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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
237/324

失って、己の在り処は

帝暦403年12月29日


 雪の降る中、オリエントに到着した俺とルーシャを含む四人は既に日が落ちた道を歩き目的地へと足を急いでいた。

 既に他の者は到着しており、夕飯の仕度をしているらしいがルーシャの姉であり今回のお泊まり会を企画したレティア様は溜まった仕事の関係で帰宅がこちらの到着よりも遅くなるらしい。


 「レティア王女は、連日お忙しいようですね。

 先に到着した者達を、ルークス様が代理で歓迎していたようですが……」


 「レティア姉さんはいつも忙しいお人だからね。

 私なんかよりも、多くの仕事を抱えているらしいから」


 シグレの言葉にそうルーシャは返事を返すと、今も少し眠そうなアクリが口を開いた。


 「こんなに大人数を抱えて大丈夫なんですか?

 ええと、私とシラフ先輩に、ルーシャ様とシグレ王女、そしてシルビア王女にテナさん、あとはラウさんにシファさんとクレシアって人……。

 こっちからは9人、それだけの大人数をシラフ先輩くらいの部屋の大きさで招待するのは無理があるかと思いますが」


 「部屋が狭くて悪かったな……」


 俺の言葉に、シグレは僅かに微笑むとアクリの疑問に対して答えた。


 「その点は問題ありませんよ。

 ルークス様のこの学院でのお住まいはヤマトの実家よりも大きな屋敷になっていますから。

 ルークス様の現在のお住まいは昔、迎賓館てして海外からのお客様を多くもてなしていた歴史がありましたから。

 あと2、30人くらい来てもらっても十分こちらはおもてなし可能ですよ」


 「そんなに大きなところを借りられるんですね」


 「えぇ、ただ管理が多少大変ですけどね。

 昔は多くの客人が各国から来ていたようですが……。

 帝国が滅亡してからのここ数年は客足は大きく減少し昔は宿場街のようだったところも今は学生の寮として利用しているところが非常に多いんです」

  

 「そういえば、私達の祖国であるサリア王国も昔はちょくちょくこの学院との交流はあったんだよ。

 でも、帝国が崩壊してからは各国の関係は歪な物へと変化し以前のような交流が難しくなった。

 帝国崩壊により増加している海賊の存在が大きな課題の一つでもあるなのかな。

 年々と増える一方の彼等の行為によって、海上の治安が悪く船の行き来も昔より大きく制限されてしまっているくらいだし。

 輸入される海外製品の値上げはどうしても避けられない、そしてこちらから輸出される自国製品も安全に届けられる保証が確保出来ないくらいに。

 そして、海賊達に奪われた貨物が闇市とかで売られていたりするから……。

 彼等の海賊行為による打撃はサリア王国だけじゃない、世界的に大きな課題として今尚も存在しているの。

 けど来年の春頃には、新たにサリアとアンブロシア、そしてこのラーク間での海賊行為に対する新たな政策として両国の軍事協定が結ばれる予定なの。

 これが承認されれば以前よりもサリア、アンブロシア、ラークとの交流、更にはサリアを通しての各国のラークとの船舶の行き来が円滑にそして安全に執り行う事が出来る。

 私達のサリアの帰国に合わせて、現在十剣の人達が滞在しているのも十剣のアスト様とクラウス様がサリアの大使として、アンブロシアの大使はネプト様が担当し、このラークで条約の結ぶ為に来ていると思うから」


 「なるほど、かの条約がそろそろ正式に結ばれる訳ですか。そうなれば、かつてのような活発な交流が行われるようになるかもしれませんね」


 シグレとルーシャの会話について、俺としては普段は見ることないルーシャの一面を見れて不思議な感覚を覚える。

 この学院に入学してからの彼女の成長と活躍は耳にしていたが、世界情勢についても頭に入れている事を見ると学びの深さに対して関心した。


 ただ気になる事が少しあるが……


 「東諸国から、学院側への取引を行う際の現状ほとんどの取引をサリア王国を介して行っている。

 更に南のフリクアからの取引も多少は存在するが、南方大陸との取引を含めてもほとんどはサリアを介しているのが現状だろ?

 海賊達の拠点があるとされているのがフリクアとサリアの国境付近。

 あの辺りは帝国崩壊の影響によって大きなスラム街と化している無法地帯もいいところだ。

 あの辺りの根本的な問題を解決が今後の目標になるかもな」


 俺の言葉に、シグレが聞き返す。


 「つまり、現在のサリアは今後ラークとの全ての取引の中枢になりつつある。

 その為に、サリアとフリクアの国境付近に集中している海賊の拠点の対策が必要になるという訳ですか?」


 「そんな単純な問題じゃないよ。

 説明が少し足りなかったな、改めて言うと今後のラークとの取引を世界各国が行う場合は基本的にサリアの港を通じて行うように動かすはずだ。

 アンブロシアとの取引には、サリアから船を出すと思うが、問題点はほぼ全てのラークとの取引がサリアに集まる事。

 ラークの西側からヤマトに向けての航路も存在するが、距離も長く多くは難しい。

 しかし、ラークの東側からサリア側への航路は東側の航路よりも遥かに短くて済む。

 よって、サリアを通しての4国。

 更には南方大陸や東諸国との取引を行う手筈になる。

 理由は、例の海賊行為が原因で新たに結ばれた条約故の事。3カ国によって安全な航路が約束されたという事で可能になる事なんだが、かつては帝国が仕切っていたものを今後はその全ての取引をサリアを介して行う事になる。

 アンブロシアもその取引相手に含まれるが、あの国は島国で大陸諸国の一部であるサリアとは度外視だと思っていい。

 つまり、ラークとの取引をサリアが独占という事になるんだよ。その反感は他諸国から多く買う可能性は非常に高い、裏を通じて海賊側への資金が流れてこちらの取引の妨害工作も考えられる」 

 

 「でも、それを防ぐ為の条約なんじゃ?」

  

 「集められる力にも限度がある。

 現に俺はこの学院に来る前に海賊に遭遇しているくらいだからな。

 まぁ奴等の目的は、俺や姉さんその他学生達の殺害が目的だったらしいが。

 その時は手練だった俺や姉さん、そしてラウ達が居たから無事解決したが常にあれだけの猛者を常に確保出来る訳がないんだ。

 敵が少数ならまだしも、数十人規模の襲撃もあり得るのが今の海賊行為が行われているのが現実だ。

 3カ国からの協力があるからと言って常に軍艦数隻を用意出来るのかってなると流石に厳しいだろうからな」


 「それじゃあつまり、条約は恐らく形だけのモノ?」


 「その可能性が高い。

 そして、他国に対しての牽制の意味を込めての条約というのが本音だろうな。

 近年増加している海賊行為の依頼の金の何処が東南諸国だというのが掴めているらしい。

 だから牽制としての仮初の約束事だ。

 3カ国で条約が結ばれたとなれば、例えそれが仮染めだろうと向こうとしては迂闊には動けなくなる。

 こちらは既にお前達の首をいつでも取れるという脅しの口も含めてなんだろうからな。

 近年は東南諸国との関係は少なからず悪化している。

 原因は言わずとも、帝国崩壊故の新たなリーダー争いといったところだが……」

  

 「学院では東南諸国の学生とも交流はあるけど、そんな睨み合うような事は無かったはずだよ。

 勿論、学則で禁じられているのもあるんだろうけど」


 「南東諸国には俺達とは違った宗教観念が存在するからな。

 ヤマトだって、その点は同じだが彼等の方がその宗教の教えを強く持っているのが事実だ。

 教えの強要が帝国支配の時代以前は色濃く、それこそこちらの四国との小競り合いも多く耐えなかった程だ。

 しかしだ、帝国が彼等の国々を支配し彼等の宗教に対する考えも尊重した上で新たに国を創りまとめた。

 でも、今はその支配の枷がない。

 緩んだ枷により、何を引き起こすのかこちらとしても分からない。

 そんな彼等に対して新たに枷を敷こうとしているのが、サリアや四国の意向だと思う」


 「新たに枷を……、でもそんな事をしなくても話し合いで解決出来るかもしれないでしょう?」


 「それが出来るならこんな周りくどいやり方はしないだろう?

 力があって、初めて対等な立場が成立できるんだ。

 力が無ければ奪われるのま、だからこそ奪われない為に自らを守る為にも力が必要なんだ。

 現に話し合いだけの平和的な解決が出来ないから、俺とかが護衛役として、騎士としての仕事が与えられているくらいなんだからな」

 

 「分かってるよ、それくらい。

 だから、シラフが騎士として、十剣として私やみんなを守る為に力を振るってくれている。

 でもね、私はそれでも理想を目指したい。

 サリアの王女としてと、あなたに相応しい主で有り続ける為にも、私は争いが少なくて済む世界を目指したいから。

 凄く大変かもしれないけどさ、それでもシラフは私と共に歩んでくれるんでしょ?」


 「色々と苦労しそうだな」


 「そうかもね、でも私は楽しみだよ。

 シラフと一緒なら、なんでも出来るって信じてるから」


 彼女はそういうと、シグレ達も居る前で俺の手を握ってくる。

 ここ最近の距離感が異様に近く感じるが、そんな俺達の様子にシグレとアクリは面白がっているようにも見えた。

 

 凍てつく寒さを忘れる程に、この瞬間がとても暖かかった。



 目的地であるルークス夫妻が住まう大きなお屋敷に到着した俺達は、屋敷の玄関先でシグレのもう一人の従者てあるミナモという人物が出迎えてくれていた。


 「ルーシャ様に、シグレ様、そしてシラフ様にアクリ様ですね。

 既に他の方々は中でお待ちしております。

 初めにそれぞれの個室へと御案内致しますので、こちらへ付いて来て下さい」

 

 長い黒髪で、一見して清楚な印象を受ける彼女。

 シグレからは名前だけ聞いた事があった気がする。

 彼女の案内に先導され、それぞれの個室の場所と荷物を軽く確認し終えると既に来ている姉さん達の待つ広間へと案内された。


 部屋に近づくと何処か賑やかな声が聞こえてくる。

 そして部屋の扉を開けると、先に到着していた姉さんがシルビア様とチェスをしている場面に遭遇する


 「ちょ……、シルちゃんそれアリなの?!!

 いつの間にか私ピンチだよ!

 ラウーー!!、これどうすればいいの!!」


 「二人の勝負に私は口出ししない、そもそもこの手の盤はシルビアの方が私よりも強いからな」


 「えっ嘘……、ラウより強いって本当なの!!

 得意なのは知ってたけど、そんなに?!」


 「そうですね……

 私、チェスだけは小さい頃からずっとやり込んでて、サリアの大会でもそれなりに何度か賞は取ってましたから」


 「そりゃ強いよーー!!

 私、もう降参!!」


 姉さんはそう言うとその場に倒れ込み、子供のように地団駄を踏むとこちらの存在に気づいたのかすぐに起き上がる。


 「シラフ達もやっと着いたんだね。

 シグレさんにルーシャとアクリちゃん、みんなに色々と迷惑かけちゃってごめんね」


 「いえいえ、事情は彼から聞きましたから。

 十剣という身分故にお忙しいのは仕方ありませんよ。

 それに、ひとまずこちらからは全員揃いましたから。  ミナモ、ルークス様やレティア様は今どちらへ?」


 シグレが隣に立つミナモに尋ねると、彼女が答えた。


 「はい、ルークス様等は現在レティア様のお迎えに向かっております。

 彼等がお戻りになる間は、私が皆さんの対応をする事になっております。

 現在の時刻が午後6時程、これから夕食の仕度に私は戻りますが人数故に私一人では対応できかねますので何人かお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 「じゃあ、シラフとラウとアクリちゃんにお願いしてもいいかな?」


 ミナモの頼みに対して、姉さんは俺達3人を指名する。

 まぁ、この人員で料理に長けているのはこの3人くらいなのだろうが……。


 「私は別に構わないが」


 「俺も同じく問題ない」


 「私も大丈夫ですよ、喜んでお手伝いします!」


 「では皆さんにお願いします、こちらへお越し下さい」


 ミナモに案内され俺とラウとアクリは別室へと向かう。

 ただ少し心配があるとするなら、ヤマトの料理に関しては何の知識がない為、彼女の手伝いなど務まるものなのかということ……。

 俺は僅かに考え込み、悩んでもしょうがなかった為前を歩く彼女に尋ねた。


 「ミナモさん、済まないんだが夕食はヤマト王国の料理を作るのか?

 もしそうなら、俺はその辺の知識に乏しくて正直不安なんだが、その点はどうすればいい?」


 「あー、確かにそうですよね。

 ええと、アクリさんやラウさんはどうなのでしょうか?」


 「何を作るのかについては端末で調べ、その工程を再現すれば私はどうにか出来る。

 何か特別複雑な代物でない限りはな……」


 「えーと、私はその、一応ヤマトの料理に関しての知識もありますけど正直ちょっと心配です。

 作り方の指示さえ貰えれば、この3人ならどうにかなりますよきっと!」


 この時は、珍しくラウも随分と弱気な発言をしていた。そしてアクリはというと、明るく振る舞うもやはり俺達と同じく不安な様子。

 何故か俺とラウの視線が一瞬合いお互い僅かに不安な表情を浮かべているのをお互いに察した。

 まぁ、異国の料理の手伝いとなると不安要素があるのはしょうがないか、俺もラウも人並みには再現出来るのだろうが、完璧主義的な面は似通っている為に不安というのが本音だろうか。


 俺とラウの様子を見かねたミナモは、僅かに考え込み判断を下した。


 「では、私が主な調理を担当しますので皆さんはその補助をお願いしますね。

 大丈夫ですよ、そこまで複雑なものではありませんのでいつものように気軽にやって行きましょう!」


 ミナモが俺達3人を鼓舞し、不安を軽くしようと明るく振る舞う。初対面の客人相手に臆さず振る舞える彼女の気丈さに応えるべくアクリは俺達二人に視線で察しろというような目線を向けてきた。


 「やるしか無さそうだな」


 「そうみたいだな。

 こちらは手は尽くすだけだ、指示を求める」 


 お互いの意思が固まったところで、俺達四人での夕食作りが始まった。



 シラフ達が夕食作りに向かった頃、私達はシルビアさんとシファさんとのチェスの試合を観戦していた。

 状況はチェスの簡単なルールを知っている私からでもシルビアさんの優勢だと把握している。

 そして遂に、要とも言えるシファさんのクイーンがシルビア様のルークによって取られてしまった。


 「あー、もう駄目……シルちゃん降参!!」


 シファさんはシルビアさんの実力差に戦意を喪失し、隣で眺めていたルーシャに抱きついた。


 「シファ様、ちょっと苦しいですよ!

 シルビアも、もう少し手を抜けば良いのに……」


 「私は自分に出来る事を尽くしただけですよ」


 「シルちゃんがラウみたいな事を言ってる……。

 やっぱり師匠に似るところは似てくるんだよなぁ……」


 そう言って、シファさんはルーシャの元から離れると軽く背伸びをして席を立つ。


 「私は一回部屋に戻るよ、帰国前にちょっとやらないといけない書類があるからさぁ。

 夕食になったら呼ぶように、シラフ達が来たら言っておいて」


 そう言って、シファさんは私達に軽く手を振り自室へと向かった。


 部屋に残されたのは、私ことシグレとルーシャ、シルビアさん、クレシアさん、そして少し離れたところで居眠りしているテナさんであった。


 「シファさんも、いつも色々とお忙しいんですね?」 


 「シファ様はサリアを陰で支えてる色々と特殊な方ですからね。

 剣や様々な武術の腕に長け、祖国の騎士団であるヴァルキュリアの指南役としても活躍しておりますから」


 「あの美しさで、文武に優れていると……。

 確かに、彼女の実力はシラフよりも上であるとも彼から聞いています」


 「ああ、あの人の強さは王国の基準に入れたら駄目だってくらいとんでもなく強いからね。

 シラフや、そこで寝ているテナは愚か他の十剣達が束で掛かっても勝てないらしいですよ」


 ルーシャがそう言うと、丁度チェスの駒を片付け終えたシルビアさんも彼女の実力について語り始める。


 「神器を得て、ラウさんから色々と戦い方を教えて貰っている今だから分かるんですけど、シファ様はそこ知れない強さを秘めています。

 魔力の量も、普段は相当抑えていてそれこそ一国どころか大陸を容易く滅ぼせてもおかしくないくらいです。

 ラウさんにも、何度かシファさんについて色々と聞いてみたんですけど、ラウさんですら彼女に勝てるイメージが全く湧かないと今も言っているんです」


 「今年の闘武祭優勝者がそこまで言う程ですか?

 噂で強いと聞いてはおりましたが、まさかそこまで圧倒的だとは……。

 でしたら何故、そこまでの実力がありながらその名が世界に大きく知れ渡っていないのですか?」


 「確かに、それは私も最近思ってたなぁ……。

 お父様、現在のサリア国王もシファさんには頭が上がらなくて、お母様である女王陛下も強くは言えないらしいです。

 何か隠したい事情、あるいはシファさんのあの容姿もありますし、その性格上目立ちたくないのかもしれませんね」


 「ですが、私思うんです。

 シファ様の存在は、世界に対して秘匿しなければならない何らかの事情があるのではないのか?

 あの人が騎士団の指南役を受けているのは、恐らく生活をする上での収入を得る為なんだと思います。

 でも、そうすると違和感があるんです。

 シファさんは、サリア王家と古くから関係があったそうですが、それが一体いつからなのかは全く分からないんです。

 私の物心ついた時から……いや、お父様もお母様も更にはその先祖のサリア王家の方々に至るまでシファ様との関係はあったそうなのです。

 更には天人族との関わりもあるそうで、天人族の生まれで我々人間よりも遥かに長い寿命を持っているという事も考えました。

 その点についてラウさんに尋ねると、シファ様は天人族ではあるが、その例外的な存在だと言っていました」


 「例外的な存在?」


 「ええ、その詳しい所はラウさんも知り得ていないそうですが、少なくともあの人は千年以上もの長い年月をあの姿のままで生きている存在だということです。

 そして私の中で、一つの仮説が浮かびました。

 姉様は知っておりますよね、帝国からの侵略をたった一人で退いた白騎士の存在を。

 私は、その人の正体がシファ様なんだと思うんです。

 その力があまりに強大過ぎた故に、多くに知られてはならない存在。だから、シファ様の事を知る人は一部の者達を除いてかなり少数だったと思います。

 今回の学院への一時的な編入も含めて、白騎士と呼ばれる彼女が何らかの目的でシラフさんと一緒に此処へ赴いたのだと……」


 「うーん、私は単にシラフの事が心配だから一時的に付いて来たのかなって思ってたよ?

 シラフもシラフだけど、シファ様も案外彼には過保護な面があるからさぁ……」


 ルーシャがそう言い、シルビアさんもそれに納得したのか僅かに微笑んだ。


 「確かに、あのシラフさんですからね。

 多分、それも理由の一部としてはあるのかもしれません。

 でも私はやっぱり何か重要な目的を果たす為に、自分の存在が知り渡るリスクを犯してまでこの学院に訪れたのは何かしらの事情があるんだと思います。

 彼女が白騎士本人でしたら、十剣を動かせる人物であるという根拠としては十分ですし、帝国軍を退けた際に彼女の存在は今の学院上層部にも知れ渡っていたなら何かしらの目的があったのだと私は思います。

 ですが、それが例え何かあったのだとしても今の私達では打つ手無しというところですが……」


 シルビアさんの言葉に私とルーシャは聞き入っていると、クレシアさんが話題に付いて来れなかったのか頭を悩まして困り果てていた。


 「あー、その……えっと……。

 ちょっと色々と複雑過ぎて何が何だか……。

 シラフのお姉さんがどんな人なのかって話なんですよね?とりあえず……?」


 「うん、でも私達から見れば特に悪い人って感じじゃないんだよ。

 むしろ、凄く優しくて、美人だけど、なんか少し抜けててかわいいお姉さんみたいな人だからさ。

 だから、あの人がどんな人だろうと私はシファ様の事は大切な方だと思ってるよ。

 そこはシルビアも同じだろうし……。

 でもやっぱり、少し心配なところが最近多いって事なんだよね……。

 シラフの事で、学院に来てからは彼の過去や今朝だって新たに契約したっていう神器についてもあったり色々とね……。

 だから、どうしても不信感というか最近のあの人の違和感が拭えないなってさ……」


 「今のシラフに一番近くに居るのは、シファ様かルーシャだもんね……。

 やっと一段落したってところで、いきなり神器が関わって、今後も危険が迫っているかも知れないなら、ルーシャとしてもみすみす放ってはおけない感じだよね……」


 「うん……。

 当の本人は私に対していつも通り接してくれてはいるけど、シラフってさいつも本当は大丈夫じゃないのに無理してるところとかあるからさ……。

 今のシラフが思う存分に神器の力を扱えるようになったとしても、昔みたいに炎に対しての恐怖は消えてる訳がないと思う、でも私達を守る為に張り切ってしまう無理は避けられないと思ってる……。

 だからさ、私としてはこれ以上彼が無理して神器の力を振るわないで済む世界を目指したいと思ってる。

 私一人じゃ難しそうだけどさ、シルビアやテナ、もちろんクレシアやシグレさん、そして可能ならラウさんやアクリさんにも手伝って貰えば少しでも実現に近づけるんじゃないかって思ってる。

 それがどういう方法でどういう過程で実現させるかはまだ何も分からないけど、いつかは……ううん可能な限り早くに実現させなきゃって思ってる……。

 王女としての私よりかは、彼の主として友として恋人として、シラフと一緒に居る為に必要なことだと思うから……」


 「そうだね……。

 私もその為に自分に出来ることなら手伝うから……」

  

 彼女達の会話を耳に入れながら、たぬき寝入りを更かしていた僕は色々と今後について考え込んでいた。


 現在の状況を諸々とまとめると、


 シラフはリンを殺した相手である僕を倒す為にアクリと協力しつつ真犯人である私への復讐を求めて日々奮闘中である事。

 その為に彼は、2つ目の神器として生前の彼女が契約していたプロメテウスの神器を新たに得た事。


 ルーシャ王女は彼との交際を始めた事をきっかけに、何かしらの新たな動きをしようとしている。

 状況次第では、シラフの身内でもあるシファ・ラーニルとの対立も辞さない覚悟の上である事。


 彼女の妹であるシルビア王女に至っては、師としてラウと友好関係を築いており戦闘能力が格段に上昇している。

 恐らく、彼女も深層解放も可能である可能性が高い。

 

 この二人は王族である為、こちらとしては特別敵には回したくない相手である事に今も尚変わらない。

 かの英雄を親として利用したことのツケが今も尚、多少の厄介事として作用している。

  

 そして、帝国の名のある科学者達が残した例の二人。

 ラウとアクリの存在……。

 ラウに至っては、シファとの交際をしているようだがその真意は不明で実際に付き合っているのかすら疑わしい。しかし、この学院に通ってから彼自身に変化が起きており、当初は敵対関係でもあったシラフとの交友関係にも変化が起きつつある。


 そして一番の問題はある意味、アクリの存在。

 アルクノヴァとノエルが生み出した第4世代型ホムンクルス。

 少なくとも、普通のホムンクルスと比較にならない程の性能を持ち、尚かつこちらの干渉を受け付けない人工神器デウスエクスマキナと、グリモワールに限りなく近いグリモワール・デコイを得ている。

 

 本体のグリモワールを所持しているラウと大差ない戦闘能力を保有し、彼の助手としても十分に効果を発揮出来る。

 が、当の本人は彼女と距離を取っているのが現状。


 そして、最たる問題となるのは彼女の名にもある通り、ノワール家との繋がりだろうか。

 現在、ルーシャ達との会話に混ざっているクレシア・ノワールと非常に酷似した容姿をしている。

 髪型さえ揃えれば、見分けは非常に困難な程に。

 ノワール家の者が元々アルノヴァの研究に協力していたのはカオス自身も把握はしていたが、研究の為に自身の遺伝子を利用する行為自体はあまり珍しくはない事ではある。

 しかし、アクリの姿から察するに辺り遺伝子はクレシアの物を組み込んでいる事から何かしらの意図があったのだと推測は出来た。

 

 しかし、一体何の為にわざわざ自身の子供の遺伝子を使う事を決めたのだろうか?

 ノワール家とかつてのカルフ家との関わりがあった時は、当時程アルクノヴァ達とは深い関係は無かった。

 しかし、カルフ家が滅んだ事と同時期……、いや彼等がラークへと帰国してからすぐに、彼女の母親はアルクノヴァの研究に協力した。

 

 何かしらの兆候を、恐らく幼い私も知っていた可能性が非常に高い……。

 しかし、当時の彼女との交流に関する記憶は自身も幼かった影響からか不鮮明な部分が多いのである。

 

 覚えている範囲では、僅かな顔合わせをしていたくらいで幼いクレシア本人は持病の影響故に部屋を出る事はほとんど無かった事。

 そんな彼女を見計らって、僕は幼いシラフと協力し彼女の部屋に何度か通い詰めていたという事である。


 彼女の為に僕達が何をしていたのか、その記憶が僕自身はあまり覚えていない……。

 というよりかは、彼女に関する記憶が僕の中にはほとんど残っていないのだ。

 

 一つの可能性として、仮に幼い僕自身が記憶の幾つかを幼い彼女に譲渡したなら僕自身が当時を覚えていない事に理由がつく。

 僕自身の持つ神器ムネモシュネは記憶を司る神器。

 相手の記憶や経験を消したり捏造したり、更には自身の記憶や経験を相手に与える事が出来る。


 この能力を仮に二人の為に使ったのなら、僕自身が彼女の事をあまり覚えていない事に理由がつく。

 これが本当ならば、二人がお互いに覚えている記憶は私の与えた記憶である事になる。


 そんな思考に陥った瞬間、僕自身の脳裏に何かの光景が開幕見えた。


 当時の屋敷での記憶、何かが燃えている光景。

  

 燃えているのは大きな箱、いや棺だろうか……。


 ソレを僕を含めたカルフの一家、そしてノワール家の者達が喪服を着て眺めている。


 箱の中には、黒い塊……。

 

 人の形している、黒い塊である……。


 光景が移り変わり、幼い私は目の前の部屋に向かう幼い彼の手を掴み行く手を阻んでいた。


 「この先に行くな……。行くんじゃない」


 「………。」


 幼い彼は、何も言わない。

 そして、すぐさま私の手を振り払うと目の前の扉に手を掛けた。


 「無駄なんだ……、だから……もう……」

 

 「っ!!」

 

 こちらの静止を振り払い、扉が開く……。

 大きなベッドがそこにあり簡素な造りの子供用の小さな家具が置かれた部屋が広がっていた。

 そこに本来居るべき相手は、そこには居ない。


 突きつけられた現実を受け止めきれず、目の前の小さな彼は膝をついて大きく泣き喚いていた……。

 泣き叫ぶ彼に歩み寄り、そして私は彼の肩をゆっくりと掴む……。

 

 そして……



 「テナ!、ちょっと大丈夫!?」


 僕を呼ぶ声によって意識が現実へと引き戻される。

 気付けば本当に僕は眠っていたらしく、夕食の仕度を終えたシラフ達、更には帰宅したレティア王女一行と、その旦那であるルークスの友人と思われる面々が揃っていた。


 そして私を必死に呼びかけ続けていたのは、今日この日の彼の為に少し洒落た服を着こなしていたルーシャであった。


 「あれ、ルーシャ?

 僕なんか、酷いイビキとかしてたかな?」


 「イビキとかじゃなくて、すごいうなされてたんだよ。

 何か悪い夢でも見てたのかって、周りのみんなも心配してたんだから!

 今日、シラフを含めて体調が優れない人が多いみたいだからさ……」


 「あー、なるほど……。

 大丈夫、大丈夫、夢の中でサリアでの訓練をしてただけだからさ……。

 シファさんの訓練、本当にキツくてキツくて……」


 「訓練って……。

 寝ながらする事じゃないでしょう、もう!!」


 「あはは、ごめんごめんルーシャ」

 

 心配する彼女の叱責を笑って受け流していると、どことなく様になっていたヤマトの割烹着姿のシラフがこちらの方へとやってくる。


 「ようやく起きたのか、テナ……。

 全く、夕食の時間まで眠り続けるとは……」


 「寝坊した君には言われなくないよ。

 で、どうなの今日の夕食の出来映えは?

 一体、何が出るの?」


 「料理名は分からないが、ミナモさんが主な調理を担当してくれた。

 そこに俺とラウとアクリが補助に当たったんだ。

 まぁ、大きな失敗はしていないはずだよ」


 「そういうんじゃなくてさぁ……。

 まぁ食べてみてのお楽しみって事か……」

 

 「そういうことになるな」


 「ふーん……。

 じゃあ他の手伝いを受けたお二人さんやミナモさんは今どこに?」


 「アクリとミナモさんは、足りない食器類を取りに向かったよ。

 ラウは、姉さんを呼びに向かった」


 「珍しい、ラウにお姉さんの迎えを許可したんだ?」


 「そんな珍しいか?

 まぁ、アイツに頼むのは何かと変な気がするが……。

 別にそんなに大したことじゃないだろ」


 「ふーん。

 ああ、そうだレティア様にご挨拶とかしないと。

 シラフはもう済ませたの?」


 「少し前に、ルーシャ達と一緒に済ませた。

 済ませてないのは、テナと姉さんだけだよ」

  

 「了解。

 じゃあ早速レティア様達のところへ行ってくるよ。

 あの人、ちょっと怖そうな雰囲気してて、話す時いつも緊張するんだよなぁ」 

  

 「大丈夫、レティア姉様は凄く優しい方だから。

 大きな無礼を働かない限り大丈夫よ」


 「身内がそこまで言うなら大丈夫かな。

 じゃあお二人さん、行ってくるね」


 私は二人にそう告げて軽く手を振りこの場を後にする。

 現在向こうで、レティア様達と話しているシルビア様とクレシアの元へ歩いて向かった。


 先程見た断片的な夢、いきなり叩き起こされて正直あまり覚えていないが、大したことじゃないはずなのだろう。


 しかし、何故だろうか?


 クレシアの方を見ていると、何かが胸に突っかえるかのような違和感を感じた……。


 まるで、ここにいることが間違いであるかのように……



 賑やかな夕食を皆が楽しんでいる中、俺は一人部屋から抜け出し、玄関の広間に訪れていた。

 一人ソファーに深く座り込み、色々と感慨に更け込んでいた。


 「向かいに座ってもよろしいかな、シラフさん」

  

 話し掛けた来た人物の方を振り返ると、黒髪の大きな身体を持つ青年、シグレからの話程度で聞いていたラクモ・カゲムネがそこに居た。


 「どうぞ、ご自由に」


 「では、ご一緒させて頂きますか」


 そう言って向かいに彼は僅かにぎこちない動作で、しかし特に表情を変える事なくゆっくりと向かいのソファーに座った。

 

 「本日は来て早々からミナモさんの手伝いをしてくれたようですね。

 本来ならば私がするべきでしたが……」


 「慣れない異国の料理の類いですが、ミナモさんに色々と教わりながらでこちらとしても新鮮で興味深いと思いましたよ、非常に勉強になりましたし貴重な経験の一つです」


 「そうですか、それなら良かった……」


 そう言って、ラクモは深くため息を吐きしばらく間を開けてから口を再び開いた。


 「自分の身体の事はシグレ様から聞いておりましたか?」


 「ええ、シグレから色々と聞いてますよ。

 あなたとの過去や、その身体にどうしてなってしまったのか、そして今の関係についても……。

 シグレから頼まれたんですよ、私を助けて欲しいと。

 正直、俺なんかにどうにか出来る問題なのか分かりませんが、俺はそんな彼女の力に僅かにでもなりたかった。

 まぁ、頼まれた問題解決の前に自分の方が彼女に色々と助けられてばかりなんですけどね……」


 「そうでしたか……。

 お互い本当に不器用ですね」


 「シグレ曰く。

 あなたと俺は似ていると言っていましたよ。

 本来ならば、あなたに剣を継がせるべきであったが、あなたの身体を常に気にかけていた。

 そして彼女が剣を継がせるに選んだのは、あなたの面影を追い続けた挙げ句に自分に辿り付いた。

 結局、シグレはあなたを最も必要にしていたんです」


 「……、そうでしたか……」


 彼は一言、そう答えると再び言葉を曇らせ空白の時間が続いた。

 しばらくして、彼は口を開いた。


 「自分も、あなたの事は密かに色々と調べさせて貰いました。主の護衛を任せる身として、あなたの素性を調べられる範囲で調べ上げたつもりです。

 そして、あなたは幼少期に火災で両親を失っている事、あなたの持つ神器の力が炎であること……。

 自分はソレを知って思ったんです、何故あなたは炎を恐れずに力を振るえるのか、と……。

 肉親を失ったモノの力を何故あなたはその身で振るい続けられるのか、その原動力は何なのか?

 自分は、それをあなたに尋ねたい」

 

 「……、ラクモさんはどうなんです?

 両手足を失って、偽物の手足で再び剣を、カタナを握れなくなってしまった時にその定めからどれくらい抗おうとしましたか?」


 「自分は、がむしゃらに抗い続けただけですよ。

 もう一度、あの方の隣で振るえる日を夢見てから。

 シグレ様を守るに相応しい存在となると決めた、あの時から変わらず抗い続けただけなんです。

 でも、それはあまりに難しくて投げ出したいとすら何度思ったか……、それでもあの方が、シグレが自分を信じてくれるのなら応えたいと……。

 彼女の存在が、今の自分に繋がっているんです」


 「なら、同じですよ自分も似たようにがむしゃらに抗い続けた者の一人です。

 一つ訂正させて貰うとするなら、俺は今も過去の恐怖は無くなっていませんよ。

 だから俺は、この学院に来てからの最初の辺りはこの炎の力を俺は扱えなかったんです」


 「じゃあ何故、ここ最近になって突然に?」


 「簡単な話ですよ、俺はこれ以上何も失いたくなかったんです……。

 あの日の炎が、家族を全てを奪ったように、これから先の苦難においても再び目の前で誰かを失わせるのかと。


 乗り越える為の力が欲しかった、

 これ以上、大切な人達を失わせない為の力が、

 その為の力が今此処にあるならば、振るうしかない。

 

 それが例え、自分を長らく苦しめた炎の力だろうと。

 俺には守らなければならない人が居ますから」


 「それは、サリアのルーシャ王女の事ですか?」


 「まぁ、そうなりますかね。

 でも、ルーシャの為だけじゃありませんよ。

 自分の為でもあり、自分の大切な人達の為であったりと理由は様々ですが、俺がこの力を振るうには常に相応の覚悟か必要なんです。

 炎は今も恐ろしい、それでもそれ以上に失わせたくない何かがあるから、俺はこの力を振るえるんです。

 それはラクモさん、あなたも同じでしょう?

 二度とカタナを振るえないと宣告を受けても尚、自分の大切な人の為にカタナを振るえるように抗った。

 自分の為に、シグレの為に、あなたはカタナを振るい続けると決めたはずなんですから……」


 「そうですね、色々と参考になりましたよ」

 

 そう言うと目の前の彼はゆっくりと立ち上がると、不意に何かを思い出したのか口を開いた。


 「言い忘れていましたが、明日の試合の件について。

 今回は取り止めという事にして貰えませんか?」


 「取り止め?

 別にそれは構いませんが、それじゃあ一体どうするおつもりで?

 レティア様の一件については、あなたもご存知のはずですよね?」


 「それに関しては、私から話を付けておきます。

 それに、今自分が戦うべき相手はあなたではありません。

 あの日の約束を果たす時が来ましたから」


 その言葉を聞き、俺はその意味を察する。


 なるほど、既にこの人は……。


 「シラフさん、あなたとは来年の闘武祭で決着を付けましょう。

 その時までに、お互いどれくらい腕を上げているか分かりませんがね」


 「分かりました。

 そういう事でしたらあなたに全てお任せします。

 今回は、あなたの覚悟を最後まで見届けますから」


 「最後に、自分は別に構いませんが。

 こちらの会話がルーシャ王女に漏れているようです。

 後はお二人でごゆっくりと」


 彼はそう言い俺に一礼をすると、その場を静かに立ち去った。

 そして、言われた通りだったのかラクモが立ち去って少しすると少し気恥ずかしそうに今度はルーシャが俺の前のソファーに座った。


 「あはは、ごめんね盗み聞きしちゃってさ……」


 「まぁ別に構わないよ、向こうに居なくていいのか?

 久しぶりに家族であるレティア様と会えたんだからさ」


 「うーん、話したいことはまた話せばいいかなって。

 これからサリアに戻るのも結構な長旅だからその時に色々と話そうかな……。

 この一年、本当に色々あったから一日そこらじゃ話し終えられないよ」

 

 「確かに、この一年は色々とあったな……。

 特に学院に編入してから色々あり過ぎてまだ半年しか経ってない事に正直驚いてるくらいだ」


 「シラフは特に色々あったもんね……」

  

 「昔から色々と周りには迷惑掛けてばかりだよ。

 姉さんにも、ルーシャにも、他のみんなにもさ……」


 「確かに、いつもヒヤヒヤさせるんだから。

 こっち来てからの最初の頃なんか、いっつも病院送りにされて、私やクレシア達もあなたが心配過ぎて気が気でなかったくらいなんだから」


 「確かに、そんな事もあったな」


 「そんな事って、そこまで昔のことじゃないでしょう?

 とにかく、これ以上大きな問題は起こさないでよ。

 新しい神器についても、シファさんから少し聞いたんだけど、結構身体的にはキツイんでしょう?」


 「一度しか力は使ってないが、まぁ確かに魔力の燃費は悪いかもしれない。

 その分力は強いんだが、俺みたいな脳筋よりもラウみたいな魔術師寄りの使い手の方が向いてそうなんだ」

 

 「じゃあ、力との相性はそこまで良くないの?」


 「いや、そこまで悪いって訳ではないよ。

 俺が元々扱えた力が炎だったからその応用がある程度利く、だからまぁ扱える分には問題ないんだ。

 ただ、強いて言うならその力の扱い方が複雑で慣れるにはまだ時間は掛かりそうなんだよ。

 まぁ、契約してすぐに深層解放は成功しているから数年あれば慣れるかもしれないが……」


 「数年かぁ、でもそんなに急いで強くなる必要は無いんじゃない?

 本来神器は一人一つの代物なんだしさ、他の十剣の人達はそもそも深層解放っていうのも出来ないんでしょう」


 「それは確かにそうなんだがな……」


 「次の闘武祭の為って訳じゃないんだよね?

 やっぱり、この前の任務の事が関係しているんだよね、それはどうしても私にも言えない事なの?

 ここに来るまでの間を含めてさ、ここ最近の様子は少しおかしいかったから……」


 「………、それを知ってルーシャはどうしたいんだ?」

  

 「私が力になれることなら、力になりたいよ。

 シラフが困ってるなら、私は絶対に見過ごせない。

 でも、それが間違ってることなら私はそれを全力で引き止める」


 「………。」


 彼女の問いに、真実を答えるべきか俺は悩んでいた。

 口にせずとも、俺のやろうとしている事はルーシャの言う後者の部類。

 ソレを言えばルーシャを危険に晒す可能性が高い。

 いや、そもそも俺と関わっている時点で彼女迫る危険は数多いのだ。

 相手が今の自分よりも手練の存在だというのは、先日の一件で確定している。

 今の俺の実力では彼女を守り切れる保証はないのだ。


 「やっぱり言えない事なんだね……」


 「済まない……」


 「そっか、言いたくない事ならしょうがないよ。

 シラフ自身の立場上って事もあるだろうからさ……」


 「言える時が来たら、その時には必ず伝えるよ」


 「うん、わかった。

 私、ちゃんと待ってるよ」

 

 彼女は優しく微笑み、はっきりとそう答えた。

 その優しさに、俺は上手く応えられるのだろうかと頭の中で自問自答を繰り返す。

 

 すぐに答えは見当たる訳がなかった。

 ただ、時間が過ぎていく中で向かいに座る彼女はいつものように普段通りの明るい笑顔を俺に向け続けていた。

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