なら彼も含めてのものになったはずなのである。

 彼の参加が無かったのは、朝の鍛練と並行して今回の朝食の用意が難しいと判断した為。

 

 四体義肢の彼一人で、この人数の料理を作れるだけでも驚きを隠せないでいた……。


 そして、俺が感慨に更ける様に何かを察したのかルークスが声を掛けて来た。


 「その様子だと、ラクモが今朝の鍛練に来れなかった理由が解ったみたいだな」


 「ええ、こちらからの深い心配は無用みたいですね」


 「そういう事になるな。

 済まないな、この前の件を取り下げてしまって」


 「別に構いませんよ」


 そんな会話を交わしていると、向こうで盛り上がってるルーシャ達の方から声を掛けられる。


 「そこの動物さん達は何を盛り上がっているんです?」


 「別に大した事はないさ、そうだろシラフ?」


 「ええ、大したことではないですね」


 顔を僅かに見合わせ、口を揃えて俺達は彼女達にそう答える。

 

 他愛もない時間が過ぎていく中、その時は刻一刻と近付いていた。


 朝食を終えた俺達は、例の練習試合の為に近くの闘技場へと向かっていた。

 ルークス曰く、この時の為にわざわざ会場を使う許可を取ったそうだ。


 まぁ、近くの公園程度で収まる戦いで済む訳がないので、本来闘武祭近辺の期間中のみ使えるここを用意したのだろうが……。


 とは言ったものの、レティア様本人は一切武術の心得は無いのだろうが……。


 「とうとうこの時が来ましたか……。

 本当に何かしらの策は用意したのですか?」


 俺の視線の先で、これから姉と一戦交える事に意気揚々としているシルビア様と何処か堅苦しい笑顔を向けているレティア様。

 二人の会話を見ながら、俺はすぐ横を歩くルークスと少し後ろを歩くシグレに向けて問い掛けた。


 「あなたの身内であるシファさんに、相談を持ち掛けたところ解決策を用意してくれました。

 どのような方法なのかは説明されませんでしたが、当日には間に合うとのことで」


 「姉さんが解決策を?」


 「確か、彼女自身も相当な実力者らしいな。

 あのラノワ・ブルームを軽く打ち負かす程の人物、彼女がレティアに変装でもして色々と誤魔化す算段なのか?」


 「どうでしょう?

 少なくとも翌日すぐに変装出来る程の道具を用意出来るとは思いませんし、そのような物も持ち歩いているようには見えませんでしたが……。

 当日には間に合わせると、強気で仰っていましたので」


 「姉さんのことだから何かしらの考えがあるのかもしれません……。

 ただ、一体何を考えているんだ?」


 俺達3人は思考を続ける中、目的地へと到着すると闘技場の入口で俺達一行を待っていた一人の女性の姿が見えた。

 

 そこにいたのは長い黒髪の人物、しかしミナモとは違う人物であった。


 「お待ちしていました、皆様。

 サリアの御一行の皆様方には初めてお会いする方がほとんどですね。

 私はトモエ、そこにいらっしゃるラクモの身に着けている義肢の整備を担当しております。

 義肢の整備も兼ねて、今回利用する会場の準備も手配して居ります。

 これから中へとご案内しますので、こちらへどうぞ」


 俺達は彼女の言葉へと従い俺達は会場の中へ入る。


 そして、間もなく試合を行う者と観客側で別に案内がされ俺やルークスを含めた観戦側の者達は僅かに冷える無人の観客席へと向かう。


 現在ここにいるのが、俺と、姉であるシファ、そしてルーシャ、クレシア、ラウ、ルークスそしてテナの7人。

 

 試合を行うシグレとレティア、そしてシルビアとラクモの四人は現在別室で準備をしている。


 俺の隣に座っている姉さんは、少し暇そうに向こうを眺めている様子である。

 何となく俺は、道中ルークス達との会話で気になっていた事を本人に直接訊ねてみた。


 「姉さん、ラクモさんからの依頼に対して一体どんな解決策を用意したんです?」


 「あー、シラフもやっぱりソレ気になる?

 さっき本人からも聞かれちゃってさぁ……。

 まぁ替え玉は用意したっていうので説明はしてるんだけどね」


 「替え玉って……、一体誰を?」


 「ええと、後から合流するはずだからその内分かるとは思うよ。

 まぁ、本物同然に変装しているから誰かは分からないだろうけど」


 「俺も知っている人物という事ですか?」


 「そうだね、勿論シラフも知ってる人だよ。

 まぁ、問題ないって向こうも言ってくれたし、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ。

 まぁ替え玉を用意したって事が、シルちゃんの神器でバレなきゃいいんだけどさ。

 シルちゃんの神器、よりにもよって観測型だから……」


 姉さんはそう答え、顎に手を当て思考を巡らす。

 シルビアの神器は、観測型。

 つまり、経験を経て自己進化を繰り返す代物なのである。

 長期戦になれば替え玉だと悟られてしまう点を言っているのか、あるいは彼女の神器の能力故の要因なのか?


 俺と姉さん以外の観客席に視線を向け、誰が替え玉として相手をしているのかを確かめる。


 テナはクレシアやルーシャと何やら会話を交わしており、ルーシャと一瞬だけ視線が合うと彼女は俺に向けて軽く手を振り返した。

 更に視線を変えると、ルークスはラウの元に向かって何か話している様子である。

 アクリは確か、シグレやレティア様の着換え等の手伝いの為に先程案内をしてくれたトモエと共にここを離れているから、姿は見えない。

 

 「いや、まさか……」


 その思考に至り思わずそんな言葉が漏れてしまう。

 試合開始の時間が迫る中、この先の様子に僅かながらの不安が拭えずにいた。




 会場の石床には僅かに雪が降り積もっていた。

 控え室で着換えを終えた私は、兼ねてから楽しみにしていたレティア姉様との練習試合をこれから行う。

 

 全てにおいて完璧、サリアの誰しもが彼女に憧れを抱く程の存在。

 ルーシャ姉様とは違う側面で、幼い頃からあの人に憧れていた。


 年の差もあった事から、身内ながらあまり多く関わった記憶が非常に少ない。

 しかし、今は同じ学び舎で共に過ごせている事に少しずつでも憧れに近付けているのかもしれないと、私はそれが嬉しくも楽しみでもあった。


 レティア姉様は今も尚、私の憧れの存在。

 それはこれから先も変わらない、それでもこの学び舎で様々な人々と関わってから別な目標が生まれつつもあった。


 今年の半ばで、私はある日突然神器に選ばれた。


 そして、ルーシャ姉様の従者であり最愛の人であるシラフさんの存在。

 今の私はシラフさんと同じ、十剣に選ばれる資格を得ているのだ。


 そして、シラフさんの置かれた境遇は私の想像よりも遥かに過酷である事も知ってしまった。

 そして数多の苦難を乗り越えた末にようやくルーシャ姉様が、先日シラフさんと結ばれる事が出来たのだ。


 この学院で数多くの努力を重ねて、ようやく掴み取った日々を、私は決して失わせたくはなかった。

 

 昔の私なら、何も出来ずに終わっていた。

 王族の中で一番幼く、誰よりも可愛がられてきたが故に一番頼りない存在として扱われてきたから……。


 でも、今の私は違う。


 神器という、私自身が戦う力を得たこと。

 ラウさんという師も得て、更に私は強くなれた。

 それでも、今の自分の実力は未熟過ぎる。


 あの人の……、シラフさんの立つ場所には届かない。


 そして、私の未来の姿だと語る謎の存在にも……


 だから、今この時を以って証明しなければならない。

 目の前に立つ憧れの存在を超えて、私は更に前に進まなければならないのだから……。


 「うん、大丈夫……」


 自分にそう言い聞かせ、覚悟を決めて戦いの舞台へと足をゆっくりと進める。

 そして、向こう側からずっと憧れていたあの人が現れる。


 「レティア姉様、本日は宜しくお願い致します」


 「お互い全力を尽くしましょう、シルビア」


 目の前に立つ私の憧れの存在。

 姉妹揃っての金髪で腰にまで及ぶ長い髪、この学院に入学するまでは掛けていなかった丸眼鏡が特徴的であった。

 私と同じ深い色味の碧眼の瞳は、静かに私の顔色を伺っているように見えた。


 しかし向こうは既に万全、戦いはいつでも出来る臨戦態勢であろう。


 しかし、驚いた事が幾つかあった。

 今朝の時よりも、何となくだが一回り小さくなっているような気がした。

 胸が一回り大きく、そして足回りがいつもよりも華奢に見えた。

 恐らく、試合の為に着換えた結果、全体的に僅かな着痩せをしたのかもしれない。

 

 その程度の体型の変化も僅かながらに気になったが、これから試合を行うにあたっての武装が目の前の彼女からは一切見当たらなかったのが一番大きい驚きだろう。

 

 つまり、レティア姉様はラウさんと同じように武器を魔術で錬成する事で戦うのかもしれない。

 あるいは、この身一つで戦う肉弾戦が主体なのか?


 憶測が多く過ぎるが、向こうも同じ。

 私が何の武装で戦うのか、予測出来るモノとしては今年の闘武祭の試合から予測しているはず。


 この戦いで神器を使う可能性も踏まえて、全てにおいて万全の彼女なら対応してくるはずだ。


 思考巡らせ、相手の出方を僅かに伺っているとレティア姉様は僅かに微笑み右手を広げ青い光を放つ魔法陣を出現させ、その中から一本の黒い短剣が現れる。


 金属特有の光沢もなく光の反射を見せない黒い異物のようなソレに警戒心が高まる中、光続ける魔法陣の中から更に幾本もの同一のソレ等が現れていく。

 ラウさんの扱う武装のソレに強い既視感を覚え、より警戒心を高めさせてくる。


 「シルビアは武器を構えないのかい?」


 「レティア姉様。

 その錬成技術、一体誰に教わったんですか?」


 「君の師であるラウ君の戦い方を見よう見真似で再現しただけだよ。

 コレを誰からか教わったというよりは、我流で己のモノにしたという方が正しいのかもしれないが……」


 「なるほど……、流石レティア姉様ですね……」


 目の前の彼女の言葉に私はそう返し、私は全身の魔力を高め左手に向かいの存在と同じく青く光輝く魔法陣を出現させて武器を錬成する。


 剣身がガラスのように透明な一振りの剣。

 長さ的には通常の剣と比べて短く短剣と呼ばれるそれ等程は長くはない。

 透明なソレ等に私は魔力を更に注ぎ込み、刃の部分に光輝く幾何学模様が浮かび上がっていく。


 それを見た向かいの存在は、僅かな微笑を浮かべ宙に浮く短剣の一つを左手で握りしめるとその先端が私へと向けられた。


 「レティア姉様にどこまで通じるかは分かりませんが、本気でお相手に務まるように、私は持てる手段の全力を尽くします」


 「……、全力で来なさいシルビア」


 私の右足が僅かな踏み込みの予備動作をした刹那、相手の身体もほぼ同時に動き、次の瞬間お互いの刃が激しい金属音を上げて衝突する。


 試合の始まる三十分程前、私ことアクリは昨日シファさんに頼まれた通り、サリア王家の長女であるレティア様の控え室に向かう。


 シファさんに頼まれたのは、レティア様に代わって彼女の妹であるシルビア様との試合において替え玉として代わりに戦って欲しいという内容であった。

 シルビア様とレティア様が試合をするという事は、事前にルーシャ様から聞いていたが、突然の替え玉要請と言うことに様々な思考が過ぎる。


 色々と悩んだが、特に断る理由も無かったので私は替え玉の依頼を承認した。

 そして本日、替え玉として出るということなので相手の変装をする為に彼女の控え室へと足を運んだ。

 

 昨日、そして今朝方に数回程しか会話をしていないがレティア様の印象というのは何処か怖そうな人の印象。 姉妹である二人には親しげに接しているように見えるが、王族の長女というだけあってその風格というのはルーシャ様とは違った威厳と風格があった。

 初対面での先輩と似た近寄り難さがあったが、依頼をしてきた以上何かしらの事情があるのかもしれない。

 学生の身分で近々結婚式を控えているのだから、身体に僅かな傷が付くことを恐れている辺り、王女としての威厳を保つ為に必要な事情があるのかもしれないと。


 控え室の扉の前に立ち、扉をノックし声を掛ける。


 「シファ様からの依頼の件で参りました、アクリ・ノワールです。

 レティア王女、入っても宜しいでしょうか?」


 「君が例のアクリ君か。

 構わない入ってくれ」


 「はい、失礼します」


 部屋の中に入ると、何やら色々と考え更けていたのか険しい顔をしている彼女の姿がそこにあった。

 姉妹揃っての美しい顔立ちに僅かに見惚れていると、彼女はゆっくりと立ち上がり私に声を掛ける。


 「今回は色々と迷惑を掛ける。

 替え玉の件についてだが、私はそれでどうすればいい?」


 「ああ、はい。

 ええと、これから私は魔術を用いて変装します。

 その為に身体の採寸を一度図らせてもらい、あとは本人の口裏合わせやら動きの癖を教えて貰いたいです。

 時間はあまりありませんので、シルビア様近辺に関わるレティア王女の知る内容を採寸を測りながらで構いませんので私に話してもらえませんか?」


 「了解した、では早速採寸の方を始めてくれ」


 「畏まりました、では失礼致しますね」


 それから私は目の前の彼女の身体を測りを用いて採寸していく。

 幾つかの質問や、シルビア様についての口裏合わせを織り交ぜつつ作業は順調に進んでいく。

 話を続けて、レティア様の印象というのが出会った当初の印象から大きく変わったものを覚えたが……。


 一通りの作業を終え、私は採寸し測った数値というのを頭に叩き込み、体内の魔力を練っていく。

 目の前の彼女の身体の構造を強く頭の中でイメージしながら、身体を再構築していく工程。

 

 完全なイメージとして頭の中に定着させ、そして自身の足元に赤く輝く魔法陣が出現。

 この段階での魔法陣はまだ未完成の状態、先程採寸した身体の数値を魔法陣の中に書き加えそして魔術を発動させる。

 

 強い閃光を放ち眩い光に部屋が包まれる。

 次第に光が弱まり、私と目の前の彼女はゆっくりとお互いに目を開く。

 すると、私の姿を見て驚いた顔を浮かべたレティア様の姿が目に入った。


 「その姿、本当に私が目の前にいるのか?」


 「あなたからそう言って貰えるなら、魔術はちゃんと成功したようですね。

 付け焼き刃の魔術なので、少し心配でしたけどレティア様から見て何か違和感はありませんか?」


 「違和感……、そうだなぁ胸の辺りとかもう少し大きい気がするし、足もそこまで太くはないと思う……」


 「胸と脚周りですか……採寸が間違っていましたかね?

 ちゃんと数値通りの構造だと思ったんですけど……」


 僅かな疑問が浮かぶが、私は目の前の彼女に言われた通り自身の胸と脚周りに再び魔術を掛け直し3回程調整してレティア王女の納得のいく変装を完成させる。


 「これで多分、大丈夫ですか?

 着換えもありますので、流石にそろそろ……」


 「ああ、色々と手間を掛けて済まない。

 ちょっと願……っ、いやなんでもない。

 ただその、声の方はどうにもならないんだなと思ったが……」


 「声は問題ありませんよ、ええと……」

 

 自身の胸に手を当て、軽く再び魔術を掛け口を開く。


 「こういう感じに、なんとでもなりますので」


 目の前の存在と全く同じ声で、私は彼女に話しかけるときょとんとした様子で私を呆然と見ていた。


 「なる……ほど、いや凄いな君は……。

 後は君の着換えだったな、私にもそれくらいは手伝わせてくれ、色々と手間を掛けて貰っているからな……」 


 「では、宜しく頼みますよもう一人の私」

 

 「頼まれました、レティア王女」


 お互いに顔を見合わせ変な笑いが浮かぶ中、彼女の手伝いもあって無事に着換えも進んでいった。



 と、少し前の彼女とのやり取りを思い返しつつ目の前の相手との戦いに私は少し手を焼いていた。


 シルビア様との試合をするにあたって、彼女の能力については事前にある程度シファさんからは聞いていた。


 武器を握ったのは僅か半年程前。

 神器を扱う事も出来て、自己進化を繰り返す観測型の代物であり長期戦は不利になる事。

 今年の闘武祭終了時点で、学位序列百番内に入っている事。

 その後は、ラウさんの指導の元で鍛練を重ねて現在の実力は不明な点が多い。

 近日のラウさん曰く、既に深層解放の習得手前には来ているらしい。


 と、まぁ聞くだけ聞いたが相手は所詮武器を握って年月も経っていない初心者同然なのだ。

 アルクノヴァもとい、マスターの管理下で数多の戦闘訓練を数年間繰り返した私と比べて実戦経験にはかなり劣っている。

 この学院で八席と呼ばれていたシグレ、そして更には現在最強と言われているラウさんにさえ私の方が実力は勝っていた。


 その教え子である温室育ちのシルビア様に、私が劣る要素等決してあるはずもない。


 直接武器を交える寸前までは、そう思っていた……


 「っ……!」 


 刹那、相手の振るう刃が私の頬の皮一枚ぎりぎりを通り過ぎていく。

 私よりも遥かな華奢な身体から振るわれる、鬼気迫る攻撃の連続に替え玉として戦いを抜きに私の生存本能が警笛を鳴らしている程であったのだ……。


 ええと、ちょっと待って下さい……。

 聞いてた話と全然違うんですけど……。

 

 見た目は正に箱入り娘という感じの、いかにも清楚なお嬢様というなのに、この戦い方は明らかにおかしい。


 マジ強いですよ、この人。


 本気で不味い、私の想像の遥か上というか聞いてた話の倍以上に目の前の少女はマジで強いです……。


 観測型故の成長速度が生んだものなのか、それとも彼女自身の天賦の才と努力故なのか……。


 ていうか正直色々と能力とか諸々が噛み合い過ぎて、私でもドン引きするくらい本当に強いんですけど……。


 これでまだ本気じゃないとか、ラウさん一体彼女にどんな教育したんですかね?

 私にも教えて下さいよ、むしろ頭下げてでも頼みたい程なんですが……


 てか、レティア王女が胸を盛りすぎたせいで身体が少し動きにくくて反応が僅かに遅れてしまうんですけどっ……!

 てか、あの人元々ここまで胸大きくありませんよね!

 元の大きさの二周り以上は確実に盛ってますよねあの王女様は!!


 「やっぱり、レティア姉様は強いです……。

 ここまでやっても、まだ追いつけないなんて……」

 

 「そうかしらね、あなたも十分に強いと思うわよ……」


 片や尊敬と届かぬ憤り、私には大きな困惑。

 見た感じ、まだ神器を使ってないみたいから多分これから使うんだろうなぁ、と僅かに私は身構える。


 「わざわざ気を使って、力を隠す必要もありませんね。

 レティア姉様の全力を引き出せるように、私の全力を示します」

 

 「そう、見せて貰いましょうか。

 あなたの全力というものを……」


 こうなりゃヤケクソもいいところ。

 替え玉云々より、私の身の方が正直危ない。

 状況が状況だ、私も相応の力を使う必要がある。


 お互いが飛び退き、間合いを取り直す。

 手数を積めば勝てるとか、目の前の彼女に大してはそ甘い考えだった。

 既に最初に展開された20数本余りの短剣達は彼女の剣によって砕け散っている。

 使う私としても幾本の短剣に意識が持っていかれ、自身の判断は大きく鈍ってしまう。

 

 だったら……。


 「神器解放……」


 「グリモワール・デコイ起動」


 お互いの身体から強い光が溢れる。

 目の前の存在は全身が光に包まれ、私の身体には蒼い幾何学模様が浮かび上がる。


 私の思った通り、目の前の彼女は神器を使用した。

 恐らく、その意図は粗方予想が付いていた。


 彼女を包む、激しい閃光が徐々に融解し弾けるとその変わり果てた姿を私の前に現した。


 「深層解放、アイテール・レピーダ・ヴァリス………」


 「えっ……ちょっと待て……。

 あの、銃は……」


 私は目の前の彼女から告げれた言葉、そしてその変わり果てた姿のソレを見て思わず本音が漏れた。

 シルビア様の扱う神器から本来現れる武器は狙撃銃である。

 しかし、目の前の彼女は背中に対となるように背中の部分に左右それぞれ4本の身の丈程の純白の大剣。

 更にはその手に握られているのは銃とはかけ離れた白く虹のような光を放つ光剣であったのだ。


 余りにその放たれる光が強く、刃の元が見えない程であり、むしろあの光が刃として成り立っているのだろうと思われる。


 純白の衣を纏い、女神のソレを体現したかのような姿で、薄い青に染められた腰ほどにまでに至る長い髪の毛が伸びているという、大きな変貌を遂げている。

 姉妹の特徴である碧眼が、深い蒼と黄色が織り混ざった神秘的な虹彩へと変化し、先程までの幼き面影のみを残す別人と化していたのだから。


 「今年の戦いを見てくれていたんですね、嬉しいです。

 でも、あの戦いから私は色々な人達と関わって、様々な人達から沢山の事を教わることで、私はこの力をようやく編み出せたんです。

 シラフさんが、私達に見せてくれた神器の最奥である深層解放という力。

 ラウさんが教えてくれた、基本的な戦闘技術と魔術に関する基礎と錬成技術。

 それ等の全てを私は自身の力と掛け合わせて、魔術を用いての深層解放を己の意図する形へと自由に変化させる方法を編み出しました。

 あくまで長銃は遠距離で戦うモノ、近距離での戦闘では余りに取り回しが悪く扱い辛くて、ラウさんにもそこはずっと指摘されていたんです。

 だから私は、ラウさんに武器の錬成について教えてもらい、そして近距離及び中距離においての戦い方を身に着けました

 更に私は教わったその術を神器の最奥たる深層解放に結び付ける事を目指したんです。

 そして、この姿こそ私の望んだ形を体現した姿なんです」


 「へぇー、そうなんだ……。

 正直神器に付いてはよく知らないが、そんな事まで出来るようになっていたんだな……」


 関心と同時に、目の前の存在についての規格外のソレに困惑が重くのしかかる。

 正直、コレ相手にレティア王女だろうが生身の人間相手に使っていい次元ではない気がする。


 彼女の持つ力というのは明らかにその範疇を大きく超えてしまっているのだ。

 

 状況的に流石に嫌な予感しか浮かばない中、私は僅かにシファさん達の方へと視線を向ける。

 私も既にグリモワールを使っているので、恐らくシラフ先輩やラウさんに私の正体はバレているはずなのだが。


 視線を向けた先では、シファさんはなんか頭を抱えて視線を逸らしていた。

 隣には当然のようにシラフ先輩も居るが、彼はシルビア様の方を見て唖然としていた。


 まぁ無理もないですよね……。

 半年程前に武器を始めて握った彼女が今この場において自身の持つ最高の力である深層解放を習得したどころかソレを更に発展させてしまっているんですから……。

 

 類稀なる天才だと、そう疑わざるを得ない程に。


 「レティア姉様も、ラウ様みたいな力を使うんですね。

 見様見真似で、そこまで出来るようになるとは流石としか言いようがありません」


 「そう言ってくれるのは嬉しいがな……。

 流石にこちらの分も悪くなってきたかもしれないよ」


 正直ここでお開きでも良いかもしれない。

 一応こちらは生身の人間って体ですし、神器を出した時点でこちらが不利になるって事は向こうも承知のはず。

 てか、深層解放を習得してるじゃないですかこの子。

 それどころか、下手すりゃシラフ先輩よりセンスあり過ぎじゃありませんかね?


 まぁ流石に、一応は実の妹ですしね……。

 幾ら完璧超人のレティア王女ってだけで、これ以上は流石にやるはずありませんよね……。


 「私、レティア姉様の本気を引き出せるように、もっともっと頑張りますから!」


 いや、そうじゃないんです。

 そういうことじゃないんですって、シルビア王女。


 「……、ええでしたら相手になりましょう。

 私の全力を引き出してみなさい」


 済みません。

 契約上シルビア様が参るまで引けないんです。

 だからやるしかないんですよね、私、はい……。

 

 「では、参ります!!」

 

 瞬間、先程までとは比較にならない速度で彼女の振るう剣がこちらの武器と接触する。


 「きゃっ!!」


 刹那、一瞬で目の前の刃が崩れ去り衝撃で身体が大きく吹き飛ばされた。


 ソレとさっき変な声も同時に漏れた気がする。


 普通に生身の人間に当てていい攻撃ではありませんよねね。

 コレ、肋骨の数本くらい折れてしまっても文句ないですよね!!


 私この後病院行きですか!?

 まぁ私、元々人間じゃないので関係ないんですけど。


 脳裏にそんな思考が過ぎり、壁に叩きつけられた身体をゆっくりと起こしていく。


 「痛てて、流石に効きましたねコレは……。

 流石にあなたを甘く見過ぎましたよ、シルビア」


 私が人間相手に力負けした……。

 ラウさんを相手にした時でさえ、力負けはほとんどしなかったのに……。

 彼女の元の力が高かったのか?

 いや、だったら最初に交えた時に力負けをしていたはずなのだ。

 つまり、深層解放をした事で彼女自身の魔力の練度がかなり上がっているという事になる。


 たった半年でここまで強くなるんですかね。


 「バレても死ぬよりはマシですよね、流石に……」


 起こした身体に僅かながら鞭を打つように、再び私は武器を構える体勢を取り、魔力をその手に込める。

 現れた青く光輝く魔法陣から、黒い刀身の身の丈程の大剣が現れると、ソレを掴み取り刃の先端を目の前の女神の存在へと向ける。


 「対象の観測を開始。

 及び並行して権限上昇の申請を受理。

 権限をAに変更」


 権限を引き上げた事により体内のグリモワールから溢れる魔力が増え、視界はより鮮明になり周りの光景がゆっくりと時間が流れるように感じていく。

 

 「神器デウス・エクス・マキナ・アルファを起動。

 並行して、権限上昇の申請。

 申請受理、権限をAAAに変更」


 権限が更に上昇した事により、体内の魔力が更に溢れていき体温が大きく上昇していく。

 そして、人工神器を使用した事により、蒼の幾何学模様が赤みを帯びた緋色のソレに変化し、黒いモヤのような魔力の六面体構造が身体を包むように溢れていく。


 「っ……、あなたレティア姉様じゃ……」


 「ええ、そうですよ。

 私は始めから私は別人でしたよ、シルビア王女。

 でも、別に構いませんよね?

 それだけの力を振るうに相応しい相手が、今目の前に存在しているんですから」


 「本物のレティア姉様は今何処に?」

 

 「私はあの人の替え玉として出ているだけですから。

 本人は控え室で休んでいると思いますよ」

 

 「そうですか……なら仕方ありませんね」


 目の前の彼女はそう答えると、私の構えに応じるように己の持つ剣の切っ先を私に向けた。


 「この際ですから、最後まで思う存分にやりましょう? 例え偽物の何処の誰だろうと、かなりの実力をお持ちみたいですので」


 「ええ、あなたならそう言うと思いましたよ。

 お互い、そう言う所は似ているみたいですから」


 お互いに恍惚な微笑を浮かべた次の瞬間、互いの刃が交錯し衝撃波が起こり降り積もっていた僅かな雪達が吹き飛ばされる。


 互いの速度や力は現時点で、ほぼ互角。  

 以前の戦いで、ラウさんと一戦交えた時のような興奮が私の中から溢れてくる。

 いや、目の前の彼女はそれ以上に楽しめそう……。


 「「さぁ、もっと私を楽しませて下さい!!」」

 

 元の役割を忘れ、私は目の前の存在に向けて力を振るう。

 ソレに呼応するかのように、目の前の彼女もまた己の力の限りを尽くそうと応えてくる。


 力の限り、戦う意思が残る限り……。


 いずれ訪れる終わりまで、この戦いを楽しもう。


● 

 

 外が非常に騒がしい中、控え室で私は次に控える戦いに向けて備えていた。

 揺らぐ精神を落ち着かせようと、精神統一をしていると控え室の扉の向こうから声が聞こえた。


 「シグレさん、入っても構わないかな?」 


 声の主に私は僅かに驚くが、断る理由も無かったので声の主を中に入れる事にする。


 「別に構いませんよ。

 どうぞお入り下さい、レティアさん」


 控え室に入ってきた丸眼鏡を掛けた女性。

 ルークス様の婚約者であり、本来ならば今も騒がしい外で実の妹であるシルビアさんと試合をしているはずなのだが……。


 「外は随分と盛り上がってるようだな」


 「ええ、戦いの余波と魔力の揺らぎからその激しさはここに居ても伝わってきますよ。

 あなたの実の妹とは思えない程の力をお持ちで、まぁその相手もかなりの実力者だとお見受けしますが」


 「ここからそういうのも分かるのか?

 流石、ルークスと肩を並べただけはあるよ。

 本当に、私は何の力に成れなくて不甲斐ないな……」


 「だったら何故試合を引き受けたんです?」


 「それは……、シルビアにあれ程期待されては断るにも断れず、話は進んでしまって……」


 「全く、本当に妹達には甘いんですから」


 「あはは……、ルークスにもよく言われるよ。

 次はこれから君が試合なんだろう?

 ラクモ君に勝てそうかい?」


 「……、どうでしょうね」


 「君がそこまで自信がないのは珍しいな。

 一応、彼等と同じ八席の一人なんだから君がそんなんではルークスにも心配を掛けるだろう?」


 「それは分かっていますよ、勿論。

 でも……」


 「やはり、君は彼の身体の事を気にしているのかい?」


 「……、ええ……それもありますが……」


 曖昧な返事しか返せず、場の空気が重くなると見兼ねたレティアさんは私の隣にゆっくりと腰掛けた。


 「実はね、君の部屋を訪ねる前にラクモ君の部屋に行って来たんだ。

 トモエさんに、義肢の整備をしてもらっていたよ。

 彼女の技術は学院随一だからな、彼もトモエ君の作ってくれたその手足を強く信頼している。

 君がルーシャ達の居るオキデンスに交換留学をしていた間、私はこっちの方で交換留学をしていたからね。

 ルークスの屋敷の下で、彼やそしてラクモ君の努力を日々見てきたからな」


 「私が居ない間の彼はどうだったんです?」


 「私が来た当初の時期は、南の方に彼が交換留学をしていたんだが何を思ったのかすぐに切り上げてオキデンスでの生活に戻る事を決めたそうなんだ。

 多分、影響されたんだろうなルーシャの騎士であるシラフ君に……」


 「シラフに、彼が?」


 「ああ、今年の闘武祭においてシラフ君は君を打ち破ったそうじゃないか?

 でもアレは本来、自分が果たすべき事だったとラクモ君は非常に強く悔いていてね、これまでも結構過酷な鍛練をしていたみたいだが、更に厳しいモノに変えていたんだ。

 向こうで舞踏会があった頃だったかな、無理な鍛練が身体に影響して彼は身体を壊した事があったんだ。

 結構衰弱していた彼を、ミナモとトモエ、私やルークスが必死に看病してどうにか持ち堪えて先々週辺りにようやく治ったんだよ。

 まぁ病み上がりでまたすぐに鍛練を始めたんだけどね」


 「っ………。」


 「シラフ君への対抗心もあったんだろうね。

 そして、一番は君に認められる為なんだと思うよ」


 「私に認められる為?」


 「2日程前に、ラクモ君に訊ねたんだ。

 どうして、そこまで無理をする必要があるのかと。

 そしたら彼は言ってたよ、認めて貰いたい人が居る。

 いつか必ず、自分が打ち負かさなければならない人が居るんです、と……。」

  

 「………」

 

 「単純な勝ち負けの事なんかじゃないんだろう?

 同じ師の元で学んだ者として、共に肩を並べて剣を、カタナを磨いた者としての固執、いや違うな……。

 信頼、絆とも言えるソレなんだろうと私は勝手ながらに思ったが……、私なんかが安易に言葉にしては失礼なのかもしれないな」


 「いえ、そんな事はありませんよ。

 きっと、レティアさんの言う通りなんだと思います」

 

 「それなら良いんだけどね……。

 まぁ、結果として彼は君を待っているよ、自身の覚悟に応えてくれるシグレ・ヤマトという存在に応える為に。

 今の姿が勿論君の本心の一面なのかもしれない、でも彼の前に立つ時には、ソレに相応しい形で出迎えるべきだと思うよ。

 君の意思を、想いを、彼に伝える為に」


 「そういうところは強いですね、本当に……。

 ルークス様が変わったのも納得です」


 「そうなのかな、まぁこれくらい私くらいにもなれば当然の事だよ」


 彼女が自慢げにそう答えた瞬間、私は彼女の頭を軽く小突く。

 

 「すぐに調子乗らないで下さい。

 あなたのそういうところ本当に悪いところですよ!」


 「シグレ、ちょっと怒り方の本気度が高過ぎじゃない。

 いいじゃん、珍しく私が少しくらい良い事言ったって……」


 「だからって、あなたがすぐに調子乗るからシルビアさんとの試合を受ける事になったんでしょう?

 さっきから外の騒音や衝撃も凄いですし、本来あの衝撃の中にあなたがいたかもしれないんですから……。

 そもそも、今向こうで誰があなたの代わりをしてるのは一体誰なんです?」


 「今私の代わりに戦ってるのは、そっちの連れのアクリって人だよ。

 てか、私に対しての当たりがちょっと強い気がするんじゃないあな……。

 私これでもルークスの婚約者なんだからね!?

 だから一応、あなたのお義姉ちゃんになるんだからもうちょっと優しくしてくれてもさぁ……

 いいんじゃないかなぁって思うだよね……」


 「変に拗ねないで下さいよ、子供じゃあるまいし。

 ルークス様った、どうして、こんな人を自身の嫁に選んだんでしょう……。

 もしかしてレティアさん、あなたから無理矢理ルークス様へと迫ったとかじゃありませんよね?」


 「ちゃんと、お互い合意の上です!!

 ソレに、プロポーズに関しては向こうから言ってくれましたし……でも……あの、キスとかはまだですからね……。

 ほら、私達は仮にも学生の身分ですので、新婚と言えども突然私達の間に子供が出来たりしたら、学業を続ける事も色々と大変になるでしょうからね」


 「えっ……、ソレを本気で仰っています?」


 「信じてよ!、本当に本当だから!!

 何なら今からルークスに聞いてみて!!

 彼からプロポーズしたってちゃんとした証拠あるし。

 本当は、この前まで端末に録音して言質取ってたけど恥ずかしいからって彼に消されちゃったけど……」

 

 「いえ、その……、そういう事ではなくて……。

 キスだけしても子供は流石に……ね……」


 「えっ、ソレ本当?!

 小さい頃にお母様が私に教えてくれた事なのに?!!

 それじゃあ、何だっけあの口が袋みたいになってるあの鳥さんが運んでくる的な感じなの?」


 「コウノトリが運んでくるっていうのも違いますよ。

 勿論、キャベツ畑でもありませんから。

 あと、あなたの頭に浮かんでるイメージの鳥は、多分ペリカンですよ」


 「えーー?!!

 だったらシグレ、どうやったら子供は出来るの?

 そんなに言うんなら勿論知ってるんだよね?」


 「え……それは、その……。

 今、ソレを私に聞かないで下さい!!

 後でミナモにでも聞いて……いや、ソレは無しにした方が良いか……。

 あと、ルークス様やラクモに聞くなんて事だけは絶対にやめて下さいよ!!

 分かりましたか?!!」


 「えー、まぁそこまで言うなら。

 じゃあ私は、誰に聞けばいいの……?」


 「ええと……、じゃあシファさんにでも後で聞いて来ればいいですよ。

 全く、なんでこの人はそんな知識も得ないで結婚だなんてしようと思ったの……」


 「そんなこと言われたって……、ルークスが私にプロポーズしてくれたから結婚するんだもん。

 私だって知らないものは知らないんだからさ……」


 色々と話がめちゃくちゃになって、最初の話題が何処かへと去っていた。

 そして彼女の返しがもはや子供のソレである。

 彼女の拗ね方すら僅かでも可愛いと思ってしまいつつある私も既に彼女に毒されているのだろうか……


 「まぁ、その、もういいです。

 これ以上ここでバタバタとしてたら、今度は私までおかしくなりますから」


 「人を病気みたいに言わないで欲しいなぁ。

 せっかく心配だから来てあげたのに……。

 お義姉ちゃん、ちょっと寂しいなぁ……」


 「色々と気が早いんですよ、あなたは……。

 私はもう大丈夫です。

 全部吹っ切れましたから」


 「そっか……」


 私はゆっくりと立ち上がり、己の胸の内に秘めた覚悟を彼女に宣言する。


 「だから、もう私は迷いません。

 私は、彼に勝たなければならないので。

 彼が、私よりも強くなってくれる為に……」


 私の告げた言葉を果たす時は、既に目前へと迫っていた。

 

 

 幾度となく交錯する互いの攻撃。

 一度たりとも決定打となる攻撃が当たらず、膠着状態がしばらく続いていた。


 目の前に立つは、自身の姉の姿を模した謎の女性。

 全身から黒と赤の瘴気のような魔力を帯び、こちらの扱う神器のソレに近しい力を振るっていた。


 互いの力量はほぼ互角。

 そして、こちらの成長速度に向こうも当然のように付いてくる。

 戦い方の癖が、以前に刃を交えたラウさんの従者であるシンさんを彷彿とさせる動きが一部分垣間見える時もあれば、ラウさんそのものの攻撃の癖が見える時がある。

 しかし、ほとんどの動きは彼女の我流とも言える見た目にそぐわない荒々しい獣のソレであった。


 「ここまで私を楽しませてくれたのは、

 あなたで4人目くらいですね」

 

 「私の中では、

 これまで手合わせした相手の中で、一番上の部類です」

 

 「それは至極当然の事ですよ。

 私は、最強無敵の美少女ですから」


 「でも、勝つのは私です」


 「いいえ、この戦いは私が勝ちますよ。

 だって私、あなたの弱点を既に2つも見つけましたから☆」


 目の前は彼女はそう言って、身の丈程の大剣を振りかざし一気に間合いを詰める。

 こちらの間合いに入り込む寸前に突如、目の前に居たはずの彼女の姿が僅かな光を放った末に消え去る。


 しかし、こちらの視覚に捉えられなくとも、神器の力によって能力が大きく上昇した今の私には姿の消えた彼女の位置が自身から溢れる魔力を通じて完全に捉えられている。

 

 「後ろですか……」


 こちらの振り向き際に背後から振るわれた彼女の一撃が、こちらの振るう刃の迎撃と向かい合う。

 衝突の刹那に、互いの身体が大きく怯み体勢が僅かに崩れる。


 好機と捉えるか、窮地と捉えるか。


 この隙が、相手の縁起の可能性が拭えない。

 よって、私は動けない彼女から離れて間合いを空ける事にした。 

 そして、衝突後から僅かな仰向けの姿勢で天に視線を向けていた目の前の彼女はというと、ゆっくりと体勢を直し大剣の切っ先をこちらへと向けていた。

 

 「弱点その1、実戦経験が浅過ぎる事。

 どれだけ天性の才に恵まれたとして、どれだけ鍛練を積み重ねようと、所詮はあなたは武器を握ってたった半年のお嬢様です。

 神器による成長速度に関しては、非常に脅威的ではありますが実戦経験の積み重ねによって生まれる決断力や判断能力に関してはまだまだ私には遠く及びません。

 師の教えをそのままその通りにこなしてるだけですからね、自分自身での考えというのが今のあなたにはありませんので、先程の攻撃においても敢えて攻撃を詰めずに距離をとった。

 恐らく、あなたの師であるラウさんならこうするという考えの元で動いたのでしょうね」


 「それの何処か弱点だと言うんです?

 今は届かなくても、このまま長期戦を続ければ私がいずれあなたの実力以上に成長しますので」

  

 「確かに、あなたの成長速度は確かに脅威ですよ。

 でも、いつまでその状態が保てますか?

 私、もう分かっているんですよ。

 あなたの魔力量では、その姿を長くは保てない。

 戦いの中で成長する神器、でも本当の長期戦で試した事は一度たりとも無いのでしょう?」


 「どういう意味です?」


 「お得意のあなたの成長速度については、

 私も実は似たような事が出来ているんですよ。

 そして、私の深層解放は数年単位で可能なんです。

 だから、このまま長期戦をすれば私が必ず勝ちますよ」


 「数年単位……ご冗談を……。

 そんなの、ただの人間に出来る芸当の訳がありません」


 「いつ私が自分を人間だって言いましたか?」


 「………、あなた本当に何者です?」


 「私に勝てたら教えてあげますよ、シルビア王女☆」

  

 目の前は彼女はそう言うと、その身に溢れてきた魔力の瘴気が更に強い赤黒な閃光を放ち始めた。


 「知りたければ力ずくって事ですか……」


 「ええ、それともう一つの弱点について。

 あなたの使用する錬成魔術によって生まれた武器についてですが、造りが甘過ぎますよ。

 あなたのソレはラウさんのソレに遠く及びませんので。

 よって今後、あなたの放つ攻撃全てにおいて私が一撃でその武器達を壊してみせます♪」


 彼女は喜々としてそう宣言し、武器を構える。

 溢れる魔力は禍々しさを肌で感じさせてくる。


 「やれるものなら、やってみて下さい。

 私が、放つ攻撃の全てを砕かれる前にあなたの強さを超えてみせます!!」


 間もなくして、戦いは最終局面へと向かった。

 こちらが放つのは五月雨の如く降りかかる無数の剣達、対する彼女は己の身一つで華奢な体躯に似合わぬ大剣でこちらの攻撃を全て打ち砕いていく。


 こちらの一撃全てが、当たれば即死も免れない程の威力を誇るはずなのに、向こうはソレ等を涼しげな顔で舞台を舞うように華麗に処理していく。


 振り続ける雨の中を妖精達が舞うかのように……。


 今の私には到底真似できない次元のソレであった。

 

 魔力の瘴気を纏う彼女が、こちらの攻撃を捌く毎に瘴気の形状がドレスのように変化していく様に。

 こちらの戦い方から学習し、そしてその身で体現しつつある異型の姿に私は驚きを隠せない。


 「ほら、どうしましか?

 まさか、この程度で私を超えられると本気で思っているんです?」


 彼女の声に反応するように、私は剣戟の舞台を舞う彼女へと全力で斬りかかった。

 破砕音のソレが彼女の振るう大剣との衝突によって生まれ、こちらの持つ武器に対し僅かな亀裂が入り込む。


 「っ?!」


 私の驚愕の刹那に、目の前の彼女の口元が緩んだ。


 「そろそろ終わりにしましょうか☆」


 交わる剣に更に強い力が入り込む。

 拮抗していたはずの力が、容易く押し負け自身の持つ刃に更に大きな亀裂が入り込んでいく。


 「嘘……、さっきまで……私は……」

 

 驚愕を隠せない私に対して、目の前の彼女は笑っていた。

 自身の姉の姿で、目の前のソレは私にだけ聞こえるような小さな声で一言、こう呟いた。


 「チェックメイトですよ、シルビア王女☆」


 瞬間、私の手にした武器が一瞬でガラスのように砕け散る。

 そこに存在していたはずのモノが、一瞬で崩れ去り体勢が大きく崩れ背中から倒れていく。


 迫り来る巨大な刃を視界が捉える。

 瞬間、凄まじい衝撃が辺りに響く。


 私の顔のすぐ横に突き刺さった漆黒の刃。

 倒れた私を覆いかぶさるように、刃を突き立てている彼女の顔がすぐ近くに存在していた。


 「私の勝ちですね」


 「ええ、そのようです」


 拳を握りしめながら、私は自身の敗北を受け入れる。

 力の差はほとんど無かったはず、なのに私は……。


 目の前の彼女はゆっくりと私から離れると、武器から手を離し、倒れる私に向けて手を差し伸べる。


 「僅か半年とは流石に思えない強さでしたよ。

 遠くから見ている、ラウさんやシラフ先輩もきっと今のあなたの実力に驚いてると思いますよ」


 「っ、シラフ先輩ってまさか……あなたは」


 「あー、流石にバレますよねその呼び方をしてしまえば」


 彼女は僅かに照れながら、軽く指を鳴らすと赤い光に包まれるとその姿が露わになっていく。

 薄焦げ茶のポニーテール、そしてクレシアさんと非常によく似た容姿の彼女がそこにはあった。


 「という訳で……、今回シルビア王女のお相手をさせて頂きましたのは、私ことアクリちゃんです☆

 驚きましたよね、私が結構戦えたってこと。

 まぁ、最初に会った時からシグレ王女にちょこっとだけ力を使っていましたけどね……」


 「まさか本当に、アクリさんでしか……。

 でもあの姿にその本人そのまま声とか一体どうやっていたんです?」


 「それはまぁ魔術をちょちょいと使った感じですよ。

 便利な能力だと思うんですけど、保って一日くらいなんですよね……。

 そこが少しだけ問題なんですけど……」


 「はぁ……、でも凄いですね。

 神器相手にあそこまで戦えるなんて、でもそれじゃあラウさんの戦い方とか一体どうやって覚えたんです?」


 「ええと、ほらそれはこの前少しだけ教えて貰ったりしたんですよ。

 ほら、何かと武器とか作れる魔術とか色々便利じゃないですか?

 料理するときとか、調理器具いちいち洗わずに済みますしね……」


 「なるほど、確かにそんな使い方もありますよね……」


 「そうですそうです、本当に色々と便利なんですよね。

 まぁ、今回はソレをそのまま戦闘に使った訳なんですけど、流石に手を焼きましたね……。

 まさか、深層解放まで扱えるなんて……。

 私そんなの聞いてませんでしたから、アレは本当に正直一番焦ったところですね……」


 「あはは……、確かにそれは驚きますよね。

 ラウさんにも、まだあの姿の完成形は見せて無かったので……。

 いつかは、シラフさんやシファさん、他の十剣の方々にもお見せしたかったんですけど……。

 私も、ちょっとだけ熱くなり過ぎましたね」


 

 

 「素晴らしい戦いでしたね、シグレ様」


 「そうね、ラクモ……」

 

 先程まで行われていた二人の戦いを、私とラクモは入口のところで眺めていた。


 神器を扱う、サリアの第3王女であるシルビアさん。

 そして、その第一王女であるレティアさんの代わりに戦っていたアクリさんとの戦いを……。


 あの二人の戦う様に私は自身への劣等感を強く感じていた。

 しかし、私の向かいに立つ彼は何処か懐かしいモノを見るような視線で彼女達を見ている。


 「一昔前の自分達も、こうやって毎日のように試合をしていましたよね」


 「……そうね、とても懐かしい日々……」


 彼はそう言って、昔の自分達と今の彼女達の姿を重ねていた。

 戦いが終わって、楽しく喋っている二人を見ていると確かに昔の私達を思い浮かんでしまう。


 そう、昔の……、今はもう取り戻せない日々を……


 「昨日、少しだけ例の彼と話をしてきました」


 「シラフの事?」

  

 私がそう返すと、彼は僅かに頷きゆっくりと語り始めた。


 「ええ、思った通り真っ直ぐでとても強い方ですよ。

 そして、自分は彼に聞いたんです。

 何故あなたは、炎に家族を奪われても尚その力を振るえるのか?、と…」

 

 「それに、彼はどう答えたの?」


 「炎は今も怖いと言っていましたよ。

 でも、それ以上に目の前で再び誰かを失う事の方が怖いとも……。

 守りたい存在があるから、自分はこの力を振るえるのだと、私に彼は教えてくれました」


 「……、守りたい存在ですか……」


 彼らしい答えだと私は思った、ルーシャ王女に対する想い、いやきっと彼女だけじゃない。

 これまで出会った、自分にとってかけがえない全ての存在が、今の彼にとっては守りたい存在なのだから。


 「自分も両手足を失い、カタナを握れなくなって怖かったんですよ。

 二度とカタナを振るえない事が、シグレ様との約束を自分が果たせなくなる事が……」


 「……。」


 


 「その結果として、彼が貴女を打ち破った唯一の存在。

 自分がシグレ様とほ約束を果たす前に、自身の恐怖を己の覚悟と意思で乗り越えた彼が、あなたを打ち破ってみせたんです。

 だから、その姿を見て自分も頑張らないとって強く思ったんですよ。

 今のカタナを振るえない恐怖を乗り越える為に、あなたとの約束を果たす為に、例えどんな形になろうとも、いつか必ずあなたの期待に応える為に……」


 「こんな私なんかの為に、あなたがそこまでする必要はないと思うわ。

 だって、私は……あなたの為にって勝手に思い上がって………、そして……無関係なトモエさんを……。

 そのせいで余計にあなたを苦しめて……。

 だから、私は……あなたに……」


 「……シグレ」


 彼はそう言って私の前に立つと、震えていた私の両手をその冷たい義手で優しく掴み取る。

 敬称を無くして、昔のように名前で呼んでくれた彼は私の顔を正面から見つめる。


 「私は、己の生涯を全て捧げ、あなたとの、シグレとの約束を必ず果たします。

 だから、私と共にカタナを振るって欲しい。

 私があなたを護るに相応しいその日が来るまで、シグレの隣に立つ事が赦されるその時が訪れるまで、私をあなたは待っていてくれますか?」


 「っ……ええ、勿論……。

 でも、そんなに長くは待てませんからね」

  

 「勿論分かっていますよ。

 ですからこの戦いで、私が証明します。

 その時が遠くない事を、自身の護るべき存在が私であって欲しい事をあなたに……」


 私の手を握る彼の冷たいその手に、私の体温が移りその手が暖かくなっていく。

 もう、握れないと思っていたその手には、数多くの小さな傷がそこにはあった。

 

 絶えない努力を、どれだけ重ねたのだろうと。

 これ程までに、私をずっと信じてくれたのだろうと。

  

 私が彼から目を背けてしまったあの日以降も、彼はひたすら私の為に。

 決して諦めることなく、カタナをひたすら振るい続けていたのだ……。


 溢れそうになる涙を堪えて、私は彼のその手を強く握りしめ返した。

 

 そして、ゆっくりとその手を離し舞台へと向かう。

 かつての私達が、己の技を競い合ったあの日々のように。

 

 この戦いも、その一つになる。

 いや、今は少しだけ違うのかもしれないが………。


 「勿論、今日も私が勝ちますからね。

 あなたには強くなって貰わなければならないので」


 「私も負けるつもりはありませんよ、シグレ様」


 今はまだ、果たせない偽りかもしれない。

 誰もが不可能だと思うのかもしれない。

 でも、私は彼の言葉を、意思を、その覚悟を……


 彼との絆を、私は信じたい。

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