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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第一節 喪失、再起
236/324

喪失の果てに在る、今を

 帝歴403年12月29日


 昨夜の一件を終えた俺達は、その後ひとまず解散という流れでそのまま帰ったのだが。

 まぁそれなりに距離があった上に結構時間も経っていたので、俺が自分の部屋に戻る頃には午前1時。

 これでも魔力を用いての全速力で帰宅をしたはずなのだが日を跨いでしまっていたのだった。

 加えて、戦いの疲労が凄まじく部屋に着くなり泥のように眠ってしまう。

 

 そして、向かえた例のお泊り会当日。

 いや、正確に言うなら待ち合わせ時間の30分前。

 既に部屋を出発するべき予定時刻を1時間近く超過しており、時間は午前10時を迎えていたのだった。


 「シラフ!!起きなさい!!

 そんなところで寝て、何をしているのよ!!」


 突如聞こえた罵声や怒号。

 咄嗟に目が覚め、俺はすぐさま起き上がり様子を確認すると、そこには既に機嫌を悪くしたシグレの姿がそこにはあった。


 「シグレ……どうしてこんな所に?

 いや、それよりなんで俺こんな所で……。

 確か、昨日帰ってから……、

 記憶がそれ以降ないな……」

 

 「……全く、事情は後で聞きます。

 とにかくさっさと身を清めて着替えてください。

 そんな汗だくで汚れた服のまま、ルークス様や更にはレティア王女への顔向けは出来ませんから。

 全く、あなたの為に列車を数本遅らせなければいけませんね……」


 「済まない、本当に昨夜は色々立て込んでて……」


 「全くしょうがないですね。

 まぁ今日はシファさんも遅刻してきましたしね。

 ソレに珍しく、シルビア様の護衛役であるラウって人も前日に夜ふかししていたのか眠そうにしてましたからね。

 流石にサリアの人が揃いも揃ってたるみ過ぎません?」


 「あはは……面目ない」


 昨夜の一件を言えるはずもない。

 いや言ったところで信じられないだろうが。

 

 「全くこんな大事な日に限って……、

 とにかく私は先に行ってますからね。

 追ってアクリさんが30分後にはこちらに着きますので、その時までには準備を終えて下さい。

 列車の一本を遅らせるのですから、それくらいの猶予は与えます。

 しかし、アクリさんや私達に多大な迷惑を掛けている点をお忘れなく。

 話は以上です、ではさっさと身を清め着替えて準備をしっかりと終えてアクリさんを待たせないように」


 「了解した。

 わざわざ出向かせてしまって申し訳ない。

 後でこの礼は必ず」


 「謝罪はいいですから、さっさと身体を洗ってきて下さい。

 全く、まるで誰かと夜通しで鍛錬をしていたみたいなボロボロの服なんですから……」

 

 そしてシグレは俺を部屋の奥へと押し込み、ドアを閉めると立ち去ったかに思えたがすぐに部屋の扉が開く。


 「どうしたんだ、シグレ?

 何か忘れ物でも?」


 「私も間に合わないだけです。

 思ったよりこっちに来るまでに時間を要してしまったので……。

 とにかく、あなたはさっさと身体を洗って着替えてきて下さい!!」


 「分かった分かったから……少し落ち着いてくれ!!」



 それから俺はシグレに言われた通り、身体を洗って着替えを済ます。

 既に準備は終えていたので、アクリが来るのを待っているとテーブルに腰掛け端末をいじり暇そうにしているシグレが口を開いた。

 

 「朝食は何も食べなくて良いのですか?

 そもそも、向こうに着く前にはお昼を過ぎてしまいますし……」


 「確かにそうか……。

 ひとまず行く途中で店に立ち寄って買えばいいだろうよ。

 支払いは勿論俺が引き受ける」


 「そうですか、一応アクリさんが私達の為に昼食を用意してくれているそうですが」


 「アクリが既に用意を?

 そうか、それでわざわざ俺の方に向かって……」


 「ルーシャ王女と一緒に作ったモノらしいですよ。

 あなたの為にわざわざ早起きして、手間を掛けて万全を期していた。

 私の機嫌が悪かった理由がわかりましたか?」


 「ああ、痛い程にな……。

 後で必ず謝罪と感謝をルーシャに直接伝えるよ」


 「味の感想もですよ、全くとりあえずアクリさんが来たらここで少し早いですけど昼食をした後に出ましょう。

 わざわざこちらへと足を運んで貰ってるアクリさんにも、ちゃんと謝罪と感謝をして下さいよね?」

  

 「……、そうだな」


 シグレにそう言われ、俺は少し間を開けてから返答を返す。

 昨夜、新たに契約した神器の代償により俺は味覚を失っている。

 味の感想と言われ、その返しに俺は僅かな躊躇いを隠せなかったのだ。


 左腕に巻きつけた赤い石の首飾り。

 いや、この状態なら腕輪のようなものなのか……。

 

 本来ならあり得ない複数の神器との契約を俺は果たした事を現実だと改めて認識させる。

 そして、昨夜の戦いもまた現実なのだと……。


 近い内に迫っているというタルタロスという脅威。

 その後にも、リンを殺したラグナロクが控えているのだから。

 

 彼等のリーダーと思われる姉さんの仲間でもあったオーディンという男。

 底知れぬ力を秘めていたのは確かだ。

 更には、サリア王国の英雄として崇められたハイド・アルクスの存在。


 彼に俺は全く太刀打ちが出来なかった。

 

 そして、オーディンが言った事が事実であるのなら。

 

 リンを殺したソイツは、英雄ハイドよりも遥かに強いのだから。


 「シラフ……、シラフ!!

 聞こえてますか!!」


 咄嗟にシグレの呼ぶ声が聞こえ、身体が大きく跳ねる。


 「悪い悪い、少しボーっとしてた……」


 「全く、しっかりして下さい。

 その様子だと、こちらの話を聞いてませんよね。

 ええと、その左腕の装飾品は何です?

 昨日までは持っていませんでしたよね?」


 「あー、いやこれはだな……。

 簡潔に言うと、神器の一つだよ。

 昨夜の事なんだが、リノエラが俺に訪ねてきてコレを俺に渡したんだよ。

 ちょっと曰く付きの品で、一応俺と同じ炎の能力を持っているからって事で天人族側から俺にって事でさ」


 「ソレが神器なのですか?

 ですがあなたは、既に持っているではありませんか?

 複数持ったところで、扱える訳が……」


 「ええと、その……使えるんだよ一応。

 何故かはよく分からないんだけどさ。

 まぁ、昨夜はその一件で姉さんとラウに手間を掛けて貰った次第なんだよ……。

 細かい事は、諸々の事情で言えないんだけどさ……」


 腕のソレが神器であるのは、いずれバレるのは明白。

 しかし、細かい事情に関しては説明に困るのでそれっぽい理由を付け加えて話を流す。

 すると、シグレは納得したのか僅かに思考を重ねた間を開けた後に口を開く。


 「なるほど、ソレが遅刻の要因という訳ですか……。

 そういう事ならば、こちらも多少は留意しておきましょう。

 神器に関しては私もよく分かりませんからね……。

 国にとっては一国の行方を左右する程の強大な力、それ等を外部の人間に詳しく言える筈がないでしょうし。

 細かいところに関しては、既にあなたのお姉さんから口止めを受けているのでしょう?」

 

 「ああ、まぁそんなところだ。

 理解が早くて助かる」


 そんな会話を交えていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。そして、すぐにガチャガチャとドアを開けようとする音と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

  

 「シラフ先輩!起きてますか!!

 それにシグレ王女、先に来ているんでしたら開けておいて下さいよ!!」


 目の前のシグレと僅かに目が合い、俺から口を開いた。


 「俺が迎えに行くよ」


 彼女にそう告げ、俺はドアの向こう側に居る人物の元へと向かった。

 扉を開けると、そこには薄焦げ茶のポニーテールの少女が一人と、その後ろにまさかの人物が居た。


 「ルーシャ……どうしてお前まで……」


 アクリの少し後ろで、少し照れながら笑顔をこちらに向ける長い金髪の彼女。

 本来なら来ているはずのない、ルーシャの姿がそこにはあった。


 「あはは……、私も来ちゃった。

 他のみんなは先にオリエントの方に向かったよ。

 でもその……、アクリはあなたの方に用事があるからってシグレさんの少し後に向かったんだけど、やっぱり私もちょっと心配でね。

 シファさんや、ラウって人が珍しく疲れ気味だったから、もしかしたらあなたにも何かあったんじゃないかって……」


 「っ……、ルーシャ」


 「良かったですね、シラフ先輩。

 私、一応止めたんですけどルーシャ様ったら自分一人でも絶対に行くんだってこっちの言い分を全く聞かなかったんですよ。

 まぁ蓋を開ければ思ったよりもピンピンしていますし、心配して損した気分ですが……」


 「ちょっとアクリ……、それは秘密にしてって言ったでしょう!!」

  

 「えー、良いじゃないですか?

 とにかく、早く中に入れて下さい。

 お昼も用意してますし、外凄く寒かったんですからね?」


 そう言って俺に、手に持ったバスケットのソレを見せた。

 

 「そうか、色々心配を掛けたみたいだな。

 まぁ遅刻の理由については、昼食を食べながらでも説明するよ。

 どの程度まで深く話せるか分からないがな……」

 


 それから、二人を部屋の中に招き俺達は少し早いが昼食にする事になった。

 アクリが手際良く用意していく。

 俺が手伝う間もなく、というか俺の部屋の物を把握しているのか食器類を棚から取り出し、並行してお湯を沸かすと棚から茶葉の缶を見つけお茶を淹れる準備をしていた。


 「手際が良いですね、アクリさん?

 一体、誰から教わったです?」


 「あー、ええとルーシャのお世話を担当する前にサリアの方で少し勉強をしていた感じですかね……。

 まあ、これくらいなら誰でもできますし……」


 僅かに言葉を濁しつつ、彼女は準備を進めていく。

 恐らく、あの技術は前任であったシンのモノなのかもしれない。

 どういう理屈かは分からないが、アクリは生前のシンさんの技術を継承しているのだ。

 彼女の記憶を含めて、その経験も継承している。

 元々の彼女の得ていた技術かもしれないが、シグレに対する反応から恐らくは……。


 「左腕のソレ、凄く綺麗な赤い宝石だね?

 シファ様から貰ったの?」


 ルーシャからの質問に俺は僅かに戸惑うも、俺が答えようとする前にシグレが答えた。


 「リノエラさん、もとい天人族から頂いた神器の一つらしいですよ」


 「神器って、でもシラフはもう持ってるでしょう?

 2つ持ってたとして、何の意味もないんじゃ?」

  

 「それがそうでもないらしいんですよね?

 シラフ?」 


 「ああ、まぁそんなところだ」


 「何の話をしているんですか?」


 例の神器についての会話が盛り上がりつつあると、茶を淹れる用意を終えたアクリがこちらに向かって来た。

 

 目の前のテーブルの上にティーカップを並べながら、用意を進めつつアクリは会話を続ける。


 「あー、確かソレってシファさんが言ってた例の……」


 「ああ、そんなところだ……」


 アクリが例の赤い宝石のソレを見て何かを察したのか、途端に声の調子が落ちる。

 コレがかつてリンの所持していた物であり、アクリはかつて彼女を慕っていたからだ。


 そして、アクリは人数分の茶を淹れていき俺の前のティーカップを取り茶を淹れようとすると、僅かにその手が止める。


 「アクリさん?彼のカップに何か?」


 「いえ、何でもありません……。

 シラフ先輩、砂糖やミルクはどうしますか?」


 「自分で必要な分だけ入れるよ」


 「そうですか……」


 そう言って、茶を注ぐと俺の前にカップを置いた。

 それから間もなくして、少し早い昼食が行われた。

 初めにアクリが真ん中にあるバスケットのそれから一つずつ、こちらのお皿へと取り分けていく。

 本日、ルーシャとアクリが朝早くから手作りしたというのはシグレの住むヤマト王国の料理をサリア風に手を加えたモノらしい。

 どことなく見慣れないモノであるが、シグレには食べ慣れた故郷の味に近く、好評な模様である。

 

 皆の流れに合わせるように、俺も目の前の食事に手を付けが、勿論味は一切感じない。 

 昨日までは当たり前にあった感覚が欠落した代償に、大きな虚無感を覚えた。

 

 「どうしたのシラフ、手が止まってるけど……。

 もしかして、口に合わなかった?」

 

 ルーシャが心配そうに声を掛けてくる。

 俺は僅かに反応に戸惑うも平然を装い明るく振る舞い返した。


 「いや、そんなことないよ。

 凄く美味しいよ、本当に……」 


 「そっか、うん。

 また学院に戻ったら今度は私一人でも作れるようになるから、楽しみにしててね?」


 「ああ、楽しみにしてるよ」

  

 反応に僅かな迷いを覚えながらも、楽しい昼食の時間は過ぎていく。

 いつの間にか仲良くなっている、ルーシャとシグレの変化に何処か気分は軽くなっていた。

 しかし俺の違和感を察していた人物が一人、俺の方を何処か寂しそうに眺めている視線を感じた。


 楽しい昼食の時間を終えると、ルーシャとシグレは二人で色々と話し込んでいる最中。

 俺は使い終わった食器類をアクリと共に洗っていた。

 洗い物を終え次第、今度はオリエント行きの列車に乗り込まなければならない。

 その為、洗い物の時間は可能な限り短い方が良いと判断に加えて今日の遅刻の反省と謝罪も込めて俺は率先して洗い物に取り組んでいた。

 

 「シラフ先輩、ルーシャ様に嘘を言いましたよね?」


 俺だけに聞こえるように、隣で作業をしているアクリは話しかけてくる。


 「気付いてたのか?」


 「先輩の神器をあなたが持っていた時点で、まさかとは思ってたんですけどね……。

 確信を得たのは、先輩が手を付けた一つのソレが私が用意していたハズレ枠で、大人も泣くほど辛いって噂の香辛料を少し混ぜ込んでいたんですけど、平然と食べてたのでおかしいなって……」

 

 「なるほどな……、てか間違えてハズレをルーシャ達に食ったらどうするつもりだったんだよ?」


 「ソレはあり得ませんよ。

 だって私、最初に一つずつ皆さんのお皿に取り分けてたので……」

 

 「確かに、最初にお前が取り分けてたな」


 「いつまで隠すつもりです?」


 「さあな、だが時間の問題でいずれはバレるだろうよ」


 アクリの言葉に、俺はそう返すしかなかった。

 正直、今のルーシャには知られたくなかったのも事実だったし、これから彼女が用意してくれるという期待半分、罪悪感に否まされる訳なのだから。

 

 正直に言えば楽なのかもしれないが、ルーシャにこれ以上心配はかけたくない。

 と、格好は付けていたつもりだがすぐに隣で作業をしている彼女はバレていたので、隠し通せるのも時間の問題なのだろう。


 「でしょうね、シラフ先輩は嘘が下手ですし。

 すぐに顔に出ますよね」


 「……顔に出やすくて悪かったな」

 

 俺の言葉に、彼女は僅かな笑みを浮かべ笑うと、少し間を開けてから話題を切り替える。


 「昨晩の事、シファ様から一応連絡は聞ききましたよ。

 先輩を殺した奴等と、一戦交えたらしいですね」


 「ああ……、俺が戦った相手は凄く強かったよ。

 リンを殺した当人では無かったが、俺は全く太刀打ち出来なかった。

 終始遊ばれていた始末だったよ」

 

 「……そうですか、シラフ先輩が勝てなければ相手はよっぽどの実力があるんでしょうね」


 「分かった事も幾つかあるよ。

 リンを殺したのはラグナロクの誰かである事。

 そいつ等を率いる人物の名はオーディンで、恐らくソイツは今の姉さんでも勝てない程の存在。

 そして、俺が相手をした例の人物よりもリンを殺したソイツは更に格上の存在である事」


 「シラフ先輩よりも格上ですか……」


 「正直、これを知った時が一番堪えたがな……」


 「………」


 「深層開放を習得出来る神器の契約者は俺を含めてもほんの一握りらしい。

 が、向こうは全員が深層開放を習得しているも当然って奴等なんだ。

 正直、向こうからすればいつでもこちらを殺せるという宣告されたようなものだからな」


 「完全に向こうに舐められてるって事ですか」


 「そうだな……」


 「諦めるなんて言いませんよね、今更……」


 「諦められる訳がない。

 ただ、目標がかなり遠退いたってだけだからな……」


 「そうですね……。

 でも大丈夫ですよ、きっと……。

 あなたは絶対に死なせませんから……」

 

 「ソレは俺の言うべき台詞じゃないのか?」


 「いいんですよ、私は凄く強いので。

 だから何の心配は要りません。

 きっと私達は先輩の仇を取れますから」


 「だといいな……」


 その後、昼食の片付けも終えた俺とルーシャ達を含めた四人は、目的地へと向かう為にオリエント行きの列車に向かう。


 目的地に着く頃には、既に日が暮れてる頃だろうか。

 姉さん達は既に目的地に着いているという連絡を受けた頃には、こちらが列車に乗り込んだ頃であった。



 思えば、オリエントへと向かうのはこの学院に訪れた時以来だろうか?

 この学び舎に来てから大体半年程度。

 この後の流れとしては例のお泊り会を終えた後に一度サリアへと帰国する流れだ。

 例の歌姫の護衛任務が控えているのも事実であり、更にはいつ来るか分からないタルタロスと呼ばれる存在への警戒も一応はしなくてはならない。


 「両手に華、とでも言うべきでしょうかね?」


 「あはは……」


 俺の向かいに一人腰掛けるシグレは、今の俺の様子を見て俺に聞こえるくらいの小さな声で呟いた。

 右の窓側にルーシャ、その間に自分そして左隣にはアクリが俺に肩を寄せて寝ているのである。

 ルーシャに至っては、俺の右手をしっかりと握っており、俺は彼女のその手を振り払えずにいた。

 

 「随分と無防備な寝顔を晒していますね、この王女は」


 「色々と朝早くから頑張ったらしいからな。

 それに最近まで、色々と仕事に追われていたらしい……。

 その全てを終えて、ようやく緊張の糸がほぐれて身体を休められたってところなんだろう」


 「では、あなたはどうなのです?

 今朝の様子から、あなたも色々と立て込んで忙しかったのでしょう?

 日々の鍛錬を怠らずに重ねている程のあなたが、玄関先で倒れ込む程に………。

 昨夜の一件が全ての要因と決めつける事も出来ないでしょうに」


 「……そうかもしれませんね」


 「あなたには、騎士としての立場を全うする事。

 更には十剣としての責務や重圧、その他様々な障害や困難があるでしょう。

 しかし、あなた自身を労る行為も必要な事ですよ。

 いかに強く、優れた存在であるとしても所詮は一人の人間なのですから」


 「一人の人間ですか……」


 「私が何かおかしい事でもいいましたか?」


 「いや、何もおかしくありませんよ。

 十二分に理解していますから」


 シグレの言葉に俺は言葉を返した。

 何処か虚ろな気分が抜けない中で返した言葉、そんな俺の気持ちを見抜いていた目の前のシグレは何も言い返さず静かに窓の外へと視線を向ける。


 目の前の彼女に合わせて、俺も視線を窓の外へと向けるが、肩に寄りそうルーシャの長く美しい金髪が視線に入り込み彼女へと視線は移り変わる。


 優しく静かに眠りながらも俺の手をずっとそれなりの力で離すまいと握り続ける彼女の存在は、今の自分が人間らしく居られる唯一の存在なのかもしれないと思った。


 家族を殺した存在への復讐心が強く根付く今。

 それ以上に大きい、彼女への忠誠心と信頼関係によって俺の心はどうにか繋ぎ止められているのかもしれないと……。


 彼女が居なければ、今の自分は無い。


 彼女が居たから、俺はここに居る。

 

 彼女が俺を必要としてくれたから、今の俺は在る。


 だから、もう二度と俺は誰も失わせはしない。


 だから俺は絶対に、この人だけは失わせはしない。


 「今度は必ず……、君を守ってみせるから」


 僅かに重なるもう一人の自身の存在。

 彼女を守れ切れなかった未来の自分の言葉が今の自分と重なった気がした……。


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