繋ぎし鎖は
帝歴403年12月29日
ルークスからの通話からの翌日の朝には、ラクモとの試合が行える事が正式に決まった。
それとほぼ同じく、レティア様の元へのお泊り会的な催しが開かれる事が俺が状況を把握する時には既に予定が組まれていた。
参加者は王女姉妹と自分やラウ、アクリ、クレシア、テナ、シグレと更には自身の姉であるシファまでも招待される事になっていた。
かなりの大人数での移動というか、向こうがこれ程の人数を受け入れるというのにも何かしらの考えがあるのかもしれない。
日程も僅か二日後という急展開、準備する期間があまりなく慌ただしい時間が過ぎていた。
既に年の終わりも近いが故に、学院での授業や講義はほとんどない状態である為準備にそれなりに手間を割く時間は取れたのが幸いだろうか。
そして出発を明日に控えた頃。
放課後、珍しく時間が空いていた俺は早めに荷物の最終確認をしていた。
実際、例のお泊り会が終わったら今度はサリア王国へと戻りレティア様とルークスとの結婚式の最中で例の歌姫の護衛任務が控えているのだ。
まぁ、お泊り会とは別に帰省分の荷物の手配もしなければならない。
しかしサリア王国と違い、ここには端末が存在するので諸々の手続きはコレを介して行うのだからかなり楽であろう。
いや、いっそサリア王国でもこれくらい楽に手続きが出来ればいいものを……。
そんな考えに陥っていると、部屋の呼び鈴が鳴った。
こんな時間に連絡も無しに直接来るとは、アクリか姉さんだろうと思いつつ僅かに呆れながら玄関で来客を迎えると珍しい人物がそこに居た。
「突然の来訪に申し訳ありません、シラフ様。
四大天使を代表して、この度神器プロメテウス選定、そして貴殿の監視役及び従事の為にお伺い致した次第です」
長い金髪の子柄な少女。
いや、背中に生えている純白の片翼の姿から俺はすぐに誰かは理解出来た。
リノエラ・シュヴル、天人族現四大天使という身分の彼女がそこにいたのだから。
「やはり驚きますか。
まぁ、細かい話は部屋の中でしましょう。
ここだと周りに聞かれる可能性がございますので」
●
部屋の中へ彼女を案内し、適当な温かいお茶を彼女の前に出す。
自分の分も淹れると、彼女の向かいへと座り俺は会話を切り出す事にした。
「それでまぁ、色々と聞きたい事は山積みですが初めに伺った目的を整理させて下さい」
「ええ、構いませんよ」
「まず初めに、神器プロメテウスの選定の為というのは俺に新たな神器の適正があるかを調べる目的の解釈で良いんですよね?
ただ納得いかない点として、そのプロメテウスと呼ばれる神器の契約者の候補に俺が選ばれた理由。
そして、そちら側もとい天人族側の意図が気になるところですが、まぁそれは一度置きましょう」
「はい。
そして更には契約者選定にあたって、シラフ様の監視役、そして従事の為。
この点の説明も色々としなければなりませんね」
「確かに、それも気になるところです。
まず初めに、言わずともですが神器プロメテウスに関してですが……。
先日の一件で回収されたリン契約していた神器ですよね?
以前、貴方が自分に対して協力を要請した際にプロメテウスの名前はお聞きしました。
そして、先の一件においてプロメテウスの契約者はリンである事は分かっていたので回収の建前を踏まえて貴方に協力を要請し、無事神器本体は回収された」
「ええ、ですがほとんどはシラフ様にお任せしてしまいましたね。
私は戦力不足は愚か、目の前で仲間を死なせた挙げ句に片翼をもがれてしまいましたから。
で、翼を奪った例の存在は現在シファ様の管理下でルーシャ王女の世話係をしていると聞いております。
まぁ翼を奪われたのは私自身の過失ですのでシラフ様は何も心配する必要はありませんよ」
そういうと目の前ほ彼女は一口だけ茶に口を付けると本題を切り出した。
「この度、貴方を新たなプロメテウスの契約者として選定に向かったのは主に3つの理由があります。
・神器の汚染を取り除く為
・今後迫りくるであろう脅威への対策
・最後に契約者について
これが主な理由になります、順に説明しますね」
「………」
「初めに、神器の汚染を取り除く為という点から。
先代の契約者であるリーンは、そもそも無理な契約をしていたんです。
アルクノヴァの傘下で受けた特殊な実験で、本来契約出来るはずのない異種族を神器の契約者とする研究。
これは後々の人工神器であるデウスエクスマキナの研究に活かされておりますが……」
「つまり、本来リンは神器を使える資格すら無かったのか?」
「ええ、神器と契約出来るのは人間あるいは混血の異種族のみですから。
故に、純血の妖精族である彼女が神器と契約を果たすのはまず不可能です。
しかし、ソレはアルクノヴァの研究によって契約を果たす事に成功している。
ここまでならまだ、正規の契約が保たれ神器本来の力を失わずに済んだのですが……、問題は先の戦い以前に引き起こった舞踏会での襲撃事件です」
「舞踏会……、確か俺とリンが再開したあの時の……」
「ええ、恐らくその一件で間違いないかと。
襲撃の以前、ラウ・クローリアが彼女と交戦した際に彼女の神器は何からの心理的な影響により堕ちてしまったとシファ様は仰っていました。
恐らくその変化に関しては、直接刃を交えたシラフ様ならその違和感は察知出来たはずです」
「契約者が堕ちると一体何が?」
「神器本来の力が上手く作用しなくなるという認識で良いかと。
例えばシラフ様の神器ヘリオスは炎ですが、仮に堕ちてしまったとして水や氷、風等の属性が付加されてその効果が変化してしまう。
あるいは、魔力の流れが上手く作用せず意図しない効果が引き起こされてしまい、最悪神器が未来永劫使用不可という事もあり得る。
故に、神器が堕ちるという事は避けなければならない事です」
「確かに、神器一つの損失は軍一つの損失と同義。
国等を守る力が大きく落ちるのは確かに避けたい事象ですね……。
で、リンの使っていた神器プロメテウスは堕ちてしまったと……」
「はい、ですが堕ちた神器をごく特殊な状況下であれば元の状態に限りなく近い状態へと戻す事が可能なんです。
その鍵を握るのがシラフ、貴方という訳です」
「俺がその鍵だと?」
「はい。
貴方はプロメテウスと同系統の炎の神器と契約している。故に、貴方の神器の炎を利用し堕ちた神器を元の力の系統へと修正を時間を掛けて行えば神器が元の状態へと治る可能性がある。
我が種の長である天使長は私にそう告げ、この度貴方に神器プロメテウスを託す事を決めた次第です。
これが一つ目の理由になります」
「……、いまいち納得がいかないが……。
まぁ後にするよ。
で、次の理由はどうなんだ?」
「はい、今後迫りくる脅威の存在についてです。
脅威というよりは、敵と言った方が伝わりやすいでしょうか……。
現在シファ様が敵対しているという組織、ラグナロクという存在は既に知っていますよね」
「ああ、リンを殺した奴等だっていうのは覚えているよ」
「はい、その認識で合っております。
しかし、我々の立場から言いますとラグナロクは敵ではありません。
ソレを現在率いている元凶、カオスが彼等を動かしているんです。
しかし、その本来の目的は貴方達とわざわざ敵対する為だけという訳ではありません。
この世界の秩序、平和を維持する為の活動を行っているんです。
彼等の主な役目は2つ。
特異存在及び異時間同位体の監視と殲滅、そしてタルタロスと呼ばれる収容施設の管理が彼等の役目です」
「………」
「特異存在というのは、シファ様や貴方のような明らかに異質、あるいは強大な力を持っている存在という認識で良いかと。
そして、異時間同位体というのは先の戦いにおいて協力していたナドレさんのような存在。
シファ様、あるいは他の者から何らかの助力を受けて異なる時間軸から訪れた存在達の事です。
彼等は我々の世界とは最早別の存在であり異物なんです。どんな問題を引き起こすかも分からない、その上更に彼等の身体には徐々にエラーとして不必要な情報が彼等自身にも世界に対しても蓄積していきます。
この事態を防ぐ為に、ラグナロクという存在は異時間同位体の殲滅を行っているという訳です」
「その言い分だと、彼女が未来から来た異時間同位体だと分かっていたんですね?」
「ええ、ですが何らかの事情があった事とシラフ様が協力を仰いだ次点で相応に信用は出来る存在だと私が判断しました。
しかし、そう長くはないと思った方が良さそうですが……。
まぁその点は置いておくとして、ラグナロクのもう一つの役目としてタルタロスと呼ばれる収容施設の管理についての説明を致しましょうか。
これがある意味、本題ですので」
「例の、今後迫りくるであろう脅威って奴なのか?」
「はい。
タルタロスというのは、我々が現在生きている文明の前から存在している監獄のような物です。
そこには、古の大戦において大罪を犯した存在もしくは当時の彼等には手に負えなかった化け物等が数多く封印されている施設です。
この封印に関しては、ラグナロクを率いているカオスが管理をしその周辺をラグナロクが警備していたようですがここ最近はその封印に綻びが現れている模様です」
「その封印が解かれるとどうなるんだ?」
「中に存在している化け物や罪人が今の世に放たれ世界に甚大な被害をもたらすでしょうね。
その化け物達は現在のラグナロク達であろうとあのシファ様であろうと苦戦は強いられるはずです」
「姉さんでも苦戦するって、そんな事が……」
「かつての異種族間戦争の二の舞いにはしたくありませんからね。
それはカオスであろうと、シファ様であろうと同じ事でしょう。
そんな彼等が近い将来襲ってくる可能性を踏まえて少しでも戦力が必要なんです。
故に現在、深層解放を自力で習得までに至った貴方に天人族からの協力の意を込めてこのプロメテウスを貴方に預けると決めたんです」
「話はわかった。
だが、一つだけ大きな過失がある。
一人の人間に一つの神器。
これが大原則のはずだろう……?
だから仮に俺がこのプロメテウスを受け取ったとして、その契約者になれる訳がない。
なのに、この神器を俺に預ける理由は一体なんだ?」
「では、最後の3つ目の契約者についてお話しましょうか。
シラフ様の言う通り、神器は一人一つが原則ですがその例外が存在しています。
聞くところに寄れば、恐らく先代の契約者であったリーンの半身は貴方の幻影でしたよね?」
「ああ、仮設としてだがな……。
10年前に既に死亡していて、俺の神器の魔力を介して半分は幻影、半分は彼女本人として擬似的に蘇生された存在。
幻影としての繋がりがなくなった現在は、彼女にあった半身の魔力分は恐らく今の俺にあるはずだ」
「ええ、つまり今の貴方にはプロメテウスの契約者であった彼女の魔力を引き継いでいる形になります。
ヘリオスの契約者としての貴方の魔力、そしてプロメテウスの契約者としての彼女の魔力の2つが一つの身体に共存している。
私達、天人族には魔力の感知能力に関しては人間よりも遥かに優れておりますので。
妖精族、それも王の血筋の魔力を人間の貴方が持っているのが何よりの証拠。
故に、神器プロメテウスの現在の契約者は貴方なんです」
そう言うと、彼女は小袋を取り出しその中身をテーブルの上に転がして中の物を俺に見せた。
赤黒いひし形の宝石の首飾り。
いや、元は赤い宝石であったはず……。
よくよくソレを見ると、宝石内部で黒い機械的な基難学模様のような物が蠢くように僅かに見えた。
「これがリンの……?
いやでも、ここまで禍々しいなんて……」
「生前の彼女の強い感情が今も尚残っているんです。
堕ちてしまった神器は、このように以前の物とは別物のように変化してしまいます。
今のコレには、彼女の深い憎しみや怒りが込められています。
彼女にとって憎き存在、いや世界そのものに対しての深い怒りや憎しみ、絶望……とにかくそう言う負の感情に飲み込まれた存在です。
私個人としても無理にとは言いません。
これ程までに濁ったソレを受け取らずとも、貴方にはこちらから対して何も影響が及ばないように私も最大限に助力は致しますから……」
「ここまで言っておいて……。
わざわざ、取らなくてもいい選択肢なんてあるんだな」
「はい。
元の神器としての力を貴方を通して取り戻せる可能性が僅かにあるという事ですので。
確実性も薄い、むしろこれを手にしてシラフ様の今後にどのように影響してしまうのか……。
神器が強く穢れる程の彼女が抱いた憎しみや怒りを背負う覚悟がありましたらこれを手に取って下さい」
「そんなの、答えは初めから決まっているさ。
リンが背負っていた憎しみや怒りを、俺が目を背くなんて真似は決してしない。
俺は全てを受け入れるよ。
リンが背負っていた全てをな。
彼女を救えなかった自分に対しての償いの部分も含んでいるかもしれないが……。
それでも、この神器を俺が手にする資格があるのなら俺は目の前で救えなかった存在よりも多くの人達を、いや自分の大切な人達を守る為に力を振るいたいと思ってる。
だから俺は……、」
ゆっくりと俺はソレに向けて手を伸ばす。
怒りや憎しみに包まれたソレに向けて、彼女の強い遺志が込められたソレに手が僅かに触れた刹那……。
赤い光が強く光り輝いた。
僅かに温かい光、しかしソレはすぐさま黒く禍々しい魔力の流れを放ち始める。
アレは強い憎しみだ。
強い怒りだ。
彼女が長年抱き続けた苦しみの片鱗なのだ……。
全てが憎いのも無理はない。
何度も家族を失った、何度も世界に失望した。
何度自身の定めを、運命を呪ったのか俺には到底理解し得ない程なのだ……。
だが……、今は違うはずだ……
「俺も一緒に全てを背負う。
だから俺に力を貸してくれないか……、リン。
これ以上、目の前で大切な誰かを失わせない為に」
俺は首飾りに向けてそう告げ、その手で光輝く宝石を強く握りしめる。
すると手の中から強い光が溢れ、憎しみの魔力が多く漏れていく。
しかし俺の言葉に呼応するかのように、徐々にソレは変化を垣間見せていく。
真紅の光は炎のような光を放つ。
禍々しい魔力は俺を包み、怒りや憎しみ、苦しみの感情が絶え間なくこちらへと伝えてくる。
10年前のあの日を、先のリンとの戦いの時を彷彿とさせながら、脳裏に当時の記憶が過ぎっていく。
恐怖は確かにあった。
神器の力を使えるようになったとしても、炎に対して抱いていた恐怖心は消え去らない。
しかし、それ以上に……。
大切な誰かを失うよりは遥かにマシだ。
光の輝きが更に高まった瞬間、自身の身体が光に包まれた。
●
目が眩み、思わず目を塞ぐ。
しかし宝石を握りしめるその手だけは決して離さないでいると、何処からともなく何者かの声が聞こえた。
『……まさか、お前が新たな主になるとはな?』
俺はゆっくりと目を開ける。
するとそこには得体のしれない謎の空間が目の前に広がっていた。
先程までは自分の部屋であり、本来ならば向かいには来客であるリノエラが居たはずなのだ。
しかし、ここは違った。
薄暗い謎の空間、床はないが浮いてるわけでもない不思議な場所である。
そして、声の主は謎の黒髪の男。
特徴的なのは、鎖のような物が男の周りを這うように身に纏われており、そして炎が鎖を通して、更には男の周りにも幾つか浮いているのである。
「お前は、誰だ?」
「プロメテウスと言えば伝わるだろう?
ヘリオスの契約者。
こうして誰かと話すのはお前で二人目だが。
やはり、システムの異常により以前とは環境が少し変化していたがお前の助力もあってこうして話す機会を得た訳だ……」
「プロメテウス、お前があの首飾りの……?」
「ああ、一応はそうだ。
まぁ確か、以前もあの女とは一度会った事はあるだろう?
俗に言う解放者となったんだろう、お前は?
確か、お前が契約している神器ヘリオスならば金髪で人間の女と顔を合わせたはずだが」
「金髪の女……。
確かに以前に一度だけ会った気がするが……
いや、でも金髪って言われてもそれなりにいるんじゃ」
「まぁその……。
とにかくだ、つまりあの時の似たような物だって事だ。
まぁ、今回はこちらから勝手に呼び出させて貰った次第だが」
「で、俺は何で呼び出されたんだ?」
「新たな主として、お前を認めるが幾つか伝えておく事がある」
「何が言いたい?」
「お前が今追っている存在について、以前の契約者であった妖精族の彼女を殺した者について幾つか伝えておく事がある。
ただ、ほとんどの情報が欠落しているがな……」
「欠落しているって、つまり覚えていないって事か?」
「そういう事になる。
ただ、これは神器が堕ちてしまった事が原因ではなく敵の能力故の現象だ。
つまり向こうは、何らかの自身に関する記憶をこちらに保持される事を避けたかったようだ。
俺が覚えているのは、敵の扱った能力のみ。
それもほんの一部分だがな……」
「リンを殺した奴等の能力が分かっているのか?!」
「奴等ではない、敵はたった一人だ。
今のお前の同じく、複数の神器を何らかの理由で所持し契約している存在。
しかし、彼女を殺したにしろこちらの神器には興味を示さなかった点から狙いは彼女一人であった。
そして、確認した神器は最低でも3つ。
ゼウス、アテナ、そしてムネモシュネ。
それぞれの能力は全能と守護、記憶、あとどれくらい余力を残しているかは定かではないが実力のあった彼女がこの有様という点を踏まえるのなら、強く警戒しておく事だ。
弔い合戦、いや単なる彼女や家族を殺した奴への復讐に出向かうつもりならばな」
「たった一人って……。
それも、今の俺じゃ勝てないって言うのか?
2つ目の神器の力を扱えたとしても、向こうは最低でも3つの神器が使えるってどういう事だよ!!」
「まぁ、色々言いたい気持ちは分かるが、とにかくそういう事なゆだ。
これ以上はこちらも情報のほとんどが敵に奪われているから敵の名前や性別や容姿までも分からない。
例のムネモシュネ、記憶を司るの神器故の能力だろうが、それでもやるつもりならこちらも、止めはしないさ。
こちらも力は尽くす、俺も向こうにやられるばかりでは納得いかないからな」
「そうか……」
「それと、今回の契約にあたっての代償について」
「ああ、わかってる。
神器の契約者は何かしら代償として一つ奪われてるからな、で今回は俺から何を奪うんだよ?」
「代償はお前の味覚だ。
これは以前の契約者であった彼女と同じ代償。
この先、死ぬまで何を食しても味は一切感じる事はないだろうがな。
まぁかなり不便は要するだろうが契約上必要なんだ我慢して欲しい」
「まさか、代償を一つ要求してくる神器の方から心配されるとはな……」
「確かに、お前たちからすればそうなるのか。
そもそも神器について、今の人間達のほとんどは何も知らされていないだろうな。
国の行方すら左右する程の神如き力を扱える異能の道具として、都合の良い道具としての一面しか知らないのだろうよ……。
今は神器と呼ばれてはいるが、本来は権能器というのが正しい名前だろう、しかしGadget Of Deviceの頭文字を取ってGOD。
故に神の名を持つ故に神器と呼ばれるのだろうが……」
「神器の本来の名前が権能器?」
「ああ。
これでも俺は昔は英雄って呼ばれていた存在だった。
で、俺の他にもそんな英雄達はそれなりに存在していたんだよ。
で、権能器にはそんな俺達の記録が込められた代物。今は異種族って呼ばれてる奴等も、元はこの権能器の研究の為に生み出された存在だ。
見た通り、俺のこの姿を見れば普通の生き方をした存在なんかにはとてもじゃないが見えないだろう?」
「じゃあ一体神器は、権能器は誰が何の目的があって作られた物なんだよ?」
「そんなの神器の力を振るっているお前なら分かるだろう?
戦争の為、いや兵器産業の商品として異種族に対抗する為の武器として生まれたのが権能器であり神器だ。
ずっと昔、俺達は異種族と戦争をしていたんだよ。
かつての異種族間戦争よりも前の時代で、独立を願った実験動物のように扱われた異種族達の反乱に対抗するべく彼等の力を持った兵器、それが俺達の始まりだ。
今は魔力と呼ばれるモノを、とある特殊な製法を用いて体内に打ち込み擬似的に異種族としての力+α(アルファ)としての能力を付加させる事で低確率で生まれる少数個体。
それが俺達であり、その力と栄誉を称え古の神話の神々の名を俺達の識別名として名付けられた。
プロメテウス、つまりそれが俺の識別名って事だ」
「っ……、」
「だがな戦争が終われば、また新しい争いが起こる。
そして更には、強力な力を持つ俺達を恐れて殺したり、さっきの天人族が言っていたタルタロスに幽閉されたりと、辿った末路は様々だがロクな目には遭わなかった。
そして俺の場合、今は権能器として自身の力を今の世にまで使わされる羽目に陥っている訳だ。
人間のやる事は、昔から何一つ変わってはいないよ。
かつては異種族を迫害した人間が、今度は逆に異種族に迫害され、そしてつい数百年前までは異種族を再び差別しているんだからな。
それは、今は亡き妖精族の彼女をリンと慕っていたお前なら分からない訳がないだろう?」
「ああ、分からない訳がないさ……」
「実は、俺の本体は既にこの世には存在しない。
じゃあ今の俺は何者なんだって事になるが、権能器を生み出す際に器に記録された当時の自分の人格データが込められている。
つまり今のお前が話している俺は、本人のクローンみたいな存在。
いや、それよりかはお前のよく知る幻影という存在の本来の在り方と言えばいいか。
幻影の存在は、権能器を生み出す際の本人代わりの依り代のような物だからな」
「依り代だと?
わざわざ本人を使わないのは何故なんだ?」
「少し前に言ったろ、俺達は兵器産業の商品だって。
つまり、俺達は本来量産品なんだ。
今は各一つ一つが世界に上手く残され、いや管理されているが戦争をするなら物量がまず重要だろ?
つまりな、たった俺の力一つなんかじゃ足りないんだ。
だから兵器を効率良く量産する為に俺やそれ以外の英雄の人格データが世界中に商品として売買されて数多くの権能器が生み出された。
つまり今お前が話している俺も、世界中に商品としてばら撒かれた当時の俺の人格データの一つだ」
「っ……」
「言葉が出ないだろうな、まぁ温室のような場所で暮らしてきた今のお前のような子供じゃ理解したくない現実だろうよ。
まぁ、起きてしまった物はしょうがない。
別に今更神器を使うなって言われても、おめおめと敵の前で死に晒そうなんて無理な話だ
で、これ等をわざわざお前に話したのは今この世界を裏で支配しているカオスについてだ」
「リンを殺したラグナロクって奴等を率いている存在なんだろう?
最終的にはそいつを倒せば、世界は平和になるって事じゃないのか?」
「そうなれば実に良いんだがな……。
実際そんなことにはならないのは、俺の話を聞いてよくわかってるだろ?
むしろ、カオスが世界をラグナロクを率いり管理している事で今の世界はむしろ俺から見れば遥かに平和だ」
「どういう意味だ?」
「カオスは神器の数を全て把握し管理している。
お前達が魔力と称しているソレ等を用いて、世界全てを納めている。
いつ誰が何をしているのか、全部分かっている。
その第一の証拠は、今お前達が話している言語。
元々は言葉や文字が世界各地で別々だった、一応公用語というのも存在はしていたがまぁ離れた場所、他の国々と交流を図るには向こうの言語の理解が必要だった。
相手の国の言語が分からない事で争いも頻繁に起こった。
たかが言葉、されど言葉だ。
というのも知性を持つ人間の生み出した最たる発明とも言えるからな。
それが今のこの世界を見れば分かるだろう?
どの国に行こうが、誰であろうが言葉の通じる世界だ。そんな世界を生み出したのがカオスなんだよ。
今まで当たり前だと思っていた事柄にカオスの支配や干渉が働いているんだからな」
男の告げた衝撃の事実に俺は驚きを隠せない。
学院に編入してから半年程度、他国の人間と多く接する機会はあったが確かにどの国の誰と話そうが言葉は通じていた。
いや、それが当たり前だった。
帝国が滅びる以前も、いや生まれる以前からも世界中で通じる言語はただ一つなのだ。
それが、リンを殺した奴等の長が遥か昔から仕組んだモノだなんて到底信じられる訳がない。
「今、一つの例として言語を挙げたが世界中に現存している神器の数を管理してるのもカオスだ。
で、今から戦おうっていうタルタロスに幽閉された存在というのは、奴も手に余る程の連中だ。
俺も何度かタルタロスに幽閉されている存在とは一戦交えた事はあるがアレは確かに強い。
カオスと戦おうとするのは勝手だが、タルタロスからの襲撃の際にラグナロク側からも協力の要請は来るだろう。
その時は彼等と協力して欲しい。
祖国であるサリアを、世界を失いたくないと願うのならばな」
「お前はリンを殺した奴等のやり方に正義があるだなんて思えるのか!!
家族を殺した連中の行いが紛れもない正義だって、本当に思えるのか!!」
「俺個人としては、支持しているんだろうな。
いや、そもそも何が正義か等と揉めたところで埒があかない。
俺が戦争をしていた当時も、お互いの国がお互いに自身を正義だと自称し大義名分を掲げて行うものだ。
故に、絶対の正義があるなんて思想そのものが争いを生む元凶だろうよ。
ソレを上手く利用し、世界を今にまで維持し続けたカオスの功績はむしろ褒め称えてもおかしくはない。
人間の一人命など、百年足らずだ。
異種族、俺達英雄と呼ばれた存在、神器や権能器といった兵器で世界は滅亡寸前にも至ったが今も尚残っているのはカオスの功績があってこそだろう?
ソレを、ただ数人の身内が殺された程度で全てを否定するのは勝手だが、向こうはお前の何億倍以上の命を背負っている。
たかが一時の個人の感情か、数千年の人類の歴史を後世へ残すかの選択肢を突き付けれた中で、お前は躊躇いもなく前者を選べるのか?」
「ッ!!」
「今はそれが分からない子供なら無理はないか……。
だが、これからはお前が俺の新しい主だ。
世界の行方を左右する力を背負っている自覚を、今後の余生の果てに少しでも理解するよう努める事だな」
「俺は、認めないっ!!
家族を殺した奴等が正しいなんて絶対に認めない!!
世界の平和の為に、目の前の人達を殺す奴等の何処に正義があるんだよ!!
奴等は俺の家族を殺した元凶なんだよ!!
数千年の歴史なんて関係ない!!
俺は、俺の大切な存在を奪った奴等を絶対に許さない!!」
「あくまで復讐は遂げるつもりか……」
「ああ、奴等は俺が絶対に倒す、家族の仇は残された俺が絶対に果たしてみせる!!」
「気負いは勝手にするがいい。
だが、タルタロスを向かい討つならラグナロクと協力しろ。
協力無しには、今度は更に人が死ぬだけだ。
今のお前の家族も友人も全てが死に絶える。
これは冗談なんかじゃない、その警告をお前にする為に今回は勝手に呼び出したんだ。
あの女の遺志は、確かに今のお前とよく似ている」
「ああ、そうだろうよ。
リンはたった一人で、孤独に戦い続けたんだ。
俺が苦しまない為に、自分一人の犠牲で済むように抗い続けた。
だから、今度は俺がリンの代わりにその全てを背負って戦うんだ!
もう誰も、俺の大切な人達も誰一人決して死なせはしない!!
姉さんも、ルーシャも、俺の関わった大切な人達全てをもう絶対に何一つ失わせはしないと決めたんだ!!」
「それがお前の強さの理由か……」
男がそうつぶやくと視界が徐々にぼやけていく。
光に包まれ、目の前の男の姿が徐々に消えていく。
「どうやら時間か……。
久しぶりに、面白い主を得たものだよ……。
これからが楽しみだ」
「お前の力、俺が使っても構わないんだよな」
「ああ、存分に振るってくれ。
お前が歩む道を、俺は最後まで見届けてやる」
「死ぬまで抗うさ、この狂った世界を変える為に」
「最後に一つ……、前の契約者であった彼女から君に伝言を預かっている。
と言っても、生前の彼女が死に際に言い残した音声の記録だがな。
最後にソレを残しておこう。
楽しい時間をありがとう、新たな主……」
「待てよ、最後に一つ聞きたい事がある!」
「何だ?」
「お前の本当の名前は一体何だ!
プロメテウスは識別名、つまり本当のお前の名前じゃない。
じゃあお前の本当の名前は一体なんだ?
最後にソレを答えろ!!」
「ああ、名前か……。
なら、以前までのお前と同じだよ。
シラフ・カインド、それが俺の本名だ」
「っ……!!」
「活躍を期待しているよ、シラフ・ラーニル」
そう言い残すと辺りは激しい光に包まれる。
男が去り際に見せた微笑みの表情を最後に俺の意識はそこで途絶える。
●
『指定された音声ファイルを再生します。
再生と同時に当ファイル再生終了と同時に消去プロセスを実行します』
機械的な女性の声がそう告げると、続けて雑音のような音が聞こえた。
いや、雑音ではなくソレ等は燃えたぎる瓦礫のソレ等だろうか。
「わたし……、負けたんだ……。
ああ……、でもハイドは生きてる……、
良かった、でも、ごめんね……私もう駄目みたい……」
かなり衰弱した女性の声、既に命はそう長くない。
すると、声の後に歩く音のような物が聞こえた。
瓦礫の山をかき分けるような、音。
残り少ない命を削ってまで、歩み続ける彼女の生きてる証を伝えるモノである。
しばらくして、音は止んだ。
布の擦れるような音、そして僅かな彼女の吐息が聞こえる。
まるで、目の前の人物に対して優しく触れているかのような。
「この先、あなたの側に私は居られないけど私はずっと側で見守ってるから……。
生きててずっと苦しかった、辛かった……。
でも、あなたが居てくれたから生きてるって信じてこれたから私は乗り越えられた。
こんな形だけど、もう一度あなたに会えて心の底から嬉しかった……。
でも、やっぱり辛い……、本当は貴方の手を取って一緒に生きたかった……。
ねぇハイド、私頑張ったよね……結局負けちゃたけど貴方が生きててくれたからここまで来れたんだ……。
だから、いいよね?
私が死ぬまで手を握ってもさ……。
せめて最後くらい貴方と一緒に居たいから……」
時間だけが過ぎていく。
炎の燃える音、瓦礫が崩れる音だけが聞こえる。
そして……、
「……、ハイド……。
わたし…ね、もう……何…も、怖くないよ……」
死が目の前に迫り来ていた彼女は、近くに居たであろうその人物に対して語り掛け続ける
「あな…たが……、最…後まで…わたしを……照らしてくれたから……。
ハイド……、あなたは……こ…んなわたしを救ってくれた……光……。
だか…ら、この先は……、あな…たが本当に……守りたい人…達のた…めに、希望に…なれるように生き…て……」
「さようなら……
くらや…みに囚われた…わた…しを照らしてくれた
たいようのような……、あなた……へ……」
この言葉を最後に音声はぷつりと途切れた。
そして、最初の機械的な女性の声が聞こえてくる。
『記録の再生を終了しました。
これよりファイルの消去プロセスを実行します』